炎さんが見たおっさんが誰なのかは分からないけど、教頭と話していたということは少なくともこちら側の人間ではなさそうだ。
僕は昼食を済ませた後、中断していた特訓をするために学園にやって来た。さすがにそのおっさんとばったり、などと都合の良い展開は訪れず、普通に理事長室までたどり着いた。
「いらっしゃい、元希君。今日も頑張ろうね」
「感覚は掴めてるはずなんですけどね……どうしても上手くいかないんですよ……」
「上手くやろうって力み過ぎてるのよ、元希君は。もっと自然体でやってみたら? それとも、失敗してお姉さんに慰めてもらいたいのかしら?」
「慰めるというか、恵理さんは僕をからかってるだけじゃないですか」
あれで慰めてると言うのなら、僕が知っている「慰める」という行為とだいぶ違うんだけどな……
「とにかく、今日は色々考えるのは無しね。無心で、ただ座標移動をすることだけに集中して」
「何時もそのつもりなんですけどね」
どうやら僕には雑念が多すぎるようで、無心のつもりでもいらないことまで考えているのかもしれない。今日だってさっき聞いた不審なおじさんが誰なのかが気になっている。
「……またズレてる」
「今は何を考えていたの?」
「炎さんが見たという、見知らぬおじさんの事を……教頭と話してたって言ってましたから、おそらくは恵理さんたちも知ってるとは思うんですが……」
「あぁ、あのハゲオヤジの後ろ盾ね……税金泥棒よ」
「? それって職業じゃないですよね……何をしてる人ですか?」
「だから、税金泥棒。何の政策も打ち出さない国会議員よ」
「あっ、やっぱり……」
なんとなく分かっていたが、これでもやもやが晴れてスッキリした気分だ。今なら座標移動も上手くいくかもしれない。
「なんだかやる気ね。それじゃあ、もう一回やってみましょう」
恵理さんの合図で、僕は座標移動を試みる。いつまでもここで躓いていたら、何時まで経っても空間転移なんて出来やしないんだから。
「おっ、誤差無しね。成功よ」
「やった! やりました、恵理さん!」
「おぉ、元希君から抱き着いてくるなんて珍しいわね」
「えっ? わぁ!? すみません!」
興奮のあまり抱き着いてしまった……? 何で離してくれないんだろう。
「あの……謝るので離してくれませんか?」
「うーん、ダメ」
「えっ、何で!?」
そんなに怒ってるのだろうか……そりゃ、いくら親しくしてもらってるとはいえ、異性から抱き着かれるのは許せないよね……このまま締め上げられるのだろうか……
「せっかく元希君から抱き着いてくれたんだから、余韻に浸ってたいのよ」
「……怒ってるわけじゃないんですか?」
「怒るわけないじゃない。私も元希君の事が好きなんだから」
「私『も』?」
「気づいてないわけじゃないんでしょ? 涼子ちゃんもリーナも、もちろんS組の子たちも岩清水さんとアレクサンドロフさんも元希君に好意を抱いてることに」
「……考え無いようにはしてましたが」
どうやら自意識過剰ではなく、第三者から見てもそうらしい……まぁ、なんとなく告白されてる感じはしてたし、好きでもない異性と混浴なんてしないと思ってたもん……決して異性として見られてないなんて思ってなかったもん。
考えれば、元希君から抱き着くのって初めて?