とても励みになっております。
これからも本作を楽しんで読んで頂ければと思います。
「そのプロジェクト、聞いたことがあります。確か中止になった実験ですよね?」
不思議そうな表情を浮かべる朱音の横で葵が過去の記憶をたどるように尋ねてきた。
善斗は諦めたように「そうだよ」と頷いた。
「一時期、トライデント社で行われていたプロジェクトだよ。『異能を手に入れて君もヒーローに』ってキャッチコピーを掲げてね……まぁ、人体実験だね」
「それ、危なくないの?」
「普通に危険だったよ。実験の途中で死者が出て、二条さんが言ったようにプロジェクトは中止。その影響でトライデント社も最終的には潰れたしね」
当時は、ヒーロー事務所を抱える大企業が行った非道な人体実験として、連日ニュースで報じられるほどの大騒ぎになった。
————けど、意外と忘れられてるもんだな。
何も知らない様子の朱音を見つめながら、善斗は思った。
あれほど世間を騒がせた事件でさえ、時間が経てば人々の記憶から薄れていく。
それはきっと、オフィクスの悪行も同じなのだろう。
「けど、どうして善斗さんはそんな危険な実験に参加したんですか?」
「異能が手に入るってのは、当時の俺からすればあまりにも魅力的な話だったんだ。何より、実験への参加者には多額の謝礼金が支払われたし」
あの頃、両親を失った善斗はまだ幼い楓を養いながら、どうにか生活を維持するだけで精一杯だった。
そんな状況で目にしたのが、トライデント社の異能獲得プロジェクトだった。
異能を手に入れられるうえ、多額の謝礼金まで受け取れる。当時の善斗にとって、それはあまりにも魅力的な話だった。
「身体は大丈夫だったの?」
「……ああ、俺は実験を受ける前だったからね。まぁ、おかげで異能は得られず、こうして今は社畜をしているってわけだけど」
朱音の質問に一瞬だけ言葉を詰まらせながらも、善斗は嘘を交えて答えた。
それを聞いた葵は、「そうなんですね、良かったです……」と安堵した様子で息を吐いた。
「本当だよ。お兄ちゃんがニュースで報じられた実験に参加したって聞いた時、私がどれだけ心配したか」
「悪かったって……」
「にしても、善斗さんってヒーローに憧れてたんだねぇ~」
チクチクと刺すように呟く楓に、善斗はバツの悪そうな表情を浮かべて謝る。そんな二人のやり取りを聞いていた朱音は、しみじみとした口調で言った。
「まだヒーローやりたいなら、善斗さんもスカイライトに入る?」
「それはさすがに無理でしょ、いろんな意味で……」
朱音の誘いを、善斗は呆れながら断った。
異能やオフィクスのことを抜きにしても、さすがにスカイライトに加入するのは無理がある。っていうか、入りたくない。
「えぇ? 私は全然いいけどな。葵もでしょ?」
「え、えぇ? まぁ、善斗さんが良いなら……」
「良くないよ」
朱音に押されるようにして困惑気味に同意する葵に、善斗は思わずツッコミを入れた。
そんなことを言いながらも、スカイライトの一員になった自分の姿を想像してみる。
————いや、やっぱり無いわ。キショ過ぎる。
露出度の高いキラキラしたコスチュームを着た自分を想像し、善斗は恐怖のあまり全身に鳥肌を立てた。
「まぁ、確かにヒーローにはなれなかったけど、今の仕事にはほどほどに満足しているから、過去のことは気にしないで」
「そうだよ。お兄ちゃん、この前も担当のヒーローが凄く頑張ってるって、嬉しそうに話してたんだよ」
「お前、ちょっともう口を閉じなさい?」
先ほどから余計なことしか口にしない楓をどうやって黙らせようかと考えていた善斗は、そこで目の前の二人の様子がおかしいことに気づいた。
「……二人とも、どうかした?」
「え? あっ、何でもないよ!」
「は、はい、大丈夫です……」
「それは何かある時の典型的な回答だろう……」
明らかに動揺した返事をする二人に、善斗はため息を漏らしながら呟くと、視線を楓に向けた。
「あ、そろそろ塾の時間だから私もう行くね! お兄ちゃん、病院に迷惑を掛けないようにちゃんと安静にしてるんだよ?」
「子供じゃないんだから、それくらい分かってるよ。見舞いに来てくれてありがとうな」
「それじゃ、二人もまたね! ヒーローのお仕事、応援してるよ!」
兄の視線の意図を察した楓は、鞄を手に取ると、そう言って三人に別れを告げ、病室を出て行った。
「……もしかして、楓さんに気を遣わせてしまいましたか?」
「大丈夫だよ。本当に塾の時間なだけだから」
申し訳なさそうに尋ねる葵にそう答えると、善斗は二人へと視線を戻した。
「それより、何があったんだ? 随分と浮かない表情だけど」
「それは……」
「…………」
葵はともかく、朱音まで言い淀むのは珍しい。
善斗はそう思いながら、二人が何を悩んでいるのか考えを巡らせた。
朱音まで悩んでいるとなると、学校関連ではなく、ヒーロー関連の悩みである可能性が高い。仮に学校関連だったら、朱音は既に悩みを打ち明けているはずだ。
————となれば、一番可能性が高いのは……。
「前のオフィクスとの戦いか?」
「「ッ!!」」
「相変わらず分かりやすいな、君ら……」
あからさまに動揺する二人に、善斗は苦笑しながら呟いた。
年齢的にまだ子どもなのだから仕方ないとはいえ、これだけ分かりやすいと、狡猾なレネゲイドを相手にした時にちゃんと戦えるのか不安になる。
とはいえ、それは今考えることではないだろう。
「あの戦いがどうかしたんだ? 映像で見たけど、二人とも最後まで人々を守ろうと立派に戦っていたじゃないか」
善斗は、オフィクスとして二人と対峙していた時のことを思い返しながら告げた。
逆境に打ちのめされながらも諦めることなく、人々を守ろうと立ち向かっていたスカイライトの姿は、まさにヒーローの鑑と言えるものだった。
だというのに、なぜ二人はこれほど暗い表情を浮かべているのか。
「……本当に、そう思いますか?」
「? ああ、思うけど……」
「あの、アストレアさんとの戦いを見た後も同じことを言えますか?」
「ッ!!」
葵の言葉を聞き、二人が何を気にしているのか察した善斗は、思わず目を見開いた。
「アストレアさんと戦っていた時のオフィクスの動き……私たちと戦っていた時とは全然違ったよね?」
————そりゃ、こっちも逃げるために必死だったからな……。
朱音の呟きに対して、善斗は内心で言い訳するように呟く。
セブン・オーダーが相手だったのだ。
手加減なんてできるはずもなく、まともな悪役ムーブをする余裕さえなかった。
「アストレアさんの動きは、私たちではまともに目で追うことさえ難しかったです。けれど、オフィクスはあの動きに対応して、更には反撃まで行っていました」
「…………」
「あれほどの実力を持つレネゲイドが、私たちに何度も負け続けるはずがありません。意図的に手加減していたのでなければ……」
葵は前回の面談の時と違い、確信を持って発言しているようだった。
当然だろう。
善斗はスカイライトと戦う際、意図的に手加減していた。一方、アストレアとの戦いでは逃げ延びるために全力を尽くしていたのだ。
何度も自分と戦ってきた二人なら、その違いに気づいてもおかしくはない。
むしろ、気づく方が当たり前だ。
「そうだな。確かに二条さんの言う通りだろうな。あのレネゲイドは、君たちと戦っていた時とアストレアとの戦いの時とでは、動き方に差があり過ぎる」
善斗は葵の言葉を否定せず、肯定した。
そのうえで、話を続ける。
「とはいえ、それでも君たちがオフィクスを相手に人々を守り続けてきたのは紛れもない事実だ。相手に手加減されていたからといって、恥じることではないんじゃないか?」
「……ですが、それでもあそこまで加減されて本当に守れていると言えるのでしょうか?」
善斗の激励に、葵は複雑な感情を込めた言葉を漏らす。
「その気になれば、オフィクスは私たちを倒して、あっという間に街の人々を傷つけることだってできるはずです」
「…………」
「善斗さん」
葵の言葉に黙って耳を傾けていた善斗は、朱音に名前を呼ばれ、彼女に視線を向ける。
不安に揺れる瞳が善斗を捉える。
「私、ヒーローになりたかったんだ。誰かを助けて、みんなを守れるようなヒーローに……」
「ああ、君たちの担当になった時に聞かせてもらったね」
初めて二人と面談した時、嬉々として夢を語っていた朱音の姿を思い返しながら、善斗は頷いた。
「でも、でもさ……相手に手加減されなきゃみんなを守れないんだとしたら、私たちは本当にヒーローって呼べるのかな?」
「…………」
答えを求める二人の視線を真っ直ぐに受け止めながら、善斗はサポート担当として言葉を紡ぐ。
「確かに、オフィクスが本気を出せば君たちでは太刀打ちできないのかもしれない。少なくとも、今の実力ではね」
「…………」
「けど、それでもやっぱり俺は君たちはヒーローだと思うよ」
「ッ!!」
善斗の言葉に朱音は驚いて目を見開き、隣の葵も同じように驚いた様子を見せた。
「たった今、立花さんが言ったことだろう? 誰かを助けてみんなを守れるヒーローにって。まさに今の君たちじゃないか」
「けど、それはオフィクスが手加減を————」
「違う、それは関係ない」
善斗は朱音の言葉を遮って告げる。
かつて自分が憧れ、目指そうとしたヒーローの姿を口にする。
「相手が強かろうと弱かろうと関係ない。どんな脅威を前にしても、人々を守り、救うこと。それがヒーローとして大切なことだよ。少なくとも、俺はそう思う」
「……ッ!」
善斗は、言葉を失った二人を見つめながら静かに微笑んだ。
「君たちが今まで守ってきた人たちの命はオフィクスの手加減で救われたわけじゃない。君たち自身が守り、救ってきた結果だ」
「…………」
————まぁ、間違いなく俺が言えた義理では無いけど……。
自分で人々を襲っておいてどの口がほざくと思いながらも善斗は続ける。
「もちろん、今のままで十分だなんて言うつもりはないよ。けど、落ち込んでいるだけじゃ何も変わらないだろ?」
「……はい、その通りです」
善斗の言葉に葵は静かに頷く。
このまま落ち込んでいたところで、何かが変わるわけではない。
「それに、良いじゃないか。そのまま調子に乗らせてやれば」
「……えっ?」
予想もしていなかった善斗の言葉に葵は困惑した表情を浮かべる。
「だって、そうだろ? オフィクスが調子に乗って手加減してるって言うなら、これほどのチャンスはないぞ?」
「チャンス?」
善斗の言っていることが理解できず、首を傾げる朱音に、善斗は笑いながら告げた。
「相手の慢心を突いてやれ。それで、調子に乗ってるあのレネゲイドを捕まえて後悔させてやれ」
「ッ!!」
「スカイライトを舐めるな、ってな」
ニヤリと笑う善斗。
その言葉に朱音は一瞬きょとんとした後、悔しさを吹き飛ばすように顔を上げた。
「……つまり、次はあの慢心してるレネゲイドの隙を突いてボコボコにしてやればいいってことだねッ!!」
「そういうこと」
「……そう、ですね。ふふっ、確かにオフィクスが私たちを侮っているのなら、それを利用しない手はありませんね」
葵も朱音に続き、笑みを浮かべながら納得したように頷く。
先ほどまで浮かべていた暗い表情は、もうそこにはなかった。
「ありがとうございます。やっぱり善斗さんに話して良かったです」
「よーし! 次こそあの蛇野郎を捕まえてやるんだからッ!」
感謝を口にする葵と、両手を上げて意気込む朱音。その姿を見つめながら、善斗は微笑んだ。
————次は絶対に油断しないようにしよ。