化け蟹を凍らせる為に魔力の殆どをつぎ込んだ僕は、如何やら気を失ってたらしい。僕が覚えていた時間と、今現在の時間を確認すれば明らかだ。
「……随分気を失ってたんだな、僕……」
記憶が正しければ二時間弱は気を失ってた事になる。ぶっつけ本番だったからとはいえ、禁忌魔法は連発出来るんだけどな……やっぱり訓練と実戦は違うという事だろうか……
「元希君、もう起きて大丈夫なの?」
「はい、一応は……特に怪我をしたわけでもないですし」
「でも、魔力が枯渇スレスレだったんですから、もう少し休んでた方が良いですよ。念のため明日は学校を休んだ方が……」
「大袈裟ですよ、涼子さん」
心配してくれているのはありがたい。それに大袈裟でない事は僕も分かっている。だけど……
「何で二人とも、僕の部屋にいるんですか?」
それが気になってしょうがなかった。
さすがに二時間も経っていれば現場に残ってる訳は無いんだけど、部屋に運んでくれたのが誰にせよ、目が覚めた時にこの場にいるのは、些か不自然というか過保護というか……とにかくその驚きが強くて自分の事を一先ず棚上げするしかなかったのだ。
「倒れたって聞いて、バエルちゃんが背負って元希君を連れてきた時は本気でビックリしたんだからね!」
「そうですよ! いくらあの大きな蟹を止める為とはいえ、元希君が無茶をしたら私たちが心配するんですから! なるべく無茶はしないでくださいよね!」
「ご、ごめんなさい……?」
二人に謝ってから、僕は布団の中に違和感を覚えた。僕のほかにも誰か入ってる?
「あら、気づかれちゃったわね」
「うわぁ!? 何でリーナさんが僕の布団の中に!?」
「……リーナは他人に魔力を分け与える事が出来るからね」
「うらやま……いえ、仕方ないですけどこればっかりは私たちには……」
いま羨ましいって言いかけませんでした?
「それに、部屋にいるのは私たちだけじゃないわよ?」
「え? ……あっ、バエルさん」
自分も相当な魔力を使っただろうに、僕をここまで背負って来てくれたのだ。そのせいで寝ていたバエルさんに僕は漸く気がついた。
「でも、あの化け蟹は何処から来たのかしら……ちゃんと調べるように言ったんでしょうね?」
「一応はね。元希君にも言われてたから。でも、日本支部の人間がつきとめられるか如何かは別よ」
「住処が見つかったという連絡は、今のところありませんしね」
さっきまでのふざけた雰囲気から一転、三人は真面目な雰囲気を纏って真面目な話を始めた。普段からこんな感じなら僕も、もう少し楽が出来るんだけどな……
「う、う~ん……」
「バエルさん?」
寝苦しかったのか、それとも三人の声に反応したのか、バエルさんが声を漏らす。だけどそれだけで僕の問い掛けには応えてくれなかった。
「まぁとりあえずリーナが二人に魔力を分け与えたから動く分には問題ないはずよ」
「ですが、まだ魔法の発動は控えた方がいい状態ですね。自分で魔力を作れる状態にはなってますが、発動に必要な魔力はまだ出来てないでしょうし」
「まぁ、元希ちゃんなら一瞬で魔力を回復させる方法があるんだけどね。恵理と涼子に全力で止められちゃったからね」
「当たり前でしょ! 元希君の貞操は私が……じゃなかった。無意識の相手を襲うなんて正気の沙汰とは思えないもの」
今、一瞬本音が聞こえたような……恵理さんが言い繕ったところで、その本音はこの部屋にいるバエルさん以外の全員に知れ渡った。
「……とにかく、元希君とバエルさんは暫く魔法を行使する事は禁止です。授業も参加しなくて大丈夫ですから」
「実習は兎も角、座学もですか?」
「出来るだけ身体を動かさない方がいいんですよ。それくらいお二人は魔力を消耗してたんですから」
「そういえば、水奈さんは大丈夫だったんですか?」
バエルさんと同じくらいの魔力を消費したであろう水奈さんだけど、見た限りでは傍にはいない。
「あの子は魔道大家の娘ですからね。魔力のコントロールは並みの学生とは一線を画してますので」
「……やっぱり経験の差というやつなんでしょうね。昔から魔法を扱ってた氷上さんと、学園に来てからまともに魔道に触れた元希君とバエルちゃんじゃ、そこら辺に差が出ても仕方ないのよ」
「そう……ですね……僕も実戦という事で何時も以上に気負ってましたし、バエルさんに関してはまともに魔法を使う機会も少なかったでしょうしね……」
別に悔しい、という感情は湧いてこない。だが己の未熟さを痛感はしている。
「部屋から動くのも、なるべくなら認めたくないんだけども、トイレとかは仕方ないものね」
「そこまで重体なんですか、僕たち?」
自分の身体だけども、僕が感じてる限りではそれほど重体といった感じはしない。もちろんリーナさんが魔力を分けてくれたから、というのも多分にあるのだろうけど。
「元希君やバエルちゃんが普通の魔法師ならそこまで厳重にしなくてもよかったでしょうが、あの化け蟹の住処が見つかって、万が一仲間がいたとしたら、如何しても二人には頼らなければならないの。だからそれまでには回復してもらわなきゃいけないのよ」
「私は姉さんでは『コキュートス』は使えませんし、リーナも専門は後方支援ですからね」
「そうですか……分かりました、安静にしています。ただ……バエルさんは部屋に戻ってもらった方がいいんじゃないでしょうか?」
男と同じ部屋じゃバエルさんも休むに休めないだろうし……
「安心して寝ちゃってるし、部屋まで動くエネルギーを使わせたくないのよ。出来るだけ魔力回復に専念させたいし。それに、元希君ならバエルちゃんを襲う、なんて事はしないでしょ?」
「当たり前です! あっ、いや……僕が言いたいのはそういう事じゃなくってですね……」
僕がドキドキするからバエルさんを自室に戻した方がいいと言いたかったんだけど、既に三人は僕の話を聞く体制では無くなっている。僕は諦めてバエルさんに布団を譲り、自分は椅子に座って休む事にした。
なんだか病弱キャラみたいになってる気が……