教室に戻るといきなり涼子さんに抱きつかれた。いきなり抱きつかれたのもそうだけど、何で気配を消してたんだろう……
「元希君! 心配しましたよ!」
「ごめんなさい……でも入学式の時みたいに人込みに飲まれて気絶するのは嫌だったんで」
「それでも心配したんですから! 罰として今日一日元希君は私に抱かれながら勉強すること」
「でもそれじゃあ黒板が見えないんじゃ……」
それに涼子さんも授業しにくい気がするし……
「これ涼子よ。それじゃあ元希に対しての罰ではなくお主に対するご褒美ではないか」
「そ、そんな事ありませんよ水様」
あっ、動揺してる……水の言ってる事が図星だったんだろうな。
「遅いぞ、元希」
「今度からは私たちも残りますわ」
「お姉さんたちを心配させるなんて駄目よ~」
「元希君、早く座りなよ」
炎さんたちにも心配掛けちゃったな……健吾君だけじゃなく皆にも念話しておけばよかったかな……
「さて、それじゃあ授業を始めますけど……何か用かしら?」
「さすが涼子、やっぱり気付いてたのね」
「元希君も気付いてたわよ」
涼子さんに抱きつかれた時にちょっと気配が生まれたように感じてたけど、やっぱり付けられてたんだ。それにしても何で後を付けて来たんだろう……
「ちょっと様子を見たくてね。一応英語教師でここに来てるけど、これでもアメリカの魔法協会理事だし」
「姉さんには許可を取ったのかしら?」
「副校長? の許可は取ったわよ」
「あの親父の許可なんて意味無いわよ」
恵理さんと涼子さんは副校長とは折り合いが悪い。僕も何となくだけどあの人は好きになれない感じだ。
「やっぱりあの親父が二人を『化け物』呼ばわりした男なのかしら?」
「その男の手下って感じかしらね。リーナが簡単に来日出来たのだってアイツらが絡んでるからでしょうし」
「まぁあのニュースが世界中に駆け巡ってすぐだもんね。何かしらの圧力は感じてたわよ」
「えっと……授業は良いんでしょうか?」
水奈さんが恐る恐るといった感じで涼子さんに声を掛けた。涼子さんもその言葉で思い出したように授業を開始するのだった。
「じゃあ私は元希ちゃんの傍で見学させてもらうわね」
「あの、リーナ先生?」
「だから姉さんの許可を取ってきてからにしてよね。ただでさえリーナの採用の件でもめてるんだから」
「やっぱり恵理の意思は無かったんだ。おかしいとは思ってたけどね」
そういってリーナさんは教室から出て行った。おそらく……いや絶対にと言い切れるかな。理事長室に行ったんだろうな。
「さて、ゴメンねみんな。リーナがいきなり……」
「さっきの集会ではアンジー先生って呼べって言ってましたけど、元希さんと先生はリーナ先生って呼ぶんですね」
「彼女、今朝から早蕨荘で生活してるのよ。学園と自宅では呼び方を変えて欲しいって」
これは涼子さんの嘘だ。リーナ先生が愛称を変える理由はさっき大講堂で聞いたから断言出来る。でも理由が理由だけに本当の事を言えなかったんだろうな。
「そうなんだ。職場と家とで呼び名を変えて欲しいなんてちょっとカッコいいかも。出来る人なんだなって思えるよ」
「それは炎さんだけだと思いますけど。ですが確かに呼び方は大事だと思いますわ」
「でも元希さんや先生もですけど、学校でも違う呼び名を使ってますわよね?」
「そういえば……元希君、ちゃんと呼び分けなきゃ駄目だよ?」
「ご、ゴメン……」
御影さんに言われて僕は頭を下げた。本当の理由をリーナさんが言わない限り僕は涼子さんの嘘に付き合う必要があるのだ。
「おしゃべりはそこまでで。授業を始めますよ」
涼子さんが形勢不利を察したのか、授業を始める事で追求を避ける事にしたらしい。
「アンジー先生は魔法科は担当しないんですよね?」
「そうですね。彼女は魔法協会アメリカ支部の理事ですし、日本の生徒に魔法を教える事は無いと思いますよ」
「でも見学はするんですよね?」
「それは姉さんの判断によりますけど……」
御影さんの追及に見えない汗を流している涼子さん……確かに教えないのに見せろなんて都合が良いしね。
「ただいまー」
「お邪魔するわよ、涼子ちゃん」
「リーナ!? 姉さんまで……」
如何やら恵理さんは授業の見学を許可したらしい……でも何で恵理さんまで教室に来たんだろう?
「リーナちゃんの見学は、私が付き添う形で許可する事にしたの。てなわけで涼子ちゃん、授業よろしく」
「分かりました……でも姉さん、リーナ……元希君から離れてください」
リーナさんと恵理さんは僕にピッタリと寄り添う形を取っているので、涼子さんが少し怒ったような声を出した。
「細かい事は気にしないの」
「そうよ涼子。貴女もくっつけば問題無いでしょ?」
いや、それでも問題はあると思うんですけど……
「それじゃあ失礼して」
「うえぇ!?」
右左と恵理さんとリーナさんが寄り添っているので無理だろと思われていたが、涼子さんは僕の膝の上に座ってきた。
「「あっー!?」」
「ちょっと涼子さん?」
「何かしら?」
「この体勢で如何やって授業を?」
僕の膝の上に座っていたら黒板には手が届かない。モニターを使うにしてもこの位置では届かない。
「大丈夫よ」
そういって涼子さんは小さな召喚獣を呼び出してモニター操作を指示した。便利だけど使い方間違ってないだろうか。結局この時間の授業は召喚獣がモニターを操作して行われたのだった。
見学したいのか、邪魔したいのか……