部屋を借りている以上大家さんの言う事はなるべく聞いておかなければならないけども、何で自分の部屋で寝ちゃいけないんだろう……部屋の数が足りないのは仕方ないとして、普通は泊まる人が二人部屋じゃないのだろうか。
「なんだかこんな事ばかりですね」
「そうですね……恵理さんは絶対面白がってやってるんでしょうけども、僕たちはそんなに楽しんでないって気づかないんですかね」
バエルさんに愚痴っても仕方ないんだけども、どうも今日はブレーキが効かないようだ。
「入学してすぐの対抗戦でも、面白そうだからって事で開始の合図を僕らに聞かせなかったり、バーチャルだからって大型モンスターを複数体同時に出現させたり……」
「大変だったんですね」
僕の愚痴を、バエルさんは笑顔で聞いてくれている。こんな態度を取ってくれるから、きっと僕はバエルさんに愚痴ってしまうんだろうな。だからといってバエルさんが悪いなんて思わないんだけど。
「そのうちバエルさんも同じような事をされると思いますよ」
「そうでしょうか? 私は理事長がそんな事をするのは、元希さんだからだと思いますけど」
「僕だから? それは如何いう……」
理由を聞こうとしたけども、そのタイミングで強烈な睡魔が僕を襲う。大きなあくびをして眠い目をこすり、それでもバエルさんの理由を聞こうとしたが、バエルさんは僕を優しく抱きしめて頭を撫でる。
「その理由はまた今度話します。今は寝ちゃってください」
「うん……」
眠いからか、僕は言葉遣いが幼くなっている。田舎にいた頃、お母さんにしていたような話し方になっていると眠い頭で思いながら、僕は重力に負け瞼を閉じた。
「お休みなさい……」
「はい。おやすみなさい」
バエルさんのその言葉を聞き、僕の意識は夢の世界へと旅立っていった。
翌朝、目を覚ました僕が最初に見たのはバエルさんの寝顔だった。一瞬大声が出そうになったけども、ここは自分の部屋じゃなく、バエルさんはまだ寝てるんだと言う事を思い出して寸でのところで思いとどまったのだ。
「そっか、昨日は一緒に寝たんだった」
恵理さんの気まぐれ……なのだろうか? 炎さんたちをバエルさんの歓迎会に招待し、その後で早蕨荘に泊まっていくように勧め、あろうことか一緒にお風呂まで入る事になってしまったのだ。
「未だに何を考えてるのか読めないんだよね……僕よりも高度な魔法師だっていうのもあるんだけども、恵理さんは素でミステリアスな部分があるのかもしれない」
恵理さんと比べれば、涼子さんはまだ分かりやすい。それでも偶に驚くような行動に出るからな……涼子さんも涼子さんで読めないのだ。
「とりあえず着替えて朝ごはんの準備をしなきゃ」
着替えは僕の部屋にある。そこでは涼子さんが寝てるのかもしれないけども、別に脅かす訳でもないし、物音をたてないように細心の注意を払えば大丈夫だろう。僕はそう考えて自分の部屋の扉をゆっくりと開ける。
「……ふぇ?」
扉を開けて飛び込んできた光景を、僕は一瞬現実の物として捉えられなかった。だがしかし、何時まで経ってもその光景は僕の視界から消える事が無かったので、僕は嫌でもこの光景が現実だと思わざるをえなかった。
「何してるんですか……」
「えっと……元希君、何故ここに?」
「何故と言われましても、僕の着替えはこの部屋にあるんですし、もともとこの部屋は僕が普段使ってる場所ですので……」
「そ、そうよね……」
僕の衣服が入ってる箪笥を漁る涼子さんに冷めた目を向けながら、僕は事実のみを淡々と話す。少しでも気を抜けば叫びたくなってしまうからこそ、僕は冷静に対応するのだ。
「出来れば着替えがほしいんですが、入っても良いですか?」
「え、えぇ……どうぞ。私も着替えますから」
僕を部屋に招き入れながら、涼子さんは着ている服を脱ぎ出そうとする。
「ちょっと! 僕の前で着替えるんですか!?」
「そうよ? 駄目かしら」
恥ずかしくないのだろうか……少なくとも見る側の僕はものすごく恥ずかしい。とりあえず涼子さんの方を見ないようにしながら、僕は着替えを手に取り部屋から抜け出そうとした。だけど何故か扉は開かず、抗議したくてもまだ涼子さんは着替えている。それは音で判断出来る。
「何かしました?」
「ちょっと魔法で扉を開かなくしただけですよ」
それが「ちょっと」なのだろうか甚だ疑問ではあるのだが、僕は諦めて着替える事にした。別に普段から裸を見られてるのだから、恥ずかしがるのも今更なんだろうな、と割り切ったのだ。
「元希君も別に見てもいいのよ?」
「それは遠慮させていただきます」
そっちは割り切ってはいけないだろうと思うのだけど……男としてというか人として駄目なんだろうと思い続けたい。
「それじゃ、僕は朝ごはんの準備をしますので、そろそろ扉を開けてもらいたいのですが」
「そうね。着替えも終わったし」
涼子さんは魔法を解除して僕を部屋から出してくれた。こんな魔法が使えるのなら、僕の箪笥を漁ってる時にも掛けておけばよかったのではないか、僕はそんな事を思いながら台所に向かうのだった。
未遂ですが、ちょっと引く……