これまで朝倉さんたちと合流する時、首都圏への移動はいつも高速バスだった。その所要時間は凡そ6時間半、だから遠いというイメージだったし、脚を伸ばせなくて身体は固くなるし、大変だった。その分、休憩時間に寄るサービスエリアは楽しかったというメリットもあるが、新幹線はそのメリットを消して余りある時短というメリットを含んでいた。
「──これは、これから交通費上げてでも新幹線がいいって思っちゃうなぁ」
「快適だった?」
「というより、速いんだよね」
今まで六時間使っていた片道を二時間足らず、そのくせバスより座席は快適ときたら贅沢な感想を抱かずにはいられない。俺の中で値段と時間の天秤が完全に壊れた瞬間だった。
でもまぁ玲奈さんが着いてくるって話でバスを二席取らずに新幹線で行く相談をしておいて本当によかった。
「私はバスで遠出した経験ないからなぁ」
「狭いし、隣の人が知り合いならまだいいけど、俺の場合は知らない人だし」
「あー、じゃあ私も無理かもね」
「だよね」
「うん、瑛士くんとそんな長い時間くっついてたら……ムラムラしてきちゃいそうで」
「……ごめんスルーするね」
引いたけどまぁ俺もすると思う。というか絶対する。狭くて、夜行だとバス車内真っ暗なんだよね、そんな中で玲奈さんがすぐ隣にいたら絶対頭がおかしくなって勃ってしまう自信がある。性欲には割と正直でいたい派なので、俺は。
「そういえば今日会う人ってみんな本名じゃないんだよね?」
「俺は普段モリヒデって名前でSNSやってるから、そっちで」
「うん、ヒデくんね」
「玲奈さんは、そういうのないよね」
「ないね、SNSも玲奈で通してるから」
そもそも俺が愛用しているSNSと玲奈さんがスマホでチェックしたり投稿しているSNSは全くの別物だ。文字投稿と交流、というより最近はレスバが専門のようになっているアレと縦型動画と画像が主なコンテンツであるものはターゲット層が違うからね。
「そういうことならば、ふむ……ボクからは千さんと呼ばせてもらおうか」
「せん?」
「どうしてです?」
「単純さ、モリくんの恋人なのだから、森長可の妻が池田恒興の娘で名をせん、というんだ」
「あ、こういう時でも安土桃山なんですね」
こういう時の頼りは朝倉さんだ、ということで本名を一切名乗らずに玲奈さんの呼び方を聞いたらするりと答えてくれた。こういう知識がするっと出てくるの凄いなぁと思うと同時に、オタクっぽいとも思う。肝心の玲奈さんは特に気にしていないのかそれで納得していたし、まぁいいか。
「ふふ、私の名前とも共通点あるからいいかなぁって」
「共通点?」
「ゼロじゃなくて千だから」
「名前の音ね、成程」
本人曰く数字がすごく増えていてお得だそうだ。理屈がよく解らないけど、とにかく玲奈さんはここ限定で「千さん」と呼ぶことになった。
その後、ナナオーさんこと漆黒のナナオーさんと、ボウルさんことアサイーボウルさんと合流し玲奈さんはそっちの名前で挨拶をしていた。
「千さんね、アサイーボウルです。よろしく」
「よろしくお願いします」
「よろしく、ナナオーでも七尾でも好きに呼んでええから」
「前田くんでもいいよ」
「そう呼ぶのは朝倉さんだけやけどな」
「じゃあ、前田さんと浅井さんで」
「なんで?」
「前田さんは私の由来的にも、苗字的にも仲間だなぁって思って」
俺やボウルさん、ナナオーさんはその言葉に疑問符を浮かべたが、朝倉さんが何かに気付いたようにこそっと何かを確認し、玲奈さんがそれに頷いた。なんだろう、なんの確認をしているんだろうか、ちょっとだけモヤっとするのは嫉妬か。
「なんたる奇跡……ミラクルだね」
「小学生の時私も少しだけ勉強したことがあって、命名が朝倉さんなら前田さんの由来はそっちかなぁと思って」
「まさか戦国時代を語れる同志とは……!」
「あの、そこまで詳しくはないですからね?」
後から訊いた話によると玲奈さんの苗字の「小牧」に関する名前で朝倉さんが俺と玲奈さんの名前の元ネタにしている森なんちゃらってひととナナオーさんの由来が同陣営だったらしい。苗字関連で調べたことがあるってことなんだろうか。
「すると朝倉さんは朝倉氏ですよね、浅井氏と一緒に姉川で織田方に敗れたって」
「そうそう、浅井くんは名前の音で勝手に、モリくんも同じだね」
「高校生の頃思い出します、日本史詳しい友達がいて」
今回はフェスの場所が近いということもあり電車で移動していく。その間に盛り上がっているのを見るのは、少し複雑だった。とはいえ俺も玲奈さんばかりを構うわけにはいかずにナナオーさんとボウルさんとで会話をする。
「にしても、モリくんにカノジョねぇ」
「相談しとった子と同一人物には感じないんやけど、あの子?」
「そうですよ、大学の先輩です」
「までも、あの系統だと男は寄ってくるよなァ」
チラリと玲奈さんを見て、俺はやっぱりボウルさんから見てもそう思うのかと改めて彼女が人を惹きつけやすいのだと再認識した。
そして──なにより玲奈さん自身もその武器を最大限利用して、高校時代を過ごして、大学最初の一年も過ごしてる。不安がないか、と言われれば正直に言って嘘だ。
俺は狭量で女性経験なんてない童貞オタクだから、玲奈さんが浮気を絶対にしないという信頼ができない。そもそも俺本人が現状二股状態なわけだし余計にそうだ。
「初めてのカノジョがあんなにかわいいと大変やなモリくんは、ハードル爆上げや」
「初めてじゃないですよ」
「……えっ」
「期間はちょっとだけですけど、二人いますよ」
「そうなん?」
「信じられやん」
「二人して!?」
一人は同学年、高校一年の終わりから二年のGW前くらいまでの三ヶ月くらい、二人目は高校三年生の夏から冬休み前のおおよそ半年くらい、相手は後輩だった。
一応年上のカノジョは初めてということになるだろうか、というか二人してびっくりするのはやめてほしい。モリくんは女性経験全くなしの童貞だろ、みたいな目をやめろ。
「と言ってもキスどまりですよどっちも、バキバキ童貞ですから」
「よかった、そのノリで経験済みだったら角折れるとこやった」
「なんか目の前に
「モリくんに可能性感じる必要は何処に?」
「彼にはピュアなまま居てほしい、アサイーみたいなチャラ男になってほしくない」
「悪口か? 喧嘩か?」
俺の厄介勢と化したナナオーさんはさておき、この二人居たという事実は別に喜々として語りたい内容ではない、誤解がないように訂正しただけで正直いい思い出もないから今まで話してこなかったというだけだ。特に何かあったとかもないから話題にも出せないし。本当に過去付き合っていた相手がいたというだけだ。
「いわば黒歴史なんで、あんまり言わないだけです」
「まァ恋人いたからリアルが充実して幸せかって言えばそうじゃねェもんな」
「そういうこと」
「オタ活制限されるとか、ゲームできんとか」
「あるあるっすね」
「やっぱりそうですよね、オタクに恋は難しいというだけはある」
うんうん、と三人で妙な共感を得ていたら、肩をとんとんと叩かれる。隣には玲奈さんが居るから彼女だろうと普通に振り返ると、圧のある笑顔が目の前にあった。なんでか物凄くご機嫌ナナメなんだけど、もしかして俺の話を横で聞いてたんですかね?
「聞いてた?」
「もちろん」
「知らなかったから、教えてほしかった」
「うん、私は殆ど包み隠してないのに」
中学で二人、高校からは数えていないが少なくとも中三から五年現在、年齢がダブルスコアで負けてるようなレベルなのにそれを言うのか、というツッコミはなんとか喉仏あたりで止まってくれた。
「れ、えっと千さん? 落ち着いて、ね?」
「けっ、リア充爆発してくれ」
「大変だなァ、モリくんは」
「なんか急に他人事じゃない!?」
「ふふ、心配するだけ損だったようだね、愛されてるよモリくん」
「朝倉さん?」
なんだかんだ、そこから玲奈さんはあっという間にボウルさんやナナオーさんとも仲良くなってしまって、やっぱりコミュニケーション能力が高くて人当たりがいい玲奈さんは凄いんだなぁと思わされた。しばらく俺は許されなかったせいというのもあるだろうけど、ネットで出会ったオタ友達の前で玲奈さんがイチャイチャしようとしてくるのだけは本当に死にたくなったから二度としないでほしいと思いました。