俺としてはあまり母方の実家に帰りたかったわけじゃないけど、それでも帰らなきゃならないという事情は、うちの母親から送られてきた突然のメッセージだった。
それは俺、というよりも陽南に宛てられたもののようにも思えた。
『アンタ、陽南ちゃんを連れてこっちに顔出しな』
どうやらお盆過ぎに俺の母と陽南の姉が来てるのだという。だから強制的に集まれという命令に従うことになった。そこに陽南が追加で「瑛士のカノジョを連れてもいい?」と送るものだから大騒ぎになって、むしろ絶対に連れてこいということになってしまった。
「ごめん、巻き込んだかたちで」
「大丈夫だよ、仲良しなんだね親戚で」
「そうかもね、瑛士とお姉と、他の親戚もいてよく集まって一緒に遊んでたんだから」
「他の親戚も居るんだ」
「今回は来ないらしいですけど」
そっちの方がありがたい。玲奈さんが来るのに親戚大集合なんてされたら終わりだ。
陽南がなんとかしてくれればと祈るしかない。
他力本願を発動しつつ、俺たちは玲奈さんが出してくれた車で少し離れた実家に向かおうとしていた。
「車まで出してもらって」
「いいよ~、運転好きだし」
途中でちょっと渋滞などもあったけれど、かなりすんなりと到着することが出来た。なんだかめっちゃ緊張する。実家などの雰囲気で恋人生活に罅が入るというのもあるらしいし、けど玲奈さんは社交的だし、大丈夫だとは思うけれど。
「おじゃまします」
「よく来たね」
祖母が暮らす家、勿論迎えてくれたのは俺と陽南の祖母、ばあちゃんだった。
そして居間には、俺の母、陽南の姉である鳴海莉緒さんが笑顔で出迎えた後、固まった。
玲奈さんはその二人に対してもかしこまって挨拶をする。
「なっ」
「うわ、本当にエージの? かわいい!」
「小牧玲奈と言います、瑛士くんと陽南ちゃんとも仲良くしていただいています」
「……陽南とも?」
「はい」
「そうなの陽南?」
「うん、玲奈ちゃんはライブも行ったし~、ご飯食べに来てくれるしー」
陽南が莉緒さんに玲奈さんのことを説明し始めたため、俺はちょっと空気になる。その間にうちの母が俺を手招きして、キッチンまで連行される。
なんなんだ、と思ったが母は少し怪訝そうな顔で居間の方を向いた。
「どこで出会ったの?」
「マンション近くの喫茶店、店長の娘なんだよ」
「それでどうやって付き合えたの?」
「大学が一緒だって教えてくれて」
いちいち説明しなきゃいけないのか、なんでこんな根掘り葉掘り、しかも玲奈さんがいないのにと思ったが、仕方ないのかもしれない。
最近漸く見慣れてきた、というより一緒に居るのが当たり前で忘れていたけど玲奈さんはとびきり美人でかわいい人だった。
そしてそんなかわいい人が恋人と紹介するのには俺のスペックが釣り合ってない、ということだろう。多分詐欺を疑われている。
「玲奈ちゃんはねぇ、付き合い始めたのは先月だけどなんだかんだでもう半年の付き合いだよね?」
「うん」
「そうなんだ~、いやぁにしてもエージにこーんなかわいいカノジョかぁ」
「釣り合ってないよね、やっぱ」
「だね」
そこには陽南も同意してきた。悪いかよ、まさか俺だってこんなことになるとは思わなかったんだからな。
──しかも事実はもっと最低で、贅沢なことなんだから俺も苦笑いするしかない。
「そんな、むしろ私こそ瑛士くんみたいな人は勿体ないです」
「エージはただのオタクだしなぁ」
「うるさいですよ莉緒さん」
「事実」
「……む」
そんな感じで、玲奈さんは受け入れられつつ、よくよく考えたら男がいなすぎて泣けてくる。なんで莉緒さんのカレシさんとか、親戚の男性がいらっしゃらないのでしょうか。父さんもこの状況が嫌で逃げているのは容易に想像がつくけど。
莉緒さん、陽南、玲奈さんの三人でまた女子トークが始まってしまったため、俺はいつの間にかすみっこでゲームをする憐れな生き物になっていた。
「瑛士」
「ん? どうしたの陽南」
「とりあえず挨拶終わったし、買い物行こうと思ってるんだけど」
「……あ、ああ、わかった」
すると陽南が声を掛けてきた。その心は玲奈さんの消耗を懸念したものだろうというのにすぐ気づいた。
こうやって受け入れられても、幾ら玲奈さんが接客業等で慣れているといってもやっぱり他人の家というのはアウェイで消耗するのだろう。勝手も違うし、周りは全員親戚同士、ホームだからが故のアウェイ感というのは俺の想像を絶するものだった。
「ありがと、陽南ちゃん」
「ううん、お姉と叔母さんの相手は大変でしょ?」
「大変、というよりは……ん~、やっぱり私だけ浮いてるなぁって感じで」
「俺も浮いてるんだけど」
「でも一人は瑛士のお母さんでしょ?」
「まぁ、確かに」
そうか、去年まで当たり前のように一緒に暮らしていた母は味方ということになるか。それに比べたら、玲奈さんはそれすらない。なんなら俺と陽南だけが味方で、しかも恋人となっている俺を積極的に頼れない以上は、味方は陽南だけということになるか。
「やっぱり連れてくるべきじゃなかったかな」
「ううん、陽南ちゃんのことも含めて会っておきたかったから」
「そっか、莉緒さん」
莉緒さんと陽南はかなり仲のいい姉妹、少なくとも俺の記憶ではそうだった。陽南の父親と母親が海外に行くとなった時に本来なら莉緒さんが面倒を見る予定だったけれど、まだカレシと同棲したてだったこともあり身動きが取れてなかった。
だから男であり年齢の近い俺が別の目的を隠して手を挙げても許可されたわけだし。
──とはいえ、莉緒さんは心のどこかで心配していたんだろうな。忙しい人だし、様子を見に来ることすら難しいけれど、自分のカレシすら陽南と同居するのを嫌がったところから、俺が陽南と近づくことで男女関係とか下心を心配してると思う。
「だから玲奈ちゃんが必要だったの、お姉を安心させてあげたくて」
「そっか、俺が陽南に手を出してない、これからも出さない確証を得たかったから」
「玲奈ちゃんと私が仲良しなら、三人で仲良くやってるんだって解るじゃん」
「実際はドロドロの三角関係だけどねぇ」
「……だね」
「私も半分くらい手を出されてるし~?」
「陽南が迫ってくるんだけど」
そんな都合の悪い真実まで太陽の下に晒さなくてもいい。
実際は俺がクズすぎて二股してるんだが、一応まだ陽南に手を出さずに済んでるから大丈夫だ。いやそもそも説明なんてできないけどね。
「というか、だからこそ二人で帰省してねって言われたんじゃないかなぁ?」
「……なるほど、納得した」
「私と瑛士がどういう感じなのかってこと?」
「多分、陽南ちゃんは前から瑛士くんのこと好きじゃない?」
「い、一応好きって気づいたのは、多分玲奈ちゃんより後だから」
そう言いつつも陽南が俺と一緒でいいとしたのだからそこそこの好感度があったというのが莉緒さんと玲奈さんの考えってことか。
言語にならない緊張を莉緒さんと俺の母は抱いていたってことで──ん? じゃあ俺が玲奈さんを連れ来たのはあまりにかわいすぎてレンタル彼女か何かを疑われたってこと?
「うん」
「そうだと思うよ~」
「……信用なさすぎる」
「無理でしょ、ライブ参戦しまくって、服装にも気を付けられなかったオタクの息子が急に誰から見ても美人の恋人出来たって紹介してくるんだよ?」
「……そうだった」
「瑛士くんの高校以前ってそんなにひどかったの?」
「大学入学前にほぼ服リサイクルした」
「……あはは」
苦い思い出だ。実家から持ってきた服の八割が消滅した。中学の時、大人になったらつけまくると、一度も装着もせず買いだめていたアクセサリー類も軒並みノーを突き付けられて、知り合いのフリマを出している人に譲ってしまった。悲しい事実だが、まぁアクセサリー類は納得している。
「ってか叔母さんもお姉も瑛士が垢抜けててびっくりしてたくらいだからね」
「これで?」
「……玲奈さん? 傷つくからやめて」
「あ、ごめん」
やはり帰省というのは恐怖だ。過去の、まさしく忌むべき黒歴史として埋もれてほしい筈の過去が出土するかのうような恐怖が付き纏う。
高校以前の俺なんて玲奈さんには見せられないということを改めて気付かされた。