なんか何時にも増して筆が乗ってましたわ。
「そうか…セリカは、なんと?」
コガネは何ともなく聞いた。
先生は何故やら苦笑し、答えた。
”いやぁ…あはは…バイトに行くらしいんだけど、付いていこうとしたら追い払われちゃって…”
「付いていこうとしたのか…」
普通、少なくとも以前の世界では、知り合いの教職とプライベートで鉢合わせるなど、考えたくもない事…コガネはそう思っていたため、セリカに少なからず同情をした。
無論、この時のコガネはセリカの心情など知ってはいない。
なにせ本筋がどうだかは一切知らないのだから、その事が分かる筈もない。
…と、突っ伏していた小鳥遊ホシノが、何やら合点がいったように立ち上がり、ふにゃりと言った。
「うへぇ…セリカちゃんのバイト先の場所、おじさん、心当たりあるかも~」
すると十六夜ノノミが「本当ですか?じゃあ、皆で行きましょう☆」と、
すると砂狼シロコが「私もセリカのバイト先、気になる」と、
唯一積極的にこの流れに乗ってはいなかった奥空アヤネも、苦笑いするのみであり反対するでもないので、会話は正に、流れるように進んだ。
コガネからすれば、バイト先で学校の同級生に遭遇、など、本当に最悪どころの話ではなかったのだが…
…思い返してみれば、アビドス高等学校の生徒達は、その少人数が故に、全員が例外なく固い絆で結ばれている。
あのような者どもと同じ土俵に置き考えることがそもそも失礼か、とコガネは考えを中断すると同時に不安を払拭し、
「…だ、そうだ、先生。向かってみるのも、良いと思うが…?」
部室の出入り口の前で立つ先生に椅子を向け、言った。
先生はパッと表情を明るくした。
どれだけ行きたかったのだろう。確か二次創作でも、”先生”は何故か少しばかり刺のある態度の生徒に対したときは、様子がおかしくなっていた傾向があった…。
いや、夢の無い話をするならば、そのような振る舞いをプレイヤーにさせた方が、所謂ツンデレの特徴を十全に活かせるという開発の思惑が絡んでいるのだろうが…。
…この世界の先生もそうなのだろうか。
だとするならば、と、コガネは少しばかりの軽蔑を抱かずにはいられない。
言うまでもなく、それはコガネから先生へ抱く好感に響くようなものではないが。
”よし!じゃあ、行こうか!”
本日は自由登校日。本来は学校に来ても来なくても構わない日である。
故に、少しばかり校舎を不在にしていても、さしたる問題は無いだろう。
それに、ラニの一件が終わり、ラ二によるとヘルメット団は恐らくもう襲撃するような余裕はないだろう、とのことである。
コガネは出発の前に、一応、ラニに出かける旨をメールにて伝えた。
かくして、対策委員会の皆は、黒見セリカのバイト先へと所謂”凸”を行うこととなった。
曇りガラスより分解され、淡くなった明かりが窓より漏れている。
その淡い光が、正面に堂々と提げられた看板を若干に照らしていた。
その看板には、筆文字で”柴関ラーメン”と、撒き散らすように派手に描かれており…。
コガネ達対策委員会は、黒見セリカのバイト先、柴関ラーメンに訪れていた。
校舎からそこまで離れていない距離だったようで、出発より余り経たずに到着できた。
先頭を歩く小鳥遊ホシノが店を視界に認めると一旦立ち止まり、「みんな~付いたよ~。あそこ、柴関ラーメンがセリカちゃんのバイト先だと思うな~」と振り向きながら言った。
「ここなら、たまに私も見る。セリカのバイト先だったんだ」
普段対策委員会の中で最も多くアビドスの中を移動しているであろう砂狼シロコが言った。
彼女は趣味がサイクリングなのもあり、恐らく最も多く移動している。
もっとも、街中が含まれるかは疑問だが。
小鳥遊ホシノが再び皆を先導し店に進み、皆もそれに続く。
近づくにつれ店内より漏れる光と喧騒が大きくなり、未だアビドスにこれだけの活気があったことを驚かせた。
入り口付近まで来た時、中から何やら声が漏れて聞こえた。
コガネは列の中間辺りにおり、周りでまだ皆が話していたが、何故やら耳に飛び込んできたのだ。
「_あ_た急に_うし_の?_きゃあっ!?」
ガラス越しであったのも重なり、聞き取れた個所は少なかったが、それでも最後の悲鳴は、ハッキリと聞き取れた。
コガネは知る由もないが、本来であれば、この場でこのようなイベントは発生していない。
だが、コガネにもこれは分かる。
…黒見セリカが、危険であること。
どうやらその悲鳴は他の皆にも聞こえたらしく、皆が少しの硬直を見せる。
「…え」
「…今の、は」
「…セリカちゃん?」
「ッ!”セリカ!!”」
コガネと先生はいち早く動揺より解放され、出入り口に向かい駆け、勢いのまま手をかけた。
手に汗が滲み、多少もたついたが何とか持ち手を捉えた。
…一体、何が起きている。
コガネの内心はそれで満たされていた。
勢い良く扉をスライドさせ、背後で、気を取り直したのか対策委員会の走る音を耳が捉えると同時、店内の光景が視界に飛び込む。
店内には客が複数組おり、皆が一様にラーメンを前に置いていた。
だが食事を続けている者は一人もおらず、皆の視線は店内の一点に集中し注がれていた。
コガネ達の視線すら奪い、思考の猶予をも奪ったソレ。
…椅子が数組倒れ、その中に何やら、”黒い制服を着た二人”が倒れ込んでいた。
だがよく見ると、それは倒れていたのではなく、一人が一人を押し倒していたことが分かった。
のしかかるようにし被さるのは、”灰色の毛の、獣の耳を生やした少女”だった。
グルルゥ…ガァルルァ…
彼女は獣のように唸り、人間とは思えぬ尖り方をした牙を剥き、残る一方の喉元に突き立てようとしていた。
目は、比喩などではなく、実際に赤く輝き…およそ正気とは思えなかった。
だが、何よりも目を引くのは、背中に背負った、その”剣”であろう。
金色の意匠を施され、根元に青い宝石が埋め込まれた、大剣。
…コガネは、これまでの知識の半分以上を二次創作で補っているだけはあり、かなりの量の二次創作を見ている。
だが、そのコガネにも、一切の見覚えがない生徒であった。
…その、剣を除いて。
「ちょ、っと…ッ!なに、すんのよ…!」
押し倒され、牙を喉元に食い込まされていたのは、黒見セリカであった。
彼女は頭を手で押し返し、なんとか抵抗をしていた。
考えているような猶予はなかったし、本人にそのような余裕も無かった。
「ッ!」
コガネはUIを開き、杖と聖印をそれぞれの手に出現させた。
すると次の瞬間、コガネの姿が青い輝きに溶けた。
対策委員会相手に使用したこともある、”ミリアムの消失”である。
彼女が二人の傍に姿を現すと、此度は聖印が輝きを放った。
コガネが腕を胸の前に交差し…解き放つ。
すると。
グガァッッ!!??
灰色の毛の少女がコガネより放たれた衝撃波で吹き飛び、机を突き破った。
祈祷”拒絶”。
ダメージへの期待は薄いが、敵を突き飛ばし一時の安全を確保するには有用な祈祷である。
コガネは黒見セリカの前に出て、庇うように右腕を横に広げた。
「…え、あ、アンタ…なんでここに…?」
黒見セリカは戸惑うように身を起こしつつ、言った。
コガネが答える前に、他の対策委員会が黒見セリカに駆け寄る。
「「「「セリカ(ちゃん)!!大丈夫(ですか)!?」」」」
皆の声が重なる。
その声に更に重なり、男の声が聞こえた。
その声の主は柴大将、柴関ラーメンの主である犬の獣人。
二次創作でも度々登場していたので、コガネにも分かった。
先生に並び立たん程の善性を持つ、"大人"。
だが、そのような情報の羅列が何の意味も持たざるように見える程、彼が発した言葉はコガネにとって重要な意味を持った。
「セリカちゃん、"ブライヴ"ちゃん!どうした!?」
コガネは、耳を疑った。
…ブライヴ。
嘗てコガネに並々ならぬ傷を与えた、"ラニの影従"にして、”相棒”。
…"半狼のブライヴ"。
絶対に居るはずがない、狭間の地の住民。
だが、今となっては、それをすら絶対に無いとは言い切れなかった。
事実、ラニは狭間の地よりキヴォトスまでコガネを追ってきたのだから。
コガネの思考を泥沼へと誘う真の要因は、そこではなかった。
彼女が本当に、コガネの知るブライヴなのだというのならば…姿が、あまりにかけ離れ過ぎていたのだ。
ブライヴはその通り名の通り、本来は”狼の顔を持つ獣人”である。
それが、目の前の彼女は狼の要素が殆ど抜け落ち、残った要素は砂狼シロコのように耳のみとなり、それ以外は人間と異なる点が見つからない。
更に言えば、ブライヴはラニの義弟。つまりは、男であった筈である。
それが、目の前の”彼女”は、今のところは彼女と表現せざるを得ないほど、女性に近いように見えた。
コガネは、今がどのような状況なのかも一時忘れ、思考の沼へと沈んでいった。
それ程までに、ブライヴがコガネに与えた影響は大きかったのだ。
…大いなる遺志によりラニに仕え、大いなる遺志により狂い、だが最後までラニへの忠義を尽くした。
その姿を見て、コガネは感傷に至らざるを得なかった。
…その際のブライヴも、確か、目が赤く光っていたか。
コガネの思考が現実へと引っ張り戻されたのは、耳で捉えた叫びが故。
「コガネちゃん!!」
悲鳴にも似た、その叫びの主は、十六夜ノノミであった。
グアアアァァア!!!!
コガネは我に返り、机を弾き飛ばし此方に剣を振りかぶるブライヴを見据えた。
頭上より迫る大剣の振り下ろし。
コガネはブライヴに向かい飛び込み、受け身を取る、ローリングにて回避した。
続く二段目。上半身ごと回転させての回転斬り。
コガネは、左手の聖印を”丸い小型の、突起部が付いた盾”…”バックラー”に持ち替えた。
攻撃を弾くという行為に特化した、”バックラーパリィ”を使用できる盾である。
…タイミングは、完全に把握している。
「ここッ!」
コガネは斬撃にバックラーの突起部を添わせるように、上に打ち上げた。
ブライヴは少しよろめいたが、それだけである。
…あと、二回。
コガネが心の中でそう呟くと、ブライヴは今度は右上から袈裟斬りにするようにして斬り下ろしてきた。
一切の問題は、ない。コガネは再び、バックラーを上に打ち上げ、斬撃を弾いた。
「あと、一回…!」
だが、今度はそうはいかぬらしい。
ブライヴは咆哮を上げ、大きく跳躍した。
そして、剣先を下に向け、そのままコガネへと…。
この攻撃はパリィが出来ない。コガネは経験と知識より弾き出し、即座に回避行動へと移った。
右斜め前へと飛び込み、ローリングにて回避。
先までコガネが立っていた床材を剣先が砕き、突き刺さった。
だが、まだ終わりではない。
この行動の後、ブライヴが剣を引き抜くと、引き抜いた穴より冷気の奔流が溢れ出し、周囲に損耗を与える。
コガネの記憶ではそうであった。
故にコガネは警戒を解かず、回避のタイミングを図っていた。
だが…コガネの視界には映った。
ブライヴの目の前、未だ逃げられなかったであろう、客の一人が居たのだ。
「ッ!」
杖を振り、再びミリアムの消失。
コガネは客の目の前に移動し、だが今度は客に向けて、”拒絶”。
「うわぁ!?」
獣人は先のブライヴのように吹き飛び、一先ず範囲よりは抜け出せたであろう。
それをコガネが確認した瞬間…ブライヴが剣を引き抜いた。
冷気の奔流は溢れ出し…コガネが回避する間も無かった。
「ぐうッ!?」
冷気がコガネを包み、表皮を凍てつかせ、筋肉を緊縮させた。
激痛が走り、コガネが呻く。
状態異常”凍傷”。割合ダメージと共に、動きの阻害。
また、奔流は風をも伴い、コガネを吹き飛ばした。
拒絶と同様、コガネは先のブライヴと同じく机を突き破りつつ、床に転がった。
「…ッ!?コガネッ!?」
黒見セリカが、驚愕を滲ませ叫んだ。
それに伴い、他の対策委員会の皆も一時黒見セリカより視線を外し、転がったコガネを見た。
今まで、一度も見てこなかった、苦悶の表情。
ヘルメット団を薙ぎ倒すその姿からは、決して想起できなかった、その二文字が皆の脳裏に浮かんだ。
”敗北”。
コガネは急いで立ち上がり…再び振り下ろされる剣を眼前に捉えた。
…何とか、コガネはローリングにて回避した。
続く、二撃目…。
コガネは再び指の聖印からバックラーに持ち替えた。
…”彼女は予想外の出来事に弱い。それが現実として自分の眼前に現れるのだとしたら、尚更”。
正に、今の状況に当てはまる言葉であった。
…バックラーは、確かに打ち上げられた。
だが、僅かにタイミングが早かったのだ。
ブライヴより上半身ごと回転させ放たれた、回転斬り。
その剣身は、コガネの制服を破り…
「…あ…?」
コガネの体に、極太の赤い線を刻んだ。