お隣のアイドル声優は推し以上恋人未満 作:五頭山黒鳥
個人経営の喫茶店「レコンフォール」は元々陽南が見つけて通い始め、そこのカフェラテとケーキを気に入った、というのを土橋詩音名義でSNSに投稿したことで俺もその存在を知った場所だったが、その雰囲気の良さで今ではすっかり俺の方が常連客だ。
「いらっしゃいませ~、お好きな席へどうぞ~」
いつも店の手伝いをしているのは店長が目に入れても痛くないと溺愛している、という噂の長女、小牧玲奈さん。俺の通う大学の一つ年上だが、余裕と柔和を感じさせるその振舞いはどこか俺が憧れる姉像みたいなものを抱いてしまう。
「今日は人、結構居ますね」
「そうだねぇ」
「……ん」
「あ、もしかして……私とお話、したかった?」
「ああ、話というか、少し相談が……いえ、玲奈先輩と話がしたかったです」
「わぁ、そんなこと言われるとドキドキしちゃうなぁ」
優しくてかわいいお姉さん、それが第一印象の玲奈先輩だが、俺はその裏に眠っているもう一つの顔を知っている。というか常連として話しかけられているうちに見えてきた、というべきだろうか。
「もうすぐバイトの子が来るから、それまで待ってて」
「はい」
──優しい言葉とは違う、揶揄うニュアンスが含まれた声色、このひとは俺を弄って遊ぶのが好き、というか俺のような揶揄いがいのある人間を見つけては弄ぶのが好きなのだろう。それなりに年の近い弟がいるらしいが、きっとその弟も餌食にあっているのだろう。ちょっとうらやましいと思わなくはないが。
「で、どうしたの?」
「……結構、真面目というか、悩みを訊いてほしくて」
「うん、いいよ」
「実は、俺がこの辺りに引っ越してきた事情、もう一つあって」
詩音のおっかけをしていたから、という理由は話している。オタクとしてそれを恥じてはいけないというか、そうじゃなかったらなんで少し離れたここにしたんだ、なんて突っ込まれそうだったから。
だが、もう俺には玲奈先輩くらいにしか打ち明ける相手のいない秘密がある。従妹の陽南のこと、彼女こそがその詩音だということ。
「……つまり、
「待ってください、明らかに俺の相談をフィクションと断定した一言がありましたよ」
「うーん、こういう相談は私じゃあなくて、お医者さんとかの方がいいんじゃない? 頭の」
「匙を投げるのはやめて!」
どうにか真実として納得してもらえる材料はないものか、玲奈先輩はすっかり俺を可哀想なものとして扱っている顔だ。
顔写真を見せようとも、詩音としての写真はSNSにあっても俺のスマホの中に陽南の写真はない。声、なんてそんなちゃんと聞き分けられる人の方が珍しい、少なくとも俺には無理だから玲奈先輩にさせるのが申し訳ない。
「お、お代わりいる?」
露骨に気を遣われてしまっている現状、もはや詰みか、そう思った時だった。
机の上のスマホが震えた。俺のスマホ、さっきまでソシャゲしてたからその画面は表向きで、玲奈先輩の目にも見える場所にある。
──そしてそこには、練習終わったよ、という陽南のメッセージが届いていた。
「従妹は実在してます」
「うん、そうみたいだね」
「今は俺の隣の部屋で一人暮らししてます」
「信じてあげる」
「……これ、陽南が今、送ってきた動画です」
正直、第三者に二人のやりとりを見せることは躊躇われたが、そんなことはもうどうだってよかった。俺には今、この与太話にしか聞こえない、妄言でしかないオタクの語りを信じさせる証拠がスマホにたった今送られてきたのだから。
──それは陽南がノリで俺に送ってきたスタジオの風景だった。撮影者はドラムで一番背が低く童顔だが最年長のリーダー
「じゃあ、本当なんだぁ」
「はい、それで……周囲には言えなくて、というか陽南にも自分が詩音推しのオタクだって言ってなくて」
「相談っていうか、自慢かなぁ?」
「断じて違います」
言えるなら確かに他のオタクにマウント取っているだろうという想像はつく。既に二度程凛子さんのプライベートの部屋着を拝んだことがある。凛子さんが泊まりに来るくらい本当に仲良しなんだということも知ってるなど、厄介オタクとしての自己が肥大化した末路としてはこのあたりで他オタクと俺は違う、などと嘯くことだろう。
「俺にはこんなどでかい爆弾を一人で抱えたままオタクなんて出来ない小心者なんです」
「そこでオタクでもない私を巻き込もうとするのは、どうなの?」
「先輩しかいないんです、頼れるのが、こんなこと話せるのも」
「……私、だけ」
最低なのは重々承知してる。していて、それでも俺は玲奈先輩を巻き込むくらいしかこの肩に乗った重みをどうにかする方法が思いつかなかった。
話したからと言って、実際にどうにかなってるわけじゃあないんだけどさ。
──怒られるよな、と俺はおそるおそる見上げると、そこにはなんでか知らないけどすごく優しい顔をしている先輩がいた。まるで、女神のようだと本気でそう思った。
「いいよ、そういうことなら許してあげる」
「ありがとうございます」
「ただし、条件があります」
「な、なんでしょう?」
条件と言われてしまうと身構えてしまう。何か無理難題を押し付けられたらどうしようか、それとも陽南に関することだったらどうしよう、そんな不安を抱えるが、先輩の声色はどこまでも明るく、優しかった。
「私と、デートすること」
優しかったけど、そのニュアンスには俺をからかう意図のものが充分すぎる程籠められているのがよくわかった。
──この人は、きっと俺がデートと言えば怯む、もしくはドギマギするか、もしくは俺のことを好きなのかもという勘違いをすることを期待している気がする。悔しいけど一瞬ドキっとはしたが、そのくらいで慌てふためく程、俺は子どもじゃない。
「いいですよ、買い物とかですか?」
「……え~、それだけ?」
「なんですか、あんまり遠出は出来ませんよ」
「私、車出せるよ」
「俺が運転できないので、まだ練習中です」
合宿は大変だし、詰め込んでもいいことないぞという先達の教えを信じ、俺は昨年度の自由登校期間中から地道に家から通っていた。そのかいもあってこの前のGWに免許試験場で合格を取ったのだが、他人を乗せて他人の車で運転する技術が育っているとは到底考えてはいない。でも先輩に長時間運転手を任せきりにするわけにはいかない。
「そっかぁ、瑛士くんの言うデートはそれでもデートなんだ」
「なんだろうと男女で出かければデート、そう認識しております」
「じゃあ、その陽南ちゃんとはしょっちゅうデートしてることになるね」
「そうなりますね」
「……否定しないんだ」
そもそも当の陽南がよく二人で買い物に行くことを「デート」と形容するから、俺も慣れてしまった部分もある。それに陽南は映画が好きでアニメやアニメの実写化、他にも小説の実写映画化作品などを好んで観る傾向にある。先月には「ドル6」の応援上映にもついてきたくらいだ。おかげで集中して楽しめなくてもう一回行った。
「瑛士くんみたいなタイプは、初めて会ったかも」
「そうなんですか? 俺みたいなキモいオタクは世間にはごまんといますが」
「そうじゃないんだけどなぁ」
そう言われましても自他共に俺は量産型のオタクだと認知していまして。直近のライブでもペンライト振り回して頭振り回して隣の女性オタクにドン引きされてきたところですよ。悲しい、飛んで跳ねて、回って叫ぶことの何が悪いのか。
「回ったら迷惑じゃ……」
「曲にあるんですよこれが」
「回るの?」
「はい」
「へ……へぇ~」
なにやら玲奈先輩にもドン引きされて、好感度の下がった音がした気がするが知ったことではない。俺は陽南に絶交されるかライブで暴れるのをやめるかどっちか選べって言われたら絶交すると思う。それほどまでに、俺にとってライブは命の源泉なんだからな!
──などとは言わず、故に結局玲奈先輩とデートすることになってしまった。陽南以外の女子と出掛けるなんてあまり経験がないけれど、果たして大丈夫か俺は。オタ活が引かれるとかよりもそっちの方を心配するべきだな、俺は!
俺は! じゃないが(笑)
たぶんぼくの中ではレーナちゃんがヒロインです。