それから数日後。月面ドックの医療区画で、少女は相変わらず検査漬けの日々を送っていた。採血、画像診断、神経反応の測定。IFSの適合試験に、ナノマシンの活性化状態の確認。検査項目は、毎日のように増えていった。
もっとも、少女自身はそれほど苦痛には感じていなかった。検査の意味を尋ねれば、イネスは丁寧に説明してくれたし、わからないことがあれば端末で調べることもできた。むしろ、自分の身体について知ることは、少女にとって新鮮な経験だった。
ただ一つ。
病室の外に出られないことだけは、少し退屈だった。そんなある日のこと。
「お待たせ。具合はどう?」
聞き覚えのある声とともに、病室の扉が開いた。顔を覗かせたのは、エリナだった。
「……こんにちは」
「はい、こんにちは。今日はちょっといい知らせがあるのよ」
エリナは手にしていた端末を閉じると、少女のベッドに歩み寄った。
「イネス先生から許可が出たわ。短時間なら、医療区画の外に出てもいいそうよ」
「……本当ですか?」
「ええ。ただし、付き添いが必要だって。だから今日は私が案内してあげる」
少女の金色の瞳が、わずかに大きくなった。
「……いいんですか?」
「もちろん。いつまでもベッドの上じゃ、息が詰まるでしょ」
エリナは笑ってみせた。
「それに、私もちょうど仕事が一段落したところなの。せっかくだから、ちょっとした社会見学といきましょうか」
「……社会見学?」
「そう。ネルガル重工、月面ドック見学ツアー。案内役はこの私、エリナ・キンジョウ・ウォン。どう? なかなか豪華でしょ?」
大げさに胸を張るエリナを、少女は不思議そうに見上げた。それから、口元をわずかに緩めた。
「……よろしくお願いします」
「はい、よろしく」
エリナは満足そうに頷いた。その笑みを見ながら、ふと思う。
……こうしていると、やっぱり似ている。
ミスマル・ユリカ。かつてナデシコAの艦長だった、あの騒がしい女性に。もっとも、目の前の少女は、ユリカ本人ではない。それは十分に理解している。
髪も瞳の色も違う。外見年齢は十八歳前後だろうか。顔立ちも、よく見ればユリカよりいくらか幼い。何より、表情が違った。救出されたばかりの頃は、実際の年齢以上に幼く見えた。何をするにも戸惑い、誰かの顔色を窺っている。ところが、ここ数日で少し変わってきた。
受け継いだ記憶が戻り始めたせいだろうか。ふとした仕草や表情に、年頃の女性らしい落ち着きが覗くことがある。それでも、笑顔はどこか遠慮がちだった。
……ユリカさんなら、こんなとき、きっと大騒ぎしていたでしょうね。
エリナは、かつてのナデシコAを思い出した。ネルガルの社員として、あの艦には散々振り回された。馬鹿馬鹿しい騒動も、腹の立つ出来事も、数え切れないほどあった。
それでも。
あの艦が、嫌いではなかった。むしろ、好きだったのだと思う。あの騒がしい連中も。何があっても前を向こうとする、あの艦長も。
そして。
かつて、自分が好きになった男も。今、その男は復讐に身を焦がし、ほとんど笑わなくなってしまった。ユリカによく似た少女まで、いつも何かを悲しむような顔をしている。
……まったく。
エリナは心の中でため息をついた。もう、あの頃には戻れない。そんなことは、わかっている。
けれど。
せめて、この子くらいは。もう少し、笑っていてもいいんじゃないだろうか。
「……エリナさん?」
少女が不思議そうに見上げていた。
「あら、ごめんなさい。ちょっと考え事」
エリナは笑ってみせた。
「さ、行きましょ」
*
医療区画を離れ、二人は長い通路を歩いていた。少女の顔には、クリアイエローのバイザーが装着されている。アキトが使用しているものと同型の、顔の上半分を覆う装備だった。その下からは黒銀色の長い髪が流れ、歩くたびに鈍い銀色の光沢を帯びて揺れていた。
素顔を不用意に知られないようにと、エリナが用意してくれたものだ。
「……変じゃ、ないですか?」
少女はバイザーの端に触れながら尋ねた。
「何が?」
「……これ」
「似合ってるわよ。ちょっと物々しいけどね」
エリナは少女を見て、少し考えた。
「まあ、髪型なんかを工夫すれば、もっとお洒落になるんじゃない?」
「……お洒落?」
「そう。せっかく長くて綺麗な髪をしてるんだから。今度、何か髪飾りでも見繕ってあげるわ」
少女は自分の髪に手を添えた。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
そんな他愛のない話をしながら、二人は通路を進んでいく。エリナは、イネスとはずいぶん違う人だった。イネスは何かと説明してくれる。少女が何を尋ねても、少しも面倒がらずに答えてくれた。ただ、スイッチが入ると延々と話し続けてしまうから、止めるのが大変な時もあるけれど。
ただ、その眼差しには、いつもどこか医師としての観察があった。対してエリナは、検査の結果も、ナノマシンの状態も尋ねてこない。今日の気分はどうか。何か食べたいものはないか。
退屈していないか。そんな、他愛のないことばかり聞いてくる。少女には、それが少し不思議だった。
「あの……」
「ん?」
「……私、なんて呼ばれているんですか?」
「え?」
エリナが足を止めた。
「どういうこと?」
「……イネス先生は、いつも『あなた』とか『あの子』って呼ぶから」
「ああ……」
エリナは少し考えた。
「そうねえ。私も『あの子』って言ってるし……」
そこで言葉を切った。少女は少し俯いた。
「……研究所では、L3-07って呼ばれていたみたいです」
「……L3-07?」
「はい」
少女は自分の手を見つめた。研究施設での記憶はほとんど残っていない。それでも、端末越しに番号を読み上げる無機質な声だけは、かすかに覚えていた。
イネスに尋ねたところ、それが実験体として与えられた識別番号だったらしい。番号の意味も、どのような計画の一部だったのかもわからない。ただ、ほかにも実験体が存在していたことは想像できた。自分が唯一の成功個体だったということも、イネスから聞かされている。
「……名前は、ないんです」
エリナは、しばらく少女を見つめていた。少女の記憶の中には、別の名前がある。ミスマル・ユリカ。自分と同じ顔をした女性の名前だった。
「……ユリカって呼ばれたら、駄目なのかな」
エリナは少女を見つめた。
「どうして?」
「……私、ユリカ――さんと同じ顔だから」
「……そうね」
「記憶も、少しあるんです。だから……」
そこで少女は言葉を切った。病室で、自分に向けられたアキトの眼差しが蘇る。
『お前は……誰だ』
そして、あの声。
『……ユリカじゃない』
少女は無意識に首元へ手を添えた。
「……でも、私はユリカ……さんじゃないから」
ユリカという名前には親しみを感じる。でも、自分の名前だと言われると、どこか違う気がする。
エリナはしばらく何も言わなかったが、やがて軽く肩をすくめた。
「だったら、これから考えればいいじゃない」
「……え?」
「名前よ、名前。別に今すぐ決めなきゃいけないわけじゃないんでしょ?」
「……はい」
「だったら、あなたが気に入る名前を探せばいいのよ。世の中、名前なんていくらでもあるんだから」
少女は目を瞬かせた。
「……自分で、決めても?」
「当たり前でしょ」
エリナは、少し呆れたように笑った。
「あなたの名前なんだから」
少女は黙り込んだ。自分の名前。誰かに与えられるのでも、研究所の番号でもなく。自分で決める。
そんなことは、考えたこともなかった。
「……そう、なんですね」
「そういうこと。まあ、気に入った名前が見つかったら教えてちょうだい。思いつかなかったら、みんなで考えるわ」
エリナは再び歩き始めた。少女も、その後を追う。ほんの少しだけ、足取りが軽くなった気がした。
*
医療区画を離れてから、すでに何度か保安ゲートを通過していた。やがて二人は、ひときわ厳重な隔壁の前にたどり着いた。
「さて、ここから先は特別区域よ」
エリナが認証端末に手をかざす。短い電子音とともに、隔壁のロックが解除された。
「……特別区域?」
「そう。ネルガルの中でも、ごく一部の人間しか出入りできない秘匿ドック。まあ、いろいろと表に出せないものを造ってる場所ね」
エリナは振り返り、少女の顔を覗き込んだ。
「バイザー、ちゃんと着けてるわね?」
「……はい」
「まあ、ここのスタッフは選抜された人間ばかりだし、みんな口は堅いわ。安心して頂戴」
「……はい」
「それじゃ、行きましょうか」
重い隔壁が、ゆっくりと左右に開いた。その向こうに広がっていた光景に、少女は思わず足を止めた。
「……わあ」
巨大な空間だった。天井は遥か頭上にあり、幾重にも組み合わされた整備用クレーンが、複雑な構造物を吊り下げている。壁面には何層もの作業デッキが設けられ、無数の機械アームが休むことなく動いていた。格納庫の一角には、ネルガル製の機動兵器が数機並んでいる。
そして、その遥か奥。巨大な建造架台の中に、一隻の白い戦艦が浮かんでいた。
「……戦艦?」
少女は思わず呟いた。流線形の船体。まだ外装の取り付けられていない部分からは、複雑な内部構造が覗いている。艦の周囲では何基もの自動作業機が動き回り、機材を運搬し、装甲を取り付けていた。
「新型艦よ。名前はユーチャリス。今、ここで建造しているの」
「……ユーチャリス……」
少女は、その名前を小さく繰り返した。どこか聞き慣れない響きだった。けれど、なぜだろう。まだ完成していないその白い艦から、しばらく目を離すことができなかった。
「……すごいですね」
エリナはその素直な反応に微笑んだ。それから、少女の視線を追うように格納庫を見渡した。
「もっとも、ここにいる人間はずいぶん少ないんだけどね」
言われてみれば、その通りだった。これほど巨大な施設だというのに、人の姿はまばらだった。作業デッキで端末を操作する技術者が数名。機動兵器の傍らで整備を行うスタッフが数人。
それ以外の作業は、ほとんど機械が担っているようだった。
「ここは整備作業の大部分を自動化してるの。人手を減らせば、それだけ情報が外に漏れる危険も少なくなるしね」
エリナは肩をすくめた。
少女は感心したように頷いた。
「……すごい」
「ふふ。もっと褒めてもいいのよ?」
そんなことを言いながら、エリナは機動兵器の並ぶ区画へと歩き始めた。少女も慌ててその後を追う。
*
整備架台に並ぶ機体の中に、ひときわ目立つものがあった。ショッキングピンク。周囲の機体とは明らかに異なる、派手な塗装。少女の足が止まった。
「……アキ――テンカワさんの、エステ?」
エリナが振り返った。
「へえ。よくわかったわね」
少女は機体を見上げたまま、頷いた。
「……うん。覚えてます」
「ああ、でもね」
エリナは機体を指差した。
「ナデシコA時代と色は一緒だけどね。これは今の機体の中身よ」
「……そうなんですか?」
「ええ。元々はナデシコAで使っていたものと同じ機体だけど、今はブラックサレナの中に収まるエステバリスなの」
「……そう……」
少女はもう一度、ピンク色のエステバリスを見上げた。
『エステバリス』
その名前には、覚えがあった。あの人が乗っていた機体。何度も戦場へ飛び出していった機体。
けれど。
それは、自分の記憶ではなかった。少女は、ほんの少しだけ俯いた。
「……どうしたの?」
エリナが尋ねる。
「……いえ」
少女は首を横に振った。
「……何でもありません」
エリナはしばらく少女を見つめていたが、それ以上は追及しなかった。
「そうだ。外側の装甲も見てみる?」
「……外側の、装甲?」
「ええ。さっきのエステバリスに装着するものよ。見た目はずいぶん違うけどね」
エリナは、格納庫のさらに奥を指差した。
「こっちに来てごらんなさい」
*
そこには、黒い装甲が整備架台に固定されていた。少女は足を止めた。先ほどまで見ていたエステバリスとは、まるで違う。幾重にも重ねられた、鋭角的で重厚な外装。取り外されているにもかかわらず、その全体像は鎧をまとった怪物を思わせた。
「……これ……」
「ブラックサレナよ」
エリナが答えた。
「……ブラックサレナ?」
「そう。エステバリスを特殊工作用に徹底的に改造した機体よ。これはその外側に重ねる追加装甲なの」
少女は黒い機体を見上げた。ブラックサレナ。その名前を、心の中で繰り返す。
「……黒い、機体」
「見た目はちょっと怖いけどね。性能は相当なものよ」
エリナは肩をすくめた。
「もっとも、まともに扱える人間がいるのかって話だけど」
「……テンカワさんは、これを着けた機体に乗ってるんですか?」
「ええ」
少女はもう一度、機体を見上げた。あのピンク色のエステバリスに乗っていたアキトが。今は、この黒い装甲をまとっている。どうして、こんなに姿が変わってしまったのだろう。
「……ブラックサレナ」
「誰が名前を付けたか知らないけど、たぶん会長の趣味でしょう。それかアキト君本人が考えたのか。どっちにしても、いろいろと思うところがあったんでしょうね」
「……そう、ですか」
少女は黒い装甲を見上げた。花。黒百合。この機体には、いったいどんな意味が込められているのだろう。
そんなことを考えていると、格納庫の奥で整備員が声を上げた。
「ウォンさん! ちょっと確認していただきたい資料が!」
「あら、もう。せっかく案内してるところなのに」
エリナは困ったように額を押さえた。
「ごめんなさい。ちょっとだけ待っててもらえる?」
「……はい」
「危ないから、機体には近づかないでね」
そう言い残して、エリナは整備員の方へ歩いていった。少女は一人、黒い装甲の前に残された。整備用の照明が、装甲の表面を鈍く照らしている。近くで見ると、その外装には幾つもの傷が刻まれていた。
深くえぐれた傷。何度も補修された跡。その一つ一つが、この機体の過酷な運用を物語っていた。周囲の架台には、形状の異なるブースターや、使用されなくなったらしい武装の試作部品も置かれている。いずれも幾度もの改修を重ねてきたことを示す、黒い装甲の一部だった。
少女は、ゆっくりと視線を上げた。
「……アキト」
あの人は、これに乗って何をしているのだろう。病室で見たアキトの顔が、思い浮かんだ。暗いバイザーの奥から覗く、傷ついた顔。感情を押し殺したような声。
そして、自分に向けられた憎しみにも似た眼差し。記憶の中のアキトとは、あまりにも違っていた。記憶の中で笑っていたアキトと、病室で見たアキト。その二人の間に、いったい何があったのだろう。目の前の黒い装甲に刻まれた傷が、その間に流れた時間を物語っているように思えた。
*
帰り道。
少女は、隣を歩くエリナに尋ねた。
「……あの」
「何?」
「……テンカワさんは、いつもあの機体に乗ってるんですか?」
「そうね。最近は、あれに乗ってる時間の方が長いんじゃないかしら」
「……何をしているんですか?」
エリナは一瞬、言葉に詰まった。
「……仕事よ」
「……仕事?」
「ええ」
少し考えてから、エリナは続けた。
「ユリカさんを探しているの」
少女は足を止めた。
「……ユリカさんを探すために、あの機体で戦っているんですね」
「そう。火星の後継者に連れ去られた、ミスマル・ユリカをね」
エリナも立ち止まる。少女は俯いた。あの人が今もユリカを探していることは、少女も知っていた。それでも、黒い装甲の傷を目にしたあとでは、その言葉が以前より重く感じられた。あの人は、いったいどれほどの戦いを繰り返してきたのだろう。少女は、自分の胸元を握りしめた。
「……じゃあ、テンカワさんはまだ……」
「ええ。諦めてないわ」
エリナは、少女の顔を覗き込んだ。
「でもね。だからって、あなたにあんなことをしていい理由にはならないのよ」
少女は小さく頷いた。
「……はい」
二人は再び歩き始めた。しばらく沈黙が続いた。やがて少女が、ぽつりと呟いた。
「……あの人、昔はあんな人じゃなかったですよね」
エリナが目を向ける。
「……そうね」
「……私の知ってるテンカワ・アキトさんは、もっと……」
少女は言いかけて、口を閉じた。まただ。自分の知っているアキト。そう言いかけてしまった。
けれど、その記憶は自分のものではない。
「……ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「……だって、私……」
エリナは少し考えてから、少女の頭にぽんと手を置いた。
「別に、謝ることじゃないでしょ」
「……え?」
「あなたにユリカさんの記憶があるのは事実なんだから。思い出すたびに謝ってたら、きりがないわよ」
少女は目を瞬かせた。エリナは手を離し、前を向いた。
「……アキト君ね、昔は料理人だったのよ」
「……知ってます」
少女は小さく答えた。
「……料理、好きだったんですよね」
「ええ。それはもう。料理の話をしているときだけは、妙に生き生きしてたわね」
エリナの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
「もっとも、今はもう料理をしなくなっちゃったけど」
「……どうして?」
エリナの表情が、わずかに曇った。味覚の喪失。神経系の障害。過剰なナノマシン処置による、深刻な後遺症。
それらが彼から何を奪ったのか、エリナは知っていた。
「……いろいろ、あったのよ」
結局、そう答えた。
「……そうですか」
少女は、それ以上尋ねなかった。エリナは横目でその姿を見た。
……ごめんなさいね。
今のあなたに、どこまで話していいのかわからないのよ。けれど、その言葉は口にしなかった。
*
その夜。
少女は、自室のベッドに腰かけていた。医療区画の病室ではなく、居住区に用意された小さな個室だった。もっとも、当面は検査が続くため、完全に自由というわけではない。それでも、自分の部屋があるというのは不思議な気分だった。
机。ベッド。収納棚。簡易キッチン。
そして、机の上には一台の情報端末。IFSに対応した、ネルガル製の高性能端末だった。少女の能力を調べるために用意されたものだが、普段は自由に使用してよいと言われていた。少女は机に向かうと、額に埋め込まれたIFSを端末に接続した。
意識の中に、直接情報が届く感覚。最初は戸惑った操作も、今ではずいぶん慣れていた。情報ウィンドウが展開され、言葉にしなくても、思い浮かべるだけで必要な情報が流れ込んでくる。
検索結果は次々と視界に表示されるが、それを目で追うよりも、IFSを通して直接情報を取得する方が圧倒的に早かった。少女は、意識の中で検索語を思い浮かべた。ブラックサレナ。今日、格納庫で見た黒い機体の名前だった。
即座に関連する情報が流れ込む。植物。黒百合。学名。
分布。そして、花の写真。黒紫色の、うつむくように咲いた小さな花。少女は、その写真を視覚ウィンドウに表示させた。
「……これが、黒百合……」
しばらく眺めたあと、花言葉を調べる。
『恋』
そして。
『呪い』
「……恋と、呪い……」
少女は呟いた。ずいぶんと、相反する言葉だった。愛することと、呪うこと。そんな二つの意味が、同じ花に込められている。
少女は今日見た黒い機体を思い浮かべた。あの恐ろしい装甲。幾つもの傷。その奥にいる、アキト。
「……アキト」
あの人にとって、この花はどちらなのだろう。それとも。両方なのだろうか。少女には、まだわからなかった。
画面の中で、黒百合が静かに咲いていた。
*
それから、少女の生活は少しずつ変わり始めた。検査のない時間には、施設内を散策することが許されるようになった。もちろん、立ち入りを禁じられた区画は多い。外出時にはバイザーを着用するよう指示され、行動範囲も制限されていた。
それでも、白い病室の天井ばかり眺めていた頃に比べれば、ずいぶん自由になった。休憩室で飲み物を選んだり、施設の案内図を調べたり。時には、窓の外に広がる月面を何時間も眺めていることもあった。そして、その頃から。
少女の中で、ある変化が起き始めていた。記憶が、蘇るようになったのだ。最初は、ほんの些細なことだった。休憩室の大型スクリーンに、地球の海が映し出されていた。
青い海。照りつける太陽。白い砂浜。観光用の映像だった。
けれど、その光景を見た瞬間。少女の脳裏に、別の海が広がった。眩しい陽射し。どこまでも続く白い砂浜。
そして、賑やかな笑い声。そこには、大勢の人たちがいた。リョーコ。ヒカル。
イズミ。メグミ。幼いルリが、騒がしい大人たちを呆れたように眺めている。ジュンは何かと世話を焼いていた。
ウリバタケは、相変わらず賑やかだった。少し離れたところには、今より若いアカツキと、髪の短いエリナの姿もある。みんな、笑っていた。
そして。
『アキトー!』
自分の声が聞こえる。振り返ったアキトが、困ったような顔をしていた。
……ああ。
懐かしい。あの頃は、いつもこんなふうだった。アキトを追いかけて。みんなで騒いで。
何でもないことで笑い合って。少女の口元に、自然と笑みが浮かんだ。
ところが。
突然、光景が変わった。巨大なチューリップ。それを覆っていたバリアが消える。そして、内部から現れる、真っ赤な巨大ジョロ。
轟音。爆発。空を駆けるエステバリス。
……え?
次の瞬間。金髪の女性が、アキトに抱きついていた。見覚えのない女性だった。いや。
どこかで見たことがあるような気もする。アキトは、なぜか動けない様子だった。そこへ、慌てて駆けつけるメグミとユリカ。何やら、大変なことになっている。
さらに、リョーコのエステバリスが飛び込んできた。真っ赤な巨大ジョロへ、猛烈な攻撃を浴びせている。
「…………」
少女は目を瞬かせた。
……あれ?
今のは、何だろう。さっきまで、みんなで楽しく海水浴をしていたはずなのに。どうして、こんなことになったのだろう。それに。
……あの金髪の人、誰だったっけ。
アキトに抱きついていた光景を思い出すと、何となく面白くない気分になった。けれど、なぜそう思うのかもわからない。少女は小さく首を傾げた。
「……変なの」
そして、ふと我に返った。
……違う。
私は、海に行ったことなんてない。月面の研究施設から救出され、医療区画で目を覚ました。自分自身の記憶は、そこから始まっている。なのに。
足の裏に感じた砂の熱さも。潮の匂いも。仲間たちの笑い声も。あの騒々しい戦闘の光景さえ。
まるで昨日のことのように、鮮明だった。一つ思い出すと、次から次へと記憶がつながっていく。ナデシコのブリッジ。艦長席。
慌ただしく飛び交う報告。食堂での賑やかな食事。何気ない、くだらないやり取り。どれも、温かい記憶だった。
そして。
その記憶の中には、いつもアキトがいた。少女は、そっと目を閉じた。
……アキト。
胸の奥に、何とも言えない感情が広がっていく。懐かしさ。切なさ。そして、会いたいという気持ち。
けれど。
それが自分の気持ちなのか、ユリカの記憶がそう思わせているのか。少女には、まだわからなかった。
*
一方、アキトは少女を避けていた。必要な検査や報告以外では、医療区画にも近づこうとしない。少女の方も、無理に会おうとはしなかった。あの病室での出来事は、まだ鮮明に覚えている。
首にかけられた手。押し倒された身体。怒りと絶望に満ちた眼差し。思い出すだけで、今でも胸が苦しくなった。
それでも。
気づけば、少女はアキトの姿を探していた。食堂に行っても、彼はいない。通路で見かけることはあっても、足早に通り過ぎてしまう。たまに整備区画の近くで姿を見つけても、声をかける勇気はなかった。
そんなある日。少女は、訓練施設の前を通りかかった。開いた扉の向こうから、激しい打撃音が響いている。中を覗くと、二人の男が組み合っていた。
一人はアキト。もう一人は、長い黒髪を結ばずに垂らした男だった。襟や袖に金の装飾が入った白い制服をまとっている。かつて木連の優人部隊が着用していた制服だ。アキトが踏み込む。拳が繰り出される。
しかし、相手の男は身体をわずかにずらすだけで、その一撃をかわした。次の瞬間、アキトの身体が宙を舞った。鈍い音とともに、床へ叩きつけられる。少女は思わず息を呑んだ。
「……アキト!」
しかし、アキトはすぐに立ち上がった。何事もなかったかのように構えを取る。男が何かを言った。アキトは短く頷くと、再び踏み込んでいった。
少女は、その光景を見つめていた。何度倒されても、立ち上がる。休むことなく、何度も繰り返す。まるで、自分自身を痛めつけているようだった。
やがて、アキトがこちらに気づいた。一瞬、視線が合う。少女の肩が、びくりと震えた。何か言わなければ。
そう思った。けれど、声が出ない。アキトも何も言わなかった。ただ、少女から目を逸らすと、再び相手へ向き直った。
少女は俯き、その場を離れた。
*
アキトは、閉まりかけた扉を横目で見ていた。黒銀の髪。クリアイエローのバイザー。その下にある顔を、アキトは知っている。
……ユリカ。
一瞬、そう呼びかけそうになる。だが、違う。あれはユリカではない。自分が助け出したのは、ユリカの姿をした別の少女だった。
そんなことは、もうわかっている。わかっているはずなのに。あの少女を見るたび、胸の奥を何かが掻きむしる。ユリカは、あんな顔をしなかった。
いや。自分が、あんな顔をさせたことがなかったのだ。どれだけ邪険にしても、ユリカは笑っていた。
『アキトー!』
そう叫んで、何のためらいもなく駆け寄ってきた。時には鬱陶しく思うこともあった。照れくささから冷たくあしらったことも、一度や二度ではない。けれど、ユリカが自分に向ける愛情だけは、当たり前のようにそこにあった。
今なら、わかる。あれがどれほど得難いものだったのか。そして、もう二度と戻らないかもしれないということも。
……あの子は、違う。
同じ顔をしている。ユリカの記憶まで持っている。なのに。目が合うと、怯えたように肩を震わせる。
何か言いたげに唇を動かし、結局、何も言わずに俯いてしまう。その表情をさせているのは、他でもない。自分自身だった。アキトは拳を握りしめた。
「……続けてくれ」
向かいに立つ男へ、短く告げる。男はしばらくアキトを見つめていた。月臣元一朗。かつて木連に所属し、火星の後継者の蜂起に際しては、草壁春樹らと袂を分かった男だった。
現在はネルガルに協力し、アキトに戦闘技術を教えている。木連式柔をはじめとした、その戦闘術は独特だった。力に頼らず、相手の動きを読み、最小限の動作で制する。アキトは、その技術を貪欲に吸収しようとしていた。
月臣もまた、アキトの尋常ならざる執念を知っていた。そして、最近になって、その動きにわずかな迷いが生じていることにも気づいていた。プロスペクターたちからは、先の研究施設で救出された少女についても聞かされている。ミスマル・ユリカのクローン。
記憶を受け継ぎながら、本人とは異なる存在。アキトが、あの少女を前に何を思ったのか。月臣には、知る由もなかった。だが、アキトの動きは雄弁だった。
踏み込みが早すぎる。相手を捉えるより先に、身体が動いてしまっている。まるで、何かを振り払おうとするように。
「……よかろう」
月臣は、それだけ答えた。あえて、何も尋ねなかった。口を開いたところで、今のアキトに届く言葉があるとは思えなかったからだ。月臣は静かに構えを取った。
アキトが踏み込む。鋭い拳が繰り出される。しかし、月臣はその腕を捉えると、流れるような動作で身体を入れ替えた。次の瞬間。
アキトの身体が、再び床へ叩きつけられていた。
「……っ!」
それでも、アキトは立ち上がる。月臣は、その姿を黙って見つめていた。今は、技を教えることしかできない。少なくとも、この男が自分自身の迷いと向き合うまでは。
*
少女がアキトの食生活を気にするようになったのは、それから間もなくのことだった。秘匿ドックの食堂は、とても小規模なものだった。利用するのは、限られた職員や技術者、整備員たちだけ。
昼時でも人はまばらだった。それでも顔を覚えた職員が少しずつ増え、少女にとっては、ドックの人々の暮らしを知ることのできる場所の一つになっていた。けれど、アキトの姿を見かけたことはなかった。
最初は、食事の時間が合わないだけだと思っていた。アキトは任務がないときも昼夜を問わず、訓練や機体の調整に時間を費やしているらしい。しかし、何日経っても同じだった。たまに通路で見かける彼は、栄養補助食品の容器を手にしていた。
飲料と一緒に錠剤を飲み下し、そのまま訓練施設へ向かっていく。食事らしい食事をしているところを、一度も見たことがなかった。ある日、少女はエリナに尋ねた。
「……あの」
「何?」
「……テンカワさん、ちゃんとご飯を食べてないみたいなんです」
エリナは書類から顔を上げた。
「……アキト君?」
「……はい。食堂でも、見かけないから」
エリナの表情が、わずかに曇った。
「そう、相変わらずなのね」
「……いつも、ですか?」
「ええ。身体は定期的にイネスさんにも診てもらっているから、心配するような事態には基本ならないけど……」
エリナは、少し困ったように息を吐いた。少女は不思議そうに首を傾げた。
「……料理が好きだったのに?」
「……そうね」
エリナは、少しだけ視線を逸らした。
「……どうして、食事を気にかけなくなったんでしょう」
「……いろいろあったのよ」
以前と同じ答えだった。少女は、それ以上尋ねなかった。けれど、その言葉が気になった。
……アキトは、料理が好きだった。
記憶の中のアキトは、いつも楽しそうだった。戦争が終わったあと、アキトが引いていたラーメンの屋台。慣れた手つきで麺を茹で、湯気の立つ丼を差し出す姿。そこには、いつも楽しそうに話しかけるユリカがいた。料理が完成すると、少し照れくさそうに笑うアキト。その姿が、次々と浮かんでくる。
「……私も」
少女が呟いた。
「ん?」
「……料理、作ってみようかな」
エリナの手が止まった。
「……料理?」
「……はい」
「あなた、料理できるの?」
少女は少し考えた。
「……わかりません」
「……わからない?」
「作ったこと、ないので……」
エリナは、何とも言えない顔になった。
「……まあ、そうでしょうね」
少女は続けた。
「でも、テンカワさんが料理してたのは覚えてます。私も、同じように作れるのかなって……」
少女は、少し恥ずかしそうに俯いた。
「……やってみたいんです」
エリナは、しばらく少女を見つめていた。どうやら、今の少女が口にしたのは、自分でも料理をしてみたいという、ごく素朴な興味のようだ。
「料理を作ってどうするの?」
「作ったら、食べますけど……」
「そうよね……」
エリナは思わず頷いた。言われてみれば、当たり前の答えだった。少女が自分から新しいことに興味を持ったのは喜ばしいこと。……喜ばしいこと、なのだが。そこでエリナは、ふと、あることを思い出した。ミスマル・ユリカ。あの天真爛漫な艦長の、料理の腕前を。
「……いいんじゃない?」
エリナは笑った。
「ちょうど部屋に簡易キッチンもあるし。食堂から食材を少し分けてもらえるように頼んであげるわ」
少女の顔が明るくなった。
「……いいんですか?」
「ええ。何を作りたいの?」
「……まだ、決めてません」
「そう。だったら、簡単なものから始めるといいわよ」
エリナは端末を取り出した。
「食材は私が手配してあげる。欲しいものをまとめておいて」
「……ありがとうございます」
少女は嬉しそうに頭を下げた。エリナはその姿を見て、小さく笑った。自分から何かをしたいと言い出したのは、初めてかもしれない。
……まさか、そこまで似ていないわよね。エリナは、その不安を口にしないことにした。
*
その夜。
少女は、自室の端末に向かっていた。表示されているのは、膨大な料理のレシピだった。ネルガルの情報データベースには、一般家庭向けの料理から専門店の調理技術まで、様々な資料が収められている。少女は、それらを次々と読み進めていた。
IFSを介して、情報が直接流れ込んでくる。調理工程。食材の性質。温度管理。
調味料の配合。それらを照合し、理解することは、それほど難しくなかった。さらに、必要な工程を動画で確認する。卵の割り方。
包丁の使い方。ヒーターの出力調整。フライパンを動かす手首の使い方。情報ウィンドウの中で、調理工程が次々と再生されていた。
イネスによれば、彼女のIFS強化体質は、高度な情報処理への適応力にも優れているらしい。ただし、それは知識を得ることと、実際にできることが同じだという意味ではなかった。少女は、そんなことも知らずに夢中になっていた。何を作ろう。
記憶を探る。ラーメン。屋台で手際よく丼を仕上げていたアキトの姿が浮かんだ。そして、チキンライス。ナデシコの食堂で、幼いルリが静かに皿を見つめていた光景を思い出す。思い浮かぶのは、どれもユリカが過ごした日々の一部だった。少女はしばらく、それらの記憶を辿った。
ふと、一つの光景が浮かんだ。皿の上に盛られた、黄色い卵。赤いケチャップ。ふんわりとした湯気。
「……オムライス」
少女は、小さく呟いた。そうだ。オムライスにしよう。レシピを検索する。
必要な食材は、それほど多くない。調理工程も比較的単純だった。これなら、自分にもできそうだ。少女は必要な材料をまとめると、エリナへ送信した。
*
翌日。
少女の部屋には、小さな食材の包みが届けられていた。卵。調理済みのインスタントライス。鶏肉。
玉ねぎ。調味料。どれも、エリナが食堂に掛け合って分けてもらったものだった。
「……ありがとうございます」
少女は包みを受け取ると、嬉しそうに頭を下げた。
「どういたしまして。それで、何を作ることにしたの?」
「……オムライスです」
「……オムライス?」
「はい」
少女は、少し得意そうに答えた。
「……レシピ、覚えました」
「へえ。なかなか本格的じゃない」
エリナは部屋の奥を覗き込んだ。備え付けの簡易キッチン。小型の加熱ヒーターと、調理器具が一通り揃っている。本格的な料理をするには少し手狭で心許ない設備だが、オムライスくらいなら作れるだろう。
米も調理済みのものを用意してあるため、手間はそれほどかからないはずだった。
「……大丈夫そう?」
「……はい。手順は、全部覚えましたから」
少女は自信ありげに頷いた。エリナは、少々不安になった。
「……本当に?」
「……はい」
少女は卵を一つ手に取った。IFSを介して、調理動画を呼び出す。意識の中に、卵を割る手順が展開された。殻を軽く打ちつける。
ひびの入った部分に指を添える。左右へ開く。
……なるほど。
簡単そうだ。少女は卵を手にした。動画の通り、調理台の縁に軽く打ちつける。そのつもりだった。
ぐしゃり。
「……あ」
手の中で、卵が砕けた。殻の隙間から黄身が溢れ、指の間を伝って落ちていく。
「…………」
少女は、自分の手を見つめた。隣で見ていたエリナが、ゆっくりと目を閉じた。
「……何してるの?」
「……卵を、割ろうと……」
「……そうは見えたけど」
少女は、不思議そうに首を傾げた。
「……おかしいな」
今度はIFSを操作し、視覚ウィンドウを目の前の空間に展開する。先ほどの調理動画を、もう一度再生した。殻を打ちつける角度。加える力。
指先の動き。少女は自分の手と、映像の中の手を見比べた。
……同じように動かしたはずなのに。
動画では、卵が綺麗に割れている。なのに、自分がやると潰れてしまう。
「……手順は、合ってると思うんですけど」
「……どこが?」
エリナは、少女の手の中で砕けた卵を見つめた。そして、何かを思い出したように言った。
「……ああ、そうか」
「……?」
「あなた、普通の人よりずっと力が強いんだったわね」
少女は目を瞬かせた。
「……そうなんですか?」
「そうよ。イネス先生の検査結果、聞いてない?」
「……聞きましたけど」
「……まさか、卵を握り潰すとは思わなかったわ」
エリナは深いため息をついた。少女は、もう一度自分の手を見つめた。
……そんなに、力を入れたつもりはなかったのに。
身体の能力が高いということと、それを思い通りに扱えるということは、どうやら別の話らしい。
「……もう一回、やってみます」
少女は次の卵を手に取った。
「……今度は優しくね」
「……はい」
こん。今度は、殻にひびが入った。少女の顔が明るくなる。
「……できた」
「まだ割れてないわよ」
「あ……」
少女は慌てて指を添えた。慎重に殻を開こうとする。しかし、今度は力が弱すぎた。ひびの入った殻を指先で何度も撫でるばかりで、なかなか開かない。
「…………」
「…………」
しばらくして、エリナが口を開いた。
「……ねえ」
「……はい」
「料理って、案外難しいでしょ?」
少女は、真剣な顔で頷いた。
「……はい」
エリナは、思わず笑ってしまった。
「まあ、最初はそんなものよ。何度かやってれば慣れるわ」
そう言って、時計を確認する。
「……あら、もうこんな時間」
どうやら、次の仕事が迫っているらしい。エリナは少女の手元をもう一度確認した。
「とりあえず、怪我だけはしないでね。包丁の扱いもだけど、ヒーターで火傷しないように」
「……はい」
「それから、出力を上げすぎないこと。焦がしたら台無しよ」
「……わかりました」
「……本当に?」
「……はい」
少女は真剣な顔で頷いた。エリナは、少しだけ不安そうな顔をした。
「……まあ、何かあったらすぐ連絡して」
そう言い残して、部屋を出ていった。扉が閉まる。少女は、一人になったキッチンを見渡した。調理台。
ヒーター。フライパン。そして、ひびの入った卵。
「……よし」
小さく気合いを入れる。もう一度、目の前のウィンドウで動画を再生した。
*
チキンライスは、何とかそれらしいものができた。ただ、調理の途中で指先を少し切ってしまい、小さな絆創膏を貼ることになった。それから、少女は卵を焼く工程で何度も失敗した。卵をうまく割れない。フライパンを返すタイミングが合わない。
火加減を間違え、卵の端を焦がしてしまう。レシピの手順は、すべて覚えていた。食材を加熱する温度も、時間も、理屈としては理解できている。けれど、実際に手を動かしてみると、思うようにはいかなかった。
失敗するたびに原因を考え、もう一度試す。それは、IFSを通して情報端末を扱うのとは、まったく違う経験だった。知識は、すぐに理解できる。けれど、自分の身体は、その通りに動いてくれない。
そんなことが、少女には新鮮だった。
やがて。
何度目かの挑戦で、ようやく卵を焼き上げることができた。
「……できた」
少女は、完成したオムライスを見つめた。ところどころ焦げた卵。少し崩れた形。ケチャップで描いた模様は、何度か書き直したせいで、何だかよくわからないものになっていた。
それでも。
少女にとっては、初めて自分の手で作った料理だった。
「……ふふ」
口元が、わずかに緩んだ。
……私にも、できた。
今まで、何かを作ったことなんてなかった。誰かに用意してもらうばかりだった。けれど、これは違う。自分で調べて。
自分で考えて。何度も失敗して。ようやく、完成させた。少女は、しばらく皿を眺めていた。
そして。
ふと、記憶が蘇った。ナデシコの食堂。アキトが、料理を運んでくる。
『へい、お待ち!』
湯気の立つ皿。おいしそうな匂い。それを受け取ったユリカが、嬉しそうに笑っている。
『アキトの料理、おいしいー!』
その言葉に、アキトが照れくさそうに笑った。
……そうだ。
料理って。誰かに食べてもらうものなんだ。少女は、もう一度オムライスを見つめた。自分で作った料理。
できれば、あの人に食べてもらいたい。記憶の中で料理を仕上げたとき、少し得意そうに笑っていたアキト。その笑顔を、今のアキトにも見せてほしいと思った。
「……アキト」
少女は呟いた。あの人に、食べてもらえたら。
……喜んでくれるかな。
そう思った途端、胸が少しだけ高鳴った。けれど、すぐに不安が押し寄せる。アキトは、自分を避けている。あの病室での出来事も、まだ忘れられない。
それに、料理を作ったからといって、喜んでくれるとは限らない。
……でも。
少女は、皿を見つめた。自分が作ったものを、誰かに食べてもらいたい。それは、初めて抱いた気持ちだった。しばらく迷ったあと。
少女は、そっと盆を取り出した。
*
アキトの部屋の前。少女は、扉の前で立ち尽くしていた。手には、料理の載った盆。もう何分も、呼び出しボタンを押せずにいる。
怖い。また怒られるかもしれない。それどころか、顔を見ることすら嫌がられるかもしれない。病室での出来事が、脳裏をよぎる。
あのときのアキトの顔。自分を見下ろす、暗い瞳。少女は無意識に首元へ手を添えた。傷は、もうほとんど残っていない。
けれど、あの恐怖までは消えていなかった。
……やっぱり、帰ろうかな。
そう思った。しかし、盆の上のオムライスを見る。何度も失敗して、ようやく完成した初めての料理。誰かに食べてもらいたい。
そう思ったとき、真っ先に浮かんだのがアキトだった。ユリカの記憶がそうさせたのだろうか。それとも、自分自身がそう思ったのだろうか。
……わからない。
それでも。
少女は、小さく息を吸った。そして、呼び出しボタンを押した。短い電子音が響く。しばらくして、扉が開いた。
「……何だ」
アキトが立っていた。少女を見た瞬間、その表情がわずかに強張る。
「……お前か」
「……あの」
少女は盆を抱え直した。
「……ご飯、作ったんです」
「……飯?」
「……はい」
アキトは、少女の手元に視線を落とした。少しいびつなオムライス。ところどころ焦げた卵。妙な形に描かれたケチャップ。
「……何のつもりだ」
低い声だった。少女は肩を震わせた。
「……料理を、作ってみたくて」
「……料理?」
「はい。初めて作ったんですけど……」
少女は少し俯いた。
「……テンカワさんにも、食べてもらえたらって……」
アキトはしばらく黙っていた。盆の上の料理から少女の顔へと視線を戻す。黒銀色の髪も金色の瞳も、ユリカとは違う。それでも、顔と声は同じだった。
一瞬、抱きしめてしまいたくなる。泣き出して、縋りつきたくなる。けれど、目の前にいるのはユリカではない。まだ彼女を助け出せない自分への苛立ちと怒りが、胸の奥から湧き上がった。この少女に、それをぶつける資格などない。二度と傷つけないためにも、離れているべきだった。
「……俺になんて、もう構うな」
少女は俯いた。それでも、盆を抱えたまま、小さく首を横に振った。
「……でも」
アキトの眉が寄った。
「……何?」
「……ユリカの記憶に、引っ張られているのかもしれません」
少女は、盆を見つめた。
「でも……料理を作ってみたいと思ったのは、私です」
アキトは黙っていた。
「何度も失敗して……でも、やっと作れたから」
少女は、少しだけ顔を上げた。
「……誰かに、食べてもらいたくなったんです」
「…………」
「それで……貴方の顔が、浮かんだから」
最後の言葉は、ほとんど消え入りそうだった。
「……それに、ご飯も、ちゃんとしたものを食べてないみたいだし……」
少女は、盆を抱える手に力を込めた。
「……迷惑でしたか?」
アキトは、何も言えなかった。目の前の少女は、怯えていた。それでも、懸命に自分の気持ちを伝えようとしている。
……俺は。
こんな子にまで、何を言わせているんだ。あれほど酷いことをした相手が、今度は自分のために料理を持ってきた。それも、ユリカの代わりとしてではなく、自分自身の意思で。
アキトは視線を落とし、短く告げた。
「……入れ」
少女が顔を上げる。
「……え?」
「……冷めるだろ」
それだけ言って、アキトは部屋の奥へ戻った。少女は、しばらく呆然としていた。それから、小さく頷いた。
「……はい」
*
部屋の中は、殺風景だった。必要最低限の家具。机の上には、戦術資料と整備記録が積み重なっている。片隅には、開封済みの栄養補助食品。
そして、無造作に置かれた薬剤。生活の温かみなど、どこにもなかった。少女は、机の空いた場所に盆を置いた。
「……あまり、上手にできなかったんですけど」
アキトは黙っていた。やがて、椅子に腰を下ろす。皿の上のオムライスを見つめた。形はいびつだった。
卵も、ところどころ焦げている。おそらく、何度も作り直したのだろう。そう思わせる、不器用な仕上がりだった。ふと、昔の記憶が蘇る。
ナデシコの食堂。満面の笑みで料理を差し出してくるユリカ。
『アキトー! 私も作ってみたの!』
そのあと何が起きたのか。思い出したくもない。
……そんなところまで似なくてもいいだろう。
アキトは、心の中で苦笑した。だが、その笑みはすぐに消えた。あの頃。ユリカは、いつも笑っていた。
自分の料理を食べてほしくて。ただ、それだけで。そして今。同じ顔をした少女が、ひどく不安そうにこちらを見つめている。
アキトは、ゆっくりとスプーンを手に取った。
「……」
少女の肩が、わずかに上がった。一口、口に運ぶ。噛む。飲み込む。
「…………」
何の味もしなかった。甘いのか。塩辛いのか。焦げた部分が苦いのかさえ、わからない。
ただ、口の中に広がる食べ物の感触だけが残った。火星の後継者による人体実験以来。何を食べても、こんなものだった。かつては、料理人だった。
食材を選び、味を整え、誰かがおいしいと言ってくれることに喜びを感じていた。けれど、今は。料理をすることも、食べることも。何の意味も持たなくなっていた。
必要な栄養さえ摂れれば、それでいい。そう思っていた。なのに。アキトは、もう一度皿を見つめた。
不格好なオムライス。焦げた卵。ケチャップで描かれた、よくわからない模様。料理人だった頃の自分なら、きっと文句の一つも言っていただろう。
卵の火の通し方が悪い。盛りつけも雑だ。もっと丁寧に作れ、と。
けれど。
少女の手元に、目が留まった。指先に、小さな絆創膏が貼られている。おそらく、調理中に何か失敗したのだろう。この少女が、どれほど苦労して料理を作ったのか。
見れば、何となくわかった。あれほど酷いことをした相手に。それでも、自分のために食事を持ってきた。アキトは、ゆっくりと息を吐いた。
「……あの」
少女が、恐る恐る口を開いた。
「……どう、ですか?」
アキトは顔を上げた。クリアイエローのバイザー越しに、金色の瞳が緊張したようにこちらを見つめている。
「……おいしく、なかったですか?」
少女の声が、少し震えていた。アキトは、しばらく答えなかった。正直に言えばいい。味がわからないのだ、と。
そうすれば、話は終わる。もう料理を持ってこようなどとは思わないだろう。
けれど。
その言葉を口にした途端。目の前の少女は、きっとまた俯いてしまう。自分が、そうさせる。
……もう、いいだろう。
アキトは、静かに口を開いた。
「……うまいよ」
少女が目を丸くした。
「……本当ですか?」
「ああ」
アキトは、もう一口オムライスを食べた。
「……うまかったよ」
その言葉に。少女の口元が、かすかに緩んだ。
「……よかった……」
心底ほっとしたように、少女は胸を撫で下ろした。
「……ちょっと焦がしちゃったから、心配だったんです」
「……そうか」
「……卵も、なかなか上手に焼けなくて」
少女は、少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「……でも、作ってよかったです」
アキトは、黙ってその顔を見つめていた。ユリカとは違う。どこか遠慮がちな、ぎこちない笑顔。
それでも。
久しぶりに、人の温かさに触れた気がした。もう、何を食べても味はしない。料理をしていた頃の感覚は、失われてしまった。
けれど。
何も答えずにいると、少女はまた不安そうに俯いてしまうだろう。アキトは自分の言葉を、心の中で繰り返した。
……うまい、か。
自分で言った言葉を、心の中で繰り返す。確かに、味はわからない。けれど、彼はそれ以上、自分の気持ちを言葉にしなかった。アキトは、再びスプーンを動かした。少女は嬉しそうに、その姿を見つめていた。
やがて、アキトはスプーンを置いた。
「……ありがとう」
少女の瞳が、わずかに大きくなった。
「……え?」
「……飯、作ってくれて」
少女は、しばらく呆然としていた。そして、小さく頷いた。
「……はい」
アキトは視線を落とした。言わなければならないことが、もう一つあった。
「……それと」
少女が顔を上げる。
「……あのときは、すまなかった」
病室での出来事。アキトは、それ以上言葉を続けられなかった。少女も、しばらく黙っていた。やがて、そっと首元に手を当てる。
「……怖かった、です」
「ああ」
「……アキト――テンカワさんが、怖かった」
アキトは視線を落とした。
「許してくれとは言わない。あんなことをして……本当に、すまなかった」
少女は、何も言わなかった。あのときの恐怖は、まだ消えていない。アキトが近づけば、身体が強張ることもある。
それでも。
目の前の彼は、あのときとは違っていた。少女は、小さく頷いた。
「……はい」
それだけだった。アキトも、それ以上は何も言わなかった。二人の間には、まだ大きな隔たりがある。
けれど。
少女が部屋を出る頃には、皿の上のオムライスは、半分ほどなくなっていた。
「……アキト……あ、テンカワさん」
少女は慌てて言い直した。
「……今日は、ありがとうございました」
「……ああ」
アキトは短く答えた。
少女が頭を下げ、立ち去ろうとしたとき、再び声をかける。
「……アキトでいい」
「……え?」
「……呼び方だ」
少女は目を瞬かせた。
「……いいんですか?」
「……好きにしろ」
少女は少し考えてから、小さく頷いた。
「……はい。アキトさん」
アキトは、それ以上何も言わなかった。
*
翌日。
エリナは、医療区画へ向かう途中で少女を見かけた。いつもより、少しだけ表情が柔らかい。
「あら。今日はずいぶんご機嫌じゃない」
「……そうですか?」
「ええ。何かいいことでもあった?」
少女は、少し恥ずかしそうに俯いた。
「……アキト――さんが」
「……アキト君?」
「昨日、私の作ったご飯を食べてくれたんです」
エリナは目を丸くした。
「……え?」
「……オムライス、作ったんです」
少女は、ほんの少しだけ微笑んだ。
「最初は、料理を作ってみたかっただけなんですけど……」
「……ちょっと待って」
エリナが遮った。
「あなた、あれをアキト君のところに持っていったの?」
「……はい」
エリナの表情が変わった。
「……それで?」
少女は、嬉しそうに頷いた。
「……食べてくれました」
「……本当に?」
「……はい」
少女は、少し照れくさそうに続けた。
「……うまかったよ、って」
エリナの表情が止まった。
「……え?」
「……ちょっと焦がしちゃったんですけど」
少女は、口元をわずかに緩めた。
「……おいしいって、言ってくれたんです」
エリナは、何も言えなかった。
……うまかった?
アキトが?
あの子の料理を?
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。だが、次の瞬間。エリナの顔に、怒りが浮かんだ。
「……あなた、どうしてアキト君に料理なんて食べさせたの!」
思わず声が大きくなった。
「あの人にとって、料理がどういうものなのか……!」
少女の肩が、びくりと震えた。
「……え?」
その反応に、エリナは我に返った。
「あ……」
少女は、不安そうにエリナを見つめていた。つい先ほどまで浮かんでいた笑みは、もう消えている。
「……違うの」
エリナは慌てて首を横に振った。
「違うのよ。あなたが悪いわけじゃないの」
「……でも」
「……ごめんなさい」
エリナは、少女の肩に手を置いた。
「怒鳴ったりして、ごめんなさいね」
少女は、戸惑ったように頷いた。
「……はい」
エリナは、小さく息を吐いた。
……しまった。
あの子は、何も知らないのだ。アキトの身体が、どうなっているのか。なぜ料理をしなくなったのか。どうして食事に興味を示さなくなったのか。
何も。それを話さなかったのは、自分たちだった。アキトだけを責められることではない。それなのに。
何も知らない少女へ、思わず怒りをぶつけてしまった。
……私まで、何をやっているのかしら。
エリナは、しばらく少女を見つめていた。そして、静かに口を開いた。
「……あのね」
「……はい」
「アキト君のこと、ちゃんと話してなかったわね」
少女の表情が強張る。
「……アキトさんの、こと?」
エリナは頷いた。
「……彼は、火星の後継者に捕まっていた間、ひどい人体実験を受けたの」
少女は、黙って聞いていた。
「過剰なナノマシン処置を受けて、身体のあちこちに深刻な後遺症が残ってる。神経系だけじゃないわ。五感の多くも、正常には働かなくなってしまったの」
少女の瞳が、大きく見開かれた。
「……五感?」
「……そう」
エリナは、一度言葉を切った。
「……アキト君はね」
少女の顔を、まっすぐに見つめる。
「……もう、味がわからないのよ」
沈黙が落ちた。
「……え?」
少女は、かすれた声を漏らした。
「……味が?」
「ええ。味覚は、ほとんど失われてしまっているの」
エリナは静かに続けた。
「だから、料理をしなくなったの。食事も、必要な栄養さえ摂れればいいと思ってる」
少女は、何も言わなかった。ただ、エリナを見つめていた。味が、わからない。では。
昨日のオムライスは。
『……うまかったよ』
あの言葉は。
「……そんな」
少女は、俯いた。
「……私、知らなくて……」
「……ええ」
「……おいしいか、なんて聞いちゃって……」
少女の声が震えた。
胸の奥が、冷たくなっていく。思い出す。アキトがスプーンを手に取った姿。一口、料理を食べたときの沈黙。
そして。
『……うまいよ』
あの言葉。あれは、本当ではなかったのだ。自分が喜ぶように。アキトは、そう言ってくれたのだ。
少女は、両手を握りしめた。
「……私、何も知らなかった……」
あの人は、料理が好きだった。誰かに食べてもらうことが嬉しくて。おいしいと言ってもらうことが、何よりも好きだった。そんな人が。
もう、味を感じることさえできない。なのに、自分は。よりにもよって、その人に料理を作って持っていった。おいしいかと尋ねた。
あの人が、どんな気持ちで食べてくれたのかも知らずに。
「……私……」
少女は、何か言おうとした。けれど、言葉にならなかった。昨日まで、あんなに嬉しかった記憶。初めて自分で作った料理。
アキトが食べてくれたこと。ありがとうと言ってくれたこと。その一つ一つが、違う意味を帯びていく。少女は、唇を噛みしめた。
泣き出すことも、声を上げることもなかった。ただ、俯いたまま動かなかった。エリナは、かける言葉を見つけられなかった。
……どうして。
もっと早く、話してあげなかったのだろう。少女のためを思って、伏せていたつもりだった。けれど、その沈黙が、かえって少女を傷つけてしまった。エリナは、そっと少女の肩に手を置いた。
「……ごめんなさいね」
少女は、何も答えなかった。
*
その日の夕方。エリナは、ブラックサレナの整備区画を訪れていた。整備架台の上では、黒い機体の増加装甲が取り外され、内部の点検が進められている。その傍らで、アキトが整備記録を確認していた。
「……ちょっと、いい?」
背後から声がした。アキトは振り返らなかった。
「……何だ」
「昨日、あの子が料理を持っていったんですって?」
アキトの手が止まった。
「……ああ」
「……食べたの?」
「……ああ」
エリナは腕を組んだ。
「うまかった、って言ったそうね」
アキトは何も言わなかった。
「……あの子、あなたの味覚のこと、知らなかったのよ」
「…………」
「さっき、私から話したわ。ずいぶん落ち込んでた」
アキトは、ゆっくりと端末を閉じた。
「……そうか」
「……どうして?」
エリナは尋ねた。
「味がわからないのに、どうしてうまいなんて言ったの?」
アキトは、しばらく黙っていた。整備機械の作動音だけが、二人の間に響いている。
やがて。
「……久しぶりだったんだ、他人の手料理は」
短く、そう答えた。エリナは目を瞬かせた。
「……え?」
それだけ言って、アキトは視線を落とした。エリナは、しばらくその横顔を見つめていた。
……そういうこと。
あの子が、何度も失敗しながら料理を作ったこと。あれほど怯えていたアキトの部屋を、わざわざ訪ねたこと。そして、自分の作った料理を食べてもらえたと、嬉しそうに話していたこと。エリナは、そのすべてを知っていた。
けれど。
アキトの方も、それをわかっていたのだ。
「……あの子もね」
エリナは、少しだけ声を和らげた。
「あなたに食べてもらえて、本当に嬉しそうだったわよ」
「…………」
アキトは何も答えなかった。ただ、ほんのわずかに頷いた。エリナは、小さく息を吐いた。
「……まったく」
そして、踵を返した。
「今度は、ちゃんと自分の言葉で伝えてあげなさいよ」
返事はなかった。エリナは、そのまま整備区画を出ていった。一人残されたアキトは、しばらく動かなかった。やがて、手元の端末に視線を落とす。
黒い画面に、自分の顔が映っていた。ひどく疲れた顔だった。
……うまかった。
あの言葉は、味について言えば確かに嘘だった。味など、わかるはずがない。
けれど。
少女が料理を差し出したときの、不安そうな顔。うまいと告げたときの、嬉しそうな笑顔。それだけは、はっきりと覚えていた。アキトは目を閉じた。
……ありがとう。
口には出さなかった。ただ、あの不格好なオムライスを、もう一度思い出していた。
*
数日後。アキトは、プロスペクターから新たな調査報告を受けていた。
「……以上が、今回入手できた資料でございます」
端末には、火星の後継者が使用していた研究施設の記録が表示されている。被験体の管理台帳。搬送履歴。そして、施設から持ち出された物資の一覧。
その中に、一件だけ特別な記録が残されていた。テンカワ・ユリカ。原個体。
「……移送先は?」
アキトが尋ねた。
「残念ながら、依然として不明です」
プロスペクターは静かに首を横に振った。
「移送に使用された船舶の識別情報は偽装されておりました。航路記録も途中で途絶えております」
「……他の研究員は?」
「生存者は、まだ確認できておりません」
プロスペクターは一度言葉を切った。
「研究施設に関係した者の多くが、北辰衆によって処分されたものと考えられます」
アキトは黙り込んだ。画面に並ぶ文字を、もう一度読み返す。何度読んでも、内容は変わらなかった。ユリカは、あの施設にいた。
そして、自分たちが踏み込む前に、どこかへ移送されていた。もし、もう少し早く辿り着いていれば。もし、救出した少女が本物のユリカだと思い込まなければ。
……いや。
そんなことは、もう何度も考えた。
「……引き続き、調べてくれ」
「承知いたしました」
プロスペクターは一礼した。
「ですが、テンカワさん。少しは休養を取っていただかなくては」
「……わかってる」
「本当に、わかっておいででしょうか」
アキトは答えなかった。プロスペクターは、しばらくその姿を見つめていたが、それ以上は何も言わなかった。通信が切れる。静寂が戻った。
アキトは机の上に置かれた薬剤へ手を伸ばした。戦いを始めてから、徐々にの頻度が増えている。神経系の痛み。時折襲ってくる、激しい頭痛。
過剰なナノマシン処置による後遺症だった。薬を飲み下し、椅子に深く身体を預ける。ふと、先日の少女の顔が浮かんだ。
『……うまかったよ』
そう告げたときの、控えめな笑顔。
……あの子は、何も悪くない。
そんなことは、最初からわかっていた。わかっていたはずなのに。自分は、あの子に何をした。
「……くそっ」
アキトは片手で顔を覆った。何もかもが、うまくいかなかった。
*
それから数日後。アキトの体調は、さらに悪化していた。北辰衆の追跡。ユリカの移送先に関する調査。
ブラックサレナの調整。そして、繰り返される戦闘訓練。休息を取る時間は、ほとんどなかった。処方された薬剤の使用量も増えている。
イネスからは何度も休養を勧められていたが、アキトは聞き入れようとしなかった。その日も、訓練を終えたアキトは、自室へ戻るなり椅子に腰を下ろした。頭が痛む。こめかみの奥で、何かが脈打っているようだった。
視界が、一瞬揺らいだ。
「……くそ」
アキトは机の上の薬剤へ手を伸ばした。だが、指先が思うように動かなかった。小さな容器が、床へ落ちる。乾いた音が響いた。
次の瞬間。全身を、激しい痛みが貫いた。
「……ぐっ……!」
身体が強張る。呼吸が乱れる。額のIFS周囲で、ナノマシンの発光が不規則に明滅した。アキトは椅子から崩れ落ちた。
床に手をつく。しかし、腕に力が入らない。視界が暗くなる。遠くで、何かが鳴っている。
……ユリカ。
意識の奥に、懐かしい顔が浮かんだ。
『アキト!』
その声が、ひどく遠かった。
*
少女は、アキトの部屋の前に立っていた。あれから、アキトの部屋を訪れることはなかった。味覚のことを知って以来、どんな顔をして会えばいいのかわからなかったのだ。
けれど。
あの人が、ちゃんと食事を取っているのか。それだけは、ずっと気になっていた。食堂でも姿を見かけない。訓練施設では、相変わらず身体を酷使している。
そんな姿を見るたびに、胸が苦しくなった。だから、今日は少しだけ様子を見に来たのだ。もちろん、会えなければ帰るつもりだった。少女は、呼び出しボタンを押した。
返事はない。もう一度、押した。やはり、応答はなかった。
「……アキト?」
少女は、少し不安になった。そのとき。扉の向こうから、何かが倒れるような音がした。
「……?」
少女は廊下の端末に手を伸ばし、イネスの直通回線を呼び出した。
「……イネス先生!」
『どうしたの?』
「アキトの部屋から、何か倒れるような音がして……呼んでも、返事がないんです!」
『わかったわ。医療スタッフを向かわせる。今、緊急解錠するから、落ち着いて中の様子を確かめてちょうだい』
短い電子音が鳴り、居住区の緊急解錠が作動する。少女は、開いた扉から室内を覗き込んだ。
そして。
「アキト!」
床に倒れている姿を見た瞬間、身体が動いた。怖い。そう思うよりも先に、駆け寄っていた。
「アキト! しっかりして!」
アキトは苦しそうに身をよじっていた。額のIFSが、不規則に明滅している。呼吸が浅い。顔色も悪かった。
少女は、必死に呼びかけた。
「……アキト!」
返事はない。端末から、イネスの声が響いた。
『状況を教えて。意識はある?』
少女は振り返った。
「……あります。でも、苦しそうで……!」
『医療スタッフが向かっているわ。無理に身体を動かさず、呼吸の状態を確認して』
「……はい!」
少女はアキトの傍らに膝をついた。何が起きているのか、わからない。ただ、額のナノマシンが異常な状態にあることだけは理解できた。イネスから検査の際に教わった知識が、頭の中を駆け巡る。
神経系。ナノマシン。過剰な刺激。感覚情報の異常。
けれど。
知っていることと、治せることは違う。少女は、アキトの手を握った。
「……大丈夫です」
自分に言い聞かせるように、呟いた。
「……もうすぐ、先生が来ますから」
アキトの指が、わずかに動いた。少女は、その手を離さなかった。
*
駆けつけたイネスたちによって、アキトは医療区画へ搬送された。少女も、その後を追った。検査と処置が続く。ナノマシンの活性化状態の制御。
神経系の過剰な興奮を抑える薬剤の投与。呼吸循環の管理。少女は、処置室の外で待っていた。何もできなかった。
ただ、倒れているアキトを見つめていただけだった。どれほど時間が経っただろう。やがて、処置室の扉が開いた。イネスが出てきた。
「……先生」
少女は立ち上がった。
「……アキトは?」
「大丈夫よ。ひとまず、状態は落ち着いたわ」
少女は、ほっと息を吐いた。膝から力が抜けそうになった。イネスは、そんな少女を見つめた。
「あなたが早く連絡してくれたおかげで、処置が遅れずに済んだわ。ありがとう」
「……いえ」
少女は俯いた。
「……私、何もできなくて」
「そんなことないわ」
イネスは首を横に振った。
「適切に助けを呼ぶことも、大切なことよ」
少女は、しばらく黙っていた。*アキトが発作を起こした翌日、少女は医療区画でイネスと向かい合っていた。アキトの容体は落ち着き、すでに安静にしていれば問題ない状態まで回復しているという。それを聞いて安心したものの、少女にはどうしても気になっていることがあった。
「……イネス先生」
「何かしら?」
「……アキトさんの身体のこと、もっと教えてもらえますか?」
イネスは少女を見つめた。
「……エリナさんから、ある程度は聞いているのよね?」
「……はい。でも、あんなふうに苦しむなんて、知らなかったから……」
少女は自分の手に目を落とした。床に倒れていたアキトの姿が、まだ鮮明に残っている。呼びかけても返事がなく、何をすればいいのかわからなかった。あのとき、自分にはイネスを呼ぶことしかできなかった。イネスは少し考えてから、端末を操作した。画面に、人体の神経系を示す模式図が表示される。
「アキト君の身体には、深刻な後遺症が残っているの。火星の後継者による過剰なナノマシン処置の影響で、神経系に大きな障害が生じているわ。味覚だけでなく、ほかの感覚機能にも損傷があるの」
イネスは図を切り替えた。
「ブラックサレナの操縦にはIFSを使用しているでしょう。機体側のセンサーで失われた感覚を補っている部分もあるけれど、その分、神経系には大きな負荷がかかるのよ」
少女は格納庫で見た黒い機体を思い浮かべた。幾重にも重ねられた装甲と、その表面に刻まれた無数の傷。あの中で、アキトは戦い続けている。
「……治せないんですか?」
イネスは、すぐには答えなかった。
「……今のところ、根本的な治療法は見つかっていないわ。症状を抑えることはできるけれど、損傷した神経系を元どおりにするのは難しいの」
「……そう、ですか」
「それに、彼は身体を休めようとしないでしょう。これまでの無理も、少しずつ蓄積しているの」
イネスの声が、わずかに沈んだ。
「……このまま無理を続ければ、普通の人と同じだけ生きられない可能性もあるわ」
少女は顔を上げた。
「……え?」
「もちろん、今すぐ命に関わるという話ではないし、正確なことはまだわからない。でも、これ以上身体を酷使していい状態ではないのよ」
少女は、しばらく何も言えなかった。アキトの身体が傷ついていることは知っていた。けれど、それが命の長さにまで関わるかもしれないとは、考えていなかった。
記憶の中のアキトは、いつも忙しそうにしていた。料理をしたり、誰かと言い争ったり、ときには困ったように笑ったり。そんな何気ない日々が、もう二度と戻らないかもしれない。
「……アキトさんは、そのことを知っているんですか?」
「ええ。何度も説明しているわ」
「……それでも、戦っているんですね」
イネスは小さく頷いた。
「お兄ちゃんには、どうしても果たしたいことがあるから……」
ユリカを助け出すこと。少女にも、それはわかっていた。けれど、アキトが自分の身体をそこまで追い詰めながら戦っていることが、悲しかった。
「……イネス先生」
少女は、顔を上げた。
「……私、アキトのことをちゃんと知りたいんです」
イネスは黙って耳を傾けた。
「今のアキトのことも、身体のことも……。私にもできることがあるなら、アキトが少しでも苦しまないようにしてあげたい」
少女はそこで言葉を切った。自分がそんなことを言ってもいいのか、少し迷った。アキトは自分を避けている。あの日の病室で、自分がユリカではないと知ったときの眼差しも、まだ忘れられない。それでも、あの人を放っておくことはできなかった。イネスは少女を見つめ、静かに尋ねた。
「……それは、あなた自身の気持ち?」
「……え?」
「あなたには、ユリカさんの記憶があるわ。アキト君を大切に思う気持ちも、その影響を受けているのかもしれない」
少女は俯いた。ユリカの記憶と自分の記憶の境界は、まだ曖昧だった。記憶の中で笑っているアキトを見ると胸が温かくなる。けれど、今のアキトが苦しんでいる姿を見ると、どうしようもなく悲しくなる。その気持ちがどこから来るものなのか、少女自身にもよくわからなかった。
「……わかりません。ユリカさんの記憶があるからなのか、それとも……」
少女はそこで言葉を止めた。イネスは急かさず、続きを待っていた。
「……でも、アキトが苦しんでいるのを見て、何もできなかったのは……嫌でした」
イネスはしばらく少女を見つめていた。
「……そう。それなら、その気持ちは大切にしていいと思うわ」
少女は少し驚いたように目を瞬かせた。
「……いいんですか?」
「もちろん。ただし、アキト君のためだからといって、あなたまで無理をする必要はないのよ」
イネスは、まっすぐ少女を見つめた。
「あなた自身も、研究所で随分とひどい目に遭ってきたんだから。ようやく自由になれたのに、今度は誰かのために自分を犠牲にするなんてことは、してほしくないわ」
少女は、しばらくその言葉を考えていた。ただ、何かできることがあるのなら、やってみたいと思っただけだった。
「……はい」
少女は、ゆっくりと頷いた。イネスはその様子を見て微笑んだ。
「……それなら、少しずつ考えていきましょうか。あなたに何ができるのか」
「……はい」
まだ、何ができるのかはわからない。けれど、知りたいと思った。アキトの身体のことも、自分にできることも。そしていつか、あの人がもう一度笑えるようになるために。
*
ユーチャリスの管制室では、メインコンピュータの調整作業が進められていた。
艦内の各システムはすでに組み込まれ、完成を待つばかりとなっている。現在行われているのは、それらを統合するメインコンピュータの最終調整だった。その中核となるのが、オモイカネを基礎として開発されたコンピュータ、アメノウズメ。通称、ウズメである。
この日は接続試験のため、少女はクリアイエローのバイザーを外していた。管制室にいるのは、彼女の素性を知る限られたスタッフだけだった。少女は事前に試験の内容と中断条件を説明され、自分の意思で協力を申し出ていた。今は調整用のシートに腰掛け、IFS端末を介してウズメに接続している。
最初は、膨大な情報の流れだった。艦内の区画配置、動力系統、姿勢制御、火器管制、各種センサーの状態。それらが次々と少女の意識に流れ込んでくる。しかし、不思議と混乱はなかった。
情報の一つ一つが、まるで初めから知っていたもののように理解できる。少女は流れ込むデータを整理しながら、ウズメからの問い合わせに答えていった。
『……うん。そこは、それでいいと思う』
ウズメが新たな情報を提示する。
『……こっちは、もう少し調整した方がいいかな』
少女は関連するデータを呼び出し、比較した結果を送り返した。そのやり取りに応じて、管制室のモニターに並ぶ数値が次々と更新されていく。
「……すごいな」
作業を監視していた技術者が、思わず声を漏らした。通常であれば複数の技術者が長い時間をかけて調整する工程だった。それが今、信じられないほどの速度で進んでいる。
「IFS同調率、上昇中。各システムとの適合も問題ありません」
少女の金色の瞳に、淡い光が宿った。体内のナノマシンが活性化し、IFSを介した情報のやり取りが一段と速くなる。その様子を見守っていたエリナは、隣のイネスに声をかけた。
「……ねえ、本当に大丈夫なの?」
「体質的には問題ないはずよ。彼女のIFS適応能力なら、オモイカネ級コンピュータのオペレートにも十分対応できるわ」
イネスは少女の生体情報を確認しながら答えた。
「神経系への負荷も、今のところ許容範囲内ね」
「……それもあるけど」
エリナは、少女へ視線を戻した。
「ユーチャリスは、もうすぐ完成するのよね」
「ええ。予定より、ずいぶん早くなりそうね」
「この艦を使うってことは、あの子を戦闘に出すってことでしょう?」
イネスは答えず、エリナを見た。
「火星の後継者に造られたクローンだからって、今度は私たちが戦わせるの? その意味を、ちゃんとわかってるわけ?」
普段のエリナとは違う、硬い声だった。イネスはしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。
「……みんな、わかっているわ。会長をはじめ、関係者はみんなね。お兄ちゃんは知らないでしょうけど」
「それで、こんなに早く完成させることにしたの?」
「ええ。彼女の能力を遊ばせておく余裕はない。それは、あなたもわかっていたはずよ」
エリナは唇を結んだ。
「本来なら、ユーチャリスの完成はもう少し先になる予定だったの。船体の建造はほぼ終わっているけれど、ソフトウェアの調整にはまだまだ時間が必要だったから」
イネスは窓の向こうに浮かぶ白い艦を見た。
「ナデシコBで運用されているワンマンオペレーションシステム。その実働データをさらに蓄積して、メインコンピュータの制御技術を成熟させてから完成させる計画だったのよ」
「……それが、あの子のおかげで前倒しできる?」
「ええ。もちろん運用試験は必要だけど、ウズメの調整については、これ以上データの蓄積を待つ必要がなくなったわ。彼女なら直接やり取りしながら、今まで手探りで進めていた部分も効率よく構築できる」
イネスは淡々と続けた。
「戦力を遊ばせておく余裕はない。アカツキ君の判断よ」
エリナは小さく息を吐いた。それがネルガルにとって合理的な判断であることは、彼女にも理解できた。ユリカの救出は、いまだ見通しが立っていない。火星の後継者との戦いが続く以上、使える戦力を増やしたいという会長の考えもわかる。
だが、目の前にいるのは、ついこの間まで医療区画から出ることさえ許されなかった少女なのだ。
「……あの子は、そこまでわかっているのかしら」
「少なくとも、今日の調整には自分の意思で参加しているわ」
「それと、戦場に出るのとは別の話よ」
「……ええ。そうね」
イネスは、それ以上反論しなかった。
*
その間にも、ウズメの調整は進んでいた。少女の瞳に宿っていた光は、次第に強さを増している。やがて、頬や指先の肌にも淡い光が浮かび始めた。
「IFS同期率、さらに上昇しています」
技術者の報告に、エリナが顔を上げた。少女の黒銀色の髪が、かすかな光を帯びていた。一本一本が光を反射しているようにも見えるが、それだけではない。体内で活性化したナノマシンの輝きが、肌や髪を通して外へ滲み出しているのだ。
「……イネス先生」
「大丈夫。負荷は安定しているわ」
イネスはモニターから目を離さずに答えた。少女自身は、そんな変化に気づいていなかった。意識はすでにウズメとの接続に集中している。
『……ここは、こうした方がいいと思う』
ウズメから、応答が返ってくる。
『……うん。それで合ってるよ』
システムの構成情報が更新され、新たな調整項目が提示される。少女はそれを受け取り、理解し、また送り返す。言葉を交わしているわけではない。けれど少女には、ウズメが自分に何かを尋ね、それに答えているように感じられた。
『……次は、こっちだね』
IFSの同期が深まるにつれ、そのやり取りはますます滑らかになっていった。金色の瞳が強く輝き、肌を包む淡い光が濃くなる。黒銀色の髪にも光が広がり、少女の輪郭がほのかに浮かび上がっていた。それに呼応するように、モニター上の処理速度が跳ね上がる。
「……信じられない」
技術者の一人が呟いた。
「各システムの統合が、もう最終段階に入っています」
「このペースなら、予定していた調整工程を大幅に短縮できます」
管制室に驚きの声が広がった。一方、少女はそんな周囲の反応も知らず、ただ目の前の情報に意識を向けていた。ウズメは、まだ完成したばかりのコンピュータだった。知らないことも、うまくできないことも、たくさんある。それは、今の自分と少し似ている気がした。
『……大丈夫だよ』
少女は、意識の中でそっと呼びかけた。
『……一緒に、覚えていこうね』
返ってきたのは、簡潔な確認信号だった。それでも少女には、ウズメが応えてくれたように思えた。
*
やがて、接続試験が終了した。調整用シートの周囲に設けられた端末が、順に待機状態へ移行していく。少女の瞳に宿っていた光が弱まり、肌や髪を包んでいたナノマシンの輝きも、ゆっくりと収まっていった。少女は静かに目を開けた。すぐ傍には、イネスが立っていた。
「……具合はどう?」
「……大丈夫です」
少女は頷いた。
「疲れたり、頭が痛くなったりはしていない?」
「……はい」
イネスは生体情報を確認し、ようやく微笑んだ。
「それならよかったわ」
エリナも歩み寄ってきた。
「……こっちは結構ひやひやしてたのよ?」
「……すみません」
「謝らなくてもいいけど。何ともないなら、それでいいわ」
少女は、小さく頷いた。
「……どうだった?」
イネスが尋ねた。少女は少し考えてから答えた。
「……ウズメは、素直ないい子ですね」
「……いい子?」
エリナが思わず聞き返した。
「……はい。私の話を、ちゃんと聞いてくれました」
少女は、ごく当たり前のことのように答えた。イネスは、くすりと笑った。
「そう。仲良くなれたのね」
「……イネス先生まで」
エリナは小さくため息をついた。少女は二人のやり取りを不思議そうに見つめていた。それから、もう一度窓の向こうへ目を向ける。建造中のユーチャリス。その中にいる、まだ未完成のウズメ。少女は、ほんの少しだけ微笑んだ。
*
ユーチャリスの調整に参加するようになってから、少女は自室の端末で技術資料を調べることが増えていた。
エリナの許可を得て閲覧できるようになった資料には、艦内システムの制御方式やIFSによる情報処理、電子戦装備の運用など、少女の知らないことが数多く記されている。わからないことがあれば調べ、それでも理解できなければ技術者に尋ねた。
ウズメとの接続を経験したことで、少女は自分の能力についても少しずつ理解し始めていた。膨大な情報を受け取り、整理し、必要なものを選び出す。それは、どうやら自分が得意とすることらしい。そんなある日、少女はブラックサレナの制御系に関する資料を開いていた。
ブラックサレナの中核には、エステバリスが使用されている。その外側に幾重もの増加装甲を取り付け、高い機動力と防御力を実現した特殊な機体だった。しかし、その操縦には高度な情報処理能力が要求される。特にアキトの場合、火星の後継者による実験で神経系が損傷しており、IFSの制御にも特別な調整が施されていた。
少女は、画面に表示された構成図を見つめた。アキトは、あの機体で戦い続けている。けれど、あの人の身体は決して万全ではない。
……もう少し、負担を減らせないのかな。
少女は、IFSを介して操縦者へ伝えられる情報を調べ始めた。機体の状態、周囲の状況、敵機の位置や動き。戦闘中、アキトはそれらを瞬時に把握し、判断しなければならない。
けれど、そのすべてをアキト自身が処理する必要はないのではないだろうか。ウズメとの調整では、膨大な情報を整理し、必要なものを選び出す作業を何度も経験していた。同じことが、ブラックサレナでもできるかもしれない。
少女はユーチャリスの構成図を呼び出し、二つのシステムを並べてみた。ウズメが周囲の状況を分析し、必要な情報だけをブラックサレナへ送る。さらに、損傷したアキトの神経系に合わせてIFSの情報伝達を調整できれば、あの人の負担を少しは減らせるかもしれない。
少女は、その考えを端末に書き留めた。
*
翌日、少女はユーチャリスの調整を担当する技術者に相談してみた。
「……ブラックサレナのIFSを、パイロットの身体に合わせて、もう少し調整できないでしょうか」
技術者は、少女が示した資料を覗き込んだ。
「操縦者への負荷を減らしたいのかい?」
「……はい。必要な情報だけを送るようにすれば、少しは楽になるんじゃないかと思って」
「なるほど。確かに、ユーチャリスから電子戦支援を行えば、機体側の負担を減らせる部分はあるだろうね」
技術者は、ブラックサレナの構成図に目を向けた。
「ただ、問題は通信だな。ユーチャリスとの通信が途切れれば、外部からの支援も調整もできなくなる。かといって、エステバリス本体のコンピューターにも処理能力の限界がある。今の機体だけでは、どうにもならない部分があるんだ」
「……そう、なんですね」
少女は小さく頷いた。技術者はそれ以上深く考えることもなく、別の資料を開いた。
けれど少女は、先ほどの言葉が気になっていた。ユーチャリスとの通信が途切れたとき、自分がブラックサレナの近くにいて、直接システムへ接続できたら。ウズメのような大きなコンピューターがなくても、自分のIFS能力なら、情報処理の一部を引き受けられるかもしれない。
しかし、ブラックサレナは一人乗りの機体だった。そこに自分が乗り込むことはできない。それなら、別の方法はないのだろうか。
「……あの、関連する資料を、もう少し見せてもらえませんか?」
技術者は快く頷いた。
*
その後も、少女はブラックサレナの制御系について調べ続けた。過去の戦闘記録や機体の改修履歴を読み進めるうちに、ブラックサレナが何度も改良を重ねられてきた機体であることを知った。資料には、モールタイプやエアロタイプなど、用途に応じて開発された高機動ユニットの設計図も残されていた。
それぞれの構造や接続方式を調べていた少女は、ふと手を止めた。
……外付けなら。
ブラックサレナの操縦席に、もう一人乗り込むことはできない。けれど、別のユニットを取り付け、そこから機体の制御系に直接接続することなら、できるかもしれない。そうすれば、ユーチャリスとの通信が途切れても、アキトのそばで情報処理を手伝える。
少女は、設計図をもう一度見直した。もちろん、簡単なことではない。機体の重量や機動性への影響、接続方式など、考えなければならない問題は山ほどある。何より、そんなユニットを取り付けて、ブラックサレナがこれまでどおり戦えるのかもわからなかった。
それでも少女は、気になった資料を保存しておいた。まだ思いついただけだったが、いつか試してみたいと思った。
*
その夜、少女は自室の端末に向かい、電子戦支援に関する資料を読み進めていた。敵味方の識別、索敵情報の統合、通信妨害への対処。知らないことはまだ多く、理解できない部分に出会うたび、何度も前の項目へ戻って読み直した。ふと、少女の手が止まった。イネスから聞いた話を思い出したのだ。
アキトの身体は、火星の後継者による実験で深刻な損傷を受けている。それだけでなく、救出されてからも十分な休息を取ろうとせず、身体を酷使し続けていた。
『……このまま無理を続ければ、普通の人と同じだけ生きられない可能性もあるわ』
イネスは、そう告げていた。もちろん、正確なことは誰にもわからない。今すぐ命に関わるという話でもなかった。それでも、その言葉は少女の胸に重く残っていた。アキトには、まだ果たしていない願いがある。ユリカを助け出し、もう一度あの人と会うこと。
少女は、記憶の中のアキトを思い浮かべた。料理をしているときの、少し得意そうな笑顔。ユリカに振り回され、困ったように笑う顔。そして、今のアキト。暗いバイザーの奥の傷ついた顔と、何もかも押し殺したような声。病室で、自分を掴んだ手の感触も、まだ忘れられなかった。
怖いと思う気持ちは、今もある。それでも、床に倒れて苦しんでいたアキトの姿を思い出すと、胸の奥が締めつけられる。この感情がどこから来ているのかは、自分でもわからない。でも、あの人には、生きていてほしかった。ユリカを助け出して、もう一度あの笑顔を見せてほしかった。そのために、自分にもできることがあるのなら。
少女は、端末に表示されたユーチャリスの構成図を見つめた。ウズメと一緒なら、ブラックサレナを支援できるかもしれない。けれど、戦闘中のアキトを助けるためには、ただコンピューターのことを知っているだけでは足りない。
敵がどのように動き、何を狙っているのか。アキトが何を考え、どんな判断をするのか。それを理解しなければ、本当に必要な支援はできないだろう。自分も、戦い方を覚えたい。
その考えが浮かんだとき、少し怖くなった。ユリカの記憶には、戦場で傷ついた人々の姿が残っている。アキトが幾度も危険な目に遭ったことも覚えていた。それでも、何もできないまま、あの人が苦しむのを見ているだけではいたくなかった。少女は、静かに端末を閉じた。
*
翌日、少女はエリナを訪ねた。
「……戦闘訓練を、受けてみたいんです」
エリナは、手にしていた端末から顔を上げた。
「……戦闘訓練?」
「……はい。エステバリスの操縦も、覚えたいです」
エリナはすぐには答えなかった。少女の顔を見つめ、それから小さく息を吐いた。
「……アキト君のため?」
少女は少し考え、頷いた。
「……アキトが、ユリカを助けられるように」
そこまで言ってから、言葉を探す。
「……それに、あまり無理をしてほしくないんです」
エリナは、しばらく黙っていた。つい先日まで医療区画で検査を受けていた少女が、自分から戦うための訓練を申し出ている。その意味を考えれば、簡単に頷けることではなかった。
「……誰かに言われたの?」
「……いいえ」
「本当に、自分でやりたいと思ったのね?」
「……はい」
少女は、今度は迷わず答えた。エリナは深いため息をついた。
「……わかったわ。ただし、イネス先生の許可が必要よ。それから、訓練は段階を踏んで進めること。無理は絶対にしないって約束できる?」
「……はい」
「戦闘訓練を受けたからって、すぐ実戦に出られるわけじゃないんだからね」
「……わかっています」
エリナは少女を見つめた。金色の瞳には、以前のような戸惑いがなかった。それが、かえってエリナには気がかりだった。
「……まったく。頑固なところまで、似なくてもいいのに」
小さく呟いてから、エリナは端末を開いた。
「まずは、訓練担当者を探さないとね」
*
それから、少女の日課に新しいものが加わった。基礎体力をつけるための訓練、格闘技の基本動作、そしてエステバリスの操縦シミュレーション。
アキトのために戦うと決めてから、少女の中では失われていたユリカの記憶が少しずつ蘇り始めていた。士官学校で受けた軍事訓練。戦術理論や機動兵器の運用、実戦を想定した訓練の数々。それらは、少女にとって大きな助けとなった。
けれど、知識を思い出せることと、実際にできることは別だった。身体は思うように動かず、エステバリスの操縦シミュレーションでも何度となく撃墜判定を受けた。少女は、かつてアキトと格闘訓練をしていた月臣にも教えを請うた。月臣はその申し出を受け入れ、基礎から指導してくれた。
少女は黙々と訓練を続けた。必要最低限の睡眠を除けば、ほとんどの時間を訓練と勉強に費やしていた。ユリカの記憶を頼りに知識を補い、月臣から戦い方を学び、エステバリスの操縦を繰り返し練習する。一度でできなければ、何度でも繰り返した。
誰かに命令されたわけではない。自分で、そうすると決めたのだ。
*
少女の訓練時間が日に日に長くなっていることは、当然、イネスの耳にも入っていた。ある日の定期検査で、イネスは少女に注意した。
「……少し、無理をしすぎじゃないかしら」
「……そうでしょうか」
「検査結果は良好だけど、それとこれとは別よ。身体が丈夫だからって、疲れないわけじゃないんだから」
少女は少し考えてから、小さく笑った。
「……でも、わたし、結構丈夫につくられてるみたいです」
イネスは、一瞬言葉に詰まった。少女自身は、特に気にした様子もない。ただ、検査でわかった自分の身体の特徴を、そのまま口にしただけなのだろう。
「……そうね。それは事実だけど」
イネスは少女の検査結果に目を落とした。火星の後継者によって施された身体強化。高いナノマシン適応能力と、それを支える頑健な身体。少なくとも、通常の人間と同じ基準で疲労を判断する必要はなかった。けれど、その身体が何のために造られたのかを考えると、素直に喜ぶ気にはなれなかった。
「……具合が悪くなったら、すぐに言うのよ。少しでも異常があれば訓練は中止。それだけは約束してちょうだい」
「……はい」
少女は素直に頷いた。イネスは、それ以上強くは言わなかった。アキトの身体に残された時間が決して長くないかもしれないことを知っている。火星の後継者の動きも、ここに来て不穏さを増していた。そして何より、少女が自分の意思で戦うことを望んでいる。
できることなら、もっと穏やかな時間を過ごさせてあげたかった。けれど、その願いだけで少女を引き止めることは、もうできなかった。イネスは小さく息を吐き、次の検査予定を端末に入力した。
*
ある日の訓練後、少女はシミュレーターの記録を見つめていた。今日も、最後まで生き残ることはできなかった。それでも、前回より長く戦えた。最初の頃は避けられなかった攻撃を、今はかわすことができる。ほんの少しずつではあるが、自分が前に進んでいることがわかった。
少女は、記録を保存した。まだ、アキトと一緒に戦うことなどできない。ブラックサレナを支援するための知識も、技術も、足りないものばかりだった。それでも、以前の自分とは違う。あの日、倒れたアキトを前に、何もできずに立ち尽くしていた自分とは。
少女は端末を閉じ、ゆっくりと立ち上がった。明日も訓練がある。その次の日も、覚えなければならないことは山ほどあった。けれど少女は、それを苦には思わなかった。いつか、あの黒い機体の隣で。自分も、アキトの力になれたら。そう願いながら、少女は訓練室を後にした。
*
それから、しばらくの日々が過ぎた。少女は相変わらず、ユーチャリスの調整と訓練に明け暮れていた。
IFSを通じた情報処理については、技術者たちが驚くほどの早さで習得していたが、戦闘訓練はそう簡単にはいかなかった。ユリカの記憶から思い出した知識を頼りに、月臣の指導を受け、エステバリスの操縦を繰り返し練習する。それでも、模擬戦闘では何度も撃墜され、そのたびに原因を調べてはやり直した。
以前なら、できないことがあると、どうすればよいのかわからず戸惑っていた。けれど今は、できないことがあれば、覚えればいいと思うようになっていた。そんなある日、少女はユーチャリスの調整室で、ウズメとの接続試験に参加していた。
今回の目的は、模擬戦闘のデータを使った情報処理の確認だった。ブラックサレナの過去の戦闘記録を基に作成された仮想環境で、機体の各種センサーから送られる情報を整理し、操縦者へ必要なものだけを伝える。
実際のブラックサレナに手を加えるわけではない。あくまで、ユーチャリスからの支援がどの程度可能なのかを調べるための試験だった。少女は調整用のシートに腰掛け、IFSを接続した。
『……ウズメ、よろしくね』
アマノウズメから、接続完了を知らせる信号が返ってくる。やがて少女の意識に、模擬戦闘の情報が流れ込んできた。複数の敵機。接近する攻撃。機体各部の状態を示す数値と、次々に発せられる警告。
少女は、それらをウズメとともに整理していった。すべての情報を操縦者に伝える必要はない。機体側で対処できるものは、そちらに任せる。操縦者が判断しなければならないものを優先して、わかりやすい形にまとめる。
何度か処理をやり直すうちに、模擬操縦者へ送られる情報量が少しずつ減っていった。
「……なるほど」
試験結果を確認していた技術者が頷いた。
「情報の整理については、かなり改善されているな。これなら、操縦者の負担を減らせる可能性がある」
少女は顔を上げた。
「……本当ですか?」
「ああ。ただし、実際に操縦したときの反応までは、まだわからない。情報を減らしすぎても危険だからね」
「……はい」
「でも、いい結果だと思うよ」
少女は小さく頷いた。まだアキトの身体が楽になったわけではない。本当に役に立つかどうかも、これから確かめなければならなかった。それでも、自分の考えたことが少しだけ形になった。少女は、意識の中でウズメに呼びかけた。
『……ありがとう、ウズメ』
返ってきたのは、いつもの簡潔な応答だった。けれど少女には、ウズメも一緒に喜んでくれているように思えた。
*
試験を終えた帰り道、少女は秘匿ドックの格納庫を通りかかった。整備架台には、ブラックサレナの黒い装甲が並んでいた。最初に見たときと同じように、その表面には幾つもの傷が刻まれている。
少女は、しばらく足を止めて眺めていた。この機体に乗って、アキトは何度も戦ってきた。ユリカを助け出すために。その身体がどれほど傷ついていても、諦めずに。
少女は、そっと自分の手を見つめた。この手で、初めて料理を作った。思うようにできなくて、何度も失敗した。ウズメとの接続では、初めて知ることばかりだった。戦闘訓練も、まだうまくできないことの方が多い。
けれど、それらはすべて、自分でやってみようと思ったことだった。ユリカの記憶にはない、自分自身が経験したこと。誰かに教えられ、何度も失敗して、少しずつ覚えてきたこと。
少女は、もう一度ブラックサレナを見上げた。アキトはまだユリカを探している。自分がユリカではないことも、これから先、変わらないだろう。それでも、ユリカの代わりにはなれなくても、アキトを支えることならできるかもしれない。
少女は、静かに息を吐いた。まだ、名前も決められていない。自分が何者なのかも、よくわからない。けれど、今はそれでもいいような気がした。知りたいことがある。覚えたいことがある。そして、自分でやってみたいと思うことがある。それだけでも、以前の自分とは少し違っている。
少女は、黒い装甲に視線を戻した。
「……アキト」
小さく、その名を呼んだ。
いつか、あの人がユリカと再会できるように。そして、もう一度、記憶の中で見たように笑えるように。
そのために、自分にもできることがあるはずだった。
そう思ったとき、ふと、別の考えが浮かんだ。
アキトがユリカを取り戻した、そのとき。
―――あの人は、自分にも、あの笑顔を向けてくれるのだろうか。
第7話までお読みいただき、ありがとうございます。
正直、今さらナデシコの二次創作を書いて、需要あるだろうか……と思っていたので、お気に入り登録をしてくださった方がいて、本当に嬉しかったです。ありがとうございます。
本作は「ユリカのクローン」というニッチ?なオリ主ですが、引き続き楽しんでいただけば幸いです。ナデシコは良質な二次創作が多かったですが、原作という素材を使ってちゃんと味がだせるかどうか…。まずは劇場版パートを最後まで書き切ることを目標に、少しずつ進めていきます。
余談ですが、サレナが着けているバイザーは、劇場版でラピスが着けていたものをイメージしています。
技術員をウリバタケにする案もありましたが、アカツキたちが血生臭い仕事に一般人となったウリバタケを巻き込ませることはないよなと考えボツに。技術員(男)視点からみたバイザーの少女のエピソードは書くかもしれません。