俺のオタ活を支えるアルバイトは、正直楽しい職場とは言えない。けどドラッグストアの品出し、レジや時にはPOP作りといった業務は、ファストフードやその他飲食店の接客よりは自分に向いていると考えていた。
「大森さん、トラック来たよ」
「はい」
今日もひたすら無心で来週の特売用のPOP作りをせっせと作っていると、商品の搬入トラックが来たことを先輩に伝えられ、立ち上がった。
うちは他店舗に比べて少しだけでかいドラッグストアでもあるため、それだけ扱う商品の数も多い。故に、品出しは今居るバイトほぼ総出でこなすことになっていた。
「あの、大森さん……これって」
「それは上から二番目の右端」
「……ありがとうございます」
そして俺は、自慢ではないがそこそこ記憶力がいい。人とした会話を覚えていられるし、棚の景色を思い出して商品が何処にあるのかを思い出すことが出来る。まだバイトを始めて三ヶ月くらいだが、そういった部分でも俺はこのバイトが向いていた、と結論つける要因になっている。
「あ、レジ応援だ、言っておいで」
「は、はい!」
先月入ってきたばかりのバイトの、女子高生らしい彼女は商品の多さにいつも戸惑っている。最初はそんなものらしいから、とフォローはするのだが、ミスをすると顔が強張ってより焦りやすくなってしまう子みたいで、見ていてハラハラしてしまう。
「さ、今のうちになるべく終わらせるか」
「優しいね、瑛士くんは」
「は……あ、先輩!? いらっしゃいませ……?」
「うん、今日は人いっぱいいるから、遊びに来ちゃった」
レジにいったその子の分までさっさと終わらせて、接客とは無縁の世界に引きこもろうと画策していたところ、後ろから距離近めに声を掛けられて思わず肩を跳ねさせてしまった。
下手人はくすくすと、それはもう楽しそうな、いたずらっ子の顔で手を振ってくる。玲奈先輩だ。
「何かお探しですか、お客様」
「もう見つけたから大丈夫ですよ、店員さん」
「……俺ですか」
「せーかい」
どうやら「レコンフォール」で働いていて暇になった、というのは事実のようでいつも大学で見かけるようなかわいい格好ではなく、動きやすいパンツスタイルに紺色の襟付きシャツとカーディガンだった。喫茶店の休憩中によく見る姿、として俺は認識している。
「あんまりおしゃべりすると怒られるんで、ちょっとだけですよ」
「今の子って、キミの従妹と同じ学校の子だよね」
「そうなんですか? 俺、あんまりシフト被んないし、時間も俺の方が遅いんで」
「この前、友達とお店に制服で来てたから」
「へぇ……」
それがどうしたんだろう、と思って続きを促したが、玲奈先輩はにこにこ笑顔のままで沈黙の時間が流れていく。
俺は気まずくて、少し返事に戸惑っていると顔を近づけてきて問いを重ねてくる。
「仲良しなの? さっきの子」
「え……いやそうでも」
「そうなんだ?」
そもそも話したことすら数回しかない、それもバイト中の業務で必要な会話をした程度だ。店の中以外で、ドラッグストアのエプロンを着ている状態ではない時には一度たりとも会話をしたことがない。なんなら最低限の必要な会話ですら、俺がややコミュ障ぎみで相手もあまり会話が得意じゃないせいであまりできてるとは言い難いくらいなのに。
「でも、かわいい子だったね」
「先輩や陽南を見てるとその辺の感覚ぶっ壊れてますけど、そうですね」
「……ふぅん? そういうこと言うんだ」
「え、何かまずいこと言いました?」
「言ったよ~」
どうしよう、俺、もしかして玲奈先輩に失礼を働いて怒らせてしまったような気がする。俺は逡巡した後、手招きをして先輩を飲み物コーナーへと案内し、まるでホテルのフロントマンの気持ちになって手で示した。
「どうぞ、お好きなものをお選びください」
「急になに?」
「奢ります、詫びの気持ちです」
「アイスの方がいいなぁ」
「どうぞ、どんなものでも」
「じゃあ……バイト終わる頃にまた来るね」
嬉しそうな顔をして出入口へやっていく先輩の後ろ姿にほっと息を吐く。
よかった、どうやら賄賂作戦は成功らしい。恐らく一個単価300円近くするアイスクリームを購入させられるだろうが、このくらいは必要経費だ。
「い、今の……知り合い、ですか?」
「ん? え、えぇまぁ、大学の先輩です」
「そ……そうですか」
後ろを振り向くとレジ応援から戻ってきた彼女がまるで生まれたての小鹿かのような震えで訊ねられた。
なんだろう、玲奈先輩がそんなに怖かったのだろうか、確かにあの人はふわふわとかわいらしい雰囲気とは裏腹に存在感があるからなぁ。すげー美人だし。
「大森くん、ごめんだけどPOP優先でお願いできる?」
「はーい……じゃあ後片付けしておくから、次レジでしょ?」
「は、はい……あ、えっとじゃなくて、わたしも」
「ああ、いいっていいって、丁度倉庫方面だし」
「す、すみません」
そこからはまた休憩室を兼任している事務所で内職に従事した。店長は注文品の整理など色々忙しそうだなぁということを考えながら、隣で黙々とパソコンデータをコピーし、印刷したものを大きな裁断機でカットし、種別ごとに整理していった。
終わった頃にはもう上がりの時間が近く、残りは店長に許可をもらい品出しに時間を使って、俺はほぼ時間ぴったりにタイムカードを斬った。
「ふぅ、お疲れ様です」
「お疲れ様」
従業員専用出入口から店の方、アイスコーナーのところには既に玲奈先輩が居る──と思ったら、その先輩とおしゃべりをしている女の子がいた。
いや、現実逃避が過ぎるな──何故か陽南が玲奈先輩とおしゃべりをしていた。
「陽南……と、先輩」
「おつかれ、瑛士」
「な、なんで二人が?」
「偶々そこで会ったんだよ」
なんというか、気まずい雰囲気というか、ピリピリしたプレッシャーのようなものを感じてしまうのは、俺の自意識過剰なのだと信じたくなってしまう。
だが、確実に二人の間には緊張感が走っている。特に俺は陽南のリアクションでそれを理解できていた。
「アイス、奢るの?」
「え、あ、ああうん、陽南も食べる?」
「ん、瑛士の奢りね」
「先輩は何がいいとかあります?」
「やっぱりこれからなぁ、私抹茶味好きなんだよねぇ」
やっぱりそれか、と俺は苦笑いをしてしまう。陽南はクッキー&クリームを選んでおり、二人に買って俺だけなしというのも嫌なのでバニラ、その三つを選んでレジを通してもらう。アイス三つで千円弱なの、なんかのバグなんじゃないだろうか。
「ん~、おいしい、ありがとね瑛士くん」
「いえいえ、お詫びの印なので」
「なにしたの?」
「失礼な発言を……たぶん」
陽南は俺の背中にひっついて、玲奈先輩はそんな陽南に目線を向けながら俺の隣で立ったまま店の前でアイスを頬張る。どんどん気温が上がっているものの、まだアイスは体温が下がっていくのを感じてしまう。だけど、美味しい、値段の価値はあるものだ。
「ねぇ陽南ちゃん?」
「なに」
「仲良くしようよ、前は偶にお店にも来てくれたのに」
「……むり」
「陽南、先輩は悪人ではないよ?」
「そーゆー問題じゃない」
なんでか陽南は玲奈先輩を過剰に警戒しているというか、敵対心を抱いているようだった。
──先輩は悪人じゃない。俺はそう信じることにしたのに、例えボウルさんや朝倉さん、ナナオーさんが言っていたような裏があったとしても、それで騙されているとしても、俺は玲奈先輩のふわりとした笑顔に騙されるならそれでいいと思っている。
「じゃあ、陽南ちゃんまたね、瑛士くんは──また、明日ね」
「はい、また明日」
その日、陽南が元に戻るまで結構な時間、俺から離れることなくめちゃくちゃにくっついてくるため、俺は自分の煩悩と戦わなければならなくなってしまった。嫉妬するとスキンシップが増えるのだけは、どうにかしてほしい。
贅沢なオタクだねぇ!