朝食を済ませて、僕は水とバエルさんと三人で学園に向かう。如何やら歓迎会は今日に持ち越されたらしい。
「驚きましたよ。いきなり気絶するんですから」
「ご、ごめんなさい……」
「まぁまぁ、我が主様は異性に対する免疫が無いからのぅ。そこが可愛いんじゃがの」
水のからかうセリフに、バエルさんが頷いて納得してしまった……まさかバエルさんまで僕をからかう気なのだろうか……
「おっはよ!」
「はぅ!」
突如背中に強烈な張り手を喰らわされた……誰だいったい。
「あっ、炎さん」
「私たちもいますわ、元希様」
「おはよう、元希さん」
「? 元希君、この人は誰?」
「いきなり騒がしくなったのぅ……まぁこれが日常か」
昇降口に差し掛かったところでクラスメイトと合流、その場でバエルさんの紹介を済ませた。
「なるほど……アンタが噂の転入生か~。アタシは岩崎炎、よろしく!」
「氷上水奈と申します」
「風神美土よ」
「光坂御影」
「岩清水秋穂よ!」
「……何時の間に秋穂まで居るんだよ」
四人の自己紹介が終わったところで、秋穂さんも合流した。そういえばバエルさんは秋穂さんのクラスメイトという事になるんだよな……なら仲良くなってもらったほうが後々の学園生活がスムーズに進むかもしれない。
「はじめまして。バエル・アレクサンドロフと申します。以後よろしくお願いいたします」
随分と丁寧な自己紹介に面食らう五人……まぁ僕もちょっと驚いたけどね。
「とりあえず転入の手続きを済ませる為に職員室に行かなきゃ。恵理さんも家でしてくれればいいのに……」
「愚痴っても仕方ないじゃろ。恵理は面倒事は嫌いじゃが、学園の仕事はしっかりとこなすからの。そこで手を抜く事はしないんじゃろ」
水に言われなくても分かっているけども、普段寮の仕事を僕や涼子さんに丸投げする人と同一人物だと考えると、多少の愚痴くらい言いたくなるのだ。
「ならここからは私が案内するわ。同じクラスだろうし、元希君より私の方が先生もやりやすいだろうしね」
「それ、如何いう事ですか?」
「ん~? おしえなーい」
冗談混じりで問い掛ける僕に対し、秋穂さんも冗談で返した。まぁ確かに僕が職員室に行くよりも、秋穂さんが行った方がスムーズに事は進むだろう。
「それじゃあ、元希。アタシたちは教室に行こう!」
「ズルイですわ炎さん! さぁ元希様行きましょう」
「お姉さんだって元希さんと手をつなぎたいわよ」
「ボクも」
「相変わらず我が主様はモテモテじゃの」
「楽しんでないで助けてよ」
僕の救援要請は当然の如く水に黙殺された。持ち上げられるのは結構恥ずかしいんだからね。
午前中の授業では大した事は起こらなかったけども、昼食時にそれは起こった。何やら騒がしいので廊下に顔を出してみると、そこにはバエルさんを一目でも見ようと群がった魔法科一年男子がいた。
「騒がしいわよね」
「秋穂さん? 放っておいていいんですか?」
「大丈夫でしょ。中にいるのはバエルちゃんの幻影だし」
耳元で囁いた秋穂さんに、僕は驚きの表情を向けた。
「本物のバエルさんは?」
「元希君の席に座ってるわよ?」
慌てて教室内を確認すると、確かに僕の席にバエルさんの姿があった。少し遠慮してる風に見えるけども、それでも僕の席から移動するつもりはなさそうだった。
「それにしてもあの騒ぎはいったい……」
「私たちの様に殺傷力の高い魔法が使えるわけでもなければ、多少騒いでも怒らない美少女だもの。一目見たいと思うのは思春期男子なら当然だと思うけど?」
「そうなんだ……」
僕は一緒に生活してるし、そもそも異性に対して貪欲に、積極的に話しかけようとか思わないからな……
「だから元希君も大人しく教室に戻って。バレたら面倒だから」
「あっ、はい……」
秋穂さんに手をひかれ、僕は教室に戻る。だが戻ったところで僕の席は空いていないんだけどな……
「人気者だね、バエル」
「ですが、騒ぎたくなる気持ちも分かりますわ」
「異国の美少女ですものね」
「……そろそろ疲れてきた」
「ごめんなさい御影……でも、もう少しお願いします」
如何やらバエルさんの幻影を作り出しているのは御影さんの様だ。氷の魔法が得意だと言っていたバエルさんだし、やはり影の魔法は使えないのだろうか……
「当分はこうやって誤魔化さないとね。騒がしくてご飯も食べられないもの」
「転入生ってのはこんなものでしょ。ところで……何でバエルと元希のお弁当の中身が一緒なんだい?」
「言われてみれば確かに……」
「僕とバエルさんは早蕨荘で生活してるから、お弁当は一緒でもおかしくないですよ?」
僕がそういうと、五人は驚いたような表情で僕を見つめてきた……あれ? 僕変な事言ったかな?
「一緒に生活してるの?」
「だってバエルさんは昨日ロシアから来たばっかですし、転入が決まったのも急な事だったから……」
「それに私は孤児です。収入も無いので他に住む宛などありませんでしたし……」
「僕もお金持ってないし……」
事情を理解してくれたのか、五人はさっきまでの視線を止めてくれた。正直怖かったから助かったな……
「じゃあこのお弁当は理事長か早蕨先生がお作りに?」
「ううん、今日は僕が作った……な、なに?」
再び僕に視線を集中させる五人。でもなんだかさっきよりも鋭くなってるのは気のせいじゃないと思う……何でだろう?
実際騒いでたのは一部の物好きだけでしたしね。転入生なんて暫く経てば普通の学生ですし。