玲奈先輩の話はそれ以上しなかった──というより現地に到着したため話が打ち切られたといった方が正しいだろうけど、俺と朝倉さん、ボウルさんの三人は駐車場でそれぞれ伸びをした。
「とりあえず、物販並ぼうか」
「うっす」
「暑いんだろうなぁ」
「自販機行くかァ」
物販の前に近くのボウルさんが自販機で水を買ってから、三人で並ぶ。
しばらくすると前も後ろも、歩いている人も皆おんなじような格好をしている。フルグラTに法被装備、まるでランニングでもするかのような格好の人や特攻服なんてのも居る。恐らくオタクではない人からすると異様な光景なのだろうけれど、俺からするとまるで実家のような安心感がある。来た、というより帰ってきたという感覚だ。
「今日のセトリ絶対アレ来るって」
「マ? だとしたらアチすぎなんだが」
「せーので回すからな」
「うお、ハズレすぎんか」
──うーん、この流れてくる会話のアレさもまた、帰ってきた感覚だ。地元の、他の人には伝わらない方言聞いてる気分ね。
ライブの内容を話してる人、知り合い同士でガチャ回してる人、なんか静かに瞑想してる人から車内スピーカー爆音で既にライブしてる人まで居る。カオスだ。
「浅井くん、そういえば新弾の情報見たかい?」
「あ~、ぶっ壊れ確定とか言われてたけど、オレ的にはそーでもなさそうなんよなァ」
二人はドル6以外にもカードゲームでも繋がりがあるらしい。俺はやる相手もいないし近くに大会やってくれるようなお店もないから、手は出してないけど。その間はSNSを見て他の、一緒には来ないけど繋がりのあるフォロワーさんを探してみる。
「マルさんも居るんだ」
「マルさんカノジョと来てるらしいね」
「うらやましい……でいいんですかね」
「趣味合うカノジョってんなら羨ましいだろ」
俺の交友はネットであっても案外と狭い。朝倉さんはドル6以外にも同人界隈、カードゲーム、VTuberといった界隈にも顔を出しており、ボウルさんも元は別コンテンツの二次創作小説を書いていた人で、朝倉さん曰くサイトでタイトルトップクラスの人気があったらしい。買いかぶり、と本人は言うが、俺からすると二人とも顔が広くて色んなコンテンツに精通している、上澄みのオタクとして尊敬できる。
「わり、トイレついでにちょっと吸ってきていい?」
「どうぞ」
「行ってらっしゃい」
三十分くらいした頃だろうか、ボウルさんが列を抜けてしまいトイレと、タバコを吸いに行った。
そんな後ろ姿を見送りつつ、二人きりになったタイミングで朝倉さんは俺に、少し声を抑えて問いかけてきた。
「モリヒデくんあんまり眠れてないんじゃない? よかったら代行しようか」
「いえいえ、待ってるの楽しいんで」
「そうかい?」
「はい、寝るならライブ楽しんだ後に、気絶する勢いってくらいが丁度いいですし」
実際にライブが楽しみで、このオタクが集って物販を並びつつ開場を待つこの時間は、これからのワクワクを内包している。すごく楽しみにしていたテーマパークの開演待ちのような感覚だ。休もうとしたって眠れそうにない。
「……よかった」
「はい?」
「いや、大学入ったり、社会人になったりして、リアイベへの熱が途切れてしまう人は多いんだ──ライフステージが変わるんだからそれ自体は仕方ないことさ、けれどボクはそれが寂しいと思う時もあるんだよね」
朝倉さんにはきっと、前の友人、フォロワーというものが沢山いたんだ。けれどオタクっていうのはそう長く続けられるものじゃないらしい。
一番離脱が多いのは就職して社会人になった時、やることが増えて、社会的に一人前になっていくにつれて、自然と足が遠のく人が多いのだと朝倉さんは語っていた。
「世間的に見たらボクの方が異端なんだけどね」
自嘲するような言葉に、俺は何にも言えなかった。
オタ活の熱量は、年齢とともに徐々に下火になってしまう、というのはなんとなく理解できる。俺にだって中学生時代はちゃんと友人がいた。高校に入ったばかり、それから二年生になった夏休みくらいまではアニメをリアタイしながら通話までしていたくらいだった。
けど、その友人も高二の夏休みで恋人を作り、今までアニメやゲームに使っていた時間を恋人に使い、そして同じ大学へ行ってからはもう連絡を取れてない。
「俺や朝倉さんは、きっと取り残されていくんでしょうね」
「どうだろう、モリヒデくんはボクの側じゃないかもね」
「いやいや、ドル6サ終してヘブンズ解散するまでおっかけますよ、少なくとも」
ヘブンズの解散は、少なくとも俺はコンテンツとして追いかけ続けるだろう。その時、もしかしたらライブには行けなくなってしまうかもしれないけれど、詩音のこと──陽南のことを応援し続けるのは確実だ。
「うっす、どしたん?」
「いやね、浅井くんも一緒に参戦してくれるのは一体いつまでなんだろうって話」
「あ~、就職したらどーだろ」
「キミは頻度が減るだろうね」
「そもそもクラっさんみたいな方が狂人な」
ボウルさんが戻ってきて、話に入ってくる。苦笑い気味にツッコミを入れているが、俺から見るとボウルさんも充分狂ってる方だと思う。
朝倉さんが広い顔を持ち様々なコミュニティに所属するマルチオタクだとするならアサイーボウルさんは、主に音楽コンテンツに特化したライブオタクといえる。ライブ参戦は食事と同じと豪語し、ドル6以外にも他コンテンツやアイドルグループ、アニメタイアップしたアーティストのライブ、アニクラなどなどに通い渡り歩く存在だった。
「でも流石に社会人になったら今みたいにアニクラ行けやんよな」
「仕事によるでしょ」
「ウチくる?」
「いやいや業種違うって」
俺は朝倉さんって何の仕事をしてるのか、イマイチ知らないけどこうやって俺やボウルさんより更に精力的にイベントに出れるのは、きっとそれなりに特殊な環境なんだろう。
──前に、冗談交じりにドラッグストアの正社員登用受けてよ、と言われたことがあるけれどきっとその業種だと一生ライブなんか行けないだろうしな。
「いやぁ、買ったねぇ二人とも」
「アンタが言うなよ」
「なんでこんなに?」
「ん? あぁ代行だよ、後でフォロワーさんに配らないとね」
物販で買い物をした後は荷物を車に置いて、それぞれ解散した。ボウルさんと一緒にゲームをして、別のゲームの話をしたり、また戻ってきた朝倉さんと彼に付いてきたフォロワーさんと挨拶をして、ライブ開場時間はあっという間にやってきた。
「今回の席、めっちゃ前ですね」
「浅井くんの豪運に頼ったおかげだね」
「感謝しろ、褒めたたえろよ~」
ざわざわと色んな人の会話が流れる中でパイプ椅子に座りながら周囲を見渡した。こんなに近いところは初めてで緊張する──いやそれどころか、ここは舞台の少し左寄りの真ん中、つまりはボーカルの定位置にとても近いところだった。
「……俺、推しの前って初めてです」
「だろ? モリくんいっつも右端だもんな」
「ボクも右端安定だね」
「アンタらが連番だからな」
二人連番で俺と朝倉さんがそこでボウルさんはそれより少し左前に陣取っていた。発券のメールを開いたのがボウルさんらしく、なんというか豪運で済むのかどうかという感じだ。ガチャでも全然沼ったことがないという、俺からすると羨ましすぎて嫉妬で人が殺せそうなくらいだ。
推しの目の前、つまりは詩音が視界に、少し上を向くだけで居るというのはなんだかドキドキしてくる。
「始まりそうですね」
「うん」
開場から待つこと数十分、開演時間となりスピーカーから腹にずしりと響く音楽が鳴り響いた。いつの間にか舞台には楽器が置かれており、袖から四人のアーティストが登場で観客側からも爆発したような歓声が響いた。
「──っあ」
しかし、俺も叫ぼうとした時、目の前にやってきた詩音が、俺の推しである音聞山明花梨の視線が、確実に俺を捉えた。勘違いとか、思い上がりじゃない。俺を見ている。間違いなく俺を、その一瞬だけアーティスト土橋詩音の仮面が剥がれて、従妹の陽南が顔を覗かせていた。
「いやぁ、跳んだ跳んだ」
「見えてたよ、えげつない跳躍してたね」
「鍛えてるからな、ジャンプ力」
「それ本当なんだ」
そこから時間が過ぎて宿泊先として朝倉さんが予約してくれていたホテルでは、感想を言い合いながらのんびりと過ごしていた。
この旅行気分な時間もすごく楽しくて、俺は好きだった。だけどちゃんと集中して楽しめる心境でないことも事実だった。
──今回も凄く、とてもはしゃいだと思う。なんなら近くだったからいつもより声出したし、いつもより腕を振った自覚がある。けど、俺は最初にばっちり合ってしまった目がどうしても忘れられなかった。
そしてそれは彼女もそうだったようで、メッセージが来ていた。
『夜、話せる?』
『帰ってからは?』
『今がいい』
俺はゆっくり息を吐いてから、二人に断りを入れて部屋を出ていく。自動販売機のあるスペースまでエレベーターで向かって、俺はスマホを耳にあてて、従妹の名前を呼ぶ。
──この日、俺は推しである従妹に、ついにライブに行っていることがバレてしまった。この出来事が、俺の人生や考え方をまるっきり変えてしまいかねない出来事の始まりだなんて、気付くこともなかった。
ここからが物語の始まり始まり、キモオタが人間関係に奔走するでしょう