君こそ一番わるいやつ   作:深紫Sιn姉

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14:メイドコス

夏休みに入って、すでに半月。

白銀御行とは一度も会えず、何の進展もないまま。

四宮かぐやは京都にある本邸へと召集されていた。

 

広大で、どこか冷え切った屋敷の廊下。

その向こうから、ゆっくりと歩いてくる老人が一人。

四宮グループ総帥——四宮雁庵である。

雁庵は立ち止まると、部屋にたった一言。

 

「……ご苦労」

 

そして素っ気なく、そのまま立ち去ろうとする——。

 

——しかし。

かぐやは胸元のポケットにそっと触れた。

そこには、宝物のように折りたたまれた一通の手紙。

以前の温泉旅行を許可してくれた、父の直筆だ。

 

かぐやは小さな拳を握りしめ、勇気を振り絞った。

 

「——ち、父上!」

 

ピタリ、と雁庵の足が止まる。

 

「……なんだ」

「せ、先日は……友人との旅行を許可してくださり、その……本当に、ありがとうございました‼︎」

 

静まり返る廊下。

わずかな沈黙のあと、雁庵は振り返らないまま。

不器用に、だが少しだけ硬度を落として呟いた。

 

「そうか……楽しかったか」

「————! はいっ‼︎」

 

ほんの数秒の、けれど確かな親子の会話であった。

 

 

□■□■□

 

 

本邸の最奥にある、格式高い客間。

そこには、四宮雁庵と向き合って座る少年の姿が。

中性的な容姿で、しなやかながらも芯のある身体。

 

「相変わらず男なのか女なのか、わっかんねえ成り立ちしてんなオメエは……」

「ええ、よく言われます。ちなみにそれ、もう何十回も会うたびに言ってますよ、雁庵さん」

 

天羽合名会社の子息。天羽衣緒である。

彼は表敬訪問としてここに訪れていた。

 

「はっ……。俺もボケでそろそろ冥土が見えたか」

「メイドさんは、いっぱい見えましたけどね」

「まったく、よく回る口だ。青臭いガキが」

「加齢臭よりかは、青臭い方が幾分マシでしょう」

 

悪態をつきつつも、雁庵の口元はどこか緩んでいる。

ふと、雁庵が庭の竹林へと視線を向けた。

思い出すのは、かつて唯一愛した女性。

京都・祇園の芸妓だった、かぐやの亡き母のことだ。

 

「……あいつがいた頃の祇園は、お前んとこの先代がよく守ってくれた」

「まあ、うちは昔からずっと『粋な夜』と『その秘密』を守るのが本業ですからね」

 

天羽が爽やかに微笑み、湯呑みを傾ける。

 

——『天羽家』。

かつて聚楽第を作った豊臣秀吉の『黄金の茶室』。

実はあれ、天羽の先祖がプロデュースした密談室だ。

明治維新の志士や伊藤博文らによる『待合政治』。

それらもすべて、天羽の床の上で行われていた。

歴史を作る偉人たちが、唯一鎧を脱いで遊び、骨抜きになり、時には情報を漏らし、保護される場所。

 

「時代が変わっても、ボクたちは『裏方』ですよ」

「ちっ、高校生が言うセリフじゃねえな」

 

底知れない少年の笑みに、雁庵がニヤリと笑った。

すると天羽が、すっくと腰を上げる。

 

「さて、お話はこのくらいにして。せっかく京都まで来たんです、雁庵さんの娘さんに挨拶してから、帰ってもいいですか?」

「……ふん、好きにしろ」

 

 

□■□■□

 

 

客間を出た天羽を、一人の少女が先導していた。

前髪を下ろし、スーツを完璧に着こなす少女。

かぐやの近侍——早坂愛である。

 

「こちらでございます、天羽様」

「ありがとう。案内助かるよ」

 

早坂の心臓は、先ほどからバクバクと跳ねていた。

あの日、ホテルで受けた濃厚なリンパマッサージ。

そして帰り際の、ついした熱のこもった恋人繋ぎ。

あれ以来、どうしても彼を意識してしまうのだ。

 

(大丈夫、今の私は完璧な使用人モード……! 学校の私だとは、バレないはず……!)

 

必死に他人のフリをして、かぐやの部屋へと近づく。

——だが、そのすぐ手前の曲がり角だった。

 

すっ。トン。

 

「——えっ?」

 

人目のつきにくい場所にて。

音もなく距離を詰めた天羽が、早坂の退路を塞いだ。

いわゆる『壁ドン』の体勢である。

整った美貌が至近距離に迫り、耳元で甘く囁いた。

 

「——この早坂も、すっごく似合ってるね?」

「っ⁉︎ あ、天羽様……⁉︎」

「うーん『様』なんて仰々しい。いつも通りにしてよ。それとも——それが”本物”の早坂なのかな?」

「っ——! な、なぜ私だとお気づきに……?」

「匂いですぐ分かったよ。あの日、ホテルのベッドで、たっぷり過ごしたじゃないか」

 

すうっ、と天羽の細い指先が伸びる。

そして、早坂の肩口から鎖骨へとそっと触れた。

 

「ほら。まだここ、少し凝ってるんじゃない?」

「ひゃっ……⁉︎」

 

ゾクッ、と甘い電流が背筋を駆け上がる。

その瞬間、鉄壁の仮面がぐっちょりと融解した。

 

「ちょ、ちょっと天羽っち! 離れて! かぐや様がすぐそこにいるから……っ⁉︎」

「えー? でもほら、身体がこんなに固くなってる。ここも、ほぐしてあげようか?」

 

天羽の指先が、スーツの襟元からうなじへと滑る。

あの日あの時、散々開発された敏感な場所。

そこを優しく撫でられ、早坂の膝から力が抜けた。

 

「ん……! だ、だめ……っ、声、出ちゃう……‼︎」

 

へたり込みそうになる早坂の細い腰。

それを天羽の片方の腕がぐっと抱き寄せて支える。

結果として、二人の身体がピタリと密着した。

 

早坂は声を殺そうと、自分の手で口元を必死に押さえながら、天羽の胸元の服をぎゅっと握りしめる。

 

「はぁ……っ、ふぅ……っ! ほんと悪趣味……っ」

「ふふ、ごめんね? でもそんな早坂も、早坂らしくて、それは早坂でいいんじゃないかな?」

「なっ……⁉︎ ば、バカじゃないの……!」

 

耳元に直接吹きかかる、熱い吐息。

心臓の音がうるさいくらいに鳴り響き、頭がくらくらと熱に浮かされていく。

 

「大丈夫だよ。誰も見ちゃあなんかいない」

「っ——! ほ、本当に……?」

 

——だがしかし!

すぐ隣の壁の向こうにて少女が一人。

ぴったりと張り付いて聞き耳を立てていた。

もちろん、四宮かぐや。その人である!

 

(えっ、天羽さんもここに来てるの⁉︎ しかも今の声は、早坂⁉︎ 『ホテルのベッドでたっぷり』って、一体どういうこと⁉︎ Bなの⁉︎ えっBなの⁉︎)

 

障子の向こうから聞こえる、衣擦れの音と甘い吐息。

さらには『だめ、声、出ちゃう』『こんなにも固くなってる』という、完全にアウトなワードの数々!

 

(ま、まさか……この廊下で、早坂を押し倒して、あんなことやこんなことをしているとでもいうの⁉︎)

 

かぐやの脳内で、壮大な妄想が超新星爆発した!

身体がガタガタと震え、頭から湯気が噴き出す。

 

「……じゃあ早坂、また後でね」

「……お、覚えてるから!」

 

足早に立ち去る早坂の足音。

かぐやはしばらく言語能力を喪失したのであった。

そして何食わぬ顔で障子を開けて入ってくる天羽。

 

「おーい、お邪魔しますよ〜。四宮さ〜ん? あれれ……なんだか顔赤いけど大丈夫?」

 

四宮かぐやは脳から言葉を絞り出す——。

 

「こっ——、この不埒者〜っ⁉︎」

 

 

□■□■□

 

 

東京へと戻った、とある日の夜。

壁に反射して灯る、静かな部屋にて。

 

「——ねね、桃。メイド服、着てみない?」

「……は?」

 

ベッドの上で、少女が胡散臭そうに眉をひそめた。

少年の手には、フリフリの本格的な『メイド服』。

黒と白のコントラストが眩しい、王道の衣装である。

 

「絶対に着ねぇぞ、そんなもん」

「えー? 似合うと思うんだけどなあ。この前、京都に行った時さ、すっごく美人なメイドさんたちがいっぱいいて。すごく綺麗だったからさ〜」

「…………」

 

ぴくり、と少女のこめかみが跳ねた。

わかりやすい煽りだろう。

しかし、それはそれで腹が立つ。

他の女を褒めているのだ、自分の前で。

 

「……よこせ」

「え? 着てくれるの⁉︎ 優しいじゃん!」

「いいからさっさとよこせ、バカ‼︎」

 

少女は少年から衣装をひったくった。

 

——そして数分後。

着替え終えた少女が、頬を朱色に染めて立っていた。

 

フリルのついたエプロンに、少し短めのスカート。

そしてなんと、頭には白い頭飾りまである。

普段のクールな凄みと、可愛らしい衣装のギャップ。

それらが化学反応を起こし、凄まじい破壊力を放つ。

 

「わわわ……っ。ちょっと桃、可愛い過ぎるよ⁉︎」

「う、うるさい! ジロジロ見るな、ころすぞ!」

 

そんな言葉は意にも介さず。

 

「ねえねえ桃、お願い。あのさあのさ? 一回だけでいいから、ボクを『ご主人様』って呼んでみて?」

「……っ! 調子に乗るなっ!」

「えっだめ? おねが〜い! ねっ、ねっ?」

 

少年が甘えるように下から覗き込む。

少女は唇を噛みしめ、鋭い瞳で睨みつける。

しかし折れて、絞り出すように呟いた。

 

「……ばか主人。へんたい主人め」

「ふふ、ご褒美だ。桃はやっぱり可愛いな〜っ」

 

少年が満足そうに目を細める。

すると少女は、メイド服の裾をぎゅっと摘んだ。

 

そして、ぷいっと目を逸らしたままに。

熱っぽい吐息混じりで、こう言うのだ——。

 

「……奉仕してやる」

 

——それはきっと、ツンデレメイドだった。

 

 

□■□■□

 

 

後日、東京にある四宮別邸にて。

すでに天羽に正体がバレ、すっかり開き直った早坂。

彼女が、主人の前にすっくと仁王立ちしていた。

 

「かぐや様。今週の日曜日はお休みをいただき、天羽さんとお出かけしてまいります」

「…………え?」

「ですので、その日は他の者に対応させます」

「え、ええええええ⁉︎ どういうこと早坂!」

 

四宮がベッドからばっと起き上がる。

 

「あんな危険な男と二人きりだなんて駄目よ⁉︎」

「いえ、大丈夫だと判断しました」

「本当にほんとうに行く気なの⁉︎」

「ええはい、本当にほんとうです」

 

その意思の硬さを悟ったのか。

四宮はこうすることに決めた。

 

「……ならば、後ろからこっそり着いていくわ!」

「——かぐや様?」

 

にっこりと氷点下の声音で呟く早坂。

それは、絶対零度の瞳であった。

 

「絶対に来ないでくださいね? じゃないと会長さんに『かぐや様が会長を大好き』ってバラしますよ?」

「な、ななななんですって⁉︎ 別に私は会長を——」

「大大大好きですもんね?」

「〜〜〜〜っっっ‼︎ もう!」

 

主人の最大の弱みを握り、完全封殺!

早坂のその言葉に、四宮はベッドに倒れ込んでから枕に顔を埋め、脚をばたばたとさせていた。

 

「——お土産、楽しみにしていてください」

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