また気が向けばどっかで入るかも。
果たして本当に必要だったのか、いささか疑問の残るホープレンジャーとの面談を終えた善斗は、しばらく溜まっていた報告書の処理に追われていた。
しかし、そんな作業も束の間。
再び面談の時間がやってきたため、善斗は面談室へと向かった。
「お待たせしてしまいましたか?」
「いえ、大丈夫です。今日はよろしくお願いします」
そう言って頭を下げたのは、二十代半ばほどに見える男性だった。
鍛え上げられた筋骨隆々の体つきからは、彼が紛れもなくヒーローの一人であることがうかがえる。
「こちらこそ、よろしくお願いします。アイアンさん」
三人組のヒーローチーム『トリニティ』の一人、アイアンとの挨拶を終えた善斗は早速面談を始めた。
「それで、今日はお一人のようですが、どのようなご相談でしょうか?」
「はい、実は…………」
善斗の質問に口を開いたものの、アイアンはどこかためらうように言葉を濁した。
その様子を見た善斗は、ひとまず話題を変えることにした。
「……よければ、コーヒーでもどうですか? お好きなんですよね?」
「あ、すみません。ありがとうございます」
あらかじめ自動販売機で買っておいたブラックの缶コーヒーを、善斗はアイアンに手渡した。
アイアンがゆっくりと缶を開ける一方、善斗は自分の分を勢いよく喉に流し込んだ。
「それにしても、どうして俺の好みを? 風見さんとは一応、初対面ですよね?」
「以前、トリニティが出演したバラエティ番組で、アイアンさんが缶コーヒー好きだと話していたのを覚えていたので。『しゃべりまくり』の好きな物コーナーで話していましたよね?」
「ああ、あの番組ですね。確かに話しましたね」
――まぁ、実際は調べたんだが。
アーク・ライト社に所属するヒーローについては、社内の資料を少し調べるだけでも、ある程度の情報を得ることができる。
とはいえ、面談を円滑に進めるためには、それだけでなく、もう少し踏み込んだ情報を把握しておいた方がいい場合も多い。
そのため、善斗は面談の前に、できるだけ相手の情報を集めるようにしていた。
「……懐かしいなぁ。まだ半年くらい前のことなのに、随分と昔のことのように感じますよ」
「そう思うのも無理はありませんよ。あの頃からランキングが二十位も上がるほど、頑張っているんですから」
善斗は資料に目を落としながら答えた。
バラエティ番組に出演した当時、トリニティのヒーローランキングは90位前後だった。しかし、その後も実績を積み重ね、現在では70位台にまで順位を上げている。
半年でここまで順位を上げるのは、並大抵の努力ではなかったはずだ。
資料で確認できる実績を見る限り、アイアンを含めたトリニティのメンバーは、日々のヒーロー活動に真摯に取り組んできたのだろう。
「そうでしょうか……」
「ええ、立派だと思います」
善斗が迷いなくそう答えた、次の瞬間だった。
「う……ぅぅッ!」
「えっ、ど、どうしました?」
突然、感極まったように泣き出したアイアンに、善斗は困惑しながら声を掛けた。
――俺、なんか嫌なこと言ったか?
「か、風見さん……」
「は、はい」
しかし、善斗の困惑など気にも留めず、アイアンは意を決した様子で口を開いた。
「俺、ヒーローをやめてレネゲイドになりますッ!」
「いや、なんでッ!?」
あまりにも突拍子もない宣言に、善斗は思わず叫んだ。
いきなり泣き出したかと思えば、今度はヒーローをやめてレネゲイドになると言い出す。情緒があまりにも不安定だ。
「お、落ち着いてください、アイアンさん。百歩譲ってヒーローを辞めるのはいいとしても、レネゲイドはマズいですって」
A級レネゲイドとして活動している善斗は、自分のことを棚に上げながら、アイアンを必死に説得する。
「そもそも、どうしていきなりヒーローを辞めるなんて話になるんですか? せっかく実績も上がってきているのに、辞めるなんてもったいないと思いますが……」
「違うんです。そういう話じゃないんです」
「そういう話じゃない?」
じゃあ、どういう話なんだ。
善斗が首をかしげていると、アイアンはスマートフォンを取り出し、一枚の写真を見せてきた。
「これは……彼女さんですか?」
写真には、アイアンと仲睦まじげに抱き合う一人の女性が写っていた。
「…………ルミナです」
「ルミナって、もしかしてトリニティのメンバーの?」
「はい」
ルミナといえば、トリニティの紅一点であり、三人の中でも特に人気の高いヒーローだ。
確か、これまで交際経験がないと公言していたはずだが……。
「そうだったんですね。まさか、チーム内で付き合っているとは……」
「違います」
「えっ?」
何が違うのかと尋ねる間もなく、アイアンは両手を机に思い切り叩きつけて叫んだ。
「付き合って
「あ~……」
アイアンの怪力によってへこんだ机を眺めながら、善斗はようやく、彼がヒーローを辞めたがっている理由を察した。
「……つまり、ルミナさんと別れたんですか?」
「…………はい」
「それは、その……ご愁傷様です」
力なくうなずくアイアンを見て、善斗は何とも言えない表情でそう呟いた。
――まさか、そんな事情があったとは。
確かに、交際相手との別れは辛いものだろう。
ましてや、相手が同じチームの仲間ともなれば、顔を合わせるたびに気まずい思いをすることになる。
しかし、それならばヒーローを辞める必要まではないのではないだろうか。
善斗がそんなことを考えていると、アイアンは震える手でスマートフォンを操作し、再び画面をこちらに向けてきた。
「……これは?」
「ルミナとエッジです」
「…………は?」
画面に映っていたのは、先ほどとは別の写真だった。
隠し撮りなのか、少しブレた写真には、トリニティのもう一人のメンバーであるエッジとルミナが、親しげに肩を寄せ合っている姿が写っていた。
いや、親しげというより、どう見ても恋人同士の距離感である。
「……まさか、ルミナさんは貴方と別れた後に、エッジさんと付き合い始めたんですか?」
「いえ」
「……え?」
否定されるとは思っていなかった善斗が戸惑う中、アイアンは衝撃的な言葉を口にした。
「俺と付き合っていた頃からです」
「…………」
善斗は無言でスマートフォンの画面を見つめた。
――なるほど。
ようやく状況を理解した。
アイアンはルミナと交際していた。
しかし、彼女はその裏で、同じチームの仲間であるエッジとも関係を持っていたらしい。
――つまり、浮気か。
「……えーっと」
「俺、エッジとはずっと一緒に戦ってきたんです。苦しい訓練も、命懸けの現場も、アイツとルミナと三人で乗り越えてきたんです……!」
「は、はい……」
「それなのに、アイツは……! アイツらは俺を裏切ったんですよッ!?」
――なんも言えねぇ……。
面談室に響き渡るアイアンの慟哭を前に、善斗は何を言えばいいのか分からず、黙り込んでしまった。
――っていうか、本当にこれが人気ヒーローチームの姿なのか?
チーム名こそ『トリニティ』だが、その実態はドロドロとした三角関係である。善斗は内心でそんなツッコミを入れた。
「だから俺、決めたんですッ! アイツらに復讐するために、レネゲイドになるってッ!!」
「い、いやぁ……気持ちは分かりますが、堂々とレネゲイドになるなんて宣言するのはやめた方が……」
ヒーローがレネゲイドに転向するなど、笑い話にもならない。
しかも、その理由がチーム内の痴情のもつれだと知られでもしたら、目も当てられない。
おそらく、オフィクスの「変態マゾレネゲイド」という評判に並んで、アイアンも世間から妙な目で見られることになるだろう。
いや、下手をすれば、それ以上に悲惨な扱いを受けるかもしれない。
何しろ、アイアンはヒーローとしての実績も知名度もある男だ。そんな人物が突然レネゲイドに転向したとなれば、世間が黙っているはずもない。
「……アイアンさん。一度、冷静になりましょう」
「俺は冷静ですよ」
「いや、どこが?」
即答するアイアンに、善斗も即座に言い返した。
冷静な人間は、ヒーロー事務所でレネゲイドになるなんて宣言はしない。
「そもそも、復讐するためにレネゲイドになるというのが間違っています。ヒーローを辞めるにしても、別のチームに移籍するなり、ソロで活動するなり、いくらでも方法はあるでしょう?」
「それじゃあ、意味がないんです」
「意味がない?」
――どういう意味だ?
「俺がいなくなったら、あいつらは何事もなかったみたいに活動を続けるじゃないですか……!」
アイアンは悔しそうに拳を握り締めた。
「俺だけが傷ついて、俺だけがチームを去る。それじゃあ、納得できないんです!」
「…………」
その言葉に、善斗は思わず口を閉ざした。
確かに、アイアンの気持ちは分からなくもない。
信頼していた仲間と恋人に裏切られたのだ。簡単に割り切れるはずもないだろう。
だが、それはそれとして、レネゲイドになるというのは話が飛躍しすぎている。
「……それで、具体的には何をするつもりなんですか?」
「決まっています」
善斗の質問に、アイアンは顔を上げ、据わった目で答えた。
「あいつらの前にレネゲイドとして現れて、俺を裏切ったことを後悔させてやります!」
「…………」
「俺を裏切っておいて、アイツらが何事もなかったように笑っているのが許せないんです! だから、俺がどれほど強いヒーローだったのか、思い知らせてやるんですよ! 俺を裏切ったことを、全世界の前で後悔させてやりますッ!!」
アイアンの話を聞きながら、善斗は額に手を当てた。
駄目だ。
暗黒面に落ちている。
もう思考が完全に復讐一色になってしまっている。
とはいえ、このまま面談を終わらせてアイアンがレネゲイドになったら、おそらく自分のサラリーマン人生が終わりかねない。
何とか説得しなければ。
「……アイアンさん」
「何でしょうか?」
「話を聞く限り、ルミナさんはそのヒーローネームに似合わない、なかなかひどい女性のようですが……」
「はい、善斗さんのおっしゃる通り、『自主規制』で『自主規制』な――」
「そこまでは言ってませんが」
ヒーローにあるまじき凄まじい暴言を吐き始めたアイアンを制し、善斗は続けた。
「そんな人のために、貴方のヒーロー人生を棒に振っていいんですか?」
「それは……」
僅かに言い淀むアイアンを見て、善斗はまだ引き戻せると判断した。
ここが好機だ。一気に畳み掛ける。
「貴方が今まで助けてきた人たちのことも考えてください。貴方が突然レネゲイドになったら、事情を知らない人たちはどう思うでしょうか?」
「……ッ!」
「裏切られることがどれほど辛いか、貴方自身が身をもって知っているはずです。そんな貴方が、今まで応援してくれた人たちを裏切っていいんですか?」
ちなみに善斗自身、現在進行形でスカイライトを欺いているのだが。
「そ……そ、れは…………」
しかし、そんな善斗の事情など知る由もないアイアンは、その指摘に言葉を詰まらせ、最後には黙り込んだ。
「…………」
静かに涙をこぼすアイアンの様子を見るに、どうやら少しは響いたらしい。
善斗は内心で安堵しながら、さらに言葉を続けた。
「それに、復讐をしたところで、裏切られた事実がなくなるわけでもありません。今は辛いでしょうが、少し時間を置いてから、改めて考えてみてはどうですか?」
「…………風見さん」
「はい」
「俺、どうすればいいんでしょうか……」
先ほどまでの勢いはどこへやら。
涙を拭い、肩を落としたアイアンは、すっかり意気消沈していた。
「……まずは、少し休んだ方がいいと思います。チームのことも、今後の活動も、落ち着いてから考えましょう」
「分かりました……」
ようやく納得してくれたらしい。
善斗は心の底から安堵した。
これで、面談も無事に終わりそうだ。
――っていうか、何の面談なんだ、これ?
もはやヒーローの悩みというより、個人の恋愛相談である。
「あの、風見さん」
「……はい、何でしょう?」
声を掛けられ、善斗が返事をするとアイアンは少し改まった様子で口を開いた。
「お話を聞いてくださり、ありがとうございました。おかげで、踏みとどまることができました」
「いえ、仕事ですから」
もし面談に来ていなかったら、本当にそのままレネゲイドになっていたのだろうか。
そんな若干の恐怖を覚えながら、善斗はそう答えた。
「つきましては、一つお願いがあるのですが」
「お願い?」
何だろうかと首をかしげる善斗に、アイアンは真剣な表情で告げた。
「風見さんは、俺の話を最後まで聞いてくれました。おかげで、取り返しのつかないことをせずに済んだんです。だから、これからも相談に乗っていただきたいと思いまして……」
そこで一度言葉を切ると、アイアンははっきりとした声で続けた。
「俺、いや、トリニティの専属サポート担当になっていただけないでしょうか!?」
「無理ですね」
即答だった。