俺はなんて心の弱い男なんだろうか。
いや、こう思うのも本来は失礼にあたるよな、別に自慰を独りで我慢していてつい暴発したとかじゃなくて、この結果には相手が居て、その相手──玲奈さんはれっきとした、というと違うかもしれないがお互いに恋人として付き合ってると認識している相手だ。
感情や欲求が高まってしまうことに不思議はない。そうは思うがそれでも自分を心の弱くて最低な男だと感じてしまうのもまた事実だった。
「……ごめんね」
「謝るのは、違うよ、これは健全なことだから」
「うん……でも」
夜もすっかり更けた頃、冷静になったらしい玲奈さんからそんな風に言われてしまった。
いや事実心の弱い、決断できない俺が悪いんだろう。玲奈さんがごめんという理由は間違いなく、俺が陽南と玲奈さん、二人を選べなかったからだ。
しかも、陽南は未成年だから手を出せない、なんてきれいごとで玲奈さんを縛ろうとした。彼女には陽南が未成年で、だから先に進むわけにはいかないなんて事情は関係ないんだよ、本来なら。でも玲奈さんは優しくて、なにより俺が怖くて、俺に合わせてくれていたんだ。
──だからこれは、俺のせいだ。
「いいんだ、玲奈さん」
「……瑛士くん」
「それより今は、玲奈さんが満たされたかどうかの方が大事だから」
「え……あ、そう、だよね」
俺としては、玲奈さんをフォローしようとしていたつもりだが、それはより玲奈さんを傷つける言葉だったと表情ですぐに理解した。
理解しても、吐く前に気付けなきゃなんの意味もないけれど。だがカッコ悪いことに今の俺にはどうしたらいいのかまるで解らない。もうフォローの仕方も解らなくてあわあわするしかない。陽南を頼るとより拗れそうだし、そうだ、ボウルさん! 俺はひとまず玲奈さんにシャワーを浴びるように促して、それから起きててくれと連絡した。
幸いなことにメッセージはかなり早めに帰って来た。
『まだ時期尚早だと焦らしてたけど勢いでヤっちまったと』
『そう! 従妹が高校卒業するまでって約束だったんだけど』
『そりゃ無理な話だな、千さんは性欲強い方だって自己申告してたんだろ?』
『うん』
『ヤっちまったんならお前が出来るのは責めることでもフォローすることでもない、感想を語ることだ』
『はい!?』
『ピロートークだよ』
成程! 流石百戦錬磨! と返事をしたらスタンプで中指を立てられた。やっぱりそういうのは男女共に気になるのかもという材料にもなって逆にありがたかったけど。
──だがしかし、つい数時間前まで童貞だったキモオタでありまして、気の利いたセリフ回しなど素面ではできるわけがない。できるわけがないんだ! と泣き叫びたい。状況はまだマイナスであって、だが死ぬか生きるかはこの
「ごめん、入るよ」
「え、きゃ……え、ど、どうしたの?」
「……っ」
そこに居るのはシャワーを浴びているのだから当たり前だが一糸まとわぬ姿の、女神だった。咄嗟に隠されはしたが思わず見惚れてしまうようなプロポーション、女性らしい丸みを帯びた身体のラインと丁寧にケアしているであろう肌はまるで風呂場の光を反射しているようだった。
「……また、おっきくなってる?」
「そう、なんだけど……今はそっちがメインじゃなくて」
「う、うん」
「さっきは失言のオンパレードだったけど、実際俺は、玲奈さんにめちゃくちゃエロい目を向けちゃってるってことは重要だ」
「そっか……?」
「だから、さっきので終わりじゃなくて……もう少しいちゃいちゃ、したい」
「あ……うん、じゃあ、おいで」
身体をカーテンで隠していた女神がゆっくりその姿を現してくれる。あまりに蠱惑的で、シャワーヘッドから絶え間なく流れるお湯の暖かさで濡れてしっとりとし、上気した頬がより表情を煽情的にしていた。
「嫌じゃなかったのは当然なんだけど、玲奈さんが、その、リードしてくれて……楽しめたか不安でさ」
「そうだなぁ、確かに私はもうちょっと瑛士くんから動いてほしかったかな」
「気をつける、なんならすぐにでも」
「ん……いいよ」
こういうのは隠さずに、後でちゃんと陽南にも言って謝ろう。これで俺があの部屋を出ていくことも覚悟の上だ。これ以上俺の歪んだ倫理観と、制約にこの人を巻き込みたくない。この人は俺に合わせてくれてるだけで、本来陽南が未成年だという事情なんて関係ないんだから。
「玲奈さんのすきを、もっと教えて」
「わかった、後悔しないでね……私、悪い子だから」
そんなことはわかり切ってるし、この場合の玲奈さんのすきは元々彼女の中にあったものも勿論あるだろうけれど、沢山の経験人数の中で育てられたものが多いというのは当然、そうだと思う。特にあの清州先輩にはこと性経験と性欲の強さでは一生勝てる気がしない。
問題はただひとつ、俺は創作においてNTRと脳破壊はNGを掲げていることである。前のカレシや性体験を恋人から語られるシチュエーションなんてまさにこの脳破壊に該当するものである。
「……実はね」
「あ、ミ゜ッ──!」
──そして俺の脳は、その夜爆発四散した。性癖が歪みそうになったがなんとかセーフだったのはその後、玲奈さんがとろとろになってくれたからに他ならない。普段は温和な彼女からは想像できないような声を出してくれたのは、脳回復の材料となってくれた。よかった、もう少しでお見せ出来ない姿で天を仰ぐところだった。
「これが、朝チュンコーヒーか……うん、とっても苦い」
「コーヒーじゃなくて紅茶にすればいいのに」
「朝チュンといえばコーヒーなイメージ」
「私はずっと紅茶だったからなぁ」
「……う、苦い」
「ごめんね」
翌朝になって、飲まないブラックコーヒーに顔を顰め、朝食ビュッフェの席で年上カノジョによしよしされてる情けないやつ、それが大森瑛士という男の正体である。涙が少し出ているのはコーヒーの苦味がまだ解らない子どもの自分に対してだと思う。多分そう。
「ここのクロワッサンおいしいよ」
「ここでもパン食べてる」
「私、朝食はパン派だもん」
そりゃ自家製パン売ってるような喫茶店の娘なんだからパンでしょうよ、と思ったがだからこそご飯派というのも充分あり得るか、飽きたとかで。
ただし玲奈さんはそうではなく普通に毎朝お父さんのパンを食べているらしい。羨ましいパン派だなぁ。俺の朝食の定番である八本入りチョコスティックパンを四本とシリアルとは大違いである。
「俺はこういう時はご飯派になってみる派」
「食べられないもの持ってこないでねぇ?」
「持ってこないよ、コーヒーじゃないんだから」
玲奈さんの表情が非常に柔らかくて、俺もなんだか昨日より更に彼女を身近でかつ、尊いものに感じる。これが
「ふふ」
「どうしたの?」
「なんだか一晩でちゃんと男の子になったなぁと思って」
「やっぱ俺って童貞臭かったんですか、そうですか」
「うん」
「肯定された……けど、違うのか」
「違うね、浮足立ってるけど」
うるさいやい、と言いたいが実際足元がまだふわふわしている。こういうのは女性側の反応じゃないのか、とにかく現実味がないというか、実感はあれどそれが現実とはあまり認識できていないような、身体と心にチグハグな感じが生まれていた。
「なんて言おうね、陽南ちゃんに」
「ライブをダシにしたんだから、きっとお冠だろうね」
「想像できるなぁ……」
「でも、俺がちゃんと怒られるから大丈夫だよ」
「ううん、私も一緒に怒られたいな、私とキミの間に起こったことなんだから、ね?」
「うん、そうだね」
陽南がうちに帰ってきたのは俺たちが帰ってから更に翌日のことだったが、当然のように事情を知って二人揃ってお説教をされた。節度がない、約束を守れない、ずるい、と頬を膨らませながら拗ねてしまった彼女を、俺たちは二人で宥めていくことになっていくのだった。
清楚系でふわふわ系のお姉さんが経験豊富なのに沼っていくところが性癖です。ぼくは度し難い