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「まずは退院おめでとう。君が無事に戻ってこられて何よりだ」
「ありがとうございます」
アーク・ライト社、特殊事案対策課。
退院後、久しぶりに出社した善斗は、上司である重信からの労いの言葉に頭を下げた。
「身体の方はどうだ?」
「まだ痛みますが、動く分には問題ありません」
善斗は肩を軽く回しながら答えた。
まだ完治したとは言い難いものの、日常生活を送る分には支障はないだろう。
「そうか。まぁ、しばらくオフィクスとしての活動は休止だ。無理をせず、普段の業務に集中しなさい」
「いいんですか、休んで?」
「新しい武器を作り直す必要もあるしな。それに、今回は撤退することになったとはいえ、オフィクスの脅威を世間に知らしめるという点では、十分なインパクトを与えられたからね」
そう言いながら、重信は手元のリモコンを操作した。
室内のモニターに映し出されたのは、東都レジャーパーク襲撃事件の翌日に放送されたニュース番組だった。
『昨日、東都レジャーパークに出現したレネゲイド、オフィクス。現地でヒーローショーを行っていたスカイライトと交戦した後、駆けつけたセブン・オーダーの一人、アストレアとも激しい戦闘を繰り広げました』
モニターには、東都レジャーパークで撮影された映像が映し出されていた。
白い羽織を翻して錫杖を振るうオフィクス。
その前に立ちはだかるのは、赤と青の衣装を纏った二人のヒーローだった。
遠くから撮影された映像らしく、細かな動きまでは確認できない。
それでも、オフィクスが操る白蛇とスカイライトの二人が激しく戦っている様子は、はっきりと映し出されていた。
『現場では来園者の避難が迅速に行われ、幸いにも大きな人的被害は確認されていません。しかし、オフィクスはスカイライトとの交戦後、応援に駆けつけたアストレアとも戦闘を行い、最終的に逃走したとみられています』
画面が切り替わった。
今度は、アストレアとオフィクスの戦闘映像が映し出される。
先ほどのスカイライトとの戦いとは比べものにならないほど、熾烈な攻防が繰り広げられていた。
もっとも、映像の中ではオフィクスがアストレアに一方的に追い詰められている。
――うわぁ、めっちゃフルボッコにされてるな。
画面の中のオフィクスは、アストレアが次々と繰り出す斬撃を、錫杖や呼び出したオロチを盾にして必死に防いでいた。
最終的には相打ちを装って逃げ切ったものの、あのまま戦闘が続いていれば、間違いなく捕まっていただろう。
『ここからは、異能犯罪評論家の黒崎さんにお話を伺います。黒崎さん、今回の事件をどのように見ていますか?』
『そうですね。まず、皆さんに覚えておいてほしいのは、オフィクスがA級レネゲイドであるということです』
黒崎はそう前置きしてから、話を続けた。
『今でこそスカイライトに負け続けているという印象が強いオフィクスですが、彼はかつて次期セブン・オーダーと評されていた元十位のヒーロー、ブラスターを倒した凶悪なレネゲイドの一人なんです』
「…………」
黒崎の言葉を聞きながら、善斗は過去の出来事を思い返していた。
『今回の事件でも、スカイライトとの交戦後にアストレアと戦闘を行い、最終的には逃走しています。セブン・オーダーを相手にしながら生き延び、捕縛を免れたレネゲイドはごくわずかです』
『つまり、これまでスカイライトをはじめとするヒーローたちに敗れているからといって、オフィクスの脅威が低いわけではない、と?』
『その通りです。過去の実績を踏まえれば、彼は決して侮れない相手です。むしろ、これだけ多くのヒーローと交戦しながら、いまだに捕縛されていないことこそ警戒すべきでしょう』
『なるほど。では、市民としてはどのような点に注意すべきでしょうか?』
『基本に忠実であることです。レネゲイドと遭遇した場合は、決して自分で対処しようとせず、速やかに避難してください。そのうえで、安全を確保してから警察やヒーロー協会などの関係機関へ通報する。日頃から行動マニュアルを確認し、いざというときに落ち着いて行動できるようにしておくことが重要です』
黒崎による注意喚起が伝えられ、映像はそこで終わった。
「……とのことだ。確かに君はヒーローに敗れたが、それでもレネゲイドとしての恐ろしさを世間にアピールすることには成功している」
「あんまり嬉しくはないですけどね」
ニュース番組を見終えた重信は満足げに呟いたが、善斗は何とも言えない気持ちになる。
そもそも、善斗はレネゲイドとしての活動を楽しんでいるわけではない。世間から恐れられ、悪名が広まることに抵抗がないと言えば嘘になる。
とはいえ、仕事として悪役を演じる以上、その役割に見合った評価はされたい。そんな相反する思いを抱えながら善斗は複雑な表情を浮かべた。
「何を言っているんだ。この前まで女性ヒーローに倒されて興奮する変態マゾレネゲイドなんて言われていたことを考えれば、今の方が百倍マシだろう?」
しかし、そんな感情も重信の口から飛び出した信じがたい評判によって吹き飛んだ。
「……ちょっと待ってください。何ですか、それ? 初耳なんですが」
――変態マゾレネゲイドって何だ。俺、一体どんな奴だと思われてたんだ?
「おや、認識していなかったのか? 君、レジャーパーク襲撃事件の前までは、ネットで散々な言われようだったんだぞ」
「嘘でしょ……」
善斗は思わず言葉を失った。
確かに、以前動画サイトを見たときに「A級(笑)」などと馬鹿にされていたことは知っていた。
だが、まさかそこまで酷い扱いを受けていたとは……。
「ここしばらく、君にはスカイライトとの戦闘に集中してもらっただろう? 我々としては、彼女たちのライバルという立ち位置に君を置きたかったんだが、どうやら世間の認識は違ったようでな」
「ライバル……ですか?」
「そうだ。ヒーローとレネゲイドというのは、物語における主人公と宿敵のような関係だからな。何度も戦い、互いの実力を認め合い、いずれは決着をつける。そういう構図を目指して、我々は君をレネゲイドとして売り出していたんだが……」
重信はそこで一度言葉を切り、再びリモコンを操作した。
画面に映し出されたのは、とある動画配信サイトのコメント欄だった。
『スカイライトにボコボコにされるオフィクス、正直好き』
『毎回負けてるのに懲りずに出てくるの草』
『あの蛇、普通に怖いのに一撃でやられるのなんか笑える』
『次はどんな負け方を見せてくれるのか楽しみ』
『スカイレッドに斬られた時、ちょっと嬉しそうに見えたんだけど、気のせいか?』
「…………」
善斗は無言で画面を見つめた。
「どうやら君は、彼女たちの宿敵というより、彼女たちに倒されることを期待される変態になってしまったらしい」
「いや、どうしてッ!?」
善斗は思わず声を上げた。
当然ながら、スカイライトとの戦闘で一度も興奮したことなどない。そもそも、Mでもない。
それに、民間人を傷つけてはいけないという制約があるとはいえ、敵らしく見えるように、それなりに恐ろしげな振る舞いをしていたはずだ。
それなのに、どうしてこんな評価になってしまったのか。
――『スカイライトにボコボコにされるオフィクス、正直好き』じゃねぇよ! 舐めてんのか!?
「どうしてと言われてもな。世間の反応までは我々にも制御できない。まぁ、君をスカイライトにぶつけすぎたのは事実だ。今となっては反省している。すまなかったな」
「いや、謝られても……」
何とも言えない気持ちになり、善斗は黙り込んだ。
そんな彼を見て、重信は「とはいえ……」と話を続ける。
「さっきも言ったように、今回のアストレアとの戦闘で、君に対する評価も多少は変わった。少なくとも、君をただの変態マゾレネゲイドだと思っていた人間は減ったはずだ」
「そ、そうですかね?」
先ほどのアストレアとの戦闘映像を見つめながら、善斗は呟いた。
確かに、ニュースではシリアスな雰囲気でオフィクスの脅威が伝えられていた。
アストレアに追い詰められていたとはいえ、セブン・オーダーを相手に逃げ延びたという事実は、世間に強烈な印象を与えたはずだ。
とはいえ、先ほどの評判を聞いていると、スカイライトがアストレアに変わっただけで、結局は変態だと思われているような気がしてならない。
「まぁ、とにかく今回は想定外の事態に巻き込まれながらも、よくやってくれたな」
「いえ、俺はただ必死に逃げていただけなので……」
「それでもだ。特にセブン・オーダーから逃げ延びたという実績を作れたのは大きい」
「はぁ……」
善斗としては、ただ必死に逃げ回っていただけなのだが、会社としては十分な成果だったらしい。
「まぁ、しばらくは身体を休めてくれ。次の活動については、武器の修復が終わってから改めて相談しよう」
「分かりました」
「それと、今回の働きに対する報酬だが……少しばかりボーナスを弾んでおこう」
「本当ですか!?」
その言葉を聞いた途端、善斗の表情がぱっと明るくなった。
先ほどまでの憂鬱そうな顔はどこへやら。
思わず身を乗り出す善斗に重信は苦笑を浮かべる。
「おや、随分と嬉しそうじゃないか」
「そりゃあ、嬉しいですよ! いやぁ、やっぱり頑張った甲斐がありましたね!」
我ながら現金なものだとは思うが、報酬が増えるのなら文句はない。
何より楓の学費を考えれば、少しでも多く稼げるに越したことはなかった。
「ははは。そういうことなら、これからも期待しているよ」
「はい! ありがとうございます!」
善斗は満面の笑みで頭を下げると軽い足取りで部屋を後にした。
――いやぁ、今日はいい日だな!
身体の傷はまだ痛むし、世間からは変態扱いされていたらしいが、ボーナスが出るなら多少は我慢できる。
そんなことを考えながら廊下を歩いていた善斗は、ふとスマートフォンを取り出した。
そういえば、ネットでの評判がどうなったのか、まだ確認していなかった。
重信の話やニュースを見る限り、アストレアとの戦闘によってオフィクスが危険なA級レネゲイドであるという認識は広まったらしい。
ならば、今は自分を真っ当に恐れる評価が増えているのだろうか。
そんなことを考えながら善斗はニュースサイトを開き、検索欄に『オフィクス』と入力した。
するとオフィクスの襲撃事件に関する記事がいくつも表示され、その中から東都レジャーパーク襲撃事件を扱った記事を選んでコメント欄を開く。
『アストレア相手に逃げ切ったの、普通にヤバくね?』
『ヤバいよ。それこそアストレアから逃げ切れたレネゲイドって、ほとんどいないんじゃないか?』
『やっぱりA級レネゲイドは伊達じゃないんだな』
『スカイライトに負けてたのも、やっぱり手加減してた説ある?』
「おお……!」
思わず声が漏れた。
普段ならばそこまで感情を動かされるコメントでは無いが、先程の酷い評判を見た後だと感動を覚えずにはいられなかった。
「他のコメントは……」
善斗は期待に胸を膨らませながら、さらに下へと画面をスクロールした。
『でも、アストレアに斬られた瞬間、ちょっと笑ってなかった? やっぱり興奮してる?』
『アストレアにボコボコにされてるオフィクスも味がある』
『アストレアに負けたのも、本人としてはご褒美だんだろ』
『次は誰に負けるのか楽しみ』
「…………」
善斗の指が止まった。
しばらく無言で画面を見つめた後、ゆっくりとスマートフォンを下ろす。
———これ本当に変わってる?
善斗は心の中で静かにつぶやいた。