君こそ一番わるいやつ 作:龍桃Υ紳士
とあるホテルの室内。
暖色系の照明が照らす静かな部屋にて。
「……本当に、入っちゃった」
ベッドの端に腰掛けた早坂愛は、ぽつりと呟いた。
隣には、爽やかな顔をした天羽衣緒が座っている。
「こういう場所は初めて?」
「当たり前じゃん!」
「まあ、それはそうか。ボクは今の方が好きだ」
「……どういう意味?」
「そっちの方が、”本当”の早坂らしい」
主人にマウントを取るための、偽装のホテル入り。
……そのはずだったのに。
「それは違う——!」
「え?」
「本当の自分なんてない‼︎ そんなのが存在するのなら、今までの私は一体何になるの⁉︎」
「……それは、その」
「答えられないなら、適当なこと言わないで!」
天羽が困ったように頬をかく。
早坂ははっと我に帰り、昂った自分を抑える。
「……ごめん」
それはどっちが言った言葉だったのだろうか……?
いや、きっと知る必要なんてどこにもない。
なぜならそれこそが、答えに最も近いだろうから。
「早坂はさ、いつも頑張ってるよね」
「……え?」
「学校でも、きっとそれ以外でも。誰かのために、自分を殺して。その場その場で『本当』を演じている」
「…………」
「すごいことだよ、本当に」
天羽のその言葉は、なんだか柔らかい。
早坂の心にすっと入り込んでくるようだった。
「本当は……ボクも演じているんだ」
「……どういう意味?」
遠い目をした天羽に、早坂はふと問う。
「実は、こういうホテル入ったの初めて」
「……?」
「女の子とホテルで二人っきりなんて、緊張するよ」
その言葉に、早坂はふと笑ってしまった。
「ふふっ。流石にそれは”本当”に”嘘”ってバレバレ」
「……そうかな?」
「うん。だってここまでくるのに、天羽っちは全然迷う様子も何もなくて、自然だったし」
緊張がほぐれていく。
「でも”本当”に”嘘”でもいいんじゃないかな?」
「……ダメでしょ」
「いや、いいんだよ。だってそれが——花街だから」
天羽の自信満々の笑みに、つい早坂は目を奪われる。
だけどすぐに目を下に逸らして、ぽつり呟く。
「……へんなの」
天羽の手が、そっと早坂の金糸の髪を撫でる。
そのひどく優しい手つきに、早坂は払えなかった。
どうしてか、心がぽかぽかと温かかったのだ。
「早坂、今日のことは全部忘れちゃいな」
「天羽っち……?」
天羽はすっくと起き上がり、早坂の正面に立つ。
「今ここだけは、早坂の全部……忘れさせてあげる」
「……え?」
そして甘く、逆らうことのできない声で囁いた——。
「——だから、服を脱いで?」
□■□■□
生徒会室にて。
白銀と四宮が、ごくりとつばを飲み込んだ。
「そ、それで……?」
「その後はどうなったんですか……?」
天羽に二人の視線が集まる。
「え、気になる?」
「「ここからだろうが(でしょうが)⁉︎」」
シンクロするかのように声が重なった。
「ええ……あまり言いたくないんだけどなあ?」
「「いいから早く‼︎」」
その迫るような勢いに、つい根負けした天羽は。
話の続きを語るのであった——。
「全くもう……仕方がないにゃあ?」
□■□■□
——ホテルのベッドの上には、男女が睦いでいた。
「いっ……! 痛いっ、そこ痛いからぁっ!」
「まだ我慢して早坂。すぐ慣れるよ」
「こんなの……無理っ、痛いよおっ!」
ベッドにうつ伏せになった早坂。
枕に顔を埋めたまま、悲鳴を上げていた。
しかし相手は容赦無く、滑らかに動く。
びくりと身体が反応してしまう。
「ふふ、身体は正直だね」
「だからってっ……! ひゃんっ⁉︎」
「ほら、痛みが抜けてきたでしょ?」
「うっ、うううっ……」
「血が巡り始めた証拠だよ」
それは言われた通りだった。
最初は激痛だったのに、次第にじんわりと。
それはまさに熱を帯び始める。
脳髄を痺れさせるような甘い電流。
それらが早坂の身体を駆け巡った。
「あっ……んっ……」
「おや、声が変わってきたね」
「うる、さい……」
「大丈夫だよ、可愛いよ」
「変なこと、言わないで……っ」
乱れた制服、赤く火照った頬。
早坂愛はベッドの上で荒い息を吐いていた。
「はあっ……はっ……これ、だめ……っ。激しすぎるよ——っあ、く⁉︎ もうやだっ……!」
抵抗しようとする。
なのに身体にはまったく力が入らない。
骨の髄まで溶けてしまったかのように。
「ふざけ……っんく!? もう無理! 気持ちよすぎて……力、入らないじゃん……っ‼︎」
——潤んだ瞳はそれでも必死に睨みつけていた。
「ふふふ、早坂。最初は痛いって言ってたのに」
「うる……さい……!」
「もう、すっかりトロトロになっちゃったねえ?」
「誰の……せいだと……っ!」
ベッドの上でシーツを握りしめ、身悶えする早坂。
火照る肌を、這うように熱が滑っていく。
それは容赦なく、最も敏感な場所へと迫る。
「ほら……気持ちい?」
「そこっ……触るなっ、ひゃあっ——⁉︎」
ぐりっ、と。
逃げ場のない太ももの内側。
まさに『絶対領域』の奥深くへ。
硬質な圧が沈み込んでいく。
「んんっ……ああっ! いや、もう我慢がっ……‼︎」
「早坂? ここではもう我慢しなくていいんだよ?」
「ほ、本当に無理だから——!」
「——ほら。ここに溜まったもの、全部だして」
ぬぅっと、さらに深く。
滞っていた流れを無理やり押し開くように。
最も奥の、一番気持ちの良いところへと。
『それ』が否応なしに入り込む。
「——っんぁああああ゛‼︎」
早坂は、その美しい肢体を弓形に大きく痙攣させ。
意識を失う最後の嬌声とともに——。
——ぐったりと果ててしまった。
□■□■□
白銀と四宮が固まっている。
まるで、怪物でも見るような目だ。
当の本人はあっけらかんとしているが。
「て、ことなんだけど。これでいいかな?」
…………。
「こ……!」
「……こ?」
「——この不埒者ぉおおっ⁉︎」
四宮がばっと立ち上がり。
憤怒したような表情で天羽を穿つように見る。
「つまり早さ……かさんを、傷物にしたのね⁉︎」
そして天羽の襟元をぐいっと握り、持ち上げた。
ぶんぶんと揺さぶられる天羽。
しかし四宮の瞳にはじわりと涙の膜が張っていた。
「信じ……てたのに」
そしてばさりと天羽から手を離すと。
四宮は裏切られたとばかりに悲痛な表情を浮かべた。
「天羽さんは……不貞なんてしないと思ってたのに」
「それは……」
「許嫁の方を、しっかりと愛していると思ったのに」
「四宮の言う通りだぞ、天羽!」
たまらず、白銀がバンっと机を叩いて立ち上がった。
その声には、生徒会長としての威厳はもちろん。
それ以上に、友人を正道へと引き戻そうとする。
そんな、謎の男気が溢れていた。
「俺も男だ、魔が差すことがあるのは生物として理解できなくもない。だがな! 相手は同じ学校の女子生徒だぞ⁉︎ それをホテルに連れ込んで、あんなことやこんなこと……。お前にはすでにパートナーがいるはずだ‼︎ 目を覚ませ! 天羽衣緒っ!」
「いや、御行。だからそれは——」
「言い訳は聞かん! 大体お前は普段からそういった玩具を生徒会室に持ち込むような変態だが、まさか不貞にまで及ぶとは……俺は親友として悲しいぞ!」
白銀はビシッと指を突きつける。
「いいか天羽、お前の行いは断じて許されるものではない。……だが、男としてケジメをつけるというのなら、俺も全力でサポートを——」
「——いや待てえええい‼︎」
天羽の大きな声が生徒会室に凛と響く。
「なんだ天羽‼︎ まだ言い訳をするというのか⁉︎」
「天羽さんもうやめて……。あなたはそんな人じゃなかったはずです……元に戻ってきて!」
責められる天羽。
だが天羽は鶴のようによく通る声で宣言した!
「——いやだから! 御行も四宮さんも、さっきから根本的かつ致命的な勘違いをしているんだけど⁉︎」
どういうことだと、二人から言外に促される。
そこでようやく、天羽はやれやれと首を振った。
「ボクが早坂さんにやったのは——うちの家に代々伝わる健全な『リンパマッサージ』だよ」
——数瞬の時が過ぎた。
「……は?」
「……へ?」
生徒会長と副会長の、見事なまでのハモリだった。
---
「リンパ、マッサージ?」
四宮が、ぶつ切りに言葉を紡いだ。
「そう。天羽家秘伝の、由緒正しい本格的なやつ」
「……天羽家秘伝の?」
「うん、アロマオイルもたっぷり使ってやるんだ」
「じゃあ……早さ、かさんは?」
「あの人は、身体が疲れ切っていて、老廃物がガチガチに溜まってたからね。だから、ベッドに寝かせて全身の毒素を流してあげたんだよ」
しんと、生徒会室に沈黙が落ちる。
「じゃ、じゃあ……さっきの『絶対領域』ってのは」
白銀が震える声で問う。
「そけい部のリンパ節のことだけど?」
「つまり……太ももの付け根あたりか」
「その通り。あそこが一番詰まりやすいからね、強めに押し込まないと流れないんだよ」
四宮が食い気味に問いかける。
「『溜まったものを全部出して』というのは……⁉︎」
「毒素と老廃物のことだね。汗とかで排出される」
ぽかーん。
ぽかーん。
「だから、健全なリンパマッサージだって言ってるじゃん。ほら、これが証拠写真」
天羽がスマホの画面を見せる。
そこには、乱れた服でベッドにへたり込んでいるものの、まるで憑き物が落ちたようにスッキリとした表情を浮かべる、早坂愛の姿が映っていた。
「いや、どう見ても事後の顔だろうがッ⁉︎」
白銀が全力でツッコミを入れた。
しかし、そんな白銀の横で、四宮の様子がおかしい。
「ど、どうした四宮……?」
四宮は画面をじっと見つめ、ゴクリ喉を鳴らした。
「……天羽さん」
「はい、なんでしょう四宮さん」
「私も最近、肩と腰が非常に重くて」
「おい四宮⁉︎」
白銀が慌てて制止に入る。
何をいうかが容易に想像できたからだ。
「やめておけ四宮! こいつのテクは凄すぎる‼︎」
「私なら耐えられます!」
「俺が耐えられないんだよ⁉︎」
「会長……?」
そんなこんなで。
今日も生徒会室は、平和であった——。
□■□■□
とある日の夜。
ほんのりとアロマの焚かれた甘い部屋にて。
「……おい、衣緒」
「ん? どうしたの桃」
少女は不機嫌の極致のような顔をしていた。
くんくん、と少年の袖口の匂いを嗅ぐ。
「……お前、女の匂いがするぞ」
「あっ、今日知り合いにマッサージしたから」
「…………そうか」
少女は無言で少年をベッドに押し倒す。
そしてその上に馬乗りになった。
「も、桃……?」
「他の女に、手を出したのか?」
「それは……その」
「正直に言わないところす」
「してないよ!」
少女は自らのシャツのボタンを一つ、外した。
「ふん……ならいい」
「……信じてくれる? 良かった〜」
「嘘をついても今更仕方がないからな」
「今日の桃、なんだか優し——っむぐ⁉︎」
少女の熱い感触。
少年を無理やりこじ開けるように蹂躙する。
そして、互いから銀の糸が引く。
「私にもやれ」
「えっ? 何を……?」
「他の女を満足させた技術だろ? なら、許嫁の私をそれよりもっと満足させられないわけがないよな?」
「えっ、桃……? 嘘ももでしょ?」
「——本気だ」
少女は頬を朱色に染めつつも、吐息混じりに囁いた。
「……朝まで、寝かせないからな」
一番身近な少女の嫉妬は、朝まで続くのであった。
□■□■□
天羽が去っていったあとの生徒会室。
「いやしかし待てよ……」
「どうしましたか? 会長」
白銀はとある違和感に気づいた。
そしてそれを整理する。
「確かに、天羽が白であることは確かだった」
「ええ、会長も先ほどまで天羽さんの秘伝の技で揉まれていましたからね。私も受けましたが」
「ああアレは気持ちよかった……じゃなくて‼︎」
「? では、一体何を……?」
白銀は四宮に、藤原からの写真をもう一度見せた。
「これは、ホテルから出てきた時の写真らしいな」
「ええ、そう言ってましたね」
「——ならばなぜ、二人は恋人繋ぎをしている?」
「それは確かに——ってまさか⁉︎」
「これは……一本取られたのかもしれない。天羽は結局のところ、大きな真実を混ぜることで、小さな疑惑からまんまと目を背けさせたわけ、だ」
そう、忘れてはならない……天羽衣緒は。
『わる〜いやつ』であることを——。