妖精達と両想い 作:シューティングクエーサードラゴン
天狼島での七年の空白を経て戻ってきた俺たちは、失われた時間を取り戻すかのように苛烈な事件の渦中へと投げ込まれた。それが、あの『星空の鍵編』の騒動だ。
アニメの展開を知っている俺は、この戦いでも「一番美味しいところ」だけを完璧に掻っ攫わせてもらった。
本来ならミラジェーンが死闘を繰り広げたはずの新生六魔将軍のレーサーを、持ち前の高速とドラゴニック・アビリティのパワーで圧倒して撃滅。エルザが手を焼いたコブラすらも正面から叩き伏せた。
そして物語のクライマックス――巨大な『無限時計』に取り込まれ、存在そのものが消えかかっていたルーシィの絶体絶命の危機。俺は莫大な魔力を使った飛行と制御魔法で時計の核心部へと突入し、彼女をその呪縛から直接救い出した。さらに、ルーシィを無限時計の生贄に捧げた元凶であるブレイン二世(ミッドナイト)を、一切の反撃すら許さずに叩きのめして事態を鎮圧したのだ。
また、ルーシィを追い詰めていた人形の少女・イミテイシアに対しては、構造の裏を読む冷静さで無限時計の真のカラクリを教えてやった。本当の目的と騙されていた事実に気づいた彼女は涙を流し、無事にルーシィと和解を果たすことができた。
仕上げとばかりに、脱獄できずに牢獄でケツプリ団ともみ合っていたナツたちをサクッと解放してルーシィの元へ送り届け、お互いの無事を確認させて安心させてやった。
どこまでも効率的に、そして一番美味しいヒーローのポジションだけを独占した形だ。
◇
この事件を経て、ギルドの女性陣――特にルーシィやエルザ、ミラジェーンたちからの視線に明確な変化があった。
もちろん、俺の中身は相変わらず「施工管理の現場で怒鳴られ続けて自己肯定感がボロボロになったボッチ青年」のままだ。普段の俺は、賑やかなギルドのドンチャン騒ぎの輪には入れず、相変わらず酒場のすみっコの席でポツンとジュースを飲んでいる。人見知りで、自分から女の子に気の利いた声をかけるなんて口が裂けてもできない。
けれど……ギルドの端っこに静かに座っている俺に向けられる彼女たちの眼差しには、明らかに以前とは違う「深い信頼」と「絶対的な安心感」が籠もっていた。
「あいつ、相変わらず端っこで静かにしてるけど……いざって時は誰よりも頼りになるのよね」
「ええ、ソラがいてくれればどんな絶望的な事態でも絶対に大丈夫っていう安心感があるわ」
そんなヒロインたちの会話が聞こえてくるたびに、俺はグラスを握る手に少し力が入ってしまう。
(……あくまで『戦力として頼りになる』って思われてるだけなんだろうけどさ)
自分の自信のなさから、まだ彼女たちを「一人の恋愛対象」として直視する覚悟は決まっていない。だから女神様の『相思相愛特典(Mutual Love)』も発動してはいないけれど、確実に、一歩ずつ、彼女たちの心の中で俺という存在が揺るぎないものになっていくのを、俺はギルドの端っこで肌で感じていたのだった。
◇
新生六魔将軍を撃破するという大偉業を成し遂げた俺たちだったが、世間からのギルド評価は依然としてどん底のままだった。どれだけ過酷な事件を裏で解決しようと、一度失った落ち目の評判というのはそう簡単に取り戻せるものではないらしい。
(厳しい世界なんだな、本当に……)
施工管理の現場でどれだけ一人でデスロードを耐え抜いても、現場全体の評価が上がらなければ『使えない奴』と一括りにされていた昔の記憶が、うっすらと頭をよぎる。
俺はいつものように賑やかなドンチャン騒ぎの輪からは距離を置き、ギルドのポツンと離れた端っコの席で、一人静かにジュースのグラスを傾けていた。中身がボッチの俺にとって、このギルドのすみっコこそが一番落ち着く聖域(サンクチュアリ)なのだ。
そんな俺のもとへ、すっと一人近づいてくる足音がした。
「ねえソラ、あんたこの大会、出る気はない?」
声をかけてきたのは、アルザックの妻であり一児の母でもあるビスカだった。
彼女は俺の隣の椅子を引くと、スッと自然な動作で腰掛けた。その手には一枚のチラシ――『大魔闘演武』と書かれた告知用紙が握られている。
(おお、そうか……もうそんな時期になったのか)
原作の知識でストーリーの流れは知っていたが、いざ現実として突きつけられると時間の経過を実感する。
……と、その時だった。ふと資料から目を上げ、至近距離にあるビスカの顔が視界に入った瞬間。
――トクン、と。
胸の奥が、熱く小さく跳ね上がった。
天狼島での七年の空白を経て、彼女は二十五歳になっていた。
七年前の少女のような面影を残していた頃とは違い、今のビスカはすっかり艶やかな「大人の女性」としての色香と落ち着きを身につけている。丁寧に施されたメイク、母となった優しさと色気が同居する目元、そしてふわりと漂う甘い香水と女性らしい匂い。
(……うわ、やばい……っ)
俺の目から見ても、今のビスカは直視するのが危険なほど魅力的だった。
人妻だということは重々分かっている。アルザックという旦那がいて、アスカという可愛い娘がいることも分かっている。今の胸の高鳴りが、ただの丁寧な化粧や大人の雰囲気に気圧されただけの勘違いだということも分かっている。
……分かっているのに、どうしても一瞬、惹かれてしまう自分があった。
施工管理時代には女性とまともに喋ることすらまともになかった俺だ。こんな距離で大人の美女に優しく話しかけられたら、自己肯定感ボロボロのチキンなハートが耐えられるはずもない。
俺は必死に顔の筋肉を固定し、声が裏返らないよう平静を装って問いかけた。
「なんですか……この大会」
「フィオーレ中の魔道士ギルドが集まって、魔闘で競い合う大会なのよ。毎年競技内容は変わるから詳しくは言えないんだけど……ソラなら、どんな過酷な競技が出ても平気な気がするのよね」
ビスカはそう言って、心底頼もしそうに、そしてどこか愛おしいものを見るような柔らかい微笑みを俺に向けた。
(うわぁぁぁ〜〜〜っ! 信頼されてるよ!! やめて、そんな魅力的な顔でそんなこと言われたら、また胸がトクンってなっちゃうから!!)
心の中で叫び声が響き渡る。
駄目だ駄目だ、落ち着け俺! ビスカは仲間の嫁さんだぞ! ここで俺の情けない勘違いや不純な感情が引き金になって、あの神様から貰った『相思相愛特典(Mutual Love)』なんて恐ろしい能力が誤作動してみろ! ビスカが急に俺を恋着の目で見つめ始めたりしたら、アルザックが流石に血相を変えて激怒するどころの騒ぎじゃ済まなくなる!!
冷や汗が背中を伝うのを感じながら、俺は一息で言葉を吐き出した。
「……ギルドが出場するなら、俺は構いません。出るからには全力でやります」
「本当!? よかった、じゃあ一人確定ね!」
ビスカはパッと表情を輝かせると、嬉しそうに頷いて立ち上がり、離れた場所で遊んでいた娘のアスカの世話へと戻っていった。
「……ふぅ……あ、あぶねぇ……っ」
去っていく彼女の背中を見送りながら、俺は胸を撫で下ろした。
もし万が一にも特典が発動してビスカの心がこちらにシンクロしていたら……と想像するだけで胃が痛くなる。いくらヒロインたちに愛されたいと言っても、人様の家庭を崩壊させたいわけじゃない。
これ以上ここにいたら、色々な意味で心臓が保たない。
「……外行ってきます」
誰に言うでもなく小さく呟くと、俺はビスカから逃げるように、逃走同然のスピードでギルドの扉をくぐり、冷たい外の空気を求めて飛び出したのだった。
◇
逃げるようにギルドを飛び出した俺は、当てもなく足を動かしているうちに、ギルドの裏手にある森へと辿り着いていた。
冷たい風に当たりながら「はぁ……心臓に悪い……」と息を吐き出していると、木々の奥から激しい風切り音と、威勢の良い叫び声が聞こえてきた。
気になって木陰からこっそり覗き込んでみると――そこでは思いもよらない光景が繰り広げられていた。
「ま、マジ……で?」
ドゴォン! と大きな衝撃音が響き、なんとあのナツが大きく後ろへ弾き飛ばされていたのだ。
その目の前に立っていたのは、茶髪が特徴的なギルドの仲間、マックスだった。
「オレらだって7年間、遊んで何もしてなかった訳じゃねえ。それなりに鍛え上げてたんだよ!」
得意気に鼻を鳴らすマックスと、その攻防を息をのんで見守っているルーシィとウェンディ。
「ナツさんが……」
「マックスさんに勝てないの……!?」
二人は信じられないといった様子で目を丸くし、呆然と呟いていた。
「もう一度だオラーーー!!!」
頭に血が上ったナツが、拳に炎を纏わせて猛然と突撃していく。だが、マックスが展開した砂の魔法『サンドブラスト』の重厚な壁によって完璧にガードされ、ナツの攻撃はかすりもしないか、衝撃を綺麗に殺されていた。
(マジか……こんなことって本当にあるんだな……)
原作の知識として知ってはいた光景だったが、いざ目の前で生の戦いとして観賞すると、思わず笑みがこぼれてしまうほど面白い。
と同時に、俺の胸の中にはしみじみとした温かい感情が広がっていた。
天狼島で俺たちが七年間眠っていた間、残された彼らは最弱ギルドとバカにされながらも、決して絶望して立ち止まっていたわけじゃなかったんだ。ギルドを守るため、いつか帰ってくる仲間たちのために、自分たちなりに血の滲むような努力を重ねて力をつけていた。
(すごいなぁ……みんな……)
施工管理の現場で要領が悪く、怒られてばかりで逃げ出してしまった俺。
神様から貰った『ドラゴニック・アビリティ』という圧倒的なチート能力のおかげで、たまたま無双できているだけの俺とは大違いだ。
仲間を想い、泥臭く努力を続けてきたマックスたち。
彼らの背中を見つめながら、俺は「やっぱり彼らこそが、俺なんかよりもずっと『フェアリーテイル』の一員に相応しい本物の魔道士なんだな」と、深い敬意と少しの羨ましさを抱かずにはいられなかった。
木陰に身を潜めながら、俺はナツとマックスの打ち合いを少し離れた場所で見つめているルーシィへと視線を移した。
彼女の瞳は、砂塵に塗れながらもガムシャラに拳を振るうナツの姿に釘付けになっていた。
この世界線のナツは、本来なら彼が倒すべきだった強敵や、手にするはずだった数々の手柄を、俺というイレギュラーによって悉く奪われている。それでも、彼のあの呆れるほどの真っ直ぐさや、仲間を想う底抜けに熱い気持ちだけは、何一つ損なわれることなく健全なままだった。
(……ルーシィも、きっとナツのそういうところに惹かれているんだろうな)
だからこそ、彼女はいつもナツと一緒にいて、彼がピンチの時には誰よりも心配し、彼が笑えば隣で一緒に笑うのだ。二人の間に流れる、誰にも踏み込めない完成された絆のようなものが、今の俺にはたまらなく眩しく見えた。
『星空の鍵編』でのミッシェルとの悲しい別れを乗り越え、彼女は外見だけでなく、心もまた美しく逞しく成長を遂げていた。
俺はそんな彼女を、木陰からチラチラと、気づかれないように盗み見る。女神様から貰った『ドラゴニック・アビリティ』のチート能力を使い、この一年、俺は何度も彼女を絶望的な危機から救い出してきた。
けれど――それでも未だに、俺にとってルーシィという存在は、どれほど腕を伸ばしても決して指先すら届かない、遥か高い場所にある星のように思えてならなかった。
(……羨ましいな……)
こんなにも可愛くて、美しくて、そして逞しい女の子に心からの信頼を寄せられているナツが、心の底から羨ましかった。施工管理の現場で怒鳴られ続けてボロボロになった俺の心の傷は、外見や力が変わっても、簡単には癒えやしない。自分なんかが彼女の隣に立つ資格なんてないという劣等感が、どうしても胸の奥底に澱のように沈んでいる。
胸を締め付けるような「寂しい」という感情と共に、俺の目に映るルーシィの横顔は、より一層、残酷なまでに美しく見えた。
「――ソラ? どうしたの?」
ハッとして我に返ると、いつの間にかルーシィが俺のすぐ傍まで来て、俺の顔を覗き込んでいた。
俺が知らぬ間に浮かべていた、暗く沈んだ表情に気づいたのだろう。彼女はこういう仲間の機微に対して驚くほど敏感で、そして何より優しい。
(……ああ、やっぱり……惚れない方が無理だ、こんなの)
自分を気遣ってくれる彼女の真っ直ぐな瞳に見つめられ、俺は改めて彼女への想いを自覚させられる。けれど、今の情けない心の内を晒すわけにはいかない。
「ううん、何でもないよ」
必死に作り笑いを浮かべて誤魔化そうとする俺に、ルーシィは納得のいかない様子で、けれどどこか心配そうに眉を下げた。
「そう……? でも、ちょっと寂しそうな顔してたよ? 何かあったら、あたしに言って。ソラはあたしの命の恩人なんだからさ」
そう言って、彼女は俺の右手を、両手で優しく、包み込むように握りしめた。
彼女にとっては、あくまで落ち込んでいるギルドの仲間を励ますための、気遣いのつもりだったのだろう。
けれど。
俺は彼女の手の、驚くほどの柔らかさと温かさ、そして女の子特有の華奢さに、心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けてしまった。今まで何度も助けてきたはずなのに、その手を「女の子」として意識してしまったのは、これが初めてだった。
その瞬間だった。
『――Mutual Love 発動――』
脳内に、あの女神様の声のようなものが直接流れ込んできた。
俺が抱いた「一人の女性としての愛しさ」と「触れたい」という情熱。その俺の心と、彼女の心が、特典の力によって強制的に、そして完全にシンクロしたのだ。
「あ……」
それまで心配そうに言葉をかけてくれていたルーシィが、突如として無言になった。
握られた俺の手にかかる力が、一瞬で変わる。彼女の体温が急激に上昇し、顔色がみるみるうちに耳の裏まで真っ赤に染まっていくのが、暗がりの森の中でもはっきりと分かった。
潤んだ瞳が俺を見つめ、小刻みに震えている。
その瞳に宿っているのは、これまでの信頼や感謝ではない――俺とまったく同じ、狂おしいほどの愛おしさと、激しい鼓動だけだった。
(あ……これは……やってしまったかもしれない……)
俺はただ、彼女を綺麗だと思っただけなのに。
その一瞬の想いが、女神の特典を呼び覚まし、彼女の心を完全に変えてしまったのだ。