ヒーロー系の話を書いてみたかったので挑戦しました。
温かい目で読んで頂ければと思います。
休日の昼下がり。
ビルの屋上に一人の男が立っていた。
雲一つない快晴の青空はまさにお出掛け日和と言わんばかりの天気をしており、眼下に広がる街には多くの人々が忙しなく行き交っていた。
父親が子供を抱っこして母親と共に歩き、待ち合わせをしていた男性が先に到着していた恋人である女性の下に慌てて駆け寄る。
喫茶店のテラス席では、友人であろう三人の少女たちが楽しげに会話をしていた。
平和。
まさにその言葉が似合う何の変哲もない、ありふれた休日の光景を男はビルの屋上から眺めていた。
「…………ふぅ」
暫くして男は小さく息を吐くと右腕に嵌めている銀色の腕輪へ指を添える。
「変身」
その言葉と共に腕輪の中央に嵌められた宝石が眩い光を放ち、そのまま男の姿を包み込む。
そのまま数秒ほど経過し、光が収まった後に立っていたのは先程までとはまるで別人のような姿をした人物だった。
黒を基調とした戦闘装束にその上から羽織る純白の羽織、顔の上半分を覆い隠す蛇を思わせる白い仮面。そして右手には一本の錫杖を握っている。
どこからどう見ても怪しい人物がそこには存在していた。
「……よし、今日も頑張るか」
しかし、男は自分のそんな姿を気にする素振りも見せず、気合を入れるようにそう呟きながら頬を叩くと勢いよく地面を踏み込んだ。
「ふっ!」
鈴のような音が澄み切った青空に響き渡り、浮遊感が男を包み込む。
宙を高く舞った男は屋上からの転落防止の為に備えられたフェンスを軽く飛び越えるとそのまま地上へ落下する。
地上からの高さ、約二十五メートル。
常人であれば死は免れない高さからのダイブだが、仮面に隠れた男の顔に恐怖の色は欠片も無かった。
数秒ほどの滞空時間を経て軽やかに地面に着地した男は杖底を地面に突き立て、自らの異能を発動させた。
「来い、オロチ」
男の呟きと共に大地が激しく揺れる。
周囲の人々が地震かと騒ぎ始める中アスファルトの地面を割いて白い何かが飛び出した。
『シャァァアアアッ!!』
大気を震わせる咆哮を響かせながら、その怪物は姿を街に晒した。
全身に纏った白い鱗と怪しげな輝きを帯びた真紅の瞳。
男の異能によって生み出された白蛇————オロチが鎌首をもたげる。
「うわぁぁあああッ!」
十メートルを超える白蛇が街中に姿を現した瞬間、休日の平穏は一瞬にして崩れ去った。
「何だ、ありゃッ!?」
「へ、蛇ッ!? なんでこんな街中に!?」
「『レネゲイド』だ、早く逃げろぉぉおおおおッ!!」
突如として街中に現れた大蛇を目にした人々は悲鳴を上げながら我先にとその場から逃げ出していく。
泣き叫ぶ子供。
恋人の手を引いて走る男女。
転びながらも必死に逃げようとする老人。
街にいた全ての人々が男から少しでも遠ざかろうと必死に走り続けていた。
「ハッ、逃げろ逃げろ!」
そんな逃げ回る人々を尻目に男は仮面越しに眺めながら愉快そうに叫ぶ。
そんな自らの言葉をまるで聞いていないであろう人々が自分から距離を取ったタイミングで男はおもむろに錫杖を振るう。
『シャァアッ!』
するとその動きに合わせてオロチがその長い身体をしならせ、尻尾を勢いよく振り抜く。
その直後、オロチの尾の一撃によって轟音を響かせながら道路脇に設置していたベンチが吹き飛び、更には街路樹が根元からへし折れ、近くの看板が地面に転がった。
「ハハハッ!」
男はその光景を見つめながら愉快だと言わんばかりに高らかに笑う。
「そこまでよッ! 『オフィクスッ!』」
人がいなくなったことで閑散とした街に自らの笑い声を響かせていた男は自分の名を叫ぶ声がした方向――建物の屋根に立つ二人の少女たちにゆっくりと視線を向ける。
美しい少女だった。
年齢はまだ十代半ばといったところだろうか、それぞれ雲を模した金の刺繍が入ったマントを羽織り、それぞれの赤と青のレオタードに半透明のスカートを纏ったその姿は華やかで神秘的な美しさを放っていた。
「……来たか、『ヒーロー』」
男、オフィクスは視界に入った二人組の少女に対してそう呟きながら口角を上げる。
「おい、あれを見ろ! ヒーローだッ! ヒーローが来てくれたぞッ!!」
「あれって、『スカイライト』だよなッ!? 俺、初めて見たッ!!」
「や、やっぱ生で見るスカイライトは可愛い……」
避難していた人々はスカイライトの姿を確認すると先程までの恐怖を忘れたかのように一斉に沸き立った。
「今日こそ貴方の悪事、止めさせて貰うわ!」
「ハハハッ! やれるものならやってみろッ!」
スカイライトの一人、赤い衣装に身を包んだ少女、スカイレッドの叫びにオフィクスは笑いながら錫杖を振るう。
『シャァアアアッ!!』
同時にオロチが雄叫びを上げながら大地を素早く這い、瞬く間にスカイライトとの距離を詰めるとそのまま顎を大きく広げ、二人を丸吞みにせんと襲い掛かる。
「フフッ! あまぁぁぁああああいッ!!」
レッドは頭上から迫ってくるオロチの口腔を前にして慌てるどころか、余裕綽々と言わんばかりの笑みを浮かべるとその場から勢いよく跳ぶ。
「はぁあああああッ!」
そのままオロチとレッドの距離がゼロになる直前、その手に炎を帯びた赤い剣を生み出すと力強く横薙ぎに振るった。
『ガッ!?』
レッドから放たれた斬撃は彼女を喰らおうとしたオロチの顔を上下真っ二つに両断し、そのまま短い悲鳴を漏らしながら消滅してしまう。
「一撃か、やるな」
「呑気に褒めている場合ですか?」
オロチを一撃で屠ったレッドの攻撃に賞賛の言葉を漏らしていたオフィクスは頭上から聞こえてきた声に顔を上げる。
視界に映る青い衣装を纏った少女、スカイブルーはその手に持つ青く染まった三つ又の槍をオフィクスに向かって突き出した。
「ヒーローが奇襲なんてして良いのか?」
半身をズラして頭上から降ってきた槍を躱したオフィクスは大きく後退しながらブルーにそう尋ねる。
「悪事を働いている人に言われたくはないですね」
「それはそうだな」
正論だと頷いたオフィクスは槍を構え直して再度、攻撃を仕掛けてくるブルーの迎撃に入る。
その細身の身体からは考えられないほど放たれる素早く鋭い突きを手にした錫杖を用いて次々に弾いていく。
「オロチ」
まるで弾幕のように放たれるブルーの鋭い突きに対して防戦一方のオフィクスは反撃に転ずるべく、再び異能によってオロチを呼び出す。
「フッ!」
「くッ!?」
オフィクスは自身の後方に姿を現したオロチに動揺し、僅かに甘くなったブルーの突きを勢いよく弾くと体勢を崩した彼女に向けてオロチを差し向ける。
『シャアアアッ!』
尻餅をつくブルーの小さな頭を嚙み砕かんとオロチは雄叫びを上げながら口腔を大きく開く。
「はぁぁああッ!!」
『ガッ!?』
しかし、その牙が届く直前にレッドが放った斬撃を浴びたことでオロチは頭部を切り落とされて消滅してしまう。
「チッ」
「やぁあああッ!!」
再びオロチを倒されて舌打ちを漏らすオフィクスは続けて自身に向かってくる炎を帯びた剣に意識を向ける。
「ッ! アチィなッ!」
「そのまま燃やしてやるわよ!」
錫杖を盾にして剣を受け止めるも、纏う炎の勢いに関してはどうすることもできずオフィクスは悪態を吐きながら大きく後方へ後退した。
「大丈夫、ブルーッ!?」
「ええ、お陰様で。ありがとうございます、レッド」
ブルーは感謝を述べながら差し出されたレッドの手を掴んで起き上がると鋭い視線をオフィクスへと向ける。
「ふぅ、相変わらず厄介な奴らだな」
「それはこちらの台詞です」
「そうよそうよ! 毎度、人様に迷惑を掛けて一体何がしたいのよ!?」
オフィクスが服についた火の粉を払いながらそう呟くとブルーとレッドから怒り混じりに言い返されてしまう。
「ハハハッ! 何をいうかと思えばそんなことをわざわざ教えてやるような人間じゃないことは分かっているだろ?」
「 ふんッ! なら良いわよ! アンタを倒して牢屋にぶち込んだ後、ゆっくり聞かせて貰うから!」
「やれるものなら、なッ!」
レッドの強気な言葉にオフィクスはそう叫びながら錫杖の杖底を思いっ切り地面に突き付ける。
「今度のはデカいぞッ! 防げるか!?」
『グォオオオオオッツ!!』
そう叫ぶオフィクスの背後の地面が裂け、今までよりも一際大きいオロチが雄叫びを上げながら現れる。
「レッド!」
「うん、分かってるわッ!」
ブルーの声に素早く応じたレッドは一歩、後方に下がると力を溜めるように剣を掲げる。
「しっかり決めて下さいよッ!」
そんなレッドの前に立つブルーは突進してくる巨大なオロチを視界に入れると槍の穂先に水を纏わせて高速回転させる。
渦巻く水がまるで盾のように展開され、その直後に迫ってきたオロチの一撃を受け止めることに成功する。
「ぐッ! はぁあああッ!!」
ブルーは腕に伝わる衝撃に一瞬、顔を歪めるも次の瞬間には叫ぶ声を上げながら槍を振るい、オロチの身体を大きく仰け反らせることに成功する。
「今です、レッドッ!」
「任せてッ!!」
ブルーに言われる前から既に駆け出していたレッド剣の柄を強く握り締める。
レッドの小さな身体から凄まじい熱気が立ち上り、剣の纏う炎の勢いが一気に増していく。
「これで————終わりよッ!!」
レッドは高く跳躍するとようやく体勢を立て直した巨大なオロチに向けて真正面から剣を振り下ろす。
「ブレイズ・スラッシュッ!!」
『グォオオオオオッ!?』
「なッ!?」
放たれた業火を纏ったレッドの斬撃はオロチのの身体を一刀両断にしてそのまま炎で焼き尽くし、更には後方にいたオフィクスまで飲み込んだ。
「ふぅ……決まったね。さぁ、オフィクス! 今度こそ諦めなさいッ!」
オロチを倒したレッドは赤い長髪を手で靡かせながら格好を付けるとオフィクスへ降参を呼び掛ける。
「あの人、オロチと一緒に燃えてますけど」
「えッ!? 嘘でしょッ!?」
しかし、その直後にブルーからそんな指摘を受けて前方で激しく燃えているオフィクスの姿を見たレッドは驚愕しながら慌て出す。
「え? え? ど、どうしよう!? そうだ、消火器! 消火器は!? いや、それより救急車、110番しなきゃッ!?」
「落ち着いて下さい。それに110番は警察です」
「いや、落ち着いてる場合じゃないでしょ!? ってそうだよ、ブルーの力で早く私のを火を———」
「…………容赦のないヒーローだ」
慌てるレッドの言葉を遮り、炎の中から聞き覚えのある声が響き渡る。
スカイライトの二人が視線を向ければ炎の中から見慣れた蛇の仮面と羽織を焦がしたオフィクスがゆっくりと姿を現した。
「い、生きてァァアアアッ! 良かったァ、私人殺しになるところだったッ!!」
「心配しなくても大丈夫ですよ。あの人、しぶといですから」
安堵の声を漏らすレッドに対してブルーの褒めてるとも貶しているとも取れる言葉を口にしながらオフィクスに侮蔑の目を向ける。
「一応、褒め言葉として受け取っておこう」
オフィクスはブルーに対してそう呟きながらトンと錫杖で地面を叩く。
すると現れたオロチはがオフィクスに巻き付くように身体を動かし、その姿が見えなくなっていく。
「今日のところは俺の負けだ。次こそは決着を付けよう」
「あッ! こらッ! 逃げるなッ!?」
「今日のところはって、いつも負けてるじゃないですか」
オフィクスはそんな宿敵の声に一切反応することなく、その姿がオロチによって完全に覆い隠されると次の瞬間にはオロチと共にその場から消えてしまった。
「くぅ、逃げられた……」
「相変わらず逃げ足が早いですね」
悔しげなレッドとは対照的に捕らえれないことを予め予測していたブルーは大して落ち込むこともなく武器をしまう。
そしてそんな二人の様子に戦いがヒーローの勝利で決着したことを理解した民衆は歓声の声を上げた。
「うぉぉおおおッ! 流石はスカイライトッ! 格好良かったぞぉおおおッ!!」
「後でサイン下さ〜いッ!」
「レッドォッ! 今日の炎も熱かったぞッ!」
「ブルーさん、やっぱりクール……いい」
次々に聞こえてくる避難していた民衆たちの声にレッドとブルーは視線を向ける。
やがてレッドがニッと笑みを浮かべながら剣を掲げると歓声は一際、大きくなるのだった。
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「あっぶねぇ、油断した……」
ヒーローと民衆が勝利に湧き立つ一方、敗北して撤退したオフィクスは変身を解き、一般人に紛れて現場から離れていた。
すると途中でポケットに入れていたスマホが振動した。
「…………ん?」
何かの連絡だろうかと取り出してみると一件のメッセージが届いている。
差出人は『会社』。
件名には任務成功報酬』という言葉が書かれている。
「………」
受け取ったメッセージの内容を確認すると今回の戦闘による報酬が、指定された口座へ振り込まれたことを知らせるものだった。
「…………よし」
振り込まれた金額を確認したオフィクスは安堵した様子で小さく息を吐く。
そしてスマホをポケットへ戻すと何事もなかったかのようにオフィクスは再び歩き出した。