君こそ一番わるいやつ   作:深紫Sιn姉

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09:温泉旅館(夕編)

——時は一気に飛び、夕刻。

 

「あ〜っ! 夕食の懐石料理、ほっぺたが本当に落ちちゃうかと思いました〜!」

 

時刻は午後五時半を回ったところ。

窓の外には、奥多摩の山々に沈みゆく夕日。

空が朱色に染め上げられている。

 

地元の山の幸や川魚をふんだんに使った、豪華絢爛な夕食を平らげた生徒会メンバーたち。

彼らはのんびりとした食後の一服を過ごしていた。

 

「あんな豪勢な松茸、初めて食ったぞ……」

「ふふっ、天羽さんのおもてなしには感謝しなければなりませんね」

「まあねえ、うちの板長が腕によりをかけたからさ。喜んでもらえてよかったよ」

 

すっかりとリラックスした様子の白銀御行。

備え付けの茶葉で淹れた湯を啜る四宮かぐや。

畳の上でゴロゴロ寝転がっている藤原千花。

浴衣姿で座布団に座りながら笑う天羽衣緒。

 

そしてそんな彼らの目の前には——。

 

「……おいバカ女。畳の上でゴロんな、行儀悪い」

 

なぜか、ちょこんと座る龍珠桃の姿が。

 

「ええ〜、桃ちゃん手厳しいですぅ〜。せっかくの旅行なんですから、もっと羽を伸ばしましょうよー!」

 

昼間の激怒から一転。

龍珠桃は、なんだかんだ言いながらも「もてなす側」としての意識があるのか、夕食時からずっと生徒会メンバーの輪の中に混ざっていた。

とはいえ相変わらず口は悪い。

でもその実、藤原の空になった湯呑みにお茶を注ぎ足してやったりする面倒見の良さを見せている。

 

((……意外としっかりしてる))

 

白銀、四宮。

二人の意見が、密かに一致していた。

 

 

□■□■□

 

 

「さて! お腹も膨れたことですし、食後のレクリエーションと行きましょう!」

 

ガバッと起き上がった藤原。

彼女が持参したバックから、あるものを取り出した。

 

「……それは、オセロか?」

「はい、そうです!」

「え……藤原さんが、オセロ?」

「はい、そうです!」

 

それは——白黒の石が入ったケース。

 

「なんだ藤原書記、オセロ大会でもやるつもりか?」

「チッチッチッ! 甘いですよ会長! 旅行といったら、もっと楽しいやつに決まってるじゃないですか」

「そうよね、藤原さんがオセロなんて、あり得ませんもんね。ごめんなさい、変な勘違いをしてしまって」

「そうですよー! もっと賢いことをしますよー!」

 

幸せとは無知である。無知の知とは親戚だ。

 

「——名付けて、『オセロ・匿名質問ゲーム』!」

「「「オセロ・匿名質問ゲーム?」」」

 

どや顔の藤原に、龍珠を除いた全員が首を傾げる。

ちなみに、ちゃっかり龍珠も参加している。

 

「ルールは簡単です! 一人ずつ順番に質問して、全員が答えます。YESなら白⚪️、NOなら黒⚫️。石はハンカチの下に出すので、誰がどっちを出したかは分かりません。分かるのは、白と黒が何枚ずつかだけ! あ、嘘は禁止ですよ〜!」

「なるほど。白の数で、YESの人数が分かるわけか」

 

誰が白を出したか分からない……つまり、普段なら絶対に言えない本音もこれで明かせるということ!

 

(これをうまく使えば、俺は四宮に——!)

(これをうまく使えば、私は会長に——!)

 

 

□■□■□

 

 

オセロ・匿名質問ゲーム——開幕‼︎

 

「ではまず私から! ——今、この中に『好きな人』がいる人!」

「「なっ……⁉︎」」

 

いきなりの特大爆弾!

いや、それを望んではいたが、いくらなんでも早い。

ゆえに、その天才的な頭脳をフル回転させる。

 

(俺はもちろん白だ。天羽と龍珠は許嫁同士だから、あいつらも白に違いない。藤原書記は……まあ、言うまでもなく黒だな)

 

白銀⚪️

天羽⚪️(許嫁がいる)

龍珠⚪️(許嫁がいる)

藤原⚫️(言うまでもない)

四宮?

 

(つまり白が四枚なら四宮も誰かを、いや俺を!)

 

四宮もまた、まったく同じ計算をしていた。

 

(白が四枚なら……会長も!)

 

そして外様の龍珠は。

 

(……チッ、くだらねえ。けど私が黒にして、衣緒が白だったらむかつく。……白にするか)

 

そして藤原は言うまでもないが。

 

(私はいないので黒ですよ〜だ。はっはっは〜! 恋バナの匂いがぷんぷんしますぅ〜!)

 

天羽は一人、にやにやと笑いながら石を選んでいる。

 

「せーのっ!」

 

⚪️⚪️⚪️ ⚫️⚫️

 

白が、三枚。

 

(三枚……。俺と天羽と龍珠で、ちょうど三枚。つまり——四宮は、必然的に黒になる。……え?)

(三枚……。私と天羽さんと龍珠さんで、ちょうど三枚。つまり——必然的に会長は、黒。……あ)

 

((終わった……))

 

天才二人、同時に燃え尽きる。

 

一方の龍珠。

彼女は表情を変えずに天羽を横目で見ていた。

 

(私で一枚。……で、衣緒は出したのか……?)

 

しかし当の本人は、にやにやと不敵に笑っていた。

 

 

□■□■□

 

 

「……次は、俺だな」

 

燃え尽きた灰の中から、白銀の脳が再起動する。

 

(待て。まだ決まったわけじゃない。確かめてやる)

 

聞くのは『好きな人は生徒会の中にいるか』。

四宮に好きな人がいないなら、結果はこうなるはず。

 

白銀⚪️

龍珠⚪️

天羽⚫️(龍珠は生徒会じゃない)

四宮⚫️

藤原⚫️(言うまでもない)

 

(白は二枚。だがもし三枚出れば——四宮か天羽、どちらかが白だということになる!)

(頼む……三枚出てくれ……!)

 

「質問だ。その人は、『生徒会の中』にいるか?」

「わぁ、会長攻めますね〜! せーのっ!」

 

⚪️⚪️⚪️ ⚫️⚫️

 

白が、三枚。

 

(……一枚多い‼︎ 四宮か、天羽か……!)

 

この白がもしも天羽なら、龍珠以外の誰かを好きだということになる。

あいつなら、それくらい平気でやりかねない。

だが今は、考えたくもなかった。

 

(頼む、四宮であってくれ……!)

 

白銀御行、希望復活——!

四宮もまた、同じ計算をしていた。

 

(一枚多い……! 会長か、天羽さんか!)

 

だが、天才ゆえに、もう一歩だけ先へ進んでしまう。

 

(もし天羽さんなら、天羽さんは龍珠さんではなく、生徒会の誰かを好きということ……。そういえばあの二人、いつも生徒会室で口を塞いだり組み敷いたり……まさか——会長⁉︎)

 

四宮の視線が、氷点下まで冷えた。

 

「な、なぜ俺を睨む四宮⁉︎」

「……いえ。別に」

 

一方、龍珠も一人で考えていた。

 

(衣緒は生徒会の中にいるから、私は白。だけど白はあと二枚ある。もしその中に衣緒がいたら……アイツの好きな奴は、生徒会の中だ)

 

つまり、自分ではない。

龍珠の視線が、すうっと横に滑った。

その先には、黒髪の令嬢。

 

(……四宮かぐやか?)

 

みしり、と手の中の石が軋んだ。

 

(なぜ龍珠さんが私を睨むの……? まさか私が天羽さんを好きだと疑われてる⁉︎ 冗談じゃないわ、私が好きなのは会——っ!)

 

四宮かぐや、心の中で危うく自爆しかける。

 

「わぁ〜! また三枚! 生徒会内恋愛ですね〜!」

「——だまれ」

「ひっ⁉︎ なんで私まで睨まれてるんですかぁ⁉︎」

 

その視線の交錯を、天羽が楽しそうに眺めていた。

 

 

□■□■□

 

 

「では、次は私ですね」

 

四宮の頭の中は、一つの疑念でいっぱいだった。

天羽さんが、会長を好きなのではないか。

 

(確かめる方法は……あるわ)

 

「質問です。——『好きな人は、異性である』方は」

 

「「「…………は?」」」

 

和室の空気が、奇妙な形に固まった。

 

「かぐやさん攻めますね〜! 会長と衣緒くん、いっつも生徒会室で怪しいですもんね〜!」

「藤原書記ぃ⁉︎」

「えー、ボクと御行? まあ、ありかもね〜」

「——ねえよ⁉︎」

 

天羽の軽口に、四宮の目からすうっと光が消えた。

一方の白銀は、まったく別の方向に青ざめていた。

 

(待て……なぜ四宮はこんな質問を……? まさか——俺が天羽を好きだと疑われているのか⁉︎)

 

勘違い、ここに極まれり!

 

(違う! 俺の好きな人は異性だ! 異性も異性、それも目の前の——)

 

白銀は、渾身の力で白を握りしめた。

そして、龍珠もまた。

 

(……この女、衣緒がそっちの趣味かどうか確かめてやがる。つまり——やっぱり衣緒狙いか)

 

龍珠の眼光が、再び四宮を射抜いた。

 

(だからなぜ睨むの⁉︎ 私が確かめたいのは会長の無事であって——)

 

四宮が知りたいのは、天羽が会長を好きかどうか。

白銀が恐れているのは、自分が天羽を好きだと思われていること。

龍珠が見るのは、四宮が天羽を狙っているかどうか。

 

三人とも同じ質問をまったく別の意味で聞いていた。

 

「では皆さんいきますよ……せーのっ!」

 

⚪️⚪️⚪️ ⚫️⚫️

 

白が、三枚。

 

(三枚……! 天羽さんは無実……! 会長は、無事……!)

 

四宮かぐや、安堵のあまり昇天しかける。

その先を考える余裕など、今の彼女にはなかった。

 

(よし、白三枚! これで俺の潔白は証明——されないじゃん⁉︎ 匿名だから‼︎)

 

白銀御行、頭を抱える。

 

「わぁ〜! 三人とも異性が好きなんですね〜! 健全です〜!」

「当たり前だ‼︎」

 

天羽は口元を押さえて、小さく肩を震わせていた。

 

 

□■□■□

 

 

「……次、私だ」

 

部屋の温度が、すっと下がった。

 

(もう、まどろっこしい真似はしねえ)

 

あの女が衣緒を狙っているのは、もう分かった。

知りたいのは、衣緒の方だ。

 

許嫁がいるのは、自分と天羽の二人だけ。

両想いなら、白は二枚。

二枚なら、どっちがどっちかなんてバレやしない。

 

龍珠⚪️

天羽⚪️(両想いなら)

 

「——この中に、『許嫁のことが好きな奴』は」

 

龍珠は、迷わず白を置いた。

 

「……せーの」

 

⚪️ ⚫️⚫️⚫️⚫️

 

白が、一枚。

 

——しん、と。和室から音が消えた。

 

許嫁がいるのは二人。白は一枚。

つまり——片方だけが、相手を好き。

 

「えっと……桃ちゃんが白なのは当然として……あれ? じゃあ衣緒くん、黒なんですか⁉︎」

「——おいバカ女。今なんつった」

「え? だって桃ちゃんが白なのは当然——」

「——二回目だぞ」

「ひぃぃっ⁉︎ な、なんでもありませぇん‼︎」

 

藤原、座布団の下へ避難。

 

((龍珠が白なのは分かってたが(いましたが)まさか……天羽が黒だとは))

 

天羽は、龍珠を好きではない。

 

——となると。

二問目で増えた一枚が天羽だった場合——。

 

天羽の好きな人は、生徒会の中にいる(二問目)

しかも、異性(三問目)

 

生徒会の中の、女子。

つまり——。

 

(四宮か、藤原書記……⁉︎ 天羽、まさかお前……お前も四宮を⁉︎)

 

白銀の視線が、親友に突き刺さった。

 

(えっ……わ、私……⁉︎)

 

四宮の頬が、ぽっと赤く染まる。

もちろん、ただの動揺である。

 

だが、龍珠はそれを見逃さなかった。

 

(……赤くなりやがった。やっぱりこいつら——)

 

匿名のゲームで、自分の質問で、自分だけがバレた。

しかも許嫁の男は、黒。

 

龍珠は顔を伏せた。

前髪が落ちて、表情は見えない。

膝の上で握った拳だけが、小さく震えていた。

 

(……泣くかよッ。こんなことで——)

 

そう言い聞かせるほど、目の奥が熱くなる。

龍珠は唇を噛んで、一度だけ、小さく鼻をすすった。

 

「…………天羽」

 

白銀が、低い声で親友を呼ぶ。

この場にいる全員から視線を浴びながらも、天羽は変わらずにこにこしていた。

 

ただ、その瞳は真っ直ぐに。

俯いた龍珠から一度も逸れていなかった——。

 

「うん、じゃあ最後はボクだね」

「……さっさとしろ」

 

顔を伏せたままの龍珠の声は、少しだけ掠れていた。

 

 

□■□■□

 

 

「質問。——この中に、誰かを『愛してる』人は?」

 

(あ、愛⁉︎ 俺のはまだ好きの段階だ……黒)

(愛だなんて、まだ告白もされていないのに……黒)

(ないです〜。黒!)

(……知るか。黒だ)

 

龍珠は、やけくそに黒を叩きつけた。

 

「はい、せーの」

 

⚪️ ⚫️⚫️⚫️⚫️

 

白が、一枚。

 

「えっ……誰ですか?」

 

匿名のゲームである。言う必要などない。

——はずだった。

 

「あ、それボクね」

 

天羽が、あっさりと手を挙げた。

 

「「「「……は?」」」」

 

「一問目で黒を出したのも、ボク。だってボク、桃のこと好きじゃないから」

 

龍珠の肩が、びくりと跳ねた。

天羽は龍珠を真っ直ぐ見て、いつものへらへらした笑みではなく、柔らかく笑った。

 

「だって——『愛してる』から」

 

…………。

 

「『好き』を聞かれた質問は、ぜんぶ黒。ボク、嘘は本当にひとつもついてないよ」

「へ、屁理屈じゃねえか⁉︎」

「……で、ですが会長。ルール上は、嘘ではありませんね……」

 

(天羽は、四宮を好きじゃない……!)

(天羽さんは、私でも会長でもない……!)

 

白銀と四宮、それぞれ別の理由で胸を撫で下ろす。

 

龍珠は、完全に固まっていた。

さっきまで潤んでいた瞳が、大きく見開かれる。

噛んでいた唇が、ほどけたまま動かない。

涙になりかけていたものの行き場がなくなって、代わりに熱だけが——じわじわと顔に上ってくる。

 

ああ、首から上が浴衣の桃の花より紅い。

 

「ついでに言うとね。一問目の時点で、桃が白なのも分かってたよ」

「……は?」

「ボクは黒。千花ちゃんは……まあ、言うまでもないから置いといて。残りの白三枚のうち二枚は——誰とは言わないけど、ねえ?」

 

ちらり、と。

天羽の視線が、白銀と四宮の間をなぞった。

 

(ま、まさか天羽……俺の気持ちに……⁉︎ よりによってこいつに知られたら、四宮の耳に入るのも時間の問題だぞ……!)

(ま、まさか天羽さん……私の気持ちに……⁉︎ よりによってこの人に知られたら、会長に筒抜けじゃない……!)

 

二人の天才、同時に青ざめる!

そしてなぜか同時に赤らめる!

 

「だから最後の一枚は、桃しかいないでしょ?」

「……じゃあ、お前。最初から全部分かってて、黙って見てたのか……?」

「…………うん。悩んでる桃、可愛かったから」

「…………」

「それに、ちゃんとボクの番で答えたかったんだ。桃からの『愛のある』質問に、ね?」

「う、うるせえ‼︎」

 

ぺしっ、と。

龍珠の投げた黒の石が天羽のおでこに命中した。

 

「あ、じゃあやっぱり桃ちゃんは衣緒くんのことが好きってことなんで——」

「——三回目は、ねえぞ?」

「ひぃぃぃっ⁉︎」

「ふふ、じゃあゲームも盛り上がったことだし——」

 

その一言が言い終わるまでの、ほんの一瞬。

天才二人の頭脳が、ようやく再起動していた。

 

(待て……天羽は一問目から黒。なら、二問目で増えた一枚は——四宮だ。四宮の好きな人は、生徒会の中の、異性。つまり——)

(待って……天羽さんは一問目から黒。なら、二問目で増えた一枚は——会長。会長の好きな人は、生徒会の中の、異性。つまり——)

 

「——『混浴』、行こっか!」

 

「「…………は?」」

 

煩悩の塊のような二文字。

天才二人の頭がショートする!

 

「露天風呂なんだけど。ここ、混浴なんだよね」

「「——こ、こここ混浴だと(なの)⁉︎」」

 

あと一歩まで迫った答えは、湯気の如く消え去った。

 

「そうだよ〜。だから気をつけてねえ。もし何か変なことが頭に浮かんだとしたら……」

「「……したら?」」

 

天羽はふっと爽やかな表情でこう呟いた。

 

「ウン タラタ カンマン——てね!」




夜編に続く‼︎

であえであえ! 混浴風呂っ——!
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