ショッピングモールの最上階。
一行が足を踏み入れたのは、夜の風が心地よく吹き抜ける、広大な屋上テラスであった!
「おおおおおお……っ!」
そこは、天羽合名会社がVIP用にほぼ貸し切ったという、開放的なプライベートガーデン。
綺麗に手入れされた芝生の上には、ゆったりとしたソファ席や白いテーブルが贅沢に配置されている。
ちらほらと他の招待客の姿も見えるが、一般の混雑とは無縁の、まさに選ばれし者の『特等席』だ!
「へえ……こんな場所があったなんて知らなかった」
「ええ、なんだか別世界みたいですね……!」
猫耳の早坂と、犬耳の圭。
少女二人が、手すりから見える夜景に目を輝かせる。
ちなみに二人の頭には、ケモ耳が乗ったままだ。
外すタイミングを完全に失ったとも言える!
——と、その時だった。
「あーっ! みなさん、奇遇ですね〜‼︎」
隅っこの屋台コーナーのテーブルから、聞き覚えのありすぎる能天気な声が飛んできた。
見ればそこには、両手に大盛り焼きそばと巨大なわたあめを抱え、口の周りをソースだらけにして爆食いしているポンコツが一人!
そしてその隣には、死んだ魚のような目でタピオカを吸っているボサボサ頭の少年が一人!
「「藤原書記(さん)それに石上(くん)まで⁉︎」」
白銀と四宮が、揃って目を丸くした。
「ふふふ、私も衣緒くんからチケット貰っちゃいました〜! 屋台の食べ物がぜんぶタダで食べ放題なんですよ⁉︎ まさに地上の楽園です〜!」
「……どうも、会長、四宮先輩。僕は天羽先輩に『こなきゃ一生魔法使い』って強制召集されました。正直、他の客のリア充波が強すぎて場違いな気が……」
藤原千花と石上優。
彼らもちゃっかり別ルートで招待されていた。
「おい衣緒、また人数が増えたぞ?」
「まあまあ桃、賑やかな方がお祭りっぽいでしょ? ほら、そろそろ始まるよ〜」
天羽が夜空を見上げ、パチンと指を鳴らした。
屋上ガーデンの照明がすうっと暗く落とされる。
ざわめいていた周囲が静まり返り、ほぼ全員の視線が、黒く澄み渡った夏の夜空へと向けられた。
——ヒュルルルルルル…………。
遠くから、空を切り裂くような笛の音が昇っていく。
一拍の静寂。二拍の静寂。三拍の静寂。
そして——。
——ドォンッッッ‼︎
腹の底まで震わせるような重低音。
真っ暗な夜空という名の漆黒のキャンバスに、巨大な光の大輪がパァッと色彩を添えた。
「わあああああっ……!」
——夜空を焦がすような、鮮烈な紅焔。
——幾重にも降りそそぐ、魅力の黄金。
——波紋のように広がる、清涼な緑青。
——静寂を柔らかく包む、深遠の紫紺。
まるで夜空に架かる虹のように、花火は次々と打ち上がり、世界を眩く多彩な色へと染め上げていく。
ドォンッ! パパパパパァンッ‼︎
一番近くの一番高い、まさに特別な場所から。
この場にいる全員が、光をあっと飲んでいた。
「……すごい。手が届きそうなくらい、大きいです」
四宮が、子供のように瞳を輝かせて夜空を見上げる。
それはきっと花火の光のせいだろう。
彼女の白く美しい横顔が、幻想的に照らされていた。
(……綺麗だ)
隣に立つ白銀は、そんな四宮の横顔に見惚れていた。
心臓が、花火の破裂音よりも内で鳴り響いている。
しばらく、時間が止まってしまえばいいと思った。
そんな視線に、四宮がふと白銀の方へと振り向く。
「会長? ……花火、見ないのですか?」
「あっ、いや! 見てる! すごく綺麗だ、四宮!」
「……え?」
「あっ、いや⁉︎ 花火が、だ! 花火がすごく綺麗という話で……。いやー! 天羽庶務には感謝だな‼︎」
顔を真っ赤にしてしどろもどろになる白銀。
だが、四宮もまた、耳まで赤く染めながら、花火の光に紛れてそっと口角を上げていた。
(……もう。会長ったら、お可愛いこと)
一方、少し離れた手すりの前では。
夜風に髪を揺らしながら、犬耳の圭と猫耳の早坂が並んで花火を見上げていた。
「……ほんと、めちゃわるい男だよね、天羽っちは」
「はい。でも……なんだか、怒る気も、この光景を見たら、全部どっかに行っちゃいました……」
早坂がふっと肩の力を抜き、憑き物が落ちたような爽やかな笑顔を見せる。
圭もまた、夜空に咲く大輪の花を見つめながら、柔らかく微笑んだ。
「だって、こんなにも綺麗なんですから。……今日は楽しかったです、愛さん」
「うん。私もだよ、圭さん」
そして、一番端のソファ席にて。
天羽の隣にちょこんと座った龍珠が、むすっと頬杖をつきながらも、花火の光を瞳に映していた。
「……どう? 桃。特等席の花火は」
「……べつに。悪くはねえよ」
素直じゃない返事。
けれどその肩は、天羽にぴたりと寄り添っていた。
□■□■□
やがて、最後の特大スターマイン(連射連発)が夜空を埋め尽くし、花火大会は幕を閉じた。
余韻の残るテラスだが……そろそろお開きの頃合い。
「じゃあね衣緒くん! 私、最後にチョコバナナを十本お持ち帰りして帰りますよ〜!」
「いや業者かよ⁉︎ 藤原先輩、ほら食べすぎるともっと太りますから、早く帰りますよ」
「もっと、ってどういう意味ですか石上くん⁉︎」
わいわいと騒ぎながら先に退場していく藤原と石上。
すると、ここで圭と早坂がくるりと顔を、身体をそれぞれの『介護対象』の方へと向き直った!
「……さて、お兄ぃ」
「ぎくっ⁉︎ な、なんだ圭。花火、最高だったな!」
「話を逸らそうとしてるのバレバレ!」
「でもな圭……お兄ちゃんにもこれは訳が——」
「——はい、お土産」
「えっ、……お土産?」
圭は自分の頭から白い『犬耳カチューシャ』を外す。
すると、兄の頭へ——スポッと無理やり装着させた!
「なっ⁉︎ おい圭、なぜ俺に犬耳を⁉︎」
「お兄ぃへのプレゼント! 家に着くまで絶対に外さないでよね! それが罰‼︎」
そして、そのすぐ隣でも。
「かぐや様。私からも、約束のお土産がございます」
「えっ? 早坂、それは——きゃあっ⁉︎」
早坂も頭から黒い『猫耳カチューシャ』を外す。
そして主人の黒髪の上へ——スポッと装着させた!
「ちょ、ちょっと早坂⁉︎ これは少し恥ずかし……」
「いいえ、お約束ですので。とてもお似合いですよ」
かくして!
夜の屋上テラスに、白い犬耳を生やした目つきの悪い生徒会長と、黒い猫耳を生やした副会長が向かい合うという、世にも奇妙な光景が爆誕した。
これが創生の瞬間……ビッグ・ワン(ニャン)‼︎
「あ、あの……会長……」
「し、四宮……」
お互いに、相手のケモ耳姿の顔を見てしまう。
普段はプライドのオリンポス山な二人も、これには流石に恥ずかしそうに頬を染め、犬耳と猫耳を着けてモジモジと立ち尽くしている。
——次の瞬間、天才二人の脳内が完全にシンクロ!
((か、可愛いいいいいいいい⁉︎))
思わぬ特大の眼福お土産をくらって、二人とも頭からぷしゅーっと湯気を噴き出す!
「ほらお兄ぃ、呆けてないで早く帰るよ!」
「かぐや様、送迎の車が下で待っております」
「「あ、ああ(え、ええ)……!」」
まだお互いをチラチラと意識しながら、圭と早坂に背中を押されてエレベーターへと消えていく二人。
賑やかだった嵐が去り、屋上の出口に残されたのは。
天羽と龍珠の、許嫁による二人きり。
「……ふう。みんな、満足してくれたみたいだね」
「……ふん。お前のお節介には呆れる、まったく」
腕を組んでそっぽを向く龍珠。
そんな彼女の小さく白い手を、天羽が横からそっと、だが逃がさないようにぎゅっと握りしめた。
「……っ、おい」
「さあ、ここからは——ボクと桃だけの、時間だね」
天羽が優しく微笑み、龍珠の手を引く。
龍珠は振り払うこともなく、黙って隣を歩き出した。
□■□■□
遠くでまだお祭りの余韻が微かに響く、夜の並木道。
街灯の光が落とす二つの影が、並んで歩いていた。
その先は、大人たちの『粋な夜』が眠る場所——花街へと続く道である。
「ふん……犬だの猫だの、随分楽しそうだったな」
「怒らないでよ、桃。あの二人も大事な友達だけど、ボクの『特別』は桃だけだって、知ってるでしょ?」
「……口ばっかりよく回る。昔からそうだ、お前は」
龍珠が小さく唇を尖らせる。
すると天羽は、懐かしむように目を細めた。
「昔、かあ。ボクと初めて会った日、覚えてる?」
「……忘れるわけねえだろ、ばか」
——それは、今よりずっと幼かった頃の話。
日本全国に睨みを利かせる広域指定暴力団・龍珠組。
その組長の娘として生まれた龍珠桃は、幼い頃から周囲の子供たちに恐れられ、まるで触れてはいけない腫れ物のように扱われてきた。
誰も近づかず、誰も目を合わせない。
冷たくて、ひんやりする孤独な世界。
そんな彼女の前にただ一人、まったく怯える様子もなく、ひょっこりと現れた少年がいた。
『おっは〜ろ! きみがボクの許嫁の、桃ちゃん?』
それが、同じく裏の世界を統べる『天羽家』。
その跡取り息子——天羽衣緒だった。
親同士が勝手に決めた、政略的な許嫁。
最初はただの家の都合だったはずなのに、いつしかこの掴みどころのない少年だけが、少女が『組長の娘』という重い鎧を脱ぎ捨てて、ただの女の子に戻れる唯一の居場所になっていたのだ。
「あの時の桃も、今みたいにむすっと睨んできてさ。『近づくな、ころすぞ』って」
「う、うるせえ! そんな昔のことを掘り返すな!」
「ふふっ。でも、あの頃からずっと変わらないよ」
「……何がだ?」
「ボクが一番可愛いと思うのも、一番愛してるのも」
天羽がふと足を止めた。
つられて立ち止まった龍珠の正面へと回り込む。
そしてポケットから『あるもの』を取り出した。
街灯の光に照らされたそれは——。
ふわふわした、灰色の『ウサギ耳のカチューシャ』!
「なっ……⁉︎ お前、そんなもん持ってたのかよ⁉︎」
「うん。だってこれこそが、ボクから桃に対する、今日の一番メインのプレゼントだからねっ」
驚く龍珠の頭へと手を伸ばし、そのサラサラの髪の上に、そっと優しく白いウサギ耳を着けてあげた。
そのまま頬に手を添え、愛おしそうに目を細める。
「実はね、桃? ボクは犬よりも、猫よりも——『兎』の方が、一番好きなんだ」
「…………」
龍珠の顔が、何色をしていたのかは敢えて語るまい。
それでも彼女は、うさ耳を着けたまま逃げずに天羽の瞳を見つめ返し、絞り出すように呟いた。
「……そんなの、昔から許嫁の私が一番知っている」
「あはは、流石にバレてたか」
天羽がくすりと笑い、龍珠の鼻先が触れ合うほどの超至近距離へと顔を近づけた。
そして、何よりも甘い声で、こう囁くのだ。
「でも桃、寂しがり屋だからうさちゃんかもよ?」
「っ————⁉︎」
次の瞬間、灰のウサギ耳を揺らしたまま、龍珠は自分から天羽の胸元へとぎゅっと抱きついた!
「……今日一日、散々私を待たせたんだ」
天羽の胸に顔を埋めたまま、くぐもった、けれど熱を帯びた撫で声が響く。
「朝まで覚悟しろよ、ばか衣緒……」
「うん、望むところだよ——ボクのうさちゃん」
強く握り合わされた二つの手。
そして、妖しい提灯が灯る方向へと自然に進む。
それはきっと——。
——『夜の花街』へと。
□■□■□
そして、夏休みが明けた。
ここは、神聖なる秀知院学園・生徒会室!
「…………」
「…………」
執務机を挟んで向かい合い、書類に目を通す生徒会長・白銀御行と、副会長・四宮かぐや。
一見すると真面目に仕事をしているようだが、その脳内はまったく別のことで沸騰していた!
(くそっ、あの花火大会での四宮の猫耳姿が脳裏に焼き付いて離れん……! なんだあの破壊力は⁉︎ よし、この勢いで今日こそ四宮に告らせる!)
(ああっ、会長のあの犬耳姿、思い出すだけで顔が熱くなって……! ええい、あんな可愛い姿を見せられたら、今日こそ会長に告らせるしかありません!)
あれだけロマンチックだったというのに、進歩ゼロ!
相変わらず最高峰な頭脳戦をする天才二人であった!
一方、ソファの片隅では。
携帯ゲーム機をピコピコと連打する石上優の背後から、藤原千花がにょっきりと顔を覗き込んでいた。
「ねえねえ石上くん! そのゲームのキャラ、なんか弱そうですね〜! 私にもやらせてくださいよ〜!」
「うわっ、ちょっと藤原先輩⁉︎ いま大事なボス戦なんですから画面を揺らさないでください⁉︎」
「え〜っ、ケチ! 会長、石上くんがいじめます!」
「いじめてるのはそっちの方でしょうに!」
騒がしくも平和な、いつもの生徒会室の日常。
そんな愛すべき光景を、窓際の席で頬杖をつきながら、一人の少年がにこにこと眺めていた。
「ふふっ。みんな、今日も元気だねえ」
生徒会庶務——天羽衣緒。
白銀御行には友達がいる。そいつはわる〜いやつだ。
けれど、そんなわる〜いやつが引っ掻き回すからこそ、彼らの青春は、そして人生はこんなにも眩しくて、騒がしくて、楽しいのかもしれない——。
そのすべての思い出に、大いなる祝福をもって!
—END—
これにて物語は本当に完結
読者諸兄姉に心から感謝を
ああどうか、この作品に
紅い満天の花火が咲きますように