旅館内にある、和の雰囲気を漂わせる。
ゆったりと時の流れる『リラクゼーションルーム』。
「「「お、おお……‼︎」」」
小説から漫画に雑誌、はたまた日英問わず新聞まで。
いわゆる文字という物が全て揃ったこの部屋。
電子タブレットも完備され、それは一種の理想郷。
「す、すごいなここ……何でもあるぞ」
「ええ……これだけの蔵書数はすごいですね」
白銀と四宮が息を呑むように呟いた。
それを見た天羽がうんうんと自慢げに頷く
「ふふふ、すごいでしょ。何でもあるからね」
すると藤原がとある少女漫画を見つける。
「わっ⁉︎ 『今日あま』も全巻揃ってる〜‼︎ ……さてそれでは拝見して、って——ええっ⁉︎」
「ど、どうしたんだ藤原書記? そんな大きな声で」
「何かありましたか? 藤原さん」
バシっ! と、藤原千花が巻頭一ページ目を見せる。
そこにはなんと——。
「——これ作者の直筆サインですよ⁉︎ あの先生は、サインを書かないことで有名で、こんなのプレミアもプレミアで、市場に流通してるのなんて数冊とさえ言われるほどの、超・激レアです‼︎」
藤原がふぅーふぅーと息を荒く吐いている。
「そ、そんなに凄いのか……」
「は、はぁ……そうですか」
「二人とも全然驚いてなさ過ぎます! 今からここにある全巻を読んでみてください‼︎ 絶対に、ぜったいに泣きますからね⁉︎ ……う、うぇえええんん”!」
「いやもう泣いているのかよ⁉︎」
「そんなに泣くこと⁉︎」
白銀と四宮がつっこむ。
藤原は涙を拭って、次の巻に手を取った。
「——ってこれも直筆サイン⁉︎ ええええええ⁉︎」
その次も、さらに次も、はたまた最終巻も。
それら全てに作者の特徴あるサインが染みていた。
「どうなってるんですか! 衣緒くん‼︎」
天羽がふと笑って言った。
「ああ、実は桃がこの作品のファンでね」
「えっ龍珠が⁉︎」
「龍珠さんが⁉︎」
「そうそう。だからうち名義で先生に直接問い合わせたらさ、実はお客さんだってことが判明して。だから少し交渉したら、”快く”、全巻送ってくれたんだ〜」
固まる三人。
そしてようやく最初に口を開くのは藤原。
彼女は、もじもじしながらこう言った。
「どうしてでしょう。なんだか……桃ちゃんとは共通の話題で仲良くなれる気がしてきました——!」
「「——なれねえよ(ないわよ)⁉︎」」
□■□■□
さて、ほんの少し時間が経ち。
「せっかくですから、あっちのイスに座ってみなさんで『今日あま』を回し読みましょうよ!」
テンションの上がった藤原が、部屋の奥を指さした。
そこには、卵型のいくつかのマッサージチェアが。
近未来的な、カプセル型のイスが置かれていた。
「あれは……珍しい形だな」
白銀がふとそう呟く。
すると天羽が「ああ、アレね」と説明を始めた。
「うちの系列が開発した『ゼロ・グラビティ』だよ」
「ゼロ・グラビティ……? 意味は無重力か」
「そうそう。天にも昇るような心地よさが売りでね」
「ほう……それは面白い」
「せっかくなら試してみる? ぴかぴかの最新型だし、疲労回復にも良いらしいよ」
「うむ、是非とも試させてもらおう……!」
白銀たちは移動し、大きなポッドの前に立つ。
それはさながら、宇宙戦艦のコックピットのようだ。
まず初めに、代表として白銀がそこに腰を下ろした。
「準備はいい?」
「ああ、いつでもこい」
「じゃ、いくよ〜」
天羽が手元の端末でピッ、と起動ボタンを押した。
その瞬間——。
ガガガガガガガッッッ!‼︎
「——うおおおおおお⁉︎ あばばばばばば⁉︎」
白銀の全身を、音速を超えるかの超絶振動が襲う。
背骨が粉砕され、眼球が揺れ、声帯がバグった。
「と、とめっ、とべろおおおおおおお⁉︎」
「あれ? おかしいな……何か設定ミスったか?」
「は、早く! ばやぐじでぐれええええ⁉︎」
必死の叫びに、なんとか緊急停止ボタンが押される。
白銀は生まれたての子鹿のように、ガクガクと震えながらポッドから這い出た。
「ぜえっ……はあ。天羽ぇ、一体どういうことだ?」
「あー、ごめん御行。これ屈強なマッチョをほぐす(破壊)『ハードモード』になってたわ。てへっ」
「なにやってんだお前⁉︎ てかどうしてだよ⁉︎」
「うーん、利用履歴見る感じ。前の人が……このモードで肩を揉みほぐしてたみたい」
「ソイツは鬼か⁉︎」
「ははは、大袈裟だよ。流石にねえ?」
白銀が、涙目で天羽の胸ぐらを力(弱く)掴んだ。
「天羽ぇ‼︎ ならお前もやってみろ! これがどれだけ恐ろしいか身をもって知るんだな‼︎」
「ええ……そんなに?」
「そんなにも、だ‼︎」
やれやれと肩をすくめる天羽。
そのまま、すぽんとポッドに身を預けた。
「はいはい、わかったよ。ボクも最近疲れてるしね」
にやりと悪い笑みを浮かべる白銀。
復讐とばかりに、最高出力のボタンを叩き込んだ!
女子二人組も、固唾を飲んでそれを見守っている。
しかし——。
「別に大したものじゃ……わっ、ひゃあぅ——⁉︎」
——ガガガガ、という暴力的な機械音に混じって。
鼓膜を、いや、脳髄を直接溶かすような甘い嬌声がリラクゼーションルームに響き渡った。
「なっ……! だ、だめっ。そこ、っ、ひゃんっ⁉︎」
先ほどの白銀とは全く違う。
中性的な容姿に違わぬ、男とも女ともつかない。
だが確実に、「何かの扉」を開いてしまいそうになるほど艶かしい、ゾクッとするような声音。
服の上からでもわかる、すらりとした身体が、振動に合わせてビクンビクンと跳ねていた。
「——っっ⁉︎」
「——っっっ‼︎」
「——っっっっ!」
白銀御行。
四宮かぐや。
藤原千花。
その場にいた天羽をのぞく三人の脳裏に、とある一つの全く同じ単語が浮かんだ——。
(((……ど、どエロい)))
——天羽衣緒という人物像に対する印象が、三人ぴったり完全に同期した、世にも珍しい瞬間であった。
---
「ふぅ〜、肩がすっかりほぐれたよ〜!」
ガバッとポッドから立ち上がった天羽は、両腕を大きく伸ばしてんーっと背伸びをした。
その顔は、憑き物が落ちたかのように清々しい。
「…………」
「…………」
「…………」
しかし、三人の顔は完全に引き攣っていた。
あの声、あの艶かしい動き。
それらが脳裏に焼き付いて離れないのである。
「ん? 三人ともどうしたの? 疲れた顔して」
「い、いや! なんでもないぞ⁉︎」
「そ、そうですね。少し、立ち眩みがしただけで」
「わ、私もですぅ〜……」
三者三様、必死に目を逸らす。
天羽は不思議そうに小首を傾げた。
そして、パンッと手を叩いた。
「ま、いっか! それじゃあ汗もかいたことだし、お昼のお風呂タイムと行こっか!」
□■□■□
——大浴場。
もちろん男子と女子で分かれ、白銀と天羽は『男湯』へと足を踏み入れていた。
流石は奥多摩に隠された超高級旅館。
室内風呂だけでも、ちょっとしたプールほどの広さ。
立ち込める湯気も、幻想的な空間を作り出している。
「ふぅ……」
先に湯船に浸かった白銀は、熱いお湯に肩まで浸かりながら、深く息を吐き出した。
(落ち着け、俺。何をドギマギしているんだ⁉︎)
白銀は自身の頬をパチンと叩く。
マッサージポッドで聞いた、あの親友の嬌声。
あれは事故だ。不可抗力だ。
相手は男、自分も男。何も気にする必要はない。
なぜならば、白銀には四宮という心に決めた(まだ告白もしていないが)女性がいるのだから!
「おまたせ、御行。いやあ、いいお湯だねえ」
ガラッ、と。
洗い場から天羽が湯船へとやってきた。
——その瞬間。
白銀の思考が完全に停止した——!
(なっ……!)
湯気を纏い、隣へと歩み寄ってくる天羽の裸体。
それは、同性の白銀から見ても異常なまでに——白く、そして美しかった。
無駄な筋肉が一切なく、引き締まったウエスト。
鎖骨から胸元にかけて、つたうよう滑り落ちる水滴。
熱を帯びて、ほんのりと桜色に染まった肌。
そして、濡れた髪をかき上げるその仕草。
——それは、中性的かつ暴力的なまでの『色気』。
ちゃぷん、と。
白銀のすぐ隣に、天羽が腰を下ろした。
「はぁ〜、極楽ごくらく。やっぱ広い風呂は違うね」
「あ、ああ。そう、だな……」
(ち、近いいいいい⁉︎)
白銀の心臓が早鐘のように鳴り始めた。
すぐ真横にある、天羽の白く滑らかな肩。
視界の端に入るだけだというのに!
どうしようもなく、煩悩が刺激されるっ‼︎
(落ち着け、白銀御行! 相手は男だぞ⁉︎ なのに、どうして親友の裸がこんなにも眩しいんだ⁉︎)
白銀は目をギュッと瞑った。
脳内に四宮かぐやの顔を思い浮かべる。
そうだ、俺には四宮が……。
四宮の、あの美しい横顔が——!
「ねえ御行、さっきから顔赤いよ? のぼせた?」
——すっ。
至近距離から、天羽の顔が覗き込んできた。
しかもご丁寧なまでに、白銀のおでこに自分のひんやりと冷たい手をぴとっと当ててくる。
「ぬうっ⁉︎」
情けない声が、白銀の口から漏れた。
(だ、だめだ! こいつの距離感がバグりすぎている! このままでは俺の『男』としての何かが致命的に狂わされてしまう⁉︎)
白銀は白目になり、湯船の中で正座をした。
そして、胸の前で両手を合わせ印を結ぶ。
「——ウン タラタ カンマン」
精神的に追い詰められた白銀御行——!
彼は、仏の力に頼り不動明王を呼び出していた‼︎
「えっ、急にどうしたの? なにそれお経?」
「ウン タラタ カンマン……ウン タラタ カンマン……ウン タラタ カンマン……」
「よく分からないけど面白いね。ボクもやろうっと」
天羽が全く気にした様子もなく、無邪気な笑顔でさらに距離を詰めてくる。
——ぴったりと、二人の肩が触れ合った。
「うおおおおお⁉︎ ウン タラタ カンマンんんん‼︎‼︎」
大浴場に、生徒会長の必死の真言が響き渡る。
天羽衣緒という底知れない『魔性』の前に、白銀御行の理性は風前の灯火であった——!
ウン タラタ カンマン!
□■□■□
——大浴場前の、広々とした休憩ラウンジ。
「ふう……フルーツ牛乳とやら、美味しいですね」
「はいっ! 腰に手を当てて飲むのが礼儀ですよ!」
一足先に湯から上がり、浴衣姿に着替えた四宮と藤原が、畳の敷かれたベンチで涼んでいた。
そこに、のれんを潜って一人の男子生徒が現れる。
「が……がが……がっ」
「か、会長……? ひどくげっそりしていますが、どうかしましたか?」
「おじいちゃんみたいにシワシワですよ⁉︎」
白銀だった。
まるで魂を吸い取られたかのように足取りが重い。
顔もどこか精気が吸い取られているように見える。
「……湯疲れしただけだ。気にするな……」
白銀は力無くベンチに崩れ落ち、備え付けの冷水を一気に飲み干した。
全く意味がわからない女子二人だが、それ以上を追及する前に、再び男湯ののれんが揺れた。
「ふぅ〜、お待たせ。みんな早いねえ」
——その瞬間、ラウンジの空気が止まった!
無造作にはだけて覗く、白く艶やかな鎖骨と胸元。
まるで古代ギリシアを思わせる彫刻のような身体。
彼こそ、天羽衣緒その人である——!
「…………っ⁉︎」
「…………っ‼︎」
反応する女子二人。
しかし両者その意味合いは異なる。
(……おかしい)
四宮かぐやは、そっと自分の手首に目を落とした。
四宮家の令嬢として、肌の手入れを欠かした日など一日たりともない。
選び抜かれた化粧水、乳液、美容液。
それらを毎晩、寸分違わぬ手順で重ねてきた。
——なのに。
(なぜ……なぜ私の肌よりきめ細かいの⁉︎)
四宮かぐや、女のプライドに亀裂——!
「あ、天羽さん……。つかぬことを伺いますが」
「ん?」
「普段は、どのような化粧水を……?」
「化粧水? 使わないなあ。強いて言えば石鹸かも」
「せっけん」
ぴしり。
四宮の中で、何かが音を立てて崩れた。
「せっけん……せっけん……」
ちなみに。
その石鹸は天羽家の浴場業で代々受け継がれてきた秘伝品であることを、四宮はまだ知らない。
一方、藤原千花は——。
「衣緒くん‼︎」
目をきらっきらに輝かせていた‼︎
「そういえば去年の女装グランプリ、優勝したのは衣緒くんでしたよね⁉︎」
「あー、そんなこともあったねえ」
「ちょっと待っててください‼︎」
藤原は浴衣の貸し出しコーナーへと猛ダッシュする。
そして、一着の浴衣を抱えて戻ってきた。
「これ! これ着てください! 絶対似合います! 髪もアップにして、かんざしも挿して——」
——女装させて遊ぶ気まんまんである!
「えー、どうしよっかなあ。でもなあ? 千花ちゃんがそこまで言うならちょっとくらい——」
天羽がまんざらでもなさそうに浴衣を受け取る。
広げてみると、淡い桃色の生地に、ぽつぽつと花柄。
それは——桃の花だった。
しかあし——!
「——おい衣緒。いつまで私を待たせて……」
龍珠桃、参戦——!
艶やかな髪を可愛らしいアップスタイルにまとめ、身に纏っているのは、桃の花柄があしらわれた色浴衣。
……つまり。
「あっ、桃とお揃いだ」
「なにやってんだ衣緒⁉︎」
現れた龍珠は、周囲を見渡した。
魂の抜けた顔で「せっけん……」と呟く四宮。
女物の浴衣を抱えてはしゃぐ藤原。
げっそり即身仏のように干からびた白銀。
そして、襟元をだらしなくはだけたまま、自分と同じ柄の浴衣を胸に当てている許嫁。
野生の勘が、すべてを理解した。
「…………ッ」
龍珠は無言のままツカツカと歩み寄ると、まず天羽の手から浴衣をひったくった。
それを藤原の胸にぐいっと押し返し。
続けて——バサァッ!
「ぐえっ⁉︎ も、桃……っ、首、くび苦しい……!」
はだけていた天羽の浴衣の襟を、首が締まるほどの力で乱暴に合わせ、帯をきつく縛り直した。
「……おい、お前ら」
龍珠は、三人をジロリと睨みつける。
そして恐ろしくドスの効いた声音でこう言った。
「——人の男に、変な目ぇ向けんじゃねえぞ⁉︎」
「「「は、はいっっ‼︎」」」
「桃……今、『人の男』って言った?」
「う——うるせえ」
ぎゅうっ。
帯が、もう一段きつく締まった。
「ぐえっ」
かくして。
温泉旅館の昼は、ようやく終わった——。
夕編に続く‼︎
えっちだあ……┌(┌^o^)┐