いっそ嵐でも起こって中止になれとすら一瞬考えたポムグレのツアーライブ、しかし当日の予報はむしろ鬱陶しいくらいの快晴だった。
流石に物販には並ばないため、お昼前に最寄り駅に集合することになった。お昼は現地近くで食べるという予定だ。
「私、ライブ用の格好とかないかも」
「いつもの、だと間違いなく目立ちますね」
「だね、しょーがないからコーディネートしてあげますよ」
「ありがとう、陽南ちゃん」
何故かその買い物には俺も巻き込まれて、しかも陽南と玲奈先輩が服を、仲良さそうに選んでいるのを遠くでぽつんと見守ることになってしまった。
いやまぁ、俺が戦力外なのは当然だ。自分のファッションすらロクに整えられない人間が、他人のファッションにアドバイスなどできるわけがない。だけど、俺の予定としては陽南と先輩の仲を間に入って取り持つはずだった。実際に陽南からもそうするように言われたのに、いざ蓋を開けてみれば二人でちゃんと仲が良さそうで俺の出番が一切なかった。
「お待たせ瑛士」
「ごめんね一人にしちゃって」
「いえ、決まりましたか?」
「うん、陽南ちゃんのお陰でバッチリだよ」
「どんな感じです?」
「玲奈
「ちゃん……」
一瞬でめちゃくちゃ仲良くなってる。なんならもう俺抜きでライブでもいいのではなかろうか。いやこれは決して疎外感から拗ねてるわけじゃない。単純に緩衝材だったのに実際は必要なかったという虚無感から来るものだ。それを疎外感だと言うのならそれでいいです。
「玲奈ちゃんは、カレシとかいるの?」
「ん~?」
とはいえ和やかな雰囲気でまぁ、このメンツでライブ行くなら険悪よりかはいいかと思っていたところ、ご飯を食べている最中、急に陽南がそんなことをぶっこんできて、思わずパスタを噴き出しそうになった。
「な、なに訊いてんだよ急に」
「だって玲奈ちゃんってちょーかわいいじゃん?」
「それは、そうだけど」
「居て当たり前だと思うんだよね~」
「それなら、陽南ちゃんにも居て当たり前って理屈になっちゃうよ?」
「私はいません! 活動的にも信頼できる人じゃないとダメだし」
信頼できるならいいのか、と俺は陽南が所属している事務所の方針がオタクの感情と乖離していることにモヤっとしたが、そんなことより俺がずっと気になってたけど、俺が訊くのは絶対に間違っている質問を、陽南がストレートに投げ込んでいた。
──あの「そうま」がカレシなのかどうなのか、先輩の口から答えが出た。
「いないよ~、居たら私、カレシいるのに瑛士くんとデートしてる悪い人だよ?」
「へぇ~、じゃあカレシが居たことは?」
「それは……うん、あるよ?」
「大学生の時? 高校?」
「ちょ、ちょっと陽南……」
う、飢えてる。間違いなくそういう恋愛話に飢えている顔だった。そりゃそうか、陽南が通う女子校は中高一貫で、殆どの生徒が内部進学、勿論陽南もその一人だ。そのせいか、陽南は恋愛話にかなり興味があるらしい。
「どっちも」
「じゃあ、結構最近別れちゃったんだ?」
「そうだね、瑛士くんが初めてお店に来た時にはまだ付き合ってたんだけど」
「そ、そうだったんですね」
「うん、まぁ私が悪かったんだから仕方ないんだ」
ということは振られたということなのだろうか。もしかしてその相手が「そうま」なのか、だとしたらどうして度々連絡が来て、先輩が相手をしなくちゃいけないんだろうか。
──俺は、その「そうま」らしき人の顔ももう知っていた。先輩と一緒に駅から大学までの道を歩いている時だった。
「玲奈」
「あ、おはよ~」
「ども」
「……ちっ」
初対面のはずなのに何故か舌打ちされて、そのまま玲奈先輩はその男に連れていかれてしまった。
俺より背が高くて、多分カッコいい系と言われる感じの顔だ。チャラそうだけど、別にヤバそうな雰囲気ではなくてそれが逆に、玲奈先輩と並んで歩くといい感じのカップルに見えてならなかった。
俺の当てにならない人間観察的に、俺は「そうま」が玲奈先輩に執着しているのかと思ったのに、先輩のニュアンスは明らかに振られた人のそれだった。
「ふぅん、気まずい?」
「そうでもないよ、別れても仲良しだし」
「そんなもの?」
「でも、多分もう付き合うとかは……ないんじゃないかなぁ?」
謎だった事実が判明したのに、むしろ俺は玲奈先輩が解らなくなっていく気がした。
勿論先輩が嘘を吐いている可能性だってある。本当は先輩からお別れを告げて、相手がまだ納得していないのかもしれない。俺が巻き込まれないように、連絡が来たら離れてくれている。その方が俺としては辻褄があっていて、都合がいい。
「……どうしたの?」
「ごめん、こういうのよくないと思うんだけど……」
俺はその日の夜、俺は結局陽南に「そうま」のことまで話してしまった。それが元カレとは確定してない、とは強く言い含めていたが、恋愛話好きな陽南のことだ、食いついてしまうだろうなぁと思ったが、思いのほか陽南は真剣な顔で唸っていた。
「う~ん、なんだろーね……玲奈ちゃんって結構謎が多そう」
「そ、そうなんだよな」
「もしかしたら、元カレだけどまだ関係は続いているのかも……なんて」
「どういうこと?」
「そりゃ瑛士としてるみたいに、デートしたり……ううん、元恋人なんだから恋人としかしないようなこと、とか」
「……お前までそんなこと」
結局、陽南の結論もまた朝倉さんたちのようなものになってしまった。そりゃ、カレシがいたって話から玲奈先輩が「そういうコト」をしていないとは思っていない。実のところ俺の脳みそはかなり限界を訴えているが、NTRどころかBSSでもないし、なんなら付き合ったことがないという事実がなんとか破壊を免れている原因だった。
「陽南には……その、カレシとかは……ないよな?」
「カレシはいなくても、えっちなことは出来るよ?」
「……やめて、本当に」
「もう、そんなに嫌なら瑛士が覚悟決めればいいのに……ね?」
「ぎゃー! 襲われる~!?」
ほら、芸能界はそういう性の乱れがあるみたいなイメージじゃん? だから心配なんだけどそれ以上首を突っ込むと陽南に捕食されるので断念することになった。未成年と性的なことはできませんと必死に身体を丸めて耐えるしかない。
そんなやり取りから数日後、俺たちはライブのため駅に集合していた。
「お、おお……」
「えーじ、目線がキモい」
「す、すみません……つい、新しい先輩すぎて」
「ふふ、私は嫌じゃなかったよ? もっと見ても、いいのに」
「か、揶揄わないでくださいよ」
お披露目となった先輩は、まるで芸能人のお忍びだった。いつもの薄い色とは違う白のライブTシャツはメンズ仕様なのか大分ダボっとしており、下は青のワイドパンツだった。大き目のトートバッグにはおそらく陽南があげたであろうポムグレキャラの缶バッチが三つついていた。いつもの長めのゆるふわウェーブの髪もお団子、ニシヨンだっけ、それに纏められていた。
「後はこのキャップとサングラス、日傘は遠慮してもらったけどアームカバーも持ってもらってるから」
「どう? ライブに行くオタクに見える?」
「お忍びアイドルに見えます」
「それじゃあダメなんじゃないかなぁ……?」
「玲奈ちゃん、顔が良すぎだからね」
「まぁでも、陽南ちゃんとお兄さんとその恋人、という設定には真実味が出そうじゃない?」
「……今更なんですけど、大丈夫ですかね?」
今になってちょっと胃がムカムカしてきた気がする。
片やかわいすぎて、噂によるとガチ恋勢も沢山いるらしい現役女子高生声優アーティスト土橋詩音こと鳴海陽南、片や大学でもかなりの人気がある美人な先輩小牧玲奈、そんな目を引く二人の間に挟まるのはモテたことなんてあるわけもないキモオタ、大森瑛士なのだから。うまくいかなかったら大変なことになりそうだ。
「さぁ、行こっか!」
「電車が来ちゃうよ?」
「……はい」
いっそこれが俺の妄想で、全部が夢であって欲しい。なんなら陽南は詩音なんかじゃなくて、玲奈先輩は喫茶店のお姉さんなだけで大学が一緒じゃない方がいい。なんてひどく自分勝手なことを考えてしまう。それで、陽南が推しの詩音だったら毎日ハッピーなのに、あでもバレたらどうなるか、やれやれ──それにあの店員さんも大学で毎日一緒に通学できちゃったりしたら嫉妬されそうだぜ、やれやれ。
──なんていうアホな妄想をして、同じようなオタク友達を作って、朝倉さんたちとゲームして、ライブに参戦して、俺の青春はそれで充分だったんじゃないか。
「……夢なら醒めてくれ」
電車に乗り、仲睦まじげに話す陽南と玲奈先輩を見て──俺は目を閉じて電車の揺れに身を預けた。
──目を開けようと、未だ醒めない夢の中なのは、解っているけれど。
明日の冒頭は「アッチが夢だったんだ!! よかった!」となります。夢オチです(嘘)