お忍びスタイルの美女二人と、明らかよくいる雑魚オタクの組み合わせとはいえ、野外ではなく暗い屋内ステージで、しかも後ろの方となればあまり注目はされなかったのは幸いだった。パイプ椅子でないだけ、先輩にも安心だ。
「多分みんな立ちますけど、先輩は座ってていいですからね」
「ううん、大丈夫だよ~」
「その格好だと座ってた方が目立ちそうだけど」
「くれぐれも、先輩の体調や気分を優先してくださいね」
これから始まるライブはきっと玲奈先輩が考える3000倍くらいキモくて、理解の範疇を越えた熱量のものだろうから。
これっきりだとわかっていても、先輩が不快な思いをするであろうことには、憂慮することしかできない。
「瑛士ってポムグレのライブは初めて?」
「そうだね、リアイベはヘブンズだけって決めてたから」
「という割にリリイベは絶対来ないくせにね」
「推しと直接話す機会に恵まれてるからさ」
「わぁ、贅沢~」
というのは建前で、詩音と直接会話は俺には出来ないからだよ。どうしても「土橋詩音」と相対しても俺とってその姿、声、全てが従妹の陽南になってしまうから。歌ってる時はいいんだけどね。
「ところでこのグループはポムグレっていうの?」
「はい、正式名称はポムグレーヌなんですけど」
「私の家と一緒だね」
「はい? あ、ああ……フランス語」
「うんうん」
喫茶店「レコンフォール」は玲奈先輩曰く、フランス語で「癒し」とか「慰め」などの意味があるのだと話してもらったことがある。ポムグレも同じフランス語だったのか、大学で講義受けてるのに全然詳しくならないな俺は。
「ちなみになんて意味なんですか?」
「柘榴だよ~」
へぇ、と陽南と二人で感心する。流石は先輩だ。俺なんてザクロってどういう果物なのかスマホで調べてしまったくらいなのに。
そんな話からポムグレの概要をちょっと話していると、周囲が暗くなってお腹にずっしりと響くキック音と、人々の歓声が上がっていく。
「音、おっきいね~」
立ち上がりながら先輩は、びっくりした顔をした。
──どういう気持ちで観るんだろう、そんな心配はあるけれどライブに来た以上は楽しまないと演者に失礼だと思うから。
盛り上がり、初参戦だけど俺の中では充足感のあるライブだった。ヘブンズよりポップで可愛い系もあって、でもカッコイイ系も、オタク側を煽る感じもあってやっぱりコンテンツの大本は同じなんだなぁと思わせてくれると同時に、原点なんだってことを再確認させてもらえた。
「ど、どうでしたか?」
「うーん、ライブってただの生演奏じゃないんだなぁって」
「……そうですね、そうだと思います」
ライブはアーティストただ生演奏を披露して、それをオタクが聴きに行くだけではないんだよな。俺たちも音楽を作ってる、とまでは言わないけど。俺たちの声、盛り上がりが必要ないわけじゃないんじゃないだろうか。
「さ、人が掃けたら行こうか」
「何処に?」
「そりゃ、控え室だよ」
「……いやそれは、一人で行った方がいいんでは?」
俺は慌てて手を振る。関係者が控え室、楽屋まで行くというのは偶に聞く話だが俺は関係者ではないし、先輩も関係者じゃない。俺に至ってはそれどころかドル6のオタクだから余計にやばいのではないだろうか。出禁にはなりたくない。
「じゃ、じゃあ……待っててよ?」
「そりゃ待つ──んですけど、先輩はどうしますか? 駅まで送りましょうか?」
「ううん、せっかくだから私も待つよ、瑛士くんと一緒に」
「……む、わかりました」
そうやってなんとか陽南だけを送り出し、俺と先輩はゆっくりと外に出ていった。外は蒸し暑くて、とりあえず冷房が効いているコンビニに避難するため歩き出した。ゆっくりとした歩幅で人が通り過ぎていくのを見送りながら、先輩は帽子を取りハンディファンを回して気持ちよさそうに眼を閉じていた。
「ふふ、瑛士くんすごく熱心だったね」
「見てたんですか?」
「うん、いっぱい跳んでて、なんだか普段の瑛士くんより子どもっぽかった」
「そ、それは……年甲斐もないってことですか?」
「そんな年でもないでしょ~?」
いやでも、一応成人している身でして、それなのにライブでぴょんぴょんしてるのは子どもっぽくて幻滅したとか言われそうだなって思っただけで、そもそも玲奈先輩のような人に見せるようなものじゃないから、恥ずかしいというか。
「楽しそうだった」
「は、はい」
「あれが瑛士くんの頑張る原動力なんだなぁって思うとね、ちょっと勿体なかったなって」
「そんなことないですよ、ライブ行くやつの金の使い方の方がよっぽど勿体ないです」
それだけは言い切れる。俺の人生はライブで充実しているし、オタ活で充実しているけれど、それはあくまで俺にとってでしかない。ライブやオタ活という習慣のない人にとってはこんなもの金の無駄でしかない。価値観というのはそれほどまでに違うのだ。
「勿体なかったよ、私──瑛士くんのこともっと理解したいから」
「……俺のこと」
「瑛士くんが私の近所に来てくれたこと、バイトをたくさん頑張ってる理由、考え方とかその他色々──全部、もっと早く知りたかった」
「……先輩? どうしたんですか?」
ドキっとしてしまう。向き合った玲奈先輩は、纏めていた髪をほどいてフチが太い伊達メガネを外して、今までとは違う天使の微笑みを向けてきた。
──そして、沢山の人が行きかっていたコンビニへの道は、その瞬間には俺と玲奈先輩の二人きりになってしまった。
俺の視界全てが先輩になってしまう。玲奈先輩のキレイなまつげ、いつもとちょっと雰囲気の違うメイク、おそらく彼女の汗の香りすら、俺にはとてもいい匂いに感じた。
「……ごめんね、急に」
「急、じゃ……ないんですよね」
「うん、私の気持ちは……急じゃないよ、大学が始まる前からキミがすきだった」
そんなに前から、と俺は自分の浅慮を恥じていた。
陽南もそうだけど、玲奈先輩も割とわかりやすいくらいに好意を伝えてくれていた方だと思う。一緒に居る時間を少しでも長くしようとしたことも、デートも、触れ合っていた全てが先輩から向けられていた俺への「すき」だった。
「あ、謝るのは……俺の方ですよ」
「そう?」
「玲奈先輩が、俺に近づく理由を、ずっと曲解してました……少なくとも、好意を受け止めることができていませんでした」
それは俺がオタクで、その中でもキモオタだからだ。推しへストーカーまがいのことをして、それを計画して先輩の近くに引っ越してきた。全く意図していない理由で失敗してしまったけれど、もし詩音が従妹じゃなかったら、一人暮らししながら「レコンフォール」に通って詩音を盗み見て気持ち悪い笑みを浮かべる姿を先輩に晒していただろう。たまたま、そうならなかっただけだ。
だからこそ、俺は玲奈先輩には好まれていない、というフィルターで逃げていた。気持ち悪いオタクを先輩のような人が好くはずがないと決めつけていた。
「俺は……先輩とは付き合えない」
「……え、ひ、陽南ちゃんがいるから?」
「それも、あるけど……俺は先輩と釣り合わないから」
俺の脳裏にあるのは彼女の元カレである「そうま」のことだった。俺はきっと彼のように玲奈先輩と恋人になれそうにはない。二人で歩いていてもお似合いの雰囲気も出せないし、趣味も全然違う。俺は遠出があんまり好きじゃない──ライブ遠征は別だけど、それは目的がライブだし観光なんてしないから。
なにより俺は、先輩を優先できない。
「釣り合わない?」
「俺はこういうライブに行きたいキモオタですから」
「……そんなの、気にしない」
俺は首を振ることしかできなかった。
あまりにひどい振り方だ。先輩の優しさも好意も、なにひとつ受け止めれてない。でも俺は俺のせいで先輩が悪い評価を被るという事実が、嫌だった。今ですらそうなのだから、付き合ったら余計にそうだ。
改めて頭を下げて、断ろう。泣かせてしまってもそれが俺にできる唯一だと思った、その時だった。
「──あれ、玲奈じゃん」
「え?」
「あ……」
「ん? こいつ……例の後輩か、なにその格好」
「
──そこに居たのは先輩の元カレである「そうま」だった。俺の顔と格好、そして玲奈先輩の格好を見て、相馬先輩は顔を歪めた。
そして、いきなり玲奈先輩の腰を抱いて、距離を縮めていく。
「今から帰るなら、俺んち来いよ、いいよな?」
「ん……うん」
「あ、先輩……」
そのまま、玲奈先輩は相馬先輩に腰を抱かれたまま去っていってしまった。
──何がなんだかわからず、俺は陽南から連絡が来るまでそこから動けずにいた。
うそだよな……玲奈……?