午後の授業も終わり、今日は雑木林の事で頭を悩ませる必要も無いので、僕は校内をブラブラとする事にした。入学してからゆっくりと校内を散策する暇なんて無かったからな……
「時間もあるし、早蕨荘でも掃除していこうかな」
親睦を深めるという名目で、僕たちは今学校から少し離れた場所でキャンプをしているので、早蕨荘には誰も人がいない状況なのだ。人がいないからといって、部屋が汚れないわけでもないので、僕はこうして時間を見つけて掃除しようと考えていたのだ。
「夕ご飯の支度は僕の順番じゃないし、結界も安定しているから見に行く必要も無いしね」
僕は誰に言い訳をするわけでもなく呟き、早蕨荘の中へと入って行く。自分が生活している場所ではあるのだけども、まだそれほど過ごしていない場所なので誰もいないと緊張するな……
「あれ? なんだこの足跡……ネズミでもいるのかな?」
早蕨荘に入ってすぐの廊下に小さな足跡が無数にあったのを見て、僕は小動物が入り込んだのだろうと思った。人の足跡にしては小さ過ぎたからなのだが、ネズミのにしたは大きかったような気もしたのだ。だけど気にしても仕方ないと思ったのでそのまま拭き掃除を始めた。
「それにしても、何でこんなに汚れてるんだろう……あぁ、部屋まで足跡があるよ」
良く見れば、足跡の種類は二つあった。つまり何者かが二人、あるいは二匹この寮に入り込んで歩き回ったのだろう。掃除する側から言わせてもらえば、せめて足の裏くらいは綺麗にしてから歩き回ってほしいものだ……まぁ、小動物がそんな事をするわけないんだから、言うだけ無駄なんだけどね……
「あれ? 元希さんもお掃除しに来たんですか?」
「バエルさん……僕『も』って事は、バエルさんも?」
「はい。でも、あまりにも汚れていたので、裏口から水拭きしてきたんです」
「裏口もですか……僕も玄関からここまで拭いて来たんですけどね」
そう言って二人で何とも言えない気持ちになった。誰が汚したのかは分からないけど、もし掃除する能力がある生物が汚したのなら、ソイツに掃除してもらいたいと思ったのだ。
「とりあえず物を散らかしていないだけマシなのでしょうか?」
「そうですね。足跡を残しただけならまだマシなんでしょうね」
僕は足跡の残る廊下に向けて水魔法を放ち、そのまま雑巾で拭き始める。雑巾を濡らして拭くより、水で洗い流して、その残った水を乾いた雑巾で拭いた方が楽なのだ。
「羨ましいですね。私は氷の魔法しか使えませんので」
「氷の魔法なら、汚れを凍らせて地面から剥がせますよ。まぁ、効率が悪いのでお勧めはしませんけど」
汚れだけに狙いを定めなければならないし、恐ろしいくらい集中しなければならないので、精神的・肉体的に疲労感が半端無いのだ。
「そう言えば先ほど、リンちゃんと水さんが早蕨先生に怒られてましたね」
「リンと水が? 何をしたんだろう……」
あの二人は仲が良いのかと思えば喧嘩するし、仲が悪いのかと思えば一緒になって遊んでたりするので良く分からないんだよね……今日も僕のお弁当食べちゃうし……
「泥だらけだったので、シャワーを浴びて綺麗になるようにと言われてました」
「泥だらけ?」
僕はバエルさんの言葉に引っかかりを覚えて、この寮に入り込んだ気配を遡って確かめる事にした。
「……あぁ、やっぱりか」
「どうしたんです?」
時間を遡って調べて分かった事は、早蕨荘に足跡を大量に残したのがネズミでも無ければ小動物でも無かったという事だ。
「この汚れはリンと水が追いかけっこをして出来たものです。あの二人は原則、靴を履きませんし」
「なるほど。それで足に着いた泥が足跡となって廊下なり部屋なりを汚したんですね」
「後で注意しておかないとな……」
「大変ですね、お兄ちゃんは」
「からかわないでくださいよ……バエルさんから見たら、僕は弟に見えるんでしょうけど、一応は同い年なんですよ?」
余裕の笑みを浮かべているバエルさんに、形だけの抵抗を見せようとしたのだけど、バエルさんの余裕を崩す事は出来ない。それどころか、より愛しむような眼差しになっているような気が……
「とにかく、掃除を終わらせましょう」
「そうですね。それとですね、元希さん」
「はい、なんで……っ!?」
振り返った僕の唇に、何か柔らかい感触が……
「私は、元希さんの事を弟だなんて思ってないですからね」
「……はい」
何とか絞り出した返事に、バエルさんは楽しそうな笑みを浮かべた。それにしても、いきなりキスしてくるなんてな……驚いて何も言えなくなっちゃったな……
家は人がいないとすぐダメになっちゃいますからね……ただ足跡は付かないかな。