休暇明けのホグワーツ特急は、雪景色の中を走っていた。
向かいの席では、エレノアが本を閉じ、窓の外を眺めている。
「マルフォイ邸では、ゆっくりできた?」
「ええ。家族と過ごせたわ。エレノアは?」
「私もよ。楽しかったけれど、家にいると少し気を遣うわね」
彼女はそう言って、小さく息をついた。
私も家での休暇を思い返す。父上に学校のことを尋ねられ、ハリーやハーマイオニーの話はほとんどできなかった。夢に出てきた男のことも、誰にも打ち明けていない。
賢者の石を手に入れろ。そうすれば、望みをかなえてやる。
目覚めてから何日も経つのに、あの声は頭のどこかに残っていた。
*
ホグワーツへ戻ると、帰省していた生徒たちの声で大広間は賑わっていた。休暇中も学校に残っていたハリーとロンは、暖炉のそばに座っている。ハーマイオニーも戻っていて、二人の向かいでカップを手にしていた。
私はエレノアと別れ、三人のところへ向かった。
「三人とも、休暇は楽しかった?」
ロンが眉を上げた。
「学校に残ってた僕たちに聞くのか?」
「うん。学校で楽しく過ごせたかなって」
「楽しかったというより、静かだったよ。人が少ないから、いつもと感じが違った」
「私は実家で過ごしたわ。宿題も片づけたし、ゆっくりできたわよ」
ハーマイオニーが答える。それから、彼女はハリーの表情を見て首を傾げた。
「何かあったの?」
ハリーは少し迷ったあと、うなずいた。
「休暇中、禁書庫に忍び込んだんだ」
「禁書庫に?」
私は思わず声を上げ、すぐに周囲を気にして声を落とした。
「どうしてそんなことを?」
「箒のことが気になっていたんだ。トロールの首にあった黒い痕も。前にみんなで話したけど、結局何も分からなかっただろ。魔法の痕跡について書かれた本がないか、調べてみたかった」
ハーマイオニーがカップを置いた。
「許可をもらわずに?」
「うん。だから、クリスマスにもらった透明マントを使った」
「透明マントって、姿が見えなくなるあのマント?」
「父さんのものだったらしい。ダンブルドア先生が、クリスマスに届けてくれたんだ」
ハリーは膝の上で手を組んだ。父親の形見を手にした彼が、禁書庫へ入る姿を想像する。好奇心だけで、そんな危険を冒したわけではないのだろう。
「本を探していたら、廊下から足音が聞こえたんだ」
ハリーは視線を落とした。
「フィルチに見つかりそうになって、慌てて奥へ逃げた。廊下に出たつもりだったのに、知らない場所まで来ていて……戻り道も分からなくなった」
「そこで鏡を見つけたの?」
ハーマイオニーが尋ねる。
「うん。誰もいない古い部屋に隠れたんだ。透明マントを脱いで、やっと息をついたとき、部屋の奥に大きな鏡があるのに気づいた」
ハリーは言葉を止めた。ロンは急かさず、黙って待っている。
「鏡には、両親が映っていた」
大広間のざわめきが遠のいた気がした。
「お父さんとお母さんに会えたの?」
「鏡の中でね。母さんは僕を見ていた。父さんも、その隣にいた。ほかにも人がいたけど、僕には二人しか見えなかった」
ハリーの声は、最後の方でかすれた。
「次の夜も、また見に行ったんだ。そしたらダンブルドア先生に見つかった」
「先生は何と言ったの?」
ハーマイオニーは静かに尋ねた。
「その鏡を『みぞの鏡』と呼んでいた。見る人の心の奥にある望みを映すんだって。鏡に映るものを追い続けて、現実を忘れてはいけないと言われたよ」
その名前に、前世の記憶がかすかに反応した。映画で見た場面が脳裏をよぎる。けれど、今のハリーの話を、知っている物語の一場面として片づけたくはなかった。
「もう、その部屋へは行かないの?」
ロンが尋ねた。
「うん。先生の言葉を考えたんだ。鏡の前にいても、両親と本当に話せるわけじゃないから」
ハリーは窓の方を向いた。外では雪が静かに降っている。
「会いたかったんだね」
ようやく、それだけ言えた。
「うん。ずっと」
ロンはハリーの隣に座ったまま、肩を軽く寄せた。ハーマイオニーも、彼の気持ちを急かすようなことは言わなかった。
私の胸には、休暇最後の夜に見た夢がよみがえっていた。
黒い扉の向こうにいた男。賢者の石を手に入れれば、望みをかなえると言った声。
ハリーが鏡に見た両親と、私が夢の中で問われた望み。二つを結びつけたくなる。けれど、今ここで話せば、ハリーの悲しみに自分の秘密を重ねてしまう気がした。
「禁書庫に入ったのは無茶だったけど、調べようとした理由は分かったわ」
ハーマイオニーが言った。
「次に何か調べるときは、先生に許可をもらいましょう」
「分かってるよ」
「本当に?」
「本当に」
ロンの念押しに、ハリーは苦笑した。
「話してくれてありがとう」
私が言うと、ハリーは少し驚き、それから微笑んだ。
「君なら、聞いてくれると思った」
その言葉に、胸の奥が温かくなる。父上には話せなかったことを、ハリーは私に話してくれた。私は、その信頼を大切にしたいと思った。
けれど、夢の男のことは、まだ言えなかった。
「結局、箒やトロールの痕跡については何も分からなかったんだね」
ロンが言った。
「そうね。鏡のことと、黒い痕のことは、今は別々に考えた方がよさそう」
ハーマイオニーの言葉に、私はうなずいた。分からないものを、分かったように結びつけない。それは、リドル先生の授業で学んだことでもあった。
それでも、夢の男の声は消えなかった。
――望みをかなえてやる。
私はその声を誰にも聞かせないまま、三人と一緒に大広間を出た。