僕と涼子さんは、リンをつれて理事長室から教室へと向かう。その間ずっと、リンは僕の背後に隠れたままなのだが……
「大丈夫だよ。涼子さんはそこまで危険じゃないから」
「信用出来ない。私は元希しか信用してない」
「今はそれでも仕方ないけど、徐々に慣れていかなきゃ駄目だよ?」
「むぅ……元希が言うなら、努力する」
「よし」
しゃがみ込んでリンの頭を撫でる。
「元希君、そろそろ教室ですのでリンちゃんとしっかり手を繋いでいてくださいね」
「分かりました」
S組の教室に入るには、そのクラスに所属している人間か、その人間と一部でも繋がっている人間しか入る事は原則出来ない事になっている。
もちろん、教員や理事長はその原則の範囲外なので、涼子さんや恵理さん、そしてリーナさんは普通に教室に入る事が出来るのだが。
「リン、ちょっと驚くかもしれないけど我慢してね」
「元希いる。だから大丈夫」
この絶対的な信頼はどこから来てるんだろう……信頼されている事は嬉しいんだけども、何で信頼されているのか分からないから、少し気になってしまうのだ。
教室に到着すると、炎さんたちが一斉に僕に向かってくる。だけど僕の背後にいるリンに気が付くと、興味がリンに向いたのだった。
「元希、この子はどうしたんだ? 何だか見た事無いけど」
「元希様の妹さんですか?」
「それにしては元希さんに似て無いわよ?」
「元希君、この子と今朝あの場所にいなかったのには繋がりがあるの?」
相変わらずのコンビネーション、とでも言うのだろうか。四人は別々に、だけど全員が繋がりがあるように喋っている。てか、全員が全員のセリフを引き継いで自分が話してる感じがするのだ。
「その説明は私からします。皆さんとりあえず席に着いてください」
「むぅ……主様の傍はワシの特等席じゃったのに……」
「元希、コイツ誰?」
リンは水の事を指差して訊ねる。「コイツ」呼ばわりされたのが気に障ったのか、水が激昂した。
「ワシは元希の使い魔にして水神の化身じゃ。ポッと出のお主に『コイツ』呼ばわりされる筋合いは無いわ!」
「元希、コイツ嫌い。どっかやって」
「何じゃと! 主様、このクソ生意気な小娘、喰らってもよいじゃろ?」
何で正面衝突してるんだろう、この二人は……てか、僕を挟んで睨みあわないでくれないかな……僕が睨まれてるみたいじゃないか……
「静かに。水様も落ち着いてください。今説明しますので」
「そうだよ、水。説明を聞いてからにしてくれないかな」
そもそも食べちゃダメだけどさ……
「この子は例の地区で発見された子です。正体についてはまだ分かってませんが、少なくとも普通の女の子では無いと思われます」
「ワシのように擬人化してるとでも言うのか? こんな小娘がそんな高度な技を持ち合わせておるとは到底思えんで」
「コイツ五月蠅い。元希、黙らせる」
「んな!? 小娘! さっきから主様に馴れ馴れしいぞ!」
「だから喧嘩しないでよ……」
リンは僕の膝の上、水は僕の隣、つまりは逃げ場が無いのだ……喧嘩を始められたら嫌でも巻き込まれてしまう位置なのだ。
「別次元から来た子、という考えも出来なくは無いですが、あの辺り一帯にあった粒子の持ち主は間違いなく彼女です」
「先生、でも何で元希に懐いてるんですか? 事情がありそうですけど」
炎さんの質問に、涼子さんは哀しそうな顔を見せた。おそらくは自分がリンに警戒されている事を哀しんでいるのだろう。
「非常に悲しい理由なのですが、私や姉さんはリンちゃんに警戒されているようですので……」
「警戒、ですか? でもそれは、初めて見た相手になら普通の態度なのでは?」
「一時的なのか、それとも永続的なのかは分かりませんが、リンさんは記憶障害に陥っていまして……それで本能的に危険な相手を遠ざけようとしているのではないかと思います……そして、本能的に元希君は安全だと判断されたのでしょうね」
途中から泣きそうな声になっていたけど、涼子さんの説明に水以外のメンバーは納得した表情を見せた。
「じゃが、主様がこの小娘の面倒を見る理由にはならんじゃろ! 日本支部にでも、研究所にでも、何処にでも送りつければよいじゃろうが!」
「水、さすがにそれは可哀想だよ。それに、まだ何も分かって無いのにこの子を手渡すわけにもいかない。分かって」
「むぅ……主様がそう言うなら仕方ないのぅ……じゃが、ワシの事を無視するのだけは許さんからの!」
「分かってるよ」
そもそも、水みたいに存在感の塊をどうやって無視すればいいんだろう……
「とりあえず、そう言った事情ですので、今日一日は元希君の傍に彼女はいます。皆さん、なるべく協力してあげてくださいね」
涼子さんのお願いに、クラスメイト全員が頷いた。なるべく、って言うのが気になったけども、手伝ってもらえるなら僕も嬉しいかな。
リンの喋り方は変わるかもしれません