俺と玲奈先輩は、時を経るごとに、段々と一緒に居る時間が増えているような気がする。
講義の間は流石に違うけれど、昼は大体一緒だし、行きも帰りも、ほぼ一緒だ。気づけば玲奈先輩が隣にいることが当たり前になり始めていた。
「瑛士くん、今日バイトだよね?」
「え、はい」
「それじゃあ購買で待ち合わせしよっか」
「……は、はい」
玲奈先輩は俺のバイトの日程もだいたい把握していて、なんだか当たり前のように待ち合わせて帰る予定を組み立てている。
向かい合わせの天使は、いつの間にか俺の斜め前に座るようになっていた。
「それじゃあ、バイト頑張ってね」
「先輩も、頑張ってください」
「うん」
そんな日々が俺は嫌じゃない。むしろ心地良すぎて怖いくらいだと感じている。言ってしまえば美人の先輩ともうほぼカップル的な関係を築いているようなものだ。釣り合う合わないはさておき、傍から見ればただの先輩後輩関係以上のものだと判断するだろう。
「あれ、どうしたの? 急いでるの?」
「ちょっと、迎えに行くんで、お疲れ様です!」
バイトが終わったタイミングで、俺は丁度陽南がまだ電車で家に帰ろうとしている最中だと知って、急いで荷物を纏めて走って駅まで戻っていく。夜道は暗く、流石に女子高生一人を歩かせるのは怖い。いつもは事務所が迎えを出してくれるらしいけど、スタジオと駅が近かったから他の子を乗せて、自分は電車で帰ることにしたらしい。
「おつかれ、陽南」
「お迎えありがとう」
「うん」
学校から直接スタジオに行ったのだろう、制服姿の陽南はやはり時間が時間だけに多少目立ってしまっていると感じた。特に背中に楽器を背負っているせいもあるのだろうし、何より陽南はかわいい。仕事終わりのサラリーマンが二度見をするのも仕方がない。
「なに?」
「いや、間に合ってよかったなと思って」
「ギリギリだった?」
「ちょっとね」
本当は大分ギリギリだったが、敢えてそう言うと陽南もくすりと笑ってくれた。
──もし、の話だ。あり得ない、モテないキモオタの妄想としての話だが、もしも玲奈先輩は俺に好意があって、今はその仲を深めるために傍にいるとしよう。そして告白されたら、俺はちょろいし、先輩のことが特別嫌いなわけではないからきっと受け入れてしまう。
だけど、恋人同士になった後も従妹であるからと陽南の迎えに行って、一緒に帰るのを許すだろうか、二人で生活している現状を嫌がらないだろうかと言ったら、普通は嫌だと思う。
「雨止んでてよかったね」
「そうだな、ってくっついてくるのか」
「傘ささなくていいからね」
感情論ではなく現実として、俺は陽南の両親から陽南を頼まれている。恋人が出来たからといってじゃあ一人で生きてねなんて、最低だし信頼してくれた俺の両親、そして陽南の両親、そして陽南の姉に申し訳が立たない。
だが、同時に玲奈先輩が恋人になれば、陽南は悲しむし、先輩にも我慢を強いることになる。俺は、そういう立場の人間だ。
「……あのさ、くっつくのはもうこの際いいんだけど、腕を抱き込むのは、ちょっと」
「ちょっと、なに?」
「肘に、その当たってるから、意識しちゃって」
「あーそっち? おっぱいすきだもんね」
「それって、普段のこと?」
「うん、意識しなきゃいいじゃん?」
「無茶だろ?」
だからと言って、陽南を恋人というのは俺の中で途轍もなくハードルが高い。
ひとつ、まずは年齢だ。彼女はまだ高校二年生、誕生日はまだ先だから16歳だ。成人まであと一年半の時間がある。対して俺は誕生日が来て19歳、法律的には成人として扱われる。そんな陽南とどうにかなろう、なんてどう考えても不誠実で、ふしだらだ。
ふたつ、結婚できるとはいえ相手は従妹だ。近しい相手と恋仲というのはまるで兄妹でそうなったかのような倫理的な気持ち悪さがある。
みっつ、なにより陽南はどんなに取り繕って、区別しても俺の推しである土橋詩音だ。オタクたるもの、推している対象にガチ恋まではしても、ガチでどうにかなるチャンスを本来得ていい立場ですらない。
──これら全てが、陽南にとっては些細なことだったとしても、外から見れば大問題で、俺と陽南は決して祝福されてはいけない後ろ指をさされる関係になってしまう。特に最後のは今積み重ねている彼女のキャリアを一瞬でぶち壊すだけの材料になる。
「……瑛士ってさ、結構私のこと好きだよね」
「推しだぞ、好きじゃなかったらなんなんだよ」
「えっちな意味で」
「せめて恋愛的な意味で、にしてもらっていいかなぁ?」
「だって、薄着だとチラ見するじゃん?」
「……ごめん」
「嫌じゃないから、そんな顔しないで!」
胸の話を掘り下げられて俺は死にたくなってきた。建前でキレイなことを言っても、陽南のかわいさやそのプロポーションにドキドキしてしまうのは事実だし、陽南からの好意を嬉しいと思うのも事実だ。
だからこそ、俺は──本当は陽南から離れて、離れなきゃならないんだ。こんな気持ち悪いダブスタ野郎の傍に、彼女を置いておくことなんて、ダメなことなんだ。
「じゃあ、先にお風呂入っておいで、その間にご飯用意しとくから」
「ん、りょーかい、ゆっくりめに入っとくから瑛士もお風呂行ってね」
「え、あ、うん……汗臭い?」
「結構する」
「まじか」
モヤモヤと考えながら、いつの間にかマンションの部屋の前に着いてしまっていた。
嫌じゃないけどね~、なんて言いながら隣の扉に消えていった陽南を見送った。
汗臭いのか結局、俺は左腕の匂いを嗅ぎ、そこから僅かに陽南の匂いがしたため、いつもよりはじっくりお風呂に入って汗を流した。
「ね~」
「ん~?」
「甘いもの食べたい」
「……この時間に?」
「うん、シュークリーム」
そしてご飯も食べ終わった後ののんびりとした時間、俺の膝の上に頭を乗せていた陽南が突如としてそんなことを言いだした。
もういい時間だ。疲れているとどちらかがもう寝ると言い出してもいい時間。だが、陽南は起き上がって寝間着のキャミソールの上から俺の部屋着のパーカーを着始めた。
「夜のコンビニデートだね」
「……俺に拒否権は?」
「ないっ!」
かなり強引に出かける準備をさせられ、近くのコンビニまで歩いて行く。割と近くに警察署があるせいか、この辺の治安は悪くはない。大通りが近くに通ってはいるけれど、基本的には静かでこんな夜に出かけても危険はない場所だ。
「今の私たち、店員さんにどう見られるかな?」
「……変なこと言うなよ、気になるじゃん」
「堂々としてた方がいいよ、逆に怪しいからさ」
陽南の言いたいこと、それは多分、六月半ばとはいえ外に出かけるような服装じゃなくて、夜の時間に男女二人でコンビニというシチュエーションが、傍から見たら明らかにお泊りをしているカップルにしか見えないということだろう。もしかしたらリア充死ねとか頭の中で罵倒されるかもな。
「瑛士」
「ん?」
「勘違い、されに行こ」
「……俺に拒否権はありますか?」
「なーしっ」
「はいはい」
「なんならアレ買っちゃう? ゴム」
「莉緒さんとか越戸さんに見つかってもいいならね」
「それはまずい、凛ちゃんはともかくお姉に見つかったら吊るされるね、瑛士が」
「そうだね」
今日はやけにテンションが高いな、と陽南に引っ張られながら思った。
──もしかしなくても、これは空元気に近いような気がする。疲れてる、不安がある。もしくは寂しい、そういう感情が俺に伝わっては迷惑だと考えて、でも発散する方法を模索した結果がこの夜のコンビニなのだろうか。
「陽南」
「はいはーい」
「奢ってやるからな、でっかいシュークリームと、甘い飲み物も」
「……え~、オタ活三昧で金欠の瑛士が~?」
「間接的とはいえお前に使ってるんだけどね、そのオタ活」
「次のドル6のアクスタ、どーすんの?」
「箱で予約済み」
「うわー、あかりん以外は売るの?」
「まさか、並べますけど」
「おお~」
俺と陽南の関係は、薄氷の上で成り立っている。いずれ、それも近い将来に必ずこの関係は崩れていく期間限定の半同棲関係でしかない。
お互いそれが解ってるから、こうやって二人で過ごすことを大事にしてるのかもしれない。いずれ、どういう結末を迎えるにしてもなるべく後悔しないように。