お隣のアイドル声優は推し以上恋人未満 作:五頭山黒鳥
土橋詩音──ちょっと前に流行ったバンドアニメコンテンツのひとつ「
この話題、というのは勿論SNSで賛否があったということ。あまり声優業界に詳しくない俺からしても、当時の詩音はプロの声優と比べてしまうと演技力が劣るというのは感じられた。発表当初はあまり俺も賛同側ではなかった。
「──まじか」
だけど、別グループのライブでのオープニングアクトで初披露されたその生演奏は、俺の心をがっちり掴んで離さなかった。
現役中学生がどうとか、声優素人とか、もうそんなのどうだっていいくらい、俺は彼女の歌と演奏技術に魅了され、気付けばキャラである明花梨のグッズを買いあさるようになった。
それから二年、俺の彼女への熱は未だ鎮火することなく、リアルライブにも参加するしソシャゲには課金しようとピックアップ対象になれば当たるまで引いていた。
「おはよ、瑛士」
「おはよ」
「朝ごはん食べた?」
「食べた、陽南は?」
「コンビニ」
「食パンくらい買っとけばいいのに」
「めんどい」
しかし、今となってはその最推し、人生での最推しと言っていい人物は俺の隣の部屋に居て、待ち合わせて一緒に駅に向かう、そんな子になってしまった。
こうなる以前、鳴海陽南と最後に会ったのは今から六年前、小学生の時だった。別に特別仲がよかったわけじゃないけど、法事や盆正月といった大人たちの集まりは退屈だったから、自然と他の親戚と一緒に遊ぶようになった。
陽南には姉がいて、その子が一番上だったから纏め役みたいになってゲームをしてみたり、外で遊んでいたりと一年でほんの数日だけ遊んでいた。
「えーじくん、えーじくん」
「陽南ちゃん?」
「一緒にゲームしよー」
今思えば面影は多少あるけれど、当時小学生だった陽南と今の陽南はまるで違って。だからこそ土橋詩音が陽南だとは気づけなかった。それなりに声変わりだってしているし、身体の変化も小さな女の子から年頃の女性へと変化しているのだから。なにより俺の中で鳴海陽南という人物の輪郭が記憶の中でぼやけていたのが原因だった。
「従妹の陽南ちゃん? ああ、あの」
「義兄さんが中国に単身赴任するのに家族でついていくんだが、陽南ちゃんに何か事情があって一人にしなきゃいけないらしい」
「……姉ちゃんいなかった? 莉緒さん」
「恋人と同棲中で、うちより遠方らしい」
「へぇ~」
そんな事情を訊かされて、それなりに仲良くしていた過去を思い出してしまえば俺だって嫌とは言えない。相手は女子高生で、急に一人置いていかれてしまうデメリットも理解できる。
でもこんな話を聞かされて断れるわけがないのに、俺に「うん」と言わせようとする父さんの魂胆がちょっとだけムカついた。
「わかったよ」
だけど六年も会っていない従兄に頼らなければならないというのは同情したため、返事がちょっと不機嫌そうな声音になってしまったのは反省しつつ、俺は陽南と顔を合わせることになり、膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えた。
「……どうしたの瑛士くん?」
「あ、ああ、いや……い、異性だしあんまり頼れないと思うけど」
「んーん、知ってる人が居るのは安心できるから」
こうして、俺はきちんと線を引き、土橋詩音を推してるオタクとしての自分と鳴海陽南の従兄であることを分けて生活をしていたら、なんだか段々と距離が近くなっていって、五月になる三ヶ月後には、関係も親戚とは違うものになっていた。
「大森くん、カノジョ来てるよ」
「……カノジョじゃないっす」
バイト先の人にそんなことを言われて、否定するがだったらどういう関係なんだって問われても今の俺には上手な答えが出せない。一応、ただの従妹ですよとは言っておくけれど。
──親戚以上の関係、なんて俺の勘違い、思い上がりかもしれない。俺だってそう思って自省していた時期はあった。
「用事なかったから、今日も来ちゃった」
「来ちゃったって……おかげで勘違いされるんだけど」
「いいじゃん、カノジョです~ってことにしとけば、説明めんどくない?」
「……陽南はそれでいいのかよ」
「いいよ、瑛士のこと好きだもん」
甘えるように腕に抱き着いてくる。
前にも勘違いしそうになる、俺はそういう経験も乏しいし陽南みたいなかわいい子にそういう態度取られると、親戚としてじゃなくて異性として見てしまいそうになる、と距離を取ろうとした。
──だが、陽南はそこでハッキリ、私は瑛士をそういう目で見てるよと口にしてきた。
「お前、いつかそれで困ることになるだろ、バンド活動に影響とか」
「大丈夫」
「全然大丈夫じゃない」
陽南は、俺に詩音としての活動を隠していない。しょっちゅうライブに招待しようとしてくるし、仕事の話もぺらぺらしゃべろうとする。逆に俺は、詩音を推してて詩音のキャラを推してることも、しょっちゅうライブに参戦していることも言ってない。なんとなく、キモい感じがしたから。実際、玲奈先輩に俺の印象を誰かから問われれば「ストーカー予備軍のキモオタ」と紹介してくれることだろう。俺の自認もあんまり間違ってない。
「それより次のイベント、新曲だよ」
「そういうネタバレやめてくれる?」
「もう公式発表されてるもーん」
鼻歌で間違いなくその新曲のサビであろうフレーズを奏でながら、随分とご機嫌な陽南を見ていると、今の俺はかなり危ういのだと改めて痛感させられる。
ネットでバレたら炎上不可避、俺が炎上するくらいなら別にどうだっていいし、一般人だからやり玉にあがることはないだろうけど、陽南はそう簡単じゃない。
住んでいる地域も、生活圏も知られており、なんなら本名も知られている彼女がこうして男と一緒に歩いている姿など、よく燃える素材だろう。
「私は」
「ん?」
「瑛士がカレシですってことにしときたい」
「まず付き合ってもない」
「じゃあ、付き合う?」
「……やめとく」
「えぇ~」
だというのに、陽南はそんなことを言ってくる。
しかも俺としては好かれることをした覚えは、正直言ってないんだよな。最初は従兄として、本人が土橋詩音だってことを知らないフリをして、なんならそういう活動をしていることも知らないフリをして彼女と接していた筈なんだけど。
「俺、陽南になにかした?」
「なにかって?」
「なにかは、なにかだよ」
「イミフじゃん」
「そりゃそうだ」
「じゃあ、した」
「なにを?」
「秘密」
肝心なことは絶対にはぐらかしてくるから、今のところは恋愛経験もロクにないオタクだから揶揄われてる、って思っておくことにしている。
誰かに相談、したいけど相談できるような相手なんていないんだよなぁ。俺の交友関係は皆詩音のことを知っている人ばかりだ。写真見せて、紹介してと言われた瞬間にはもうアウトだからな。
「……あ」
「なに?」
「いや、俺の悩みを打ち明けてもいい相手を脳内で探してたとこ」
「私が訊いてあげる、どしたの?」
「結構エグめの下ネタだけど」
「……変態だ」
「言わせようとしたクセに?」
頭に浮かんだ人物が、俺の話をちゃんと受け止めてくれる可能性はあまりないけど。
ただ、だからこそこの誰にも言えない相談をするのに、適任ではないのだろうか、俺はふと後ろを振り返り、その相手のにこやかな微笑みを思い出していた。
よし、ひとまず喫茶店さんはコイツを出禁にしよう(提案)