どうして、どうしてこうなったのだろうか。俺は新幹線に乗車しつつ、今更ながら頭を抱えていた。後悔というのは、やはり後からずっと追いかけてくる。あの時ああしておけば、こうしておけば、遅すぎるのは解っている。後悔ってそういうものだから。
「新幹線で旅行って中学の修学旅行以来かも」
「そう、なんですね……」
「どうしたの? 電車、酔っちゃった?」
「ううん……なんでもない」
窓際の席で鼻歌交じりのご機嫌美人は、小牧玲奈さん。俺の恋人であり、オタクという人種から最もかけ離れた生態をしている、未確認生物のようなものだ。こと今日に限っては、どんな爆弾となるか、解ったものではない。
【急募】非オタクの恋人を丸め込んで一人でライブに行く方法【助けて】
──という掲示板のタイトルみたいなものが頭に浮かんでしまうようなことの始まりは付き合うことになった夏休み前、話し合いのすぐのことである。季節な夏、夏といえば音楽フェスということで俺は朝倉さんに誘われてヘブンズが参加するオタク向けの音楽フェスに参加することになっていた。
「色んなアニメあるんだ~、あ、この人知ってる」
「そ、そうなんですね……この人は結構有名曲出してるし、SNSではやってましたっけ」
「うん」
そんなフェスに興味を示してしまっている人がいた。勿論、最初のタイトル通り玲奈さん、当時はまだ先輩と呼んでいた彼女である。
非常にまずい傾向だ。これは行くと言い出しかねない雰囲気で、俺としては絶対にやめておいてほしい。
まずひとつ、アニメ系の音楽フェスというのは色んなコンテンツのオタクがやってくるまさに魔境、前回一緒に行ったポムグレとはわけが違う程、激しく応援するコンテンツ──所謂治安の悪いと呼ばれるコンテンツだって当然ある。
オタクとは無縁の生き物である玲奈先輩に、そんなキモすぎるオタクを目に入れることすら俺としては憚られる。
そしてふたつ、前回のように玲奈先輩と陽南と俺、とかではない。フェスだから連番等がない代わりに今回は朝倉さん、アサイーボウルさん、漆黒のナナオーさんの男四人でわいわいする予定だ。そこに自分だけカノジョ連れとかうざいやつすぎる。
「だめ?」
「……ごめんなさい」
「ううんこっちこそごめん」
「う……いや、俺が狭量なだけですから」
迷惑とか思ってしまうことに罪悪感がはんぱない。折角、玲奈さんから歩み寄って俺の趣味を理解してくれようとしている。前までは不気味だったその行動も、今では理由がついているからその不気味さもない筈の善意すら、俺は迷惑だと言ってしまっている。
『それで断ったんや』
「俺だったら、例えばボウルさんが急にオタクに免疫のないカノジョ連れてきたら拒否反応でますから」
『あー、まァ言ってることは理解する、免疫がないってとこがミソやん?』
『そうだね、そしてボクらリアルは不干渉だから、というのも理由なのではないかな?』
「そうですね」
三人からも肯定されていた。されていたし、それでもその子がどうしてもというのなら用意するよ、と朝倉さんの優しさに少し憧れていた。とはいえそんなことわざわざ先輩にまで伝えなくていいだろうと思っていた矢先だった。
「え、いいじゃん二人で来てよ」
「……いや、いやいや」
「私は玲奈ちゃんにもちゃんと、ヘブンズの明花梨であり詩音であること、見せたいのに」
「それでフェスにいきなり連れてくか?」
「対バンとかよりマシでしょ、有名タイトルのアーティストも出演するしむしろ初心者向けでしょ?」
「とはいえでしょ」
「あ、もう連絡しちゃった」
「えっ、ちょ!?」
という身内の裏切りに合い、更にいつの間にか朝倉さんにまで話を通していた陽南によって、俺は急遽男四人のオタ活にカノジョを連れてくるやばいヤツに成り下がってしまっているところだった。
「ごめんね? 嫌なら、今からでも」
「嫌って程じゃないよ、玲奈さんが興味を持ってくれるのは嬉しい、けど」
「そんな自分の趣味を卑下することないのに」
「オタクはキモいんで」
救いとしては、玲奈さんも俺が普段からアレなのでオタクのキモさを八割方理解しているということ。後は出演者に陽南、詩音が居るということだ。どうやら二人で何やら話していたのは知っていたが、オススメの曲やなんならセトリをネタバレしてもらっていたらしい。俺には教えずに事前に楽しんでもらう身内への配慮、と陽南は笑っていた。
「いい曲ばっかりだから、他の曲も配信してるやつ全部プレイリストに入れちゃった」
「それはきっと布教した陽南も喜んでるよ」
「うん」
新幹線が動き出し、あっという間に加速していく。玲奈さんは少しだけ外を見て、懐かしそうにしていた。修学旅行か、直近は去年のことだが俺も少しだけ懐かしい気分になる。あの時は、ドル6やってたっけ。ぼっちだったしな。
「玲奈さんは、どんな修学旅行だった?」
「うーん、あ……えっと、これは話せないやつだからぁ」
「ぱっと思い出せるものに下ネタ出てくるのはどういうこと?」
「あ、あはは、あの頃は一番乱れてたし……ごめん」
「謝る程じゃないよ、不健全じゃない思い出があれば」
「中学はテーマパークが楽しかったなぁって」
「そうなの?」
「うん、高校は飛行機だったし、やんちゃしすぎてたから」
俺は高校も普通に新幹線だったから、少し羨ましい。玲奈さんは海外だったのか、それとも南か北かはわからないけど。とりあえず中学の頃と同じシチュエーションらしいからそっちの時の記憶を語ってくれた。
「仲良しの女の子がいてね、今も偶に連絡してるんだけど……その子含めて四人の席でさ、席を回転させてトランプしてた」
「あるあるだ」
「ベタだったと思うけど、そのベタが楽しかった」
「俺なんてほぼスマホとにらめっこだったなぁ」
「瑛士くんらしい」
くすくすと笑っていると、スマホにメッセージが届いた。陽南がバスでメンバーと映っている自撮り写真だ。こういうの、俺に直接送ってこなくても、後でSNSをチェックしてるって言ってるんだけど。
とか言いつつ優越感も刺激してくれる、陽南なりのさりげない特別扱いだ。
「この子、確か凛子ちゃんだっけ」
「そうそう、この前紹介した人」
「口数少ないけど、いい子だよね」
「だね」
「……思ってたより仲良さそうで、嫉妬しちゃった」
「いやいや」
あくまで凛子さんと俺は間に陽南──詩音を挟んだ関係性だ。そこに嫉妬されると反応に困ってしまう。
スタンプで反応を返しておくと、玲奈さんはふと外を見て思い出したように語った。
「あの子から、連絡来てさ。授業中なのに、楽しんできてねーって」
「そっか、中学の時だから」
「うん、一緒に行けないのをすごく悔しがってて、ちょっとかわいいなぁとか思いながら、笑ってたせいで友達に冷やかされて」
「惚気だから、そういうリアクションにもなるでしょ」
「それで、いつか二人で旅行しようねって約束してた」
その横顔は、憂いだった。玲奈さんが抱えている後悔、痛み、そんな気持ちが表情に出ていた。
だから、その約束が叶わなかったことなんて、鈍い俺にもよく伝わってきていた。
「……酷い女だよね、いつ振り返っても」
「うん」
「あ、慰めてくれないんだぁ」
「そこは擁護しない、俺はそう決めてる……けど」
「けど?」
「今の後輩を考えてる時の玲奈さんは、少し妬けたな」
「……妬いた?」
「少し」
「そっか、そ~っかぁ」
「な、なんだよ」
「嬉しいんだよ、ヤキモチが嬉しい」
玲奈さんはいつもの、というか揶揄うモードに入ってしまって俺の頭を撫でまわしてきた。この人は時々、俺のことを犬か猫かってくらいの甘やかすというか構い方をしてくる。恥ずかしいんだけど、と抗議をしても中々離してくれないのも悩みどころだ。
「ね……瑛士くん?」
「……なに」
「ふふ、えーいじくんっ」
「楽しそうにしないで、ムカつくんだけど」
「やだ、楽しいもん」
そう言って、俺の肩に頭を預けていた玲奈さんと、自然と顔同士が近づいていた俺は、新幹線が止まるまでに何度かその距離をゼロにした。
その度に、玲奈さんの顔が楽しそうで、嬉しそうで、幸せそうでありつつ何処かにまだ欲求を溜め込んでいる予感がして、呑み込まれそうだと思ってしまう。
なによりもし吞み込まれても、俺は別に嫌ではないんだろうと思うことが、何より怖かった。