お隣のアイドル声優は推し以上恋人未満 作:五頭山黒鳥
オタ活──俺にとってそれはもはや趣味の領域を越え、生きる糧、意味と言っても過言ではない。本名を隠したSNSで活動をし、アイコンを推しの顔にし、アルバイトで稼いだお金は生活費以外ほぼそれに関連したものに使われる。勿論友人関係もオタ活由来のものばかりで逆に中学以前の友人なんてものはほぼ繋がりがない。
俺の──
そんな俺も大学生になるにあたり、両親に交渉し人生経験のため独り暮らしをすることを承諾してもらった。勿論親の目がなくなりハメを外しすぎればそれなりのリスクはある。抜き打ちのチェックもあるが、俺はなんとしてでも一人暮らしを、親元を離れなければいけない理由があった。
「──それが、彼女です!」
「この人は?」
「アニメの声優でありアーティストでもある
「……ストーカーさん?」
「追っかけとストーカーを一緒にしないでいただきたい」
土橋詩音、愛称「はっしー」は元々アーティスト志望で年齢は俺の二つ下の現役女子高生でもある。中学生の時から路上ライブで活動していた彼女はその類稀なる才能を買われ、一昨年、音楽系アニメの新主人公に抜擢された。最初こそ声優業は素人同然、叩かれたものだが前シリーズから好きだった俺はお披露目ライブでキーボードを演奏する彼女に惚れてしまい、二年間推し続けていた。
「それで、その土橋さんを追いかけて、ここに引っ越してきたんだ」
「ええ、幸い俺の実家からも電車で二時間ほど、大学も近いので」
「ふぅん、いい常連さんだと思ったけど、ここまでだねぇ」
「なんで!?」
まさか、と引っ越してきた一月前からほぼ毎日利用している喫茶店から告げられた出禁宣言に俺は驚くしかない。個人経営で雰囲気がよく、駅から自転車で五分程の場所にあって紅茶が美味しい。最高の空間だったというのに。
「なーんて、流石に出禁にはしませんよ」
「びっくりさせないでください、何か俺に落ち度があったのかと」
「うーん、ないわけじゃないと思うけどね?」
平日は店内ががらんとしていることも珍しくないため、いつの間にか店長の一人娘であり同じ大学の先輩でもある
「大学の方はもう慣れた?」
「はい」
「友達はできた?」
「……とも、だち?」
「あー、ごめんねぇ」
謝られるとなんだかコッチが悲しくなってしまうんだけれど。
友人は、ネットにしかいない。虚しいと思うだろうが、リアフレなんてものは存在しないのだ。しょうがない、基本的に俺の生活はそのほとんどが我が推し詩音のためにあった。遊びに行くお金など、捻出できないのだ。
「そのライブってそんなにお金掛かるもの?」
「いえ、キャラも推してるのでグッズと、ソシャゲもあってそっちに課金してます」
「あー……」
「あとシャツとか、タオルとか買うだけでも結構するんですよ」
勿論ライブが安いわけではない。チケット代もあるし、遠方でライブをするならば遠征費もある。後は何があるか解らないため「推し貯金」もしているというのが現実だ。
しかし、肝心の推しには会えていない。まだ一ヶ月だし、そこまで行先をチェックしていたらそれこそストーカーだ。電車や道でばったり会って、勝手に興奮しているくらいが丁度いいと俺は考えている。
「この喫茶店に通うようになったのも、彼女が以前来たからだったんですけどね」
「出禁かなぁ」
「お店に迷惑はかけないので、相手方からクレームがない限り許して!」
「はいはい」
くすくすと笑う玲奈先輩、この人はおっとりとした雰囲気とは裏腹に結構サディスティックだ。ルックスも美人よりだがそういうところはかわいい、なんて思うこともあるが、口に出したらそれこそ出禁になりそうなのでお口チャックしておく。
「そろそろバイトなんで、帰ります」
「ありがとうございました、また来てね」
「ありがとうございます」
推しがどうの、と言いつつ美人な先輩にバイトを頑張る元気をもらってしまうなんて俺ってかなりリア充では、とキモイことを考えつつ喫茶店直ぐ近くのドラッグストアの裏口から入っていった。
──バイトは、いつも通り死んだ目でやり過ごし、再び裏口から出てくる頃には周囲はすっかり暗くなっていた。
伸びをしてコンビニでなんか買ってくか、なんて考えながら歩き始めると目の前には人目を惹くであろう制服姿の女の子が俺の後頭部にコンビニの袋をぶつけてきた。
「お疲れ」
「おう、どうした? まさか迎えに来てくれた、とか?」
「んーん、帰りだから寄っただけ」
「そっか」
「ん」
ビニール袋を自転車の籠に入れ、同じ方向へと歩き出す。
チラリと隣を見ると、彼女は視線に気づいたようでにやりと意地の悪い笑みをしてくる。
何か言いたげだが、何も言ってこない。俺としては文句を言ってやりたいから、そのまま口を開いた。
「駅で待ってたら迎えに行くのに」
「いーって、大丈夫だよ」
「いやいや、女の子一人で夜道は危ないでしょ」
「心配?」
「知り合いが危ない目に遭った、なんて知ったら胃がねじ切れそうだ」
「そ」
そ、じゃねぇよ、と突っ込む代わりに俺の肩より低い頭に手刀をぶつけた。全然スピードをつけてぶつけたつもりはなかったが、彼女は頭を抑えておおげさに俺から距離を取ってから頬を膨らませてきた。
「なに」
「チンチラみてぇだなと」
「かわいいやつだ、褒めてる?」
「んなわけ」
げっ歯類みたいだ、なんて表現だがコイツの本性は猫そのものだ。甘え上手で、気分屋、悪戯好きで、愛らしい家猫。時折ふてぶてしいのもぴったり当てはまる。
俺は、マンションが近づいてきたところでそいつの名前を呼ぶ。振り返った時の大きな瞳も、まるで猫だ。
「
「なに?」
「いや、なんでもない」
「なぁにぃ?」
「うざっ」
コンビニの中身、俺が愛飲する紙パックのミルクティー、感謝くらいしておくかと思ったがうざすぎるからやめておいた。
代わりにもう一度だけ、チョップしてやる。
「あたっ、なんだよ~、瑛士は照れ屋だなぁ?」
「あ?」
「じゃね」
「……おう」
マンションの三階、隣の部屋、俺は陽南の明るい笑顔が消えていくまで見送った。それから溜息を吐いて、長く息を吸い込んでから、頭を掻いた。
──俺の推しである土橋詩音は、芸名というやつだ。祖母の旧姓と、音楽っぽい名前を組み合わせただけの、芸名だ。
本名は、
「はぁ……なんでこうなったんだ」
改めて、頭を抱えてしまう。
再会した、昔よく一緒に遊んでいて仲のよかった幼馴染であり親戚の陽南が、あろうことか俺の推しである土橋詩音だったなんて、気付かないなんてどうかと思う、と俺自身も今では思っている。
それだけならまだしも、こうしてお隣さんで、しかもいい感じの雰囲気になるなんて思いもよらなかった。
──やり直せるなら、一人暮らしという選択を変えたい。もしくは違う大学の近くにしたい。推しを中心に生活基盤を立ててしまったことが、こんなくだらない穴になるなんて思いもしなかった。
けど、後悔は先には立たないなんて今更言われるまでもないことだ。俺は少なくとも二年もの間、この爆弾を抱えて生きていかなければならないとしても、それは俺の迂闊な進路希望のせいなのだから。
エージくんはキモいので土橋さんのことは「はっしー」と呼ばず「詩音」と呼びます、キモいので。