俺は詩音のためにバイトに明け暮れているし、玲奈先輩も土日は喫茶店の手伝いがあるため予定が合わず、色々と話し合ったが先輩の方が大学終わり、俺のバイトがない日に駅で待ち合わせてくれることになった。申し訳ないので別の方法でもいいのでは、例えばプレゼントとかご飯奢るとか、と言ったがそれは即座に却下された。
すごく笑顔だったのが逆に怖かった。
「デートって約束したんだから」
「は、はぁ……」
──というのが、先輩の言い分だった。別にいいんだけど、とはそれ以上言えなかった。
でも、やはりというか約束の日が決まったのはちょっとだけ後になってからだった。
年上の女性との、しかも言ってしまえば美人とのデート、なんて一大イベントだ。忘れようにも忘れないとは思ったが、一応決まった日付をスマホのカレンダーに覚えさせてリマインドしておく。俺は色んな意味で多忙の身──なんて言ってしまうととても傲慢に聞こえるだろうか、イベントやらグッズの発売日やらで埋まっているが故に人の誕生日とかそういうのを忘れがちな人間だから。
「来週のこの日、帰るの遅くなるかも」
「バイトない日だよね、どしたの?」
「大学の先輩とデートすることになった」
「ふぅん……おめでと」
しかしデート、となると気になってしまうのがやはり従妹の陽南のことだった。
陽南は普段からデートを軽く使っているフシがあるし、オフの日には同グループの仲良しである越戸凛子さんとよくデートしてくると言う。
そしてなにより俺は陽南と付き合っているわけじゃない。間違っても推しと恋人などなれるわけがない。他オタクの目が怖くてとてもじゃないが付き合えない。
だが、なんとなく緊張してしまう自分がいた。異性に異性とのデートを報告する、というのは母親でも緊張するものだろう。そういう理屈だ、と俺は自分に言い聞かせていた。
「なんか、あっさりな答えだな」
「なにが?」
「いや、いいんだけど」
しかし意外、でもないのかあっさりとした態度で祝福されてしまった。拍子抜けしてしまったアンド、自意識過剰だったのかもという恥じらいから俺はそれ以上何も言うことも訊くこともできなかった。
──そして、俺は当日を迎えた。
「ごめんねぇ、お待たせしました」
「いえ、俺も講義終わったところですから」
「そりゃそうだよね、行こっか」
待ち合わせというのは、やはり緊張する。待ち合わせることで、デートするという意識が強まるからだろうか。
先輩は普段のシャツにエプロン姿とは違って、とても俺の語彙では言い表せないおしゃれさんだった。春にぴったりの、厚着すぎず、けれど冷えすぎないような塩梅に胸元や腕、耳に付けたアクセサリーが大人っぽすぎず、けどおしゃれだ。単色の頭から被るタイプの長袖パーカーに黒ズボン、ちょっとだけ奮発した日帰り遠征オタ活用の大容量リュックという俺の出で立ちとはレベルが違う。
「どうしたの?」
「いえ、先輩はいつもそんなかわいくおしゃれな感じで大学通ってるんだ、と思いまして」
「そ、そう? 瑛士くんだって思ってたよりおしゃれだよ?」
「そういうフォローは必要ないです、髪の毛だってかるーく朝整えてるだけなんですから」
ゆるふわロールさせてる上に近づかれるだけで髪からふわりといい匂いがしてくる。きっと俺は髭剃りのローションに、整髪料のそっけない匂いくらいしかしないだろうに。
これでも俺は高校卒業以前よりも格段におしゃれになった、と自負している。全てあの従妹にダサイからと徹底的に仕込まれたおかげで、俺は大学をダサすぎずに過ごせているし、先輩とデートしても大丈夫な格好をしている。ありがとう陽南。
「やっぱり、瑛士くんみたいな子とデートするのは、初めて」
「そうなんですか?」
「うん」
それはきっとアレだろう。俺のようなキモオタ陰キャがおしゃれで美人な玲奈先輩と住む世界が違うということだ。
そりゃ俺だって本来なら近づくことすら躊躇う程の美人なんだから、話しかけるのすら無理でしょう。玲奈先輩はオタクにも優しい清楚系だけど。
「逆に先輩は俺なんかを構ってて、心配ですけど」
「心配って?」
「俺みたいなのに話しかけて、悪い噂とか」
「大丈夫だよ」
電車を並んで待ちながら、俺はそんな雑談をする。大丈夫、とは言うが俺のような男と仲良くしていたら先輩の評判に悪影響なんじゃないか、とか思うのは仕方のないことだ。講義で話すようになった人によると玲奈先輩は美人だし、愛想もいいし優しいため学内ではちょっとした人気者らしい。特定のサークルに所属していないのも、逆に人気の秘訣なんだとか。
しかし、俺の心配とは裏腹に、先輩の横顔は少しだけ冷たい顔をしているような気がした。
「逆に、私の噂とか……何か知ってる?」
「いえ、あ、先輩はかわいいし優しいしで人気者だってことくらいです」
「それ、本人に言うんだ、恥ずかしいし、あんまり辞めた方がいいかもね」
「ああ、すみません。軽口でした」
「いいよ、瑛士くんになら許してあげる」
「……ありがとうございます?」
「そうそう、かわいくて優しい先輩に感謝してね?」
悪戯っぽい笑み、さっきの横顔の雰囲気は俺の気のせいだったんだろうと思わせるには充分すぎるものだった。
そこから電車を降りるまでの会話はほぼ、以前の続きのようなものだった。陽南のこと、特に電車内だからか陽南と俺が普段どういう関りをしているかというのを重点的に訊ねてくる。
「へぇ、なんだかそれだけ聞くと従兄妹というより兄妹みたいだね」
「小さい頃は年で一週間も会ってないですけど、それでも兄妹みたいに過ごしましたから」
「ふふ、小さい頃の瑛士くんはどんな子だった?」
「今よりは純朴で、ゲームと虫取りが好きな子どもでしたね」
「虫取り、インドアじゃなかったんだ?」
それは集まっていた祖父母の家が田舎、というより近くに雑木林があったからというのが大きい。今となってはその雑木林は味気も何もないソーラーパネルの森になってしまったけれど、当時は蝉やらバッタ、カブトムシやクワガタがうじゃうじゃいて、俺は親戚の兄ちゃんや陽南、陽南のお姉さんらと目を輝かせていたものだ。
「川辺でキャンプとかも好きでしたね」
「今からはあんまり想像できないなぁ」
「そりゃ、今となっては立派なオタクなんでね」
陽南とのエピソードから幼少期のエピソードへ、それに関連付けて陽南の姉の話など、後から思い返すとやはり玲奈先輩は人の話を聞くのが上手だし、訊き出すのが上手だ。俺もついつい楽しくてしゃべりすぎてしまう。
「オタクなんでグッズで数万とか普通に消し飛びますよ」
「そうなんだ」
「しかも結構な確率で陽南に開けられますからね、この前なんて俺が風呂でちょっと目を離した隙に勝手に開封してやがって」
「……ん? なんでキミのお風呂上りに従妹ちゃんが居るの?」
そんな聞き上手な先輩に話を止められたのは音聞山明花梨のグッズを担当している陽南本人に開封されるというカオスなエピソードを話していた時だけだった。
だが俺にしてみればそれは大した疑問でもなく、あっさりと答える。
「いえ、部屋は分けてますけどメシは一緒ですし、お互い寝室意外は結構行き来してますよ?」
寝てる部屋は完全なるプライベート空間だしな。俺は明花梨グッズと詩音グッズで埋まってて、ライブ行かないと手に入らないものとかも結構あるから絶対に入るなと言い含めているし、逆に陽南の部屋には異性として立ち入らないように徹底している。
「そうなんだぁ」
「はい」
「……瑛士くんってむっつりなんだね」
「どういうことですかそれ」
突如として不名誉な罵倒をぶつけられて俺は静かなツッコミを入れる。ここは電車内、公共の場で声を荒げるなんてバカで恥知らずな真似はしない。
それはそうとどうしてそういう結論になるのだろうか。俺は割とオープンな方では?
「一緒にお風呂入ったり、寝たりもする?」
「話訊いてました!?」
「声、おっきぃよ?」
「誰のせいですか……」
従妹であり妹のようなものとして育ってきた。そりゃ久々すぎて女性らしくなった陽南にドキっとすることもある。なんせ推しだしな、でもその推し、詩音だからこそ俺はそういうラッキーなオタクになりたくないっていう自制心がある。
推しだからこそ、俺は陽南と今以上に近づくのを恐れている。
「これは……うーん、なるほどねぇ」
「なんです?」
「ううん、キミはやっぱり……他の人とはちょーっとだけ、違うんだなぁって」
「違いませんよ、多分」
玲奈先輩のからかい交じりの言葉が、とんでもなくバカにされている気がして俺は慌てて否定する。
特別、って意味じゃなくて変って意味だよな、この感じだと。まぁ俺は自分で自分を変なオタクだという自覚は、多少あるんだけど。
お前は変なんじゃなくて拗らせてるだけだよオタクくん