実質同棲している従妹にアニメ系ライブに行っていることがバレた。
この文言だけ捉えればかなりヤバい内容だが、俺の場合はもっと複雑な事情が絡んでいる。
遠征から戻ってきた俺は、少し気まずい思いをしながらマンションの階段を上っていた。
「遅かったね」
「……ただいま」
「おかえり」
──鳴海陽南、俺の従妹であり、俺が推してるキャラクターの声をあてていて、アーティストとしても推してる土橋詩音だ。
推しと同居、オタクとしてこれほど夢のようなシチュエーションもないだろう。
だけど、俺はこの事実を誰にも、それこそ陽南本人にも知られないようにしていた。二月に顔を合わせてから四ヶ月弱、俺は陽南にライブに行っているとバレずに過ごしていた。
「やっぱり……ずっと来てたんでしょ」
「……なんで」
「なんで? わかるよ」
しかし、バレずに過ごしていたというのは勘違いだったようで、既に怪しまれていたというのは陽南の言葉で理解した。
まぁ俺がドル6ハマってるのは知ってるし、その中で音聞山明花梨を推してるのもバレてるんだから、いずれは解ることだったのかもしれないけど。
「なんで黙ってたの?」
「いや、だって……」
「瑛士に迷惑は掛けないし、知っても、変わらない」
「……ごめん」
自分の失敗、気の遣いどころを完全に間違えたことに気付き、俺は頭を下げた。
陽南の怒りは、きっと俺がライブに行くと知った彼女が俺に対して態度を変えるかも、という思い上がりと、言うならば陽南のことを信頼していないという意思表示への怒りだ。
彼女はプロで、そのプライドを持ってステージに立っているのを、俺はずっと見てきたのに。
「いいけど、招待しようとしてたの、私だし」
「俺がノってこないの、知ってたからでしょ?」
「違うよ」
「え?」
「そういうので喜ぶと思って、誘った。他のファンとは違うんだって、なると思ってた」
申し訳なさそうに目を伏せられると、俺は慌てて首を横に振るしかない。
事実、俺はそのマインドを持ってる。他とは違うと思ってるから自制、自重、なんて表現が出てくるのだから。
だけどそれを自制するのは小心者故だ。もしいちオタクとしてそんな気持ち悪いやつを見つけたら、きっと仲間を集めて袋叩きにしようとする、それが怖いから縮こまっている。縮こまらないといけないという優越感が、心のどこかにある。
「楽しかった?」
俺が自己嫌悪をしていると、それを察知したのか陽南が一歩近づいてきて、そう問いかけてきた。
今までも訊きたい気持ちを堪えてきたのだろうか、それとも罪悪感を減らそうとしてくれているのだろうか、大きな瞳の中に見えた自分が揺らいでいるように感じた。
「……うん、今回のライブも最高だった」
「ふふ、すごいテンション高かったもんね」
「見てたのかよ」
「見ないようにしてたけど、視界に入ってくるもん」
「だって初めてあんな間近でさ……テンション上がったよ」
本人に、エゴサしてもらわなくても直接感想を言える機会、エゴサしなくても感想を訊ける場所、お互いその日は夜遅くまで二人で話し込んで、いつの間にか俺は床で、陽南はソファで眠ってしまっていった。
俺と陽南は、この日からきっと新しい関係へと発展していくような気がした。
「──というわけで、めちゃくちゃ盛り上がりまして、首と肩にダメージを受けました」
「運動不足だねぇ」
「おっしゃる通りです、バイトで動いてる筈なのになぜでしょう」
「おばかなんだねぇ」
「おっしゃる通りですね」
その翌日、俺は自分が働いているドラッグストアで湿布を購入し、ついでに「レコンフォール」に立ち寄っていた。
にこにことした顔のまま罵倒してくるのは勿論小牧玲奈先輩、既に俺の小さな脳みそには車内で朝倉さんとボウルさんの忠告は消し飛んだ状態でいつものように先輩へあったことを延々と語っていた。
「ライブかぁ、楽しい?」
「楽しいですよ、先輩ってライブハウスとか、そういうのも行ったことないんです?」
「そうだね、音楽のアプリで満足しちゃうから」
「勿体ないですって、オタ友の受け売りなんですけどCDや配信の音源では浴びられない本物がどのグループにもあるそうです」
「そ、そうなんだ~、参考になるね~」
引き気味だった。そもそも玲奈先輩はあまりライブというものにノリ気ではない感じがする。それは行ったことがないから、ではないような気がしたが、俺はそんなことよりと頭を切り替えて話を続けていく。
「俺は先輩の楽しみ方でいいと思います」
「どうして?」
「どうしてって、金かかりますよ、マジで」
「あ~、ふふ、そっかぁ」
「はい……何か変なこと言いました?」
「ううん、キミは飽きないなぁって」
もしかしてバカだと思われているのだろうか、俺はバカだけど。
たださっきよりも先輩の笑顔が、なんというかかわいいなぁと見惚れてしまう程で、思わず言葉を奪われてしまった。
だから、数秒の沈黙を破ったのは、俺ではなくて先輩の方だった。
「ね、もしキミの好きなライブに、私も連れてってなんて言ったら、どうする?」
「……んん」
「そ、そんなに悩むことかなぁ?」
「オタク向けのライブを非オタクに誘うのはちょっと……抵抗が」
「なんで?」
「キモいからです!」
そこに関してはハッキリと断言できる。一口にライブと言ってもどういうコンテンツかでルールやマナーが大きく変わる。なんなら同じアイドルコンテンツでも、ドル6では許可されているような行為も、別の会社が運営していると禁止されているのも多い。
ボウルさんが教えてくれたものだが、俺が一番驚いたのはジャンプ禁止だ。
更にそれに付け加えるのなら、アニメ、男性向けアイドル等のコンテンツは界隈外の人間から見たら、特に女性でオタクじゃない先輩から見たら悍ましいとすら思うだろう。
「例えるならそうですね、葉っぱの裏に虫の卵がびっしりついているのを見たいか? と言われたら無理ですよね?」
「無理無理、鳥肌立っちゃう」
「先輩のもしもはそういうことです」
「あの、こういうのはなんだけどね、瑛士くんは好きで言ってるんだよね?」
その葉っぱの裏にびっしりついた虫の卵も、人によっては宝物に感じるということだ。もっとも俺が不快感を覚えないのはモリヒデとして虫の卵のひとつになっているからなのだが。
更に言うとこの虫けらたちは玲奈先輩のような美人が居るとそわそわしてしまう性質がある。余計に不愉快になってしまうだろう。
「先輩は是非、俺が通う現場のような汚泥は知らずに生きていてほしいです」
「汚泥って……言いすぎじゃないかな」
「オタクなんですよ?」
「瑛士くんはオタクのことを汚泥だと思ってるの?」
「はい」
当然じゃないか。今時は万人がアニメやゲームを嗜む時代というが、それはあくまで万人向けのものだ。昔はある程度大人になってきたらアニメやゲームは卒業するのが「普通」だったのが、少年誌のマンガ原作や複数人のオンラインで遊ぶことが前提のゲームたちを嗜むのが「普通」となっただけで、ドル6なんていうその「普通」とは違うものにハマるような人間、それが一昔前のキモがられていたオタクなのだから。俺はそういう人種、普通の人から見れば異常者、清流が普通なのならばオタクは汚泥でしかない。
「そういう言い方、辛くない?」
「事実でしょう」
「その中にいる瑛士くんの口からそういうの、私は寂しいな」
「自虐とか、自傷とは違います、自重と自制です」
結局のところ、過去の経験や親の影響、その他色んな要因で小学生、中学生あたりでそういったコンテンツに出逢いオタクになるきっかけというのは、誰にでも起こることだと思う。中には小さな頃から傍にいたヒーローやキャラクターを大人になっても応援するというパターンも当然ある。
だけど、未だ普通の人たちの認知の中で、アニメにどっぷりハマる大人というのは気持ち悪い生き物だから。何かあれば一つに纏めて叩かれる杭、ならばこそ見つからないようにしたいし、目立ちたいなんて考えるのは一部の奇特なオタクだけだ。
「う~ん、そういうものかなぁ」
「人に言えない趣味や嗜好なんて、先輩にはありませんか? オタクにとってそれはアニメってことですよ」
「人に言えない……かぁ」
その呟きの続きは最後まで聞くことはできなかった。
ただ、玲奈先輩が──それも俺に面とむかってというのが憚られただけかもしれないが、俺の趣味に対して否定しなかったことが、俺にとってはありがたかった。
れーなパイセンはオタクに優しいかもしれない。
と期待にムクムクすることは自由だ。