夏休みの日曜日、昼下がりの駅前広場。
照りつける太陽の下、二人の美少女が立っていた。
雪色を基調とした、清楚で可愛らしい私服姿。
——白銀圭である!
肩を出した、少し大人っぽいファッション。
——早坂愛である!
(わあ、綺麗な人……モデルさんかな?)
(へえ、可愛い子じゃん。中学生かな?)
互いにチラチラと視線を交わす二人。
だが、声をかける理由もない。
彼女らは、待ち人が来るのを今か今かと待っていた。
——そこへ。
「おっは〜ろ、待った?」
爽やかな笑顔で手を振りながら。
本日の主役——天羽衣緒が歩いてきた!
「「あっ! いま来たところで————え?」」
ぴたり、と二人の動きが止まった。
圭と早坂が、ゆっくりと首を回して顔を見合わせる。
そして、お互いをビシッと指差した!
「「……なんであなた(きみ)が⁉︎」」
それはもう見事なまでのハモリであった。
「ちょっと天羽っち! これどういうこと⁉︎ 今日、私とお出かけする約束だよね⁉︎」
「わ、私も日曜日に遊ぼうって……! 衣緒さん。これはどういうことですか……⁉︎」
詰め寄る美少女二人。
しかし本人は、きょとんとした顔で小首を傾げた。
「いやあ、二人とも同じ日に誘ってくれたからさ〜」
「「からさ〜、じゃない(ですよ)‼︎」」
「え、でも……どうせなら三人で遊んだ方が、二倍どころか三倍楽しいでしょ〜?」
この男、悪びれる様子など一ミリもない!
爽やかスマイルで堂々の『ダブルブッキング』宣言!
これには少女二人も、開いた口が塞がらない。
問題の人物——天羽がくるりと背を向けて歩き出す。
「ほらほら、立ってると暑いし、早速行こっか〜」
残された圭と早坂の間には、謎の火花が散っていた!
□■□■□
一方その頃、駅前の柱の陰にて。
「……おい四宮! なんだあの異常事態は⁉︎」
「……ええ会長! 私の理解を超えています!」
真夏だというのに、トレンチコートにサングラス姿のどこかで見覚えのある不審者が二人。
そう——白銀御行と、四宮かぐやである!
「そもそも、なぜ四宮がここにいるんだ⁉︎」
「それはこっちのセリフです! 会長こそなぜ⁉︎」
「そ、それはだな……! やはり兄として、悪い男の魔の手から妹を守らねばならんと思ってだな!」
「き、奇遇ですね⁉︎ 私も、知人の早坂さんが傷物にされないか監視しに来たところなんです!」
互いに言い訳を並べ立てる二人。
しかし心の内ではこうである。
(しっ、四宮⁉︎ これってつまり運命⁉︎)
(かっ、会長⁉︎ これはいわゆる運命⁉︎)
それはともかく。
目の前の光景は彼らの予想を遥かに超えていた。
「あいつ、圭と早坂さんを同時に呼び出しやがったのか! なんという二股……いや三股野郎!」
「そうです! 不埒すぎます! 早坂も早坂です! なぜあんな男を見ても怒って帰らないの⁉︎」
「この状況はおかしい! おかしいよな四宮‼︎」
「この状況はおかしい! おかしいです会長‼︎」
((この状況——ありがとう天羽『くん』‼︎))
コソコソと柱の陰で言い合う二人の背後から——。
ゴゴゴゴゴ……。
空間が歪むほどの殺気が立ち昇った!
「おい、お前ら——そこで何やってんだ」
「「ひっ‼︎」」
地響きのように低い声。
白銀と四宮が、ギギギと首を回して振り返る。
そこには——。
黒い日傘を差し、低血圧な目で佇む少女。
「「りゅ、龍珠(さん)⁉︎」」
——龍珠桃である!
「アイツのスマホの予定表に、『日曜日:お出かけ×2』ってあったから来てみれば……なるほどな」
ぱちん、と龍珠が日傘を閉じた。
その瞳には闇の炎が揺れている。
「よし。今から全員まとめて東京湾に沈めてくる」
「「まてまてまて⁉︎」」
白銀と四宮が、慌てて龍珠の両腕にしがみついた。
「落ち着け龍珠! いま飛び出したら、この俺が妹に一生口をきいてもらえなくなるんだぞ⁉︎」
「そうです龍珠さん! 私も弱みを握られています! もしバレたら大変なことになって……⁉︎」
「知るかよんなもん! どけ、ぶっ殺してやる‼︎」
「「ら、らめえええええっ‼︎」」
兄、主人、そして許嫁。
混ぜるな危険の三人組。
共同尾行列車、地獄行きだ——!
□■□■□
大型ショッピングモールの入り口。
涼しい冷気の中を歩く三人の空気。
しかしそれは妙に熱きものだった。
「ふふ〜ん。せっかくだからね、天羽っち?」
むぎゅっ。
早坂が天羽の右腕にぎゅっと抱きついた!
にっこりと笑いながら、大胆に開いた服の内側に育つ双房が、天羽の二の腕に柔らかく押し当てられる。
年上の余裕を使った、先制攻撃である。
「なっ⁉︎ ちょ、ちょっと、くっつきすぎです!」
ぷにっ。
圭も負けじと、天羽の左腕にぎゅっと抱きついた!
控えめながらも確かな柔らかさが、左腕に当たる。
年下の積極性のある、反撃守備である。
「わ、私だって! 衣緒さんのことなら、たくさんたっくさ〜ん、知ってますから!」
「へえ〜? でも私と天羽っちは、二人きりで『すんごい休憩』をした仲なんだけどね〜」
「す、すんごい休憩……⁉︎ い、衣緒さん、一体この人と何をしたんですか⁉︎」
右からはむぎゅむぎゅ、左からはぷにぷに。
まさに、両手に花のハーレム状態!
天羽は困ったように微笑みつつも、歩くペースをほんの少しだけ落とした。
「……?」
圭が不思議そうに天羽を見上げる。
「圭ちゃん、少し足が疲れたんじゃないかな?」
「え……あ……」
図星だった。
今日のために履いてきた、少し大人っぽいサンダル。
とはいえ見た目に振ったものは、疲れやすい。
そんな背伸びを、天羽は優しく見抜いてきたのだ。
「ほら、あそこの限定クレープ食べよっか。圭ちゃん、甘いもの好きでしょ?」
ぽん、と天羽の手が圭の頭を優しく撫でる。
その瞬間、圭の肩からすっと意地が抜けた。
「……はい。イチゴの入ってるやつが、いいです」
「よし、じゃあ特盛りにしちゃおう!」
白銀家では我慢しがちな彼女が、天羽の前でだけ見せる、年相応の甘えん坊な『妹』の顔であった。
□■□■□
「……ぐぬぬぬぬ!」
柱の陰からそれを見ていた実の兄である白銀が、ハンカチを噛みしめて血涙を流していた。
「あいつ、圭を完全に甘やかしやがって……! お兄ちゃんだって、特盛りクレープ買ってやれるのに‼︎」
「か、会長! 声が大きいです! ……それより、早坂の様子の方も見てください‼︎」
四宮が指差した先では。
クレープを食べ終えた三人が、大型のPC・ガジェットショップの前に足を止めていた。
「ねえ早坂。これ、最新の自作PC用冷却ファンと、超小型ドローンじゃない? ちょっと見てこうよ」
「えっ……⁉︎」
天羽の言葉に、早坂の目がカッと見開かれた。
ショーケースに並んでいるのは、一般の女子高生なら絶対に見向きもしないマニアックな電子部品ばかり。
「わかるの、天羽っち⁉︎ そうなの、これ昨日発売されたばかりの最新モデルで、従来のチップより処理速度が三十パーセントも上がってて! ——って、あ」
早口で気分の上昇した早坂が、ハッと口を押さえる。
ギャルという己の設定を忘れ、本来のガジェオタな『素の自分』が飛び出してしまったのだ!
「あはは、ネットニュースで見ただけっし〜?」
「ふふふ、隠さなくていいのに。そういう楽しそうに目をキラキラさせてる早坂が、ボクは一番好きだな」
「————っ⁉︎」
サラッと言われた自身への褒め言葉に、早坂の顔がリンゴのように紅々に染まった。
「……チッ、モテ男ぶってんじゃねえぞ、バカ衣緒」
物陰から見る龍珠が、ギリギリと奥歯を鳴らす。
「お、落ち着くんだ龍珠……!」
「カームダウン龍珠さん……!」
白銀と四宮は、龍珠がいつ飛び出すか分からず。
万が一を考えると、冷や汗びっしょりになった。
「チッ、仕方ねえ……」
□■□■□
しばらく歩き回り。
モールの休憩ベンチへと腰を下ろす三人。
「じゃあ、ボクはちょっと冷たい飲み物買ってくるから。二人ともここで待っててね」
天羽が一人売店へと向かっていく。
ベンチには圭と早坂の二人きりになった。
——しん、と気まずい沈黙が流れる。
「……ねえ。きみ、白銀会長の妹なんだってね」
「え? あ、はい。そうですけど……なにか?」
クレープの包み紙をぎこちなくいじる圭に、早坂がふと横目で静かに声をかけた。
「それって大変じゃない? あの人の妹やるの」
「……え?」
思いがけない質問に、圭が目をぱちくりさせる。
早坂は遠い目をして、小さくため息をついた。
「だってあの会長、完璧超人ぶってるくせに、変なところでめちゃくちゃ不器用でしょ? 見栄っ張りというか、素直じゃないというか……?」
「————っ! わっ、分かるんですか⁉︎」
圭がガバッと身を乗り出した!
「そうなんです! うちの兄ったら、いっつもカッコつけてるくせに、私が仕方なく心配して声をかけてあげても『なんでもねえよ』って意地ばっかり張って! 素直にお礼ひとつ言えないんですよ!」
「あ〜、わかる。すっっごくわかるわ〜……うん」
早坂が深く、魂の底から頷いた。
「実はね、私のところにもね。まあわけあって昔からお世話してる『幼馴染』がいるんだけどさ」
「その方は女性、ですか?」
「うん。頭は天才的にいいくせに、急にポンコツになって。プライドばっかりエベレストみたいに高いから、『好き』の一言も言えずに空回りしてんの。ほんと、こっちは毎日介護で胃に穴が開きそうだよ……」
「えっ、そちらもなんですか⁉︎ うちの兄も文字通りまったく同じチョモランマ状態なんですよ!」
ぴたり、と二人の視線が交錯した。
——エベレストの生徒会長の世話を焼く実妹。
——チョモランマな副会長の世話を焼く近侍。
二人が抱える日頃のその苦労は。
それは——完全に一致していた!
「「……ほんっと、ダメだよね(ですよね)‼︎」」
ガシッ、と二人は固く手を取り合った!
さっきまでのバチバチした敵対心など、もはや影も形もなく消え去っている。
「なんだか、すごく親近感が湧きました! あの……早坂さんって呼んでもいいですか?」
「早坂なんかじゃなくて、愛でいいよ圭ちゃん!」
「では……愛さんと!」
キャッキャと打ち解けていく美少女二人。
それはまるで、本当の『姉妹』のように。
ちなみに物陰でそれを聞いていた白銀と四宮たちだが、「「俺(私)、そんなこと思われてるのか(の)⁉︎」」と驚いていたのは言うまでもない。
——サガルマータである!
□■□■□
「おっ待たせ〜! ……あれ? 二人ともいつの間に、すっかり仲良くなったみたいだねえ〜?」
そこへ、天羽がにこにこと笑いながら戻ってきた。
片手には冷たいジュースの二つのボトル。
そしてもう片方の手には——いつの間に買ったのだろう、雑貨屋の可愛らしい紙袋が提げられていた。
「なにそれ、天羽っち?」
「なんです、衣緒さん?」
不思議そうに、二人から問いかけられる彼。
「ふふっ。せっかくだし二人が仲良くなれると思って、ボクからの”ちょっとした”プレゼントだよ〜」
がさがさ、と。
天羽が可愛らしい紙袋から引き抜いたのは——。
それは、頭の上にちょこんと乗せるような。
——いかにも可愛らしい『ケモ耳』の類い!
「「……え?」」
美少女たちが、同時に目を白黒させる。
そして男はとびきり爽やかに微笑んだ。
「さて、どっちがどっちをつけるのかな〜?」
わる〜いやつの罠が、いま幕を開ける!
こちら、三話構成となります