今日の授業で、僕は出来る限り強力な魔法を放とうと思っていたのだが、実際に授業が始まったらどうしても制御してしまいストレス発散は出来なかった。
『お前、変なところまで真面目なんだな』
「(だって、炎さんたちを危険な目に遭わせるわけには……)」
『別に俺は構わないが、姉さまがずっと悶々として……』
『何を言うつもりだったのですかね、愚弟?』
あーあ……また僕の中で姉弟喧嘩が始まってしまった……喧嘩と表現出来るかは微妙だけど……
「おーい、元希ー!」
「あっ、炎さん……」
少し離れた所から炎さんが僕の事を呼んでいる。しかし、よく恥ずかしがらずにあんな大声を出せるよね……僕だったら無理だ。
「どうかしたの?」
駆け足で炎さんに近づき、僕は何か用事があるのかどうか訊ねた。
「いや、見つけたから声を掛けただけ。暇ならどっか行かないか?」
「どこかって……どこに?」
「そうだな……グラウンドでも行って走るか!」
「えぇ!?」
僕はそれ程体力があるわけでもないし、走る事が好きなわけでもない。だから何故炎さんがそんな提案をしてきたのか、僕には分からなかった……
「最近何だか、元希が悩んでるような気がしてさ。そう言う時は走ってすっきりさせるのが良いだよ」
「………」
何だ、やっぱり炎さんたちにも気づかれてたんだ……僕が様子がおかしいのは、おそらく全員に伝わっているのだろう。それをあえて指摘しなかったのは、皆の優しさなんだろうな……
「ほら! さっさと行くぞ! 何時までも元希の様子がおかしかったら、アタシたちまで気持ちが落ち着かないからな」
「……ゴメン。そして、ありがとう」
「ん? アタシは何もしてないぞ?」
炎さんの答えに、僕は苦笑いを浮かべる。この人は自分が何かしても、その事を自慢するような人じゃ無かったんだった……凄い人だよね。
炎さんとグラウンドを走り、へろへろになるまで付き合わされた結果、僕はモヤモヤしていた事を忘れる事が出来た。
「ほ、炎さん……もう無理だよ……」
「なんだよ? まだ20周しかしてないだろ?」
「1周300mのグラウンドを20周もしたら、普通動けないって……」
僕は陸上選手でも無ければ、体力自慢でも無いのだ。一応は鍛えているとはいえ、それはあくまでも魔法を使う為であり、長距離を走る為ではない。
「そうなのか? じゃあ帰ろうぜ」
「ちょ、ちょっと待って……すぐには動けないよ……」
「情けないな……ほら、アタシの背に乗りなよ」
有無を言わさぬ感じでも僕に背を向けしゃがむ炎さん……実に男前だが、男女逆なような気もするんだよね……
「(まぁ、炎さんをおんぶするような展開があるとは思えないけど……)」
僕よりも体力があって、僕よりも背が高い炎さんを背負う事など、この先何があってもあり得ないだろうな……それくらい僕と炎さんの体力には差があるのだ……
「おーい! 早く乗ってくれよ」
「だ、大丈夫……少し休めば動けるから」
「そうなのか? でも、さっさと帰って汗を流したいから付き合え!」
「ちょ、ちょっと!? 強制的に抱き上げるのはやめて!? 分かった! おんぶされるから!」
さすがに抱き上げられるのは恥ずかしい……僕は諦めて炎さんにおんぶされる事にした。
「しっかし、元希は相変わらず軽いよな~。この間水奈を背負おうとしたけど、アイツ太ったみたいで少し大変だったぜ」
「あの身長差があるのに、水奈さんを背負ったの?」
「ああ。足を挫いたとかでさ。美土がいれば治癒魔法でも掛けさせたんだけどな」
「……水奈さんだって使えるんじゃ?」
「あっ、そうだったな! 全然思いつかなかったぜ! さすが元希だな」
何だろう……さっきまで凄い人だって思ってたけど、やっぱり炎さんは炎さんだったんだと思ってしまった……
「さーて! このまま風呂までダッシュだ!」
「まだ走るの!? てか、お風呂は別々に……」
僕の声は果たして炎さんに届いたのだろうか……あまりの速さに口を開く事も出来ず、僕はそのまま拠点まで運ばれたのだった。
恋愛では無いですが、炎さんも仲良いですね