妖精達と両想い 作:シューティングクエーサードラゴン
パッと目を覚ますと、そこにはレンガ造りの建物と石畳が広がる、色鮮やかな西洋風の街並み――ハルジオンの港町があった。
施工管理の現場の殺伐とした空気も、プレハブ小屋に充満していたタバコの嫌な臭いもどこにもない。温かい日差しと潮風が肌をくすぐる。
ふと近くの商店のガラス窓に自分の姿が映り、俺は思わず二度見して後ずさりした。
180cmを超える背丈。引き締まった体躯。そして、鏡を見るのが嫌だった以前の自分とはまるで違う、彫りの深い整いすぎた顔立ち。
身体の奥底からは、世界を揺るがすような莫大な力がふつふつと湧き上がっているのが分かる。
(……ほんとに、俺なのか……?)
あまりの変わり様に、胃のあたりが少しスースーした。
施工管理の現場で「要領が悪い」「使えない」と毎日怒鳴られ、完全に自信を失っていた俺の心は、急にこんな凄い身体を与えられても追いついていかない。自分なんかがこんなに恵まれていていいのだろうかという不安と申し訳なさが、どうしても胸のどこかに残ってしまう。
そんなことを考えていると、少し離れた通りから黄色い歓声が聞こえてきた。
若い女の子たちが一人の男を囲んで、群がるように声を上げている。
「キャーッ! サラマンダー様〜っ!」
「素敵〜! こっち見てー!」
(……大騒ぎだな。原作で言ってた、ボラの魅了魔法(チャーム)に集まってる女の子たちか……)
要領の悪い俺は、人混みに割って入るのも少し気後れしてしまう。遠巻きに恐る恐る眺めていると、群衆の中にふと見覚えのある金髪が目に入った。
サイドテールに結った金髪に、可憐な顔立ち。
ルーシィ・ハートフィリアだ。
(あ、ルーシィだ……。ほんとに実在するんだな……)
画面の向こうの憧れだった女の子が目の前にいる。
でも、今の俺の目から見ると、彼女はどこか等身大の「普通の女の子」という印象だった。まだ恋とか愛とか、そういった対象として見るには俺自身の心の準備がまったくできていない。自分なんかが彼女と対等に話せるわけもないと思ってしまう。
もちろん、女神様が言っていた『Mutual Love』という特典も、俺の心が動いていないから発動していない。
その時、俺の後ろから誰かが勢いよく通り抜けていった。
「イグニールか!?」
特徴的な桜色の髪に、鱗模様の白いマフラー。
間違いない、ナツ・ドラグニルだ。
ナツはドカドカと人だかりを割って突き進むと、ボラの魔法にかかってうっとりしていたルーシィの肩にドスンと勢いよくぶつかった。
「きゃっ!?」
そのショックで、ルーシィの身体を包んでいた怪しい魔力の波動がパッと霧散する。
魅了魔法が解けたのだ。
ハッと我に返り、首を傾げるルーシィ。
そして、目の前に現れたナツと、それを不機嫌そうに見下ろすボラ。
(……あ、物語が始まったんだ……)
人混みの後ろで、俺は緊張でドキドキする胸を抑えながら、そっとその光景を見守っていた。
自分なんかに何ができるか分からないけれど、もし誰かが困ったら、この貰い物の力で助けられたらいいな……と思いながら。
「痛てっ……なんだあいつ」
「本当、いけ好かないわよね」
少し離れたところで、ナツとルーシィがそんな会話を交わしているのが聞こえた。
アニメで何度も見た、二人の記念すべき最初のコンタクトだ。
「さっきはありがとう! おかげでチャームが解けたわ。お礼に何か奢ってあげる!」
感謝を伝えるルーシィの姿を見て、俺の心臓はドキンと跳ね上がった。
原作通りの展開をただ遠くから見守るだけなら、ここで静かに立ち去るのが正解なんだろう。施工管理の現場でずっと「目立たず、余計なことをせず、指示を待て」と怒鳴られ続けてきた俺のチキンな心が、「関わらない方がいい」と警告を発している。
でも――今の俺は違うんだ。
女神様から貰ったこの身体と力。そして、あの『相思相愛特典(Mutual Love)』がいつ、どんな風に発動するのかも試してみたい。何より……ずっと画面越しに憧れていた推しキャラのルーシィと、少しでも言葉を交わしてみたい。
(……よし、勇気を出せ、俺……!)
意を決した俺は、緊張でガチガチになりながらも二人のもとへ歩み寄った。
「す、すみません……!」
俺の声に、ナツとルーシィが同時に振り返る。
間近で見ると、ルーシィの肌の白さや可憐さが際立っていて息が止まりそうになる。だが俺は必死に動揺を隠し、桜髪の少年――ナツの方へ視線を向けた。
「フェアリーテイルの火竜(サラマンダー)……ナツ・ドラグニルさんですか?」
「おう! 俺がナツだ!」
ナツが胸を張って答える。
すると横で聞いていたルーシィが、「えっ……!?」と目を丸くして絶句した。
構わず俺は、用意していた言葉を続ける。自分なんかが図々しいんじゃないかという不安を押し殺しながら。
「あの……俺、魔道士ギルドへの加入を希望してるんです。もしよろしければ、加入テストのようなものをしていただけませんか?」
「おう、いいぜ! ギルドに入りてえのか! 歓迎だ!」
ナツはあっさりと、屈託のない笑顔で拳を叩き合わせた。あまりのノリの軽さに、こちらが拍子抜けしてしまうほどだ。
「ま、待って!! 貴方、フェアリーテイルの魔道士だったの!?」
ここでルーシィが食い気味に割り込んできた。憧れのギルドの名を聞いて、目が輝いている。
「お前もうちのギルドに入りてえのか?」
ナツの問いかけに、ルーシィはぶんぶんと首を激しく縦に振った。
「行く! 絶対行く!!」
「よし、じゃあ二人まとめて今すぐ行こうぜ!」
そう言って歩き出そうとするナツに対し、俺はすかさず「あ、あの……!」と声をかけた。
「あ、明日まで待っていただけませんか?」
「へ? なんでだ?」
首を傾げるナツと、不思議そうにこちらを見るルーシィ。
俺は落ち着いて、さっき見て確信した事実を二人に告げた。
「さっきの自称サラマンダーの男ですが……フェアリーテイルの偽名を語り、さらに違法なチャームを使って、港の女の子たちを奴隷船に連れ去ろうとしています。あの男を放置できません。きちんとお仕置きをしてからでもいいですか?」
その言葉を聞いた瞬間、ナツの表情が一変した。
さっきまでの能天気な顔が消え、眉間に深いシワが刻まれる。
「勿論だぜ!! フェアリーテイルの名前を騙って汚す奴は……絶対に許さねえ!!」
ナツの拳から、ボッと激しい炎が燃え上がった。
横にいたルーシィは「ええっ!? 奴隷船!? チャームってそんな恐ろしいものだったの!?」と顔を青くして驚いている。
(ふぅ……なんとか上手く物語の輪に入り込めたか……?)
施工管理時代には一度もできなかった「事前のリスク回避と現場の段取り」が、まさか異世界で上手くいくとは思いもしなかった。
胸を撫で下ろしながら、俺は横目でそっとルーシィの様子を盗み見た。
(……やっぱり可愛いな。でも、まだ『相思相愛特典』の通知や変化はないみたいだ)
まだ彼女にとって俺は「急に話しかけてきた背の高いイケメンの新人(仮)」でしかないんだろう。俺自身も、憧れのキャラを目の前にして緊張しているだけで、まだ「一人の女性としての愛しさ」を抱く余裕すらない。
だけど、これで準備は整った。
今夜、あの偽サラマンダーの船を叩き潰す――俺のドラゴニック・アビリティの初陣だ。
その夜、事態はあっけなく、そして完璧に解決した。
ボラたちは無事にフィオーレ王国の評議院に身柄を引き渡された。
今回の戦闘で俺が使ったのは、莫大な魔力によって生み出す『飛行』の力だ。自らを自在に空へ浮かせるだけでなく、周囲の人間や物体すらも宙に浮かせることができる。
上空から見下ろしながら放った暴風と、ドラゴン級の腕力から繰り出される容赦のない物理攻撃。ボラとその部下たちは抵抗する間すらなく、一網打尽にされた。捕らわれていた女性たちも全員無事に解放され、被害は最小限に抑えられたのだ。
あまりにもスムーズすぎる幕引きだった。
施工管理の現場でいつも予期せぬトラブルに追われ、パニックになっていた俺からすれば、信じられないほどの完勝。ボラが放った火炎魔法を食らっても、この身体には擦り傷一つすつつかなかった。
(本当にチート級なんだな……このドラゴニック・アビリティって……)
圧倒的な頑丈さと力を、嫌というほど実感させられた。
「すげえぜソラ! お前、マジでめちゃくちゃ強ぇな!」
「あい! 最高です!」
ナツとハッピーが目を輝かせて俺を大絶賛してくれる。
そしてルーシィも、どこか感心したような笑みを浮かべ、
「あんたやるじゃないっ! あんな大勢を一瞬で片付けちゃうなんて思わなかったわ!」
と、ほんの少しだけ尊敬の入り混じった熱い視線を向けてくれた。
◇
それから俺たちは、ナツ、ハッピー、そしてルーシィと共に、マグノリアにある魔導士ギルド『フェアリーテイル』へと向かった。
到着したギルドは、アニメで見た通りの賑やかさ――いや、それ以上の大騒ぎだった。
そこで俺は、服を脱ぎ捨てる癖のある氷の造形魔導士グレイや、ギルドの看板娘であり看板魔導士のミラジェーンをはじめ、数々の名物メンバーたちと出会うことになった。
(……よし、一応試してみるか)
俺はふと、女神様から授かった『相思相愛特典(Mutual Love)』のことを思い出し、優しい笑顔で接してくれるミラジェーンを見つめてみた。
……だが、何の反応も起こらない。
胸が熱くなることもなければ、ミラジェーンが急に恥ずかしがったりすることもない。当然だ。今の俺は、彼女たちを「可愛いな」「親切な人だな」とは思っていても、一人の「異性(恋の相手)」として強く意識しているわけではないのだから。
ルーシィに対しても、ミラジェーンに対しても、今の感覚としては『すごくいい女の子の友達ができた』という程度。自分のような自己肯定感の低い男が、こんな素敵なヒロインたちを恋人として意識するには、まだまだ心の準備も時間も足りていなかった。
(まあ、発動しないならしないでもいいか。今は普通に仲良くなれれば十分だしな)
気を取り直した俺は、この『ドラゴニック・アビリティ』がどれほど通用するのかを確かめるため、ギルドのメンバーたちと積極的に依頼(クエスト)へ出かけることにした。
魔物の討伐、盗賊団の壊滅、壊れた建物の撤去や補修作業――。
元・施工管理の知識(現場の危険予測や効率的な手順決め)と、ドラゴンの莫大な魔力・肉体強度が組み合わさった結果、俺の仕事ぶりは異次元の凄まじさだった。どれほど危険なS級手前の魔物であっても、傷一つ負わずに叩き伏せてしまう。
「おいソラ! 次の依頼は俺と勝負だぞ!」
「ハッ、ソラが速すぎてお前の火なんて届いてねぇよ、ナツ」
強すぎる俺の存在に、ナツやグレイは猛烈なライバル意識を燃やして絡んでくるようになった。
そして他のギルドメンバーたちからは、
「ソラがいる依頼は安心感が違うな」
「あいつ、いつも控えめで威張らないのに、強さはマジでバケモノ級だぞ……」
と、深い信頼と尊敬の目を向けられるようになっていったのだった。
◇
それから一年近く、俺は様々な戦いを経験していった。
手柄や活躍を譲る気なんてサラサラなかった。俺には『ギルドの女の子たちから愛されたい』という重大な目的がある。ナツたち原作の味方キャラ――特にナツの見せ場や強敵とのタイマンを完全に横取りする形で、自分の『ドラゴニック・アビリティ』を試し、圧倒的な戦果を上げ続けた。
ファントムロード戦では、シャドウギアを襲おうとしていたガジルを寸前で止めて返り討ちにし、ルーシィを狙うエレメント4をあっけなく粉砕。さらには巨大収束魔法『ジュピター』の砲撃を正面から跳ね返して敵の要塞を叩き壊し、そのままアリア、ガジル、ジョゼの主力三人全員を立て続けに一人でねじ伏せてやった。
その後の楽園の塔ではジェラールを沈め、バトル・オブ・フェアリーテイルでは暴走するラクサスを叩きのめした上に神鳴殿の魔水晶を全破壊。
六魔将軍(オラシオンセイス)編ではコブラ、ブレイン、そして解き放たれたゼロすらも一蹴してみせた。
極めつけのグリモアハート編では、アズマ、ウルティア、重力使いのブルーノート、そしてマスター・ハデスという絶望的なボス陣を俺一人で全員返り討ちにしたのだ。
その結果、俺は凄まじいポジションを手に入れた。
普段の俺は、施工管理時代からの根深い自己否定感や人見知りが抜けず、ギルドの端っこで酒も飲まずにぽつんと座っているボッチ気味の影が薄い魔道士だ。それなのに、いざ戦闘となれば絶対的な強さで敵を全滅させてしまう。
「あいつ、普段は全然喋らないのに……マジで何なんだよ」
「普段は控えめだけど、怒らせたらギルドで一番恐ろしいバケモノだな……」
ギルドの面々からは、畏怖と深い尊敬が混ざった特別な「一目置かれる存在」として扱われるようになった。
毎回美味しいところを全て奪われるナツからは、顔を合わせるたびに「次こそ俺が勝つ!」と激しいライバル意識を剥き出しにされたが、俺もヒロインたちのヒーローになるために手柄を譲るつもりは一切なかった。
……まあ、そんな無双続きの俺でも、突如飛来した死の竜・アクノロギアの圧倒的な暴力には敵わず敗北し、天狼島で『妖精の球(フェアリースフィア)』による7年間の凍結封印を受けることになってしまったのだが。こればかりは相手が悪すぎたと諦めるしかない。
◇
そして――長い長い7年の眠りから目覚め、俺たちは無事にギルドへと戻ってきた。
失われた7年という歳月。
久々に再会した仲間たち、そして何より……俺の周りの女の子たちが、見違えるほど綺麗に、そして魅力的な「大人の女性」へと成長を遂げていた。