買い物デート、といっても、場所は大学の最寄り駅から数駅乗って、俺と玲奈先輩の最寄り駅で降りて比較的すぐのところにあるショッピングモールでちょっと買い物をする程度だ。俺と陽南が暮らしてるマンションからも近く、勿論玲奈先輩の家である喫茶店からも近い。わざわざ待ち合わせるのが少し気恥ずかしくもなる距離だ。
「これとかどうかな?」
「もうサンダルなんて売ってるんですね」
「そりゃあね、服とかももう夏服でしょ?」
「……そうなんですね」
「あれ、共感してくれない感じなんだ」
玲奈先輩と今見ているものは靴、どうやらサンダルが古くなってきたらしく買い替えたかったそうだ。
俺は基本的に陽南がオススメしたものを着ている生活だから夏服の時期とか、あんまり気にしてない。そういやこのくらいかもうちょい後に買うな、というのは言われて初めて気付いたことだ。
「こう見ると女性ものの革靴って凝ってるんですね」
「そうだねぇ、これかわいい」
「俺なんていつもこんな感じのシューズが殆どですよ」
俺が靴を選ぶ基準は歩きやすい、走りやすい、飛び跳ねても大丈夫なやつだ。基本オタ活を中心に考えるため、動きやすいを念頭に置いてしまうオタクの悲しい性だ。これには先輩も苦笑いをするしかないようで、俺の話を聞き流しつつ革靴を棚に戻した。
「オタ活でライブ行くって言ってたけど、そういう格好なの?」
「いえ、キャラTです」
「キャラT、キャラクターがプリントしてるってこと?」
「多分先輩が思ってる十倍くらいキャラTですよ」
胸にキャラが書いてあるどころじゃないからな。先輩には絶対伝わらないと思って言ってないが所謂フルグラTシャツというやつだ。一時期は法被の購入も検討したが、今のところはフルグラのみに落ち着いている。下は基本的に風通しのいいものを選んでいるが、最近はハーフパンツにレギンスというランニングスタイルもいいんじゃないかと考えている。
「ライブの時の服装の写真は?」
「あるわけないじゃないですか」
「えっ?」
「え?」
「自撮りとかは?」
先輩にきょとんとされたが、このキモオタにそんな習慣があるわけがない。俺のスマホフォルダに俺の顔が解るものはない。SNSアイコンもメッセージアプリのアイコンも俺の顔とは全く関係ないものだし。そういえば先輩のメッセージアプリは本人の自撮りだったか。
「でも遠征先のメシは割と写真撮りますよ。SNSで呟く用として」
「見せて見せて……えぇっと」
「まぁ男なんで、こうなります」
基本ラーメン、時たま肉系、時折洋食といった具合のカメラロールに先輩もドン引きしていた。しかもチェーン店ばっかりだしな、先輩の考えるSNS運用とは全く別だろう、そもそも俺が愛用しているアプリと先輩が愛用しているアプリ、別ものだしな。
「でも先輩って、あんまりSNS使ってませんよね」
「うん、一応お店の宣伝くらいはしてるけど、そっちに私は出演しないようにしてるんだ」
「ストーカーとか湧きそうですもんね、有名人になると」
「だねぇ」
俺みたいな厄介なファンに絡まれた場合、店という住所を晒しているため逃げるのが困難になってしまう。そうでなくても玲奈先輩は以前、かなり年上の男性に言い寄られている場面を目撃していたため、納得の理由でもある。
「瑛士くんは、そういうネットストーカーみたいなのって経験ある?」
「ありませんよ、気をつけてますし」
「気をつけてるんだ」
「はい」
メシの写真を上げるし、ライブに行った時の写真をアップするけど、家の近くの写真は絶対にあげないようにしているし、写真も必ず時間差で上げるようにしている。多い時は二日三日空けてから投稿するのを心掛けている。
そりゃライブ先で一緒に遊ぶ友達には多少バレてるけど、それでもここに男女の差はないように思われる。実際にネットには特定されて面倒事に巻き込まれている人を見てきているからね。
「自分のことなんて、他人に知られてない方が幸福ですよ」
「なるほどね」
「何がです?」
「キミがおしゃべり好きな理由が、ちょっとわかった気がした」
ネットを通じて知り合い、本名では決して名乗らない世界。俺はそこで交友関係を保っているうちに、自分が大森瑛士であるという実感を求めていたのかもしれない、と先輩の言葉で納得していた。
少なくとも玲奈先輩は、小牧玲奈という人は俺を大森瑛士と知っていてくれてるから。寂しくて無意識に、甘えているのかもしれない。
「瑛士くん」
「はい」
「まだ、一緒に居てくれる?」
「そりゃあ、勿論ですよ」
まだ買い物は始まったばかりだ。俺だって見たいものはまだあるし、先輩ともう少しデートして、話していたいという下心もある。
悲しいことに気の利いたデートコースなんて用意できないから、俺は彼女に振り回されるばかりなのだけれど。
「瑛士くんって、クレーンゲームは得意?」
「全然ですよ、いつも散財して取ります」
「そうなんだ」
「フィギュアとか、後はキャラのデフォルメしたぬいぐるみとかですね」
買い物の後には気を遣ってくれたのか、ゲームセンターに足を運んでいた。
ドル6はそっち方面の展開にも強いため、俺は頑張ってそれらを自力でゲットすることに拘っている。普通にオタクジャンルだから間違いなく人気ないし、フリマアプリで購入した方が安価で確実なんだけど、そこはオタクの謎のプライドというやつだ。
「なんで、動画で取り方学んだり、後は比較的取りやすいお店で実践もしますね」
「取りやすいお店、なんてあるの?」
「ありますね、お菓子や飲み物、果物、果ては洗剤なんかを扱ってます」
「……クレーンで?」
うちの日用品の幾つかはそのクレーンゲームで取られたものだ。俺も頑張って取り方を学んでいるのに、なぜか陽南の方が上手なのが悔しい。
なんなら前はフィギュア狙いで陽南がついてきて、俺が苦戦していたものをあっさりと取ってきたものだ。
「瑛士くんの休日の過ごし方って、そういう感じ?」
「そうですね、陽南に引っ張り回される時もありますが、休みが合うことなんてほぼないんで」
「忙しいんだねぇ」
忙しいのはいいことだ、とは思う。本人も楽しそうにしている間は少なくとも、俺は心配もしないし止めることもしない。あまり内部事情を知りたくないから深く聞いてあげることもできないけど、メンバーでご飯を食べたことや、ちょっとしたエピソードなどMCで話せる程度のことを教えてくれる。
「けど、あいつは俺がバイトだと終わり際に隙あらば立ち寄るんですよ」
「ドラッグストアだっけ、近くの」
「そうです」
「ふぅん……じゃあ私も、会いに行っちゃおうかなぁ?」
「先輩の家だとより近いところにあるでしょう」
「でも、瑛士くんはそこにしかいないでしょ?」
ただでさえ陽南を恋人と認知されており、幾ら否定しても「カノジョさん」と呼ばれている空間に玲奈先輩まで来たら面倒になりそうだ。
奴らにとって囃し立てるのが目的、スキャンダルを愉しむのが目的のため俺の顔面でどうあったら付き合えるんだよってレベルでも関係なさそうなのが最も厄介だ。陽南がそうなんだから。
「恋人とか、そういう感じに勘違いされると厄介ですようちのバ先の先輩」
「そうなんだ、じゃあ陽南ちゃんとも?」
「そりゃもう」
「そっかぁ……でも、私は別に嫌じゃないからね」
「……え」
陽南も言っていたが、先輩にまで同じことを言われるとは思わず振り返ってしまう。
玲奈先輩はあくまで穏やかな顔で、いつもの清楚系の、かわいらしい笑顔だった。もしかして、美人はそういう噂とかに頓着しない、ということだろうか。別に俺如きと噂になっても嘘だってすぐわかるから大丈夫だぜ、みたいな。
「お腹、減っちゃったなぁ」
「じゃあ、メシ食べて帰りますか」
「そうだね、瑛士くんは何食べたい?」
「ここだと二階のしゃぶしゃぶ食べ放題の店によく行くんですけど、先輩は?」
「私はパスタかおそばかなぁ」
「じゃあパスタにしましょう」
玲奈先輩と知り合ったのが三月のこと、そこからもうすぐ三ヶ月というところで初めて俺は店員じゃない先輩を沢山見ることになった。
パスタを食べて、後はそのまま夜道を並んで歩くだけ。デートというにはあまりにあっさりとしたイベントだった。
「それじゃあ、またね瑛士くん」
「はい、また」
それが話を聞いてくれたお礼というのを忘れてしまいそうなくらい、俺にとって楽しい時間だった。これでよかったのだろうか、なんて家に入っていく先輩を見送りながら考えてしまうくらい、俺は玲奈先輩に楽しませてもらったような気がしていた。
「瑛士」
「あ……陽南?」
そんな余韻に浸っていると、後ろから声を掛けられた。そこにはどうにも不機嫌なようにしか見えない、従妹がいた。
俺と先輩の一部始終を見たのだろうか、でもどうしてそんなに睨まれなくちゃいけないのか。
「デート、って女の人とだったんだ」
「え、うん……言ってなかったっけ」
「聞いてないよ」
確かに、思い返すとデート相手の性別は特に言ってなかったような。だから妙にあっさりしていたのか、とか、俺ってやっぱり異性と簡単にデートの約束できるとは思われてないんだなぁという暢気な考えが頭に過っていた。
「お、怒ってる?」
「浮気者だからね」
「浮気って……付き合ってない、んじゃ」
「瑛士は、付き合っててもするよ、デート」
「……しねぇよ」
「どーだか」
否定はしたけれど、陽南の言葉には妙な説得力があった。
もし──そう仮定の話だ。これが自惚れと解っていての仮定の話。陽南も玲奈先輩も、俺に好意を抱いていて、付き合いたいと思っていてくれたとしたら。
俺はどちらかを選べるのだろうか、推しであり大事なかわいい従妹と、こんな俺にも優しくて美人の先輩、俺はどっちつかずにならないと果たして言えるのだろうか。なんだか現状既に俺はどっちつかずのクソ野郎なのではないか。
──その答えは、家に帰っても、ベッドに寝転んでも一向に出すことはできなかった。
否定しとけよどっちつかず