お風呂に入るわけにもいかないので、僕はタオルを濡らして全身を拭く事にした……のだが、何故かそのタオルはバエルさんに没収され、今バエルさんが僕の身体を拭いてくれている。
「これくらい自分で出来るよ……」
「ダメです。自分で拭こうとすると、どうしても手が届かない個所が出てきてしまいますし、拭きムラがあったら気持ち悪いですよ」
「ですけど……やっぱり恥ずかしいですよ」
「それは、今更です。一緒にお風呂に入ったりしてるんですから……」
やはりバエルさんも少し恥ずかしいのか、微妙に視線がズレている。それでも、バエルさんはタオルを返してくれる事は無かった。
「はい、今度は下を拭きますから」
「そこは自分でやりますよ!」
大声を出した所為で、少しくらくらしてきた……いくら病人だからといって、妥協出来ない個所というものはあるのだ。
「そうですか? じゃあ見ないようにしてるので」
「はい……」
これが水奈さんや美土さんなら、問答無用で全部を拭きたがるだろうし、炎さんは気にするなとか言い出すだろう。御影さんと秋穂さんはどんな反応をするか想像出来ないけど、おそらくはタオルを渡してくれる事は無かっただろうな。そして恵理さんと涼子さんは、嫌がっても逃げようとしても捕まえて全身隈なく拭いてくれただろう……それが善とは思わないけど。
「終わりました」
「はい、じゃあタオルを洗うので渡してください」
それほど汚れては無いが、汗を拭いたので洗って置いておくのが良いだろう。だけど、今拭いたばかりのタオルを、バエルさんに洗ってもらうのは忍びないような気が……
「自分で洗いますよ……」
「遠慮しなくていいですよ。元希さんは病人なんですから」
「ですが……」
「今更、ですよ」
そんな顔ズルイ……少し顔を赤らめながらも、有無を言わせない笑顔でそんな事を言われたら、お願いするしか無いじゃないですか……
「元希さんは、私と似てますね」
「? 何がですか?」
「風邪をひいても、自分の事を自分でしようとするところが、です」
「元々僕のいた田舎では、それが普通でしたから」
お母さんも働いていたし、風邪をひいたからといって、誰かが看病してくれるわけでも無かったのだ。だからこうやって誰かに看病してもらう方が不思議な気がしてならない。
「私も施設で育ちましたから、自分の事は自分でするのが当たり前でした。でも、それは世間一般では当たり前じゃなく、こうやって風邪をひいたら誰かに看病してもらえるのが当たり前なんですよ」
「そうなんですよね……でも、僕はそれを当り前だとは思えない。それは恵まれていて、ありがたい事なんだと思ってしまう」
「それで良いんだと思いますが、必要以上に遠慮するのは良くないですよ」
「はい、ゴメンなさい……」
同い年だけど、バエルさんは非常に大人びた考え方をする女性だ。だからじゃないけど、僕はバエルさんの言う事に反論出来ない事が多い。大抵は筋の通った事なので反論する必要が無いのだけども、こうやって諭されるように言われると、むず痒いから反論しようとしても、バエルさんの雰囲気に呑まれて反論する事が出来ないのだ。
「他の皆さんも、元希さんの看病をしたくてたまらないようですので、私が嫌なら他の人に代わってもらいますけど?」
「……バエルさんにお願いします」
「はい、お願いされました」
他の人を選べばどうなるか、それはバエルさんにも分かってる事だっただろう。だからあのような意地悪な質問を僕にぶつけ、自分が選ばれると嬉しそうな顔をしながらも恥ずかしそうに顔を逸らしたのだろう。嬉しさが顔に出るのが分かってたから、それを僕に見られないようにしたのだろう。
タオルを洗いに行くバエルさんを見送った後、僕は急激に疲れてきてしまい寝てしまった。やっぱり、バエルさんと一緒にいるとドキドキして、余計に疲れるんだろうな……
登場は一番遅かったんですけどね……