理事長室で恵理さんと話していたら急に扉が開いた。この部屋にノック無しで入ってくる人は一人しかいない為に、僕も恵理さんも驚きはせずにその人の登場を受け止めたんだけど、水は今回初めてだった為に少し驚いていた。
「姉さん、ちょっと良いかしら……あら、元希君も居たのね」
「お邪魔してます、涼子さん」
「なんじゃ涼子か……脅かすでない」
「そういえば水がこの部屋に来るとき、涼子ちゃんの方が先にいる事が多かったわね」
「というか此処で涼子と会う時は何時も涼子が先に居ったわ」
恵理さんが水が驚いた事に納得したような顔で頷くと、水は形だけでもと抗議をした。もちろん本気では無いので水もすぐに涼子さんが理事長室に来た理由が気になりだしていた。
「それで涼子ちゃん、何かあったのかしら?」
「例の新聞ですが、やはり世界各国に拡散されてるようでして……もちろんアメリカにも知られてしまったようです」
「ハァ……て事はあの子も元希君の存在を知っちゃったって事よね?」
「恐らくは……いえ、確実にそうだと言い切れると思います」
二人が誰の話しをしてるのか僕と水はさっぱり分からなかった。アメリカの誰かって事は二人の会話から分かるんだけど、僕には外国に知り合いなんていないしな……いや、日本にもそれほど知り合いなんていないんだけどさ……
「悲しい事を心の中でお知らせするのは止すんじゃな」
「でも事実だし……」
「兎に角マズイわね……」
「そうですね。あの子の趣味は私たちと似ていますし、きっと元希君を気に入ったと思いますので……」
涼子さんが話してる途中でけたたましい音が理事長室に鳴り響いた。音の発生源は恵理さんの携帯のようで、着信相手を見ると深い深いため息を吐いた。
「もしかして?」
「その『もしかして』よ。まったく相変わらず必要無い事だけは早いんだから……」
恵理さんが部屋から出て行くと、残された僕と水は事情を知っているであろう涼子さんに視線を固定する。もちろん事情説明を求める為だ。
「如何したの? そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど」
「誤魔化すんじゃない。お主も知っておるのじゃろ? 恵理の電話の相手が誰なのか」
「教えてください」
涼子さんにお願いすると、いきなり柔らかい感触が僕を襲う。如何やら涼子さんに抱きしめられたらしい。
「えっと……」
「そんなに可愛くお願いされたら断れないじゃないですか」
「うぇ?」
僕は普通にお願いしたつもりだったんだけど、如何やら涼子さん的には今のお願いは可愛かったらしい……なんだか複雑な気分だな。
「姉さんの電話の相手はアメリカ魔法協会理事の一人よ。私たちとは昔なじみでね。学生時代は良く一緒に遊んでたのよ。水様のお母様にもお会いしてるのですが」
「ワシは昔の事を良く知らんでな。ここ二、三年くらいしか思いだせん。如何やら母様討伐の際に記憶を封じられたらしくての。しょっちゅう来てくれていたお主や恵理の事は兎も角としても、お主たちが学生時代の時の事はちょっとの」
まさか水にそんな魔法が掛けられていたなんて……全然気付かなかった。
「そうですか……まぁ当時から私や姉さんを恐れる人は少なくありませんでしたし、あの子は珍しい部類でしたので」
「確かにお主や恵理と普通に学生時代を過ごしてたヤツなぞ、普通では無いの」
「水、失礼だよ。それで涼子さん、その人の名前って……」
「アンジェリーナ・スミス。アメリカで有名な魔法師の家系に生まれ、当時有名だった私たちの調査の為に留学してた子よ。歳は私と同じ25歳で、史上最年少でアメリカ魔法協会の理事になった子なの」
「そうなんですか。でもそんな人が何で恵理さんに電話を?」
さっきの会話から想像すると、僕が関係してるんだとは思うんだけど……正直僕が話題にされるような事は無いと思うんだけどな……
僕がそんな事を思ってると、恵理さんが理事長室に戻ってきた。何だか表情は浮かない感じだけど、いったい電話で何があったんだろう……
「如何でした?」
「涼子ちゃんの想像通りだったわよ。リーナは明日にも日本に来るそうよ」
「リーナ?」
アンジェリーナの愛称は『アンジー』だったと思うんだけど……まぁ良いか。
「あら、元希君に話したのね」
「あんなに可愛くお願いされたら話しますよ」
「僕は普通にお願いしたんですけど……」
僕のツッコミは当然のように黙殺され、恵理さんがもの凄い勢いで僕の方に顔を向けてきた。
「えっと……」
「元希君、私にもお願いしてみて!」
「うぇ!? えっと僕は普通にお願いしただけなんですが……」
「良いから!」
「教えてください」
さっき涼子さんにしたように僕はお願いをする。正直何を教えてもらいたいのか僕自身が分かってないんだけど、とりあえず言われた通りに恵理さんにもお願いしてみた。
「うん、確かにこれだったら教えちゃうわね。チョコンって擬音がピッタリかしら?」
「可愛いですよね」
如何やら二人が気に入ったのは僕の頭を下げる動作のようだった。僕はいたって普通に頭を下げているんだけど、その動きが恵理さんと涼子さんは気に入ったようだったのだ。
「さすがは主様よの。まさか動き一つで恵理と涼子を魅了するとは」
「褒められても嬉しく無いよ……」
水に茶化されて僕は恥ずかしくなってきた……健吾君みたいに大きな身体があれば可愛いなんて言われないんだろうな。
名前考えるのは面倒です……