クィディッチの試合から、数日が過ぎた。
ハリーの箒が暴れた理由について、学校ではまだ噂が続いていた。最初は「スネイプ先生が何かしていたらしい」という話だった。それがいつの間にか、「誰かが先生の呪文を聞いた」「箒に呪いがかけられていた」と、見ていないものまで見たかのように語られるようになっていた。
朝食の席でも、そんな声が聞こえてくる。
「スネイプ先生が呪いをかけていたんだって」
「でも、箒が止まったあと、先生は何もしていなかったように見えたぞ」
噂は、口から口へ渡るたびに形を変えていく。誰かがそう言っていた、という話が、いつの間にか自分が見た事実のように扱われてしまう。
私はスプーンを置いた。
「ドラコ、気になるの?」
隣に座るエレノアが尋ねた。
「試合中、スネイプ先生の口が動いていたのを見たの。でも、何をしていたかまでは分からない。なのに、噂ではもう呪いをかけたことになっているみたい」
「噂って怖いわね。最初に言った人も、もう何が本当か分からなくなっていそう」
エレノアはカップを両手で包んだ。
簡単なことのようで、実際には難しい。答えが見つからないと、空白を何かで埋めたくなる。前世の会社でも、確かめていない話が「みんな知っていること」として広がるのを何度も見た。けれど、誰かの噂を否定するのにも、確かな根拠が必要だった。
授業の合間、ハーマイオニーが図書室で私を待っていた。
「試合のことを調べてみたいの。あなたが見たことと、ハリー本人の話を整理すれば、少なくとも噂と事実を分けられるでしょう?」
「私の見たことなんて、たいしたものじゃないわ。双眼鏡でスネイプ先生の口元を見ただけよ」
「だからこそ、見た範囲を正確に確認したいの。分からないことを、分かったように書かないために」
彼女の言葉に、私は少し驚いた。ハーマイオニーは、答えを見つけるために調べるだけではない。答えがないことも、きちんと残そうとしている。
「分かった。私が覚えていることを話すわ」
私たちは図書室の隅の机についた。ハーマイオニーは紙を広げ、羽根ペンを手にした。
「まず、試合中に見たことから。スネイプ先生はハリーを見ていて、口が動いていた。これで合っている?」
「ええ。エレノアの双眼鏡を借りて見たの。呪文の内容は聞こえなかったし、何をしていたかも分からない」
ハーマイオニーはそれを書き留めた。
「次に、ハリーの箒が暴れた。これは私たち全員が見たことね」
「そう。先生たちが駆けつけて、リドル先生が箒を落ち着かせた。それから試合が再開した」
「では、箒が壊れていたかどうかは?」
「フーチ先生が調べたよ」
声のした方を見ると、ハリーが本棚の間から歩いてきた。ロンも一緒だ。二人は別の本を返しに来たところらしい。
「フーチ先生には、試合のあとで箒を見てもらったんだ。壊れてはいなかったって」
ハーマイオニーは羽根ペンを止めた。
「壊れていなかったのね。でも、魔法をかけられていなかったとは限らないわ」
「うん。僕もそう思った。試合中、箒が急に引っ張られるような感じがしたんだ。自分で動かしているのに、別の方向へ持っていかれるみたいだった」
ハリーの証言を、ハーマイオニーはそのまま紙に書いた。箒に乗っていた本人の感覚は、観客席から見ていた私たちには分からないものだ。
「それは、箒が壊れていなかったという検査結果とは別の情報ね」
ハーマイオニーは書き終えた内容を読み返した。
「フーチ先生は箒の状態を調べた。ハリーは、試合中に引っ張られるように感じた。私たちは、魔法が原因だったかどうかまでは確かめられていない」
「そうやって分けて書くと、ずいぶん少ないね」
私が言うと、ハーマイオニーは少しだけ得意そうに顎を上げた。
「少なくても、確かなことの方が役に立つわ」
ロンは腕を組み、紙を見ていた。
「スネイプがやったって決まったわけじゃないんだな」
「今のところはね」
私は答えた。
「でも、先生の口が動いていたのは見た。何をしていたのかは分からない。そこまでよ」
ロンはすぐには返事をしなかった。それから、短く息を吐いた。
「分かった。少なくとも、聞いてないことまで言いふらすのはやめるよ」
「ありがとう」
ハリーが私を見た。
「手伝ってくれてありがとう」
「無事でよかったわ」
それだけ答えると、ハリーは小さく笑った。
ハーマイオニーは紙をたたみ、鞄にしまった。
「これ以上のことは、先生たちが調べるのを待つしかないわね」
「リドル先生に聞いてみる?」
ハリーが尋ねる。
「前に、黒い糸のことを聞いたとき、先生は詳しく話せないと言っていたの。今、無理に聞いても答えてくれないと思う」
あのときの、リドル先生の冷えた声を思い出す。先生は何かを隠しているのかもしれない。それでも、隠している理由まで私たちに分かるわけではなかった。
「証拠が見つかるまでは、決めつけない方がいいわ」
私が言うと、ロンは少し意外そうにこちらを見た。
「それ、リドル先生に言われたの?」
「ええ。でも、先生に言われたからじゃなくて、私もそう思うの」
ハリーはうなずいた。ロンも、今度は何も言わなかった。
*
それから数週間、黒い糸について新しい手がかりは見つからなかった。
ハリーの箒をめぐる話も、別の出来事が起きるたびに少しずつ薄れていった。噂を口にする生徒はまだいたけれど、最初のように断定する声は減っている。図書室でまとめた紙は、ハーマイオニーが大切に鞄へしまったままだった。
窓の外では、初雪が校庭を白く染めていた。クリスマス休暇が近づき、生徒たちは帰省の話で浮き立っている。
私も、マルフォイ家へ帰ることになっていた。
父上はきっと、学校での出来事を尋ねるだろう。
成績や授業のことなら話せる。エレノアと親しくなったことも。
けれど、ハリーやハーマイオニーと過ごした時間は、どう説明すればいいのだろう。
スリザリンで居場所を失いかけていることも、リドル先生への疑問も、父には話せそうになかった。
私は窓の外の雪を見つめた。
帰る場所があることと、何でも話せる場所があることは、同じではないのかもしれない。