確実に気配は近づいて来て、僕たちはその都度緊張感を高めていた。バーチャルでは何回も体験したし、大勢でなら実際のモンスター相手に戦った事もある。だが僕たちだけとなると初めてかもしれないのだ。緊張してしまうのも無理は無いだろう……
『ほう、ワシを捕えに来たのかと思えば、まだ子供ではないか』
「えっ?」
誰かに声を掛けられてキョロキョロと周りを見渡すが、誰もその声に気づいていない。
「今の声って……」
「声、ですか? 私は聞こえませんでしたが……皆さんは?」
「アタシも聞こえなかったぞ」
「わたしも」
『当たり前じゃ。ワシが話しかけているのはそなただからな、神を宿し少年よ』
声の主が姿を現すと、僕たちは咄嗟に身構えてしまった。
「ワシに戦うつもりは無いぞ。そもそも何故お主たちのような子供がワシの所へ来たのだ?」
「……えっと、日本支部から逃げ出した人工モンスター、ですよね?」
「如何にも。ワシは日本支部から逃げ出した人工モンスターじゃ。キマイラという」
「人工モンスターって喋れるんだな」
「頭の中も弄られておるからの。人間の言葉を発するくらい造作もないわい」
楽しそうに笑うキマイラに釣られてか、炎さんも楽しそうに笑いだした。
「おっさんみたいなモンスターなら緊張する事も無かったじゃねぇかよ。脅かしやがって」
「別にワシは脅かしておらんぞ。討伐に来たのかと思えば、外のアメフラシを無傷で捕獲して保護したじゃろ? そこで終わるならまだしもこちら側にも来るもんでの。一応の威嚇をしただけじゃ」
「あの子供っておっさんの知り合いだったのか?」
目の前で繰り広げられる、キマイラと炎さんの会話。その光景に僕以外も現実味を失ってしまったようだった。
「さて、神を宿し少年。ワシに何の用じゃ?」
「えっと……ここら一帯の生物がいなくなった原因って……」
「少しの間この場所を借りただけじゃ。すぐに戻ってくるじゃろ」
「ですが、あのアメフラシから残留気配を感じ取ったと……」
「あれはここら一帯の害虫の気配じゃろ。アメフラシに害虫駆除を頼んだからの」
「ところでおっさん、何で逃げ出したんだ?」
完全にお友達になったのか、炎さんはキマイラの事を「おっさん」と普通に呼んでいる。キマイラの方も嫌な顔をせずにその呼び名に反応している。
「やつら、ワシを使い『霊峰学園』なる場所に攻撃を仕掛けるとか言っての。ワシは少年少女を傷つけるつもりは無かったからの。廃棄処分される前に逃げ出したのじゃ」
「そこってアタシたちの学校だぜ」
「何と!? 縁は異なものとは良く言ったものじゃな」
「ではキマイラさん――」
「『おっさん』で構わんぞ。老い先短いワシに敬意を示す必要は無い」
「い、いえ……それで、一応僕たちと一緒に来てもらえますか? アメフラシもそこにいますので」
「分かった。何時までもこの場所を借りているのも悪いしの。一般人にも怖がられてしまったので、この洞穴に潜り込んだのじゃが、それでも不気味じゃと言われ続けてたところじゃし」
「そりゃおっさんが顔を出したら不気味がるだろ。アタシは意外と好きだけどな」
笑いながら炎さんがキマイラさんの頭をバシバシと叩く。本当に豪快な人だよね、炎さんって……
「あっ……僕は東海林元希と言います」
「アタシは岩崎炎だ」
とりあえず自己紹介をして、キマイラには転移魔法で先に霊峰学園へと向かってもらった。炎さんから携帯を返してもらい、一通りの説明を理恵さんに済ませてから、僕たちは山を下りる事にしたのだった。
「いやー、なかなか楽しかったな!」
「炎さん、いくら大人しいとはいえ人工モンスターの頭を叩くなんて……」
「何だ? 水奈はあのおっさんが怖かったのか?」
「そう言う問題ではありませんわ! 万が一炎さんに何かあったら……私は……」
「すまんすまん。だけど平気だっただろ?」
友情を確かめ合っている二人を、美土さんと御影さん、そして秋穂さんが生温かい目で眺めているのを、僕とバエルさんは笑いそうになるのを堪えながら眺めていた。
大らかなのか、大雑把なのか……