視界いっぱいに広がるバエルさんの顔……キスしてるから当然と言えば当然なんだけど、目の前にバエルさんがいるのだ。ちょっと前からバエルさんといるとドキドキしてたけど、今はもう心臓が飛び出そうなくらいドキドキしている。このままじゃ、僕の心臓は早鐘を打ち続けるだろう……
「……っ! ちょっと離れて下さい!」
「そうですよね……いきなりこんな事されて、元希さんは私の事なんて嫌いになりましたよね」
「えっ? 違いますよ……」
強引に離れたら、バエルさんがシュンとしてしまった。何か可愛らしいと思った反面、可哀想な事をしたかもしれないという罪悪感に苛まれた。僕は一旦離れたかっただけなのに、なんだろうこの気持ちは……
「だって、元希さんは私とキスしたくなかったんですよね? だから離れたんですよね?」
「そうじゃないですよ。いきなり過ぎて鼓動を抑えられなくなってしまったんですよ。だから落ち着きたくて離れたんです」
「鼓動を? じゃあ元希さんは私の事が嫌いで離れたわけじゃないんですね?」
「そうですよ……だって僕は――」
ちょっと待て。僕は何を言うつもりだったんだ……自分が言おうとした事を自覚して、僕は逃げるようにテントから飛び出した。背後からバエルさんの不思議そうな視線が突き刺さったが、今はそれを気にしてる余裕は僕には無かったのだった……
取り合えずリンが守護する雑木林まで逃げてきた僕は、そこで落ち着く為に人払いの結界を張って座り込んだ。
「僕はいったい、何を言い出すつもりだったんだ……」
自分が言おうとした事を改めて思い出し、僕は頭を抱えて項垂れる。
『お前、あの女の事が好きなんじゃないのか?』
「好きだよ。でもそれは皆と同じ……」
『自覚してないのか? それともただ単に餓鬼なのか……って、姉さま? 何故そのような物を……』
『元希は初心なのです。汚れた愚弟のアドバイスなどを聞かせるわけにはいきません』
『汚れたって、俺が何をしたと言うのですか』
『忘れたとは言わせませんよ? 昔、自分の位を笠に着てこの辺り一帯の若い女性を……』
『それは若気の至りです! もう忘れて下さい!』
何やら僕の精神世界内で姉弟が言い争っているけど、シンは僕に何を教えてくれるつもりだったのだろう……気になるな。
『とにかく、元希』
「なに?」
『貴方はまだ答えを出せずにいます。それは恥ずべき事ではありませんので、じっくりと考えて答えを出しなさい』
「答えって……僕は何に対して答えればいいの?」
『それは、自分で導き出さなければいけません。人に言われて気づくのではなく、自分で気づかなければ相手が可哀想です』
「可哀想……」
それは誰に向けられた言葉だったのだろうか……
『姉さま、コイツはもしかして?』
『そうでしょうね。元希はまだ知らないのでしょう』
『おいおい……十五、六歳で知らないとはねぇ……初心って言葉で済ませて良い物じゃ無いような気も』
『仕方ないですよ。元希はこの年まで田舎で生活していましたし、こっちに来てからは慣れない生活と感情でその事を考える時間が無かったんですから』
「だから何の話なのさ?」
僕の内側で会話をするリンとシンだが、僕の問い掛けには答えてくれない。いや、シンは教えようとしてくれたけど、おそらくリンに止められているのだろう。声は聞こえど姿は見えないので、二人が何をしようと僕には見えないし分からないのだから。
『一つだけ言える事は、元希が一番意識しているのはバエル、と言う事でしょうか。もちろん、他の相手も気には掛けているようですけどね』
『つまり、ハーレム野郎だと? じょ、冗談ですからそれは止めていただきたい』
『元希を愚弄するとは、さすがは愚弟ですね。次はありませんからね』
結局僕が何で悩んでいるのか、僕以外の二人には分かったようだ。僕が知らない何かを、二人は知っているのだ……気になるなぁ……
神様二人は理解し、当事者の元希君が理解出来ず……