一応若干閲注です…。
「がぁ゛ッ…!?」
冷気により吹き飛ばされた先、間髪を入れずに挟まれた斬撃。
その刃は、横に薙がれ、コガネの胸部の制服を容易に破った。
制服の本来の役割は防御ではないとはいえ、それは戦闘においては仇としかならない。
刃は到底止まらず、コガネの胸部を直撃。
凍傷により凍てついた皮膚を引き裂き、胸板の一部を刃が粉砕した。
コガネは、生命力のステータスも他と同じく99である。
故に重要臓器までは至らなかったが…大ダメージであることに変わりは無い。
コガネは鮮血を撒き散らし、再び吹き飛ばされた。
ブライブはなおも止まらず、さらに追撃へ移ろうと剣を構えた。
だが。
「…お前ッ!」
「グァッ!?」
ブライヴの意識…よもや、それに順ずるものが存在するのかも怪しいが、少なくとも気にしてはいなかった方角より、怒気を孕んだ声と共に痛みが走る。
全身に散らばるようにして撒かれた痛み。
爛々と赤く輝く瞳孔が、姿を映した。
…桃色の髪色の少女が、ブライヴにショットガンの銃口を向けていた。
言うまでも無く、それは小鳥遊ホシノである。
彼女は普段を知っている他の対策委員会の皆からしたら、あまりにも異質な、怒り一色に染まっていた。
また、他の皆も、いつまでも黙っている訳ではない。
その筆頭が正しく先生であろう。
先生はシッテムの箱を持ち、叫んだ。
”ッ!アヤネとセリカはコガネの手当てを!ホシノ、シロコ、ノノミはあの子を止めて!”
先生は吹き飛ばされたコガネの傷を視界に認めると、今最も戦闘に向いているであろう3人をブライヴにぶつけ、残る2人をコガネの手当てに当てた。
「…ん!」「わ、分かり、ました…!」
砂狼シロコと十六夜ノノミは、未だ衝撃が抜けきっていない様子であり、一年生二人が駆け寄るコガネの方をチラチラと見ながらも小鳥遊ホシノの支援に当たった。
「グァアア!!」
が、ブライヴは対策委員会の皆に目もくれず、隙間を駆け、コガネに迫った。
攻撃に備えて身構えていた小鳥遊ホシノの横をすり抜け、砂狼シロコが咄嗟に放った銃弾を回避し、だが、十六夜ノノミが立ち塞がった。
「行かせませんッ!」
それは、先生がシッテムの箱にて飛ばした指揮によるもの。
そして此度は小鳥遊ホシノと砂狼シロコの脳裏に、先生の声が響いた。
”ホシノは背後からもう一度射撃して、その後に右から回り込んで!シロコはホシノに続いて左から回り込んで!”
二人は指示に迅速に従った。
BANG!!
小鳥遊ホシノのショットガンが、再び数多の弾丸を吐き出した。
ショットガンとは、一度の射撃で多くの小さな弾丸を散り散りに放つ銃。別名を散弾銃である。
ばら撒くように放たれた数多の弾丸は、故にこそ動き回る標的に対し高い効果を発揮する。
ブライヴも例外ではない。
十六夜ノノミを避けようと右に移動しようとした所に、散らばる無数の弾丸が着弾した。
十六夜ノノミは、自身の得物、リトルマシンガンⅤの、その名前に反して大きな銃身を利用し、自身に飛来する弾丸をある程度防ぐことに成功し…
先の先生の指示に従った二人、小鳥遊ホシノと砂狼シロコが、散弾によりひるんだブライヴを左右から回り込んだ。
…一年生二人もまた、先生の指揮に従い、コガネの治療に当たっていた。
とはいえ、この二人に医療に関する専門的な知識は、目の前のコガネの傷を癒すには明らかに不足していた。
コガネが苦悶の表情を浮かべ、胸の傷口よりドクりと血が溢れ出した。
重要臓器が傷付いていない、というのも、あくまで斬撃によるものである。
粉砕された肋骨の一部が肺に突き刺さり、故に流出した血液が気管に侵入し、激しく噎せこみ喀血する。
「ゴボッ…ゴポッ…!」
…このままでは、命に関わる。
それは、この場の誰が見ても明らかであった。
「…と、とりあえず、コガネさんを横向きにしよう…!」
奥空アヤネは救急車を呼んだ後、このような状況における正しい判断を、己の知識より弾き出した。
肺に傷が付いている場合は、出血した血液が気管に侵入し、別の肺に流れ込み窒息するのを防ぐため、このような体勢にすることが正しい。
が、奥空アヤネの呼びかけは、黒見セリカには届いておらぬようであった。
「ヒッ…う…嘘…こんなの…」
黒見セリカが、コガネの足元に立ち尽くす。
何かしないといけないと分かっていても、どうしても目が離せない。
否、彼女は目を背けていた。
…これより訪れるであろう結末から。
彼女の脳裏に、まるで走馬灯のように景色が走る。
あれは確か、今から大体一か月前…コガネが入学した日の事であった。
彼女は、アビドスの背負う借金の、少しでも足しにするべく幾つものバイトを兼任し、その報酬を全て借金返済に当てている。
その内の一つ…柴関ラーメン。
その日も今日と同じく、柴関ラーメンのバイトに向かっていた。
扉をガラガラと音を立てて開き、中に入る。
「大将、来たわよ…って」
「おう、セリカちゃんか!…ほら、あの子が、君の先輩だ」
柴大将は、店内に入った黒見セリカに振り向き、何やら、隣に立つ人に声をかけた。
…柴大将の隣に立つ、高身長で灰色の獣耳を生やした女の子。
その灰色の耳は、彼女の先輩である砂狼シロコの耳を彷彿とさせた。
彼女は己と同じく、柴関ラーメンのバイト制服を着ていた。
鋭い目つきで、青色の視線を此方に向けて…その肩越しに、金色の棒状のものが覗いた。
完全に振り向いた事により、その背後に覗くものが、このキヴォトスではあまりにも異質な…剣であることが分かった。
「そうか、貴様が…。俺はブライヴ。今日からここで働くことになった。よろしく頼もう」
…ブライヴと名乗った彼女は、その後に大将から聞いた話によれば、今朝方に店の前で倒れていたらしい。
「いや、あの時はほんとびっくりしたぜ…。いつも通り店を開こうとしたら、店の前に鎧を着たブライヴちゃんが倒れてんだからな」
鎧…。この日の内に、二度も関わることとなった単語。キヴォトスではあまり聞くことのないそれは、より際立って聞こえた。
そしてそれ故に、黒見セリカは、この二つの事柄に何らかの関連があることに、早い内に気が付けた。
黒見セリカは、早速、聞いてみることとした。
「ふぅん…ねぇ、えーと…なんだっけ…そうだ、”狭間の地”!」
思い出すのに数秒の時間を要したが、印象深い単語ではあったので、忘れてはいなかった。
「!」
「アンタ、狭間の地って言葉に聞き覚えはない?」
黒見セリカのその質問により、ブライヴは分かりやすく顔を顰めた。
「…何故、お前がそれを知っている?」
声色が変わる。滲み出すのは、明らかなる警戒。
高い身長なのも相まって、その威圧感は並大抵のものではない。
黒見セリカは、地雷を踏んでしまったのかと半分焦りながら、弁明のようなものを行った。
「え、えーと…ウチの学校に転入生が来たんだけど、その子が同じことを言ってて…」
「…その、転入生とやらの、名は?」
「え?…確か…落葉、コガネ…だったはず」
…その瞬間、ブライヴがその場に崩れ落ちた。
頭を両手で押さえ、苦し気に呻く。
「ぐッ…!」
「どうした!?」
「ちょ、ちょっと!?」
柴大将と黒見セリカが、慌てて側に寄る。
「…これは…二本指…?いや…そういう、事だったのか…」
ブライヴは、何やらボソボソと呟いた。
その時、黒見セリカが一瞬の内に垣間見た、ブライヴの目。
その目は…若干だが、赤い輝きを帯びていた気がした。
その後、二人はブライヴを心配したが、ブライヴは大丈夫だと言い張り…結局はそのまま、ブライヴの指導に当たった。
黒見セリカが先輩として、ブライヴの指導を行った。
ブライヴは物覚えが非常に良く、教えたことは即座にできるようになっていた。
黒見セリカは感嘆しつつも、先輩としての威厳を保持すべく言った。
「ふ、ふぅん…思ったよりやるじゃん」
この台詞をもしコガネを聞いていたなら、あまりの”それっぽさ”にこれまた爆笑してしまった事だろう。
だが、彼女の目の前に居るのは、そういった文化には疎いどころか触れていない世界の住民である。
故にブライヴは、特に気にすることも無く、ただ「そうか」とだけ返した。
ブライヴにとっては何でもなかったことなのだろうが、黒見セリカは揶揄われるとばかり思っていたので、少しばかり驚いていた。
…その日の終わり、柴大将に別れを告げ、今日から店舗に泊まり込みになるというブライヴにも別れを告げようとした時、
「ねぇ」「おい」
黒見セリカの呼びかけと、ブライヴの発声が重なった。
「…先、言いなさいよ」
黒見セリカは元々、別れを告げようと来たので、先を譲ることにした。
ブライヴは感謝の意を伝えると、譲られた先手を掴んだ。
「…お前の所の、転入生。…落葉、コガネ」
ブライヴは何故やら、黒見セリカの学校の転入生の話をしだした。
先に頭を押さえ崩れ落ちたのと何らかの関連性があるのではと勘繰り、身構えたが、ブライヴより出た発言は、予想の斜め上を行っていた。
「そいつを…ここに近づけさせるな。絶対に」
余りに突飛なもので、黒見セリカはつい、「はぁ?」と溜息とも抗議の意とも疑問ともつかぬ吐息と声を漏らした。
「な、なんでよ?」
「…」
ブライヴは顎に手を当て、一瞬考えるような仕草をし、耳を垂らして言った。
「…俺は、そいつと出会うと恐らく、そいつを殺そうとするだろう」
またもやブライヴより飛び出した、突飛な言葉。
しかし此度は、先とは明らかにベクトルが違っていた。
「なんで!?」
黒見セリカは声を荒げ、問い詰めた。
その問いかけに対しブライヴは、一度目を閉じ…暫くの沈黙が流れ、去った。
瞼を開き、青い瞳が露わになる。その瞳には、先に感じた赤い違和感は微塵も見えなかった。
ブライヴが、重々しく口を開いた。
「…そうだな。今となってはもう、隠しても意味は無いだろう」
そのようにしてブライヴより切り出された話は、黒見セリカの想像を、優に超えていた。