この間からずっと、いやもしかしたらそれより前から気になっていたのかもしれない。けれどそのきっかけはイベントでのオタク仲間からの忠告だった。
小牧玲奈先輩、彼女のことを俺はあんまりよく知らない。普段はどういう食べ物が好きか、とか趣味はなんなのか、なんてことも俺は知らなかった。
なにより謎なのは俺なんかを構ってくれるところだ。学内やきっと喫茶店利用者には俺よりもイケメンなんて山ほどいるだろうに、どうして俺なのだろう。
「先輩」
「なぁに?」
「幾つか質問してもいいでしょうか?」
「急だね? いいけど、答えられないこととか、恥ずかしいことは答えないからね」
色々と方法は考え、ゲーム友達であるナナオーさんにも助言を求めたがここは疑問をぶつけるという安直な方法を取った。
とはいえビッチですか、だとか男と遊んでますか、なんてことを訊くわけじゃない。後でボウルさんに判定してもらうため迂遠な質問を幾つか用意して、いつものように先輩とお昼に誘われた時を狙った。
「い、異性とのデートで、好きなのは?」
「そうだなぁ、私は遠出好きだよ。車でも電車でもいいから、長時間移動して、観光してお泊りするの」
「な……なるほど、前に言ってましたっけ」
いきなり童貞の俺にはよからぬ妄想ができてしまう回答が返ってきてドキドキしてしまう。浴衣姿の先輩を脳内から追い払い、心頭滅却してから俺は息を整えた。
でもするりと答えが出てくるということは、そういう経験がある、ということは想像できる。
「じゃあ逆に映画館とかは苦手、とか?」
「ううん、むしろ観たい映画はひとりでも観に行っちゃうなぁ」
「へぇ、ひとりでも」
「一緒に行く? 今からでも」
「ええっと、遠慮しときます」
いたずらっぽく誘われたので、揶揄われてると思い断ると先輩は少しだけ残念そうな顔をしていた。
この前、先輩と行った施設には映画館もあるから、別に不可能じゃないんだけど。陽南以外の異性と並んで映画というのは、俺の中でハードルが高かった。
「じゃあ、高校時代ってモテてましたか?」
「モテてた、なんて自分じゃ解らないけど……告白されたことはあるよ」
「そうですよね、それは納得です」
「どうして?」
「……先輩はビジュ高いですからね」
玲奈先輩は、改めて観察すると男性にとって都合がよすぎるようにも感じてしまう。顔がかわいいのは勿論、身長は低すぎず、けれど世の男性の平均よりも少なくとも十センチは低いように感じる。ヒールの高い靴を履いても頭いっこぶんくらいはある。ローヒールでも踵をあげればキスが出来そうな、ラブコメの描写が似合いそうな身長だ。
スタイルも腰は細くて肩も華奢なのに、胸やおしりは服越しでも曲線が解ってしまう。大きすぎることはなく、脚も喫茶店の制服で見たスキニー越しの感じだと細すぎないくらいだ。
なにより、仕草だ。ボディタッチがさりげなく、けど俺みたいなキモい童貞オタクには必要以上の接触はしないという配慮があると思う。講義のない時間に男の人と話している時の先輩はもっと砕けているのを知っている。
「ふぅん、ありがと」
きっと年上には気さくで素直、同じ年には明るくて接しやすい、年下には頼りになりつつ悪戯っ子で、なのに隙があって甘え上手に見えるように、調整しているのだろう。
人によって態度を変えることを、俺は悪だとは思ってない。実際に俺だって玲奈先輩と他の人では態度はまるで違うだろうし、バイト先のお客さんにも、感じのいい人には普通の接客だが、感じや態度の悪い人には丁寧に、気をつけて接客をする。それでいいと思う。
「じゃあ、多分これが最後です」
「うん」
「先輩って、男女分け隔てなく友達が多いですよね」
「キミに比べたらね」
「ですけど、男友達、多いなぁって大学で見かける時に思ってました」
「──ん、そう、かもね」
そう、玲奈先輩は男友達が多い。男女交じりの多人数ならそこまで気にはならなかっただろうけど、俺は何度か男の人と二人、男二人と先輩という組み合わせも見てきた。
ボウルさんやナナオーさんはこれを訊いた方がいい、と強く推していた。これが本命らしい。
「瑛士くんは、私が男の人と歩いている時、どう思ってる?」
「どう……って言われても、俺もよく先輩と一緒に居ますし、そのうちの一人みたいなもんですよね?」
「そ……っかぁ」
「先輩?」
「ううん、瑛士くんは私の男友達とは、違うよってだけ」
俺と他の人の違いなんて後輩ってくらいだろう。後はぼっちってくらい? よく解らないけど、先輩にとってはその俺だけは違うってことが重要らしい。それが陽南のせいで茹で上がってしまった俺の童貞恋愛脳が、一瞬だけ先輩って俺に気があるんじゃないかというエラーを吐き出したが、それは頭の中で潰しておいた。
「あのね、瑛士くん?」
「はい」
「よかったらさ、また前みたいに予定合わせて……買い物、しない?」
「え? 俺でいいんですか?」
「瑛士くんだからいいんだけどなぁ」
まさか誘われるとは思わず訊き返したのがいけなかったのだろうか、先輩はかわいらしく拗ねた顔をしてくる。
正直、気になることはいっぱいあるけれど、童貞で異性交遊の経験などないに等しい俺にとってその顔は舞い上がりたくなってしまう程だった。また頭の中にバグが発生してしまうが。
「わ……わかりました、また予定合わせましょうか」
「うん、約束ね」
そのまま先輩に押し切られ、俺は約束をした時だった。机のうえに置いてあった玲奈先輩のスマホからメッセージアプリの通知音が鳴った。
目に入ってしまったそのアイコンには男女がくっついているツーショットのアイコンで「そうま」と名前がついていた。内容も短く、俺はその全文が目に入ってしまう。
──『いまどこ?』という短文、先輩はすぐ返事をする。なんて返事をしたかは、解らないけど。
「じゃあ俺、購買寄ってジュース買ってから講義行くんで、また」
「う……うん、またね瑛士くん」
さっきのアイコンの女の人、先輩に似ていた気がした。もしかしたらカレシからの連絡だったら、俺は相当まずいことをしているのではないか、なんてことを考えて、その日はあまり講義にもバイトにも集中できずに一日を過ごし、なんとか結果をボウルさん、ナナオーさん、朝倉さんとの通話で報告した。
『黒だな』
『ジブンも黒やと思うわ、朝倉は?』
『うーん、この情報だとボクも黒寄りだと思ってしまうかな』
黒は、即ち──先輩が所謂「ビッチ」であるとここの四人中三人が結論づけたことになる。
俺も、流石にカレシが居るっぽい感じで気軽に後輩、俺のことをデートに誘うというのはなんとなく、気分が悪くなってしまう。それでカレシに絡まれでもしたら最悪だ。
『ああ待って、勘違いしないで欲しいんだけど』
『どうしたクラっさん?』
『ボクはあくまで、
朝倉さんの冷静な声に、俺は何も言えなかった。ちなみに「前田くん」は消去法で解ると思うけどナナオーさんの朝倉さんしか呼んでない渾名だ。
続いて、朝倉さんはこの中で最年長らしく、冷静に、俺を宥めるような口調で続けてくれる。
『ボクがずっと引っ掛かっているのは、どうしてモリくんを特別に思っているのか、だ』
「特別、なんですかね」
『いや、ヒデは他の男友達とは違うって言ってたんだろ?』
「そんな感じのニュアンスだったと思うけど、単に男友達とは違うって捉え方もできるかなぁって」
『ここから先、不適切な言葉、特にモリくんには不快な言葉が飛び交うことになると思うから、ダメだったらストップしてほしい』
「わかりました」
『うん、ぶっちゃけモリくんはセフレにするには不適格な男だと思うんだ』
いきなり朝倉さんからぶっちゃけられて俺は凄く渋い顔を画面の前でしてしまった。
カレシが居る前提で、と前置きして朝倉さんは続けてくれる。それは単語こそ最悪だったが、別に俺を貶めようとかいう気持ちはないものだとすぐわかった。
『モリくんは童貞故に貞操観念が強い、それに目も肥えてる』
『美人の先輩とデートしてメロメロになっとらんもんな、確かにそうやな』
『従妹が相当整ってるんだろ? 顔写真絶対に見せてくんねェけど』
『そうだ、しかも従妹のために半同棲して色々と頑張っているモリくんだ、それを知って遊べそうかどうかでいえば、ボクは分が悪いと判断してすぐ次を選ぶと思うんだ』
『セフレはヤってこそやからな』
『それにチャラくもないし、オタクだ』
とんでもなく酷いことを言われているような気分になるが、要するに朝倉さんの言うことは決して玲奈先輩が悪意や遊び目的で俺に近づいているわけじゃなさそう、という擁護だった。つまり、デートや特別というのは方便ではない、と彼は結論をつけた。
『そうやったら、ソウマクンは誰やろ』
『元カレ、もしくはただの友達……そっちがセフレかもね』
「……それはそれで、嫌かもです」
『セフレなら絶対やめとけ、耐えられるわけねェからな』
『少なくとも、好意的に解釈すると最低でも、現行のカレシではない──という可能性が高いだろう』
正直、俺からすると「そうま」がカレシかどうかはあんまり関係なくて、先輩が俺をどう思ってるのかが知りたかった、とは今更言えず、俺は解決した雰囲気になる三人にちょっとだけおいてけぼりを食らいつつ、ただ遊ばれてるだけじゃないということだけを覚えてその日の通話を終えたのだった。
そうまくんはカレシではなさそうという楽観的、勿論九話の彼がそうまくんです。