──俺は、ただのオタクだ。どこにでもいる、コンテンツを骨までしゃぶりつくしたい程愛していて、リアイベにも足繫く通うような普遍的で気持ち悪いオタク、それが大森瑛士という男の正体だ。言うまでもないことだけど。
オタクになったきっかけは、それこそ根源ともいえるものは家族の影響だろう。父が特にゲーム好きで、大作RPGを休日はやっていたような人で、母もドラマの原作マンガをよく買ってきて読んでいた人だったから。
だから俺にとってマンガを読むこと、アニメを観ること、ゲームをすることは自然なことだった。祖父母の家に据え置きのゲーム機をわざわざ持ち込んで遊ぶことも普通のことだったし、携帯ゲーム機で他人と通信するのも俺にとっては普通の遊び方だった。
「うっわなつかし、オレも昔それやってたわ~」
「まだやってるやつとかいるんだ~」
「な~」
それが「オタク」という人種が好む仕草で、自称一般人にとっては気色の悪い生き物に見えると知ったのは中学生の時だった。
当時友人が好きだったカードゲームを、俺はやっていなかったけれどアニメが好きで懐かしいと話していたところで、別の同級生たちがそんな風にヘラヘラと言葉を割り込ませてきた。
嘲笑するようなニュアンスのそれは、途轍もなく不愉快でわざわざ横から入ってきて冷や水を浴びせるような、無意味な言葉の刃に当時の俺は立ち向かうことが正義だと思っていた。
人の嫌なことは他人にはしないと教わったから、他人の好きなものを嗤うやつは悪いやつだと思っていたから。
──この時点で、俺はどうしようもないオタクだった。
「なに?」
「んだよ、別に懐かしいってだけだろうが」
「その後だろ」
俺は立ち向かってしまった。勝てるとか全く考えず売られた喧嘩を買ってしまった。幸い周囲の人が止めたから喧嘩になることもなかったし、それから彼らが絡んでくることもなかったけど、俺はそれ以来「やばいやつ」として周囲から遠巻きにされる存在となった。
「カードバカにされただけでキレたんだっけ?」
「小学生の時も正義ぶって人殴ったらしい」
そんな噂も流れて、俺は初めて自分の「正義感」が間違っていたことを悟った。
悪いやつは叩いていいわけじゃない、悪に立ち向かうのは決して正義ではないことを中二病全開だった俺はこの事件で打ちのめされてしまったのだった。
「大森くん」
「はい」
「今日委員会でしょ? 一緒に行こ」
「わかった」
高校生になった俺は、大人しくてクラスの端っこにいるキモイオタクになっていた。自分が間違っていたとは思いつつも、それでも俺にとっては人の趣味を、自分が好きだったものを嘲笑うことがいいとは思わなかったから。それも今思えばちょっとした人間不信、中二病の延長みたいなものだ。
だから図書委員会の活動では、比較的穏やかに過ごせていた。緩かったからスマホゲームしててもあんまり怒られなかったからね。
──そんな、そんな気持ち悪い俺が、まさかこんなにかわいい先輩から告白されるとは、夢にも思わなかった。
「あ、瑛士……と、玲奈ちゃん」
「こんばんは、お迎えに来たよ」
「仲直りしたんだ」
「ごめんね、せっかく誘ってくれたのに途中で帰っちゃって」
「いいよ……それで?」
「うん、陽南ちゃんにも話しておかなきゃって思って」
陽南がバンドの練習帰り、俺は玲奈先輩と一緒に迎えに来ていた。
今日は玲奈先輩が俺のご飯を食べることになっている。だから買い物に付き合ってもらい、緊張しつつも、俺はこの熱い夏にぴったりの料理を提供していく。
と言っても手のこんだことはしない。考えたけど、玲奈先輩に喜んでもらうにはそういう変わり種じゃなくて俺が普段作り馴れていて、かつ自信があるものをチョイスすべきだと。
「瑛士くんって本当にお料理できんだね~」
「俺の卵焼き結構な数食べておいて、今更ですか?」
「いや、陽南ちゃんが作ってる可能性がまだあったし?」
「陽南は家事能力があんまりないです。ズボラですし」
「なんだって?」
「じゃあ自分の部屋の惨状をなんとかしなさい」
「は~い」
「ふふ、やっぱり家だとお兄ちゃんなんだねぇ」
玲奈先輩にそう囁かれるとぞくぞくする。なんだろう、先輩の柔らかくて甘い声で「お兄ちゃん」って言われると得も言われぬ背徳感がある。陽南みたいにかわいらしくも元気な声とは違って耳に残るというか、クセになる感じだ。
「玲奈ちゃん、瑛士は声フェチ拗らせてるからそういうのやめた方がいいよ」
「そうなんだ?」
「声優あてクイズできるよ」
「すごいねぇ」
持ち前の記憶力があればそんなもの、声優名さえわかれば楽勝というもんです、と言いたいけどやっぱり声優さんってすごいから一言二言だけじゃあ判別できない人もいるんだよね。
──それはさておき、陽南と玲奈先輩がおしゃべりを、多分俺にもしてくれた過去の話をしている間に、小鍋の中に入れた水に少しの塩と一回りの料理酒を入れたものがあったまってきたタイミングで火を弱めてから、あからじめ一枚一枚分けておいたしゃぶしゃぶ用の豚肉をくぐらせて色を変えていく。
きちんと色が変わるまで、けれど長くはダメだ。肉が固くならないタイミングでボウルにあげておく。
「よし」
一枚から二枚程度、これを繰り返し全て終わったら氷を浮かべた塩水に入れてさっと冷やしてから水気を拭き取る。
そうしたらレタスをちぎって並べておいた大皿にもりつけて完成だ。浅葱とかあるとまたいいんだけど、今日は用意できなかった。
いい出来だ。陽南には言えないがいつもよりもちょっとだけ丁寧に作ってしまった。だがまだ終わりじゃない。しゃぶしゃぶに使ったお湯にタマネギ、ニラともやしを入れて再び火を通していく。余分な脂は掬い、鶏がらスープでちょっと味を調整してから、火が通ったところで卵をよく溶いて、少し水を加えてゆっくり回し入れていく。これで豚肉のうまみを吸ったスープが完成するという寸法だ。
「はい、おまちどおさまです」
「ありがとう瑛士くん」
後は軽くシャキシャキ感のあるきゅうりともやしのナムルを添えて、それを全て食卓に並べた。高校生の頃に習得した夏休みの一人飯の改良版、冷しゃぶセットだ。しゃぶしゃぶはポン酢でもゴマドレでも、なんなら何も付けなくても食べられる。
「いつもよりおいしいんだけど」
「なんの文句が?」
「玲奈ちゃんいるからって、丁寧に作ったな?」
「そうだけど」
「やっぱり!」
「美味しいよ、ありがとう瑛士くん」
「いえいえ」
俺の隣に座った玲奈先輩に褒められ、嬉しくなってしまう。こうやって俺はおだてられて木に登ってしまうのです、ブヒブヒ。
そして、食事が終われば重要な話になる。食後のデザートにプリンを食べながら、俺は今日の昼間にあったことを詳らかに明かした。
「──その間は、私と付き合おうよ」
悪魔の微笑みで、玲奈先輩はそんな悪い提案をしてくれた。俺を傷つけないように、もしそれで陽南を傷つけても自分のせいに出来るように。
だから俺は首を横に振った。ただ、断ったわけではなかった。
「それを陽南のいない場所で決めるのは、卑怯です」
「それがキミの答え?」
「はい、俺は陽南に黙って、大事なことを隠してまで玲奈先輩と付き合えません。俺にとって最優先は陽南ですから」
「なのに陽南ちゃんが付き合いたいって言っても、ダメなんでしょ?」
それはそうだけど、それは優先事項とかではなく倫理の問題だ。俺は18歳以上で大学生の成人済み、相手は今年17歳の未成年だ。たかだか二年とちょっとの差とはいえ、女子高生とお付き合いというのはなんとも言語化しがたい気持ち悪さがある。実際に女子高生と付き合う同級生が居てそう思うなら、当事者になっても同じ感想を持つのが公平な倫理観というものだ。
「真面目すぎるんですよ、瑛士って」
「頭が固いって言うんだと思うなぁ」
「先輩は恋愛に関して柔軟すぎるとは思います」
「それは否定できないかなぁ……」
カレシ居て同時期にセフレもいた先輩に否定はさせない。それと例え俺が対象でなくてもNTRは悪なのでそこはダメだと伝えていきたい所存だ。俺は純愛過激派になる。
だけどまぁ、そういうわけで返事は保留ということになり陽南にも同じ話をしたんだけど。
「大学では、それでいい」
「それでって」
「カレシカノジョってことになれば、玲奈ちゃんは大学で中途半端じゃなくて済んで、瑛士といちゃいちゃできていいじゃん?」
「そうだねぇ」
「通学中も、なんなら帰りにデートでもすればいいけど……私のお迎えを優先すること」
「うん」
「あとライブも優先」
「もちろんそのつもり」
「その返事は提案した私が言うのもなんだけど、どうかと思うよ」
陽南は提案したくせに呆れてきやがった。しかも玲奈先輩にまで頷かれてしまう。だって、だってそうでしょ。大学ではそれでいいってつまりは時間の使い方はこれまで通り、ただ玲奈先輩との関係性は曖昧じゃなくて両想いでいいよってことじゃないの?
「そ、そうなんだけどね……思い切りがいいというか、遠慮ないねってことだよ?」
「ありません」
「後もう一つ、正直これが一番大事」
「なに?」
「家では私が恋人になるから」
「……は?」
纏まったと思ったら、陽南はとんでも爆弾を投下してきた。どういうこと、いや本当にどういうことなんだ。
だが玲奈先輩は陽南の言葉を理解したかのように頷いていた。待って、もしかしてこれただ未成年と付き合うより倫理観のない提案してないか?
「私だって、瑛士が好き。ずっと言ってきたことなのに玲奈ちゃんばっかりは、ずるい」
「そもそも瑛士くん、私だけじゃなくて陽南ちゃんも好きだって言ってたでしょ?」
「……それはぁ、そうなんですけどぉ……でもぉ」
「ダメ、これじゃないと瑛士と玲奈ちゃんは絶交してもらう」
とんでもない提案、というか半ば強制をしてきた陽南に対して、更に玲奈先輩からの無言の圧もあった。どうやら先輩は既にこの条件を織り込み済みで陽南の卒業まで付き合うという悪魔の交渉を仕掛けてきたのだということに今更気づいてしまった。
──ただの気持ち悪い、どこにでも雨後の筍の如く湧いて出てくるオタクの筈だったのに、気付けば俺は、期間限定の最低二股生活という道に迷い込んでしまっていたのだった。
オタクくんの自語りとメシ製作で文字数使い過ぎなんじゃ