「それじゃ、友達とスイパラ行ってくるから!」
「はいはい、いってら~」
休日。
疲労が溜まっていたこともあり、昼前まで寝ていた善斗は、友達と昼食に出かける楓を寝ぼけ眼で見送った。
その後、洗面所で顔を洗い、ようやく意識がはっきりしてきたところでリビングへと戻る。
「……ふぅ」
椅子に腰を下ろした善斗は、リモコンでテレビをつけた。
『次のニュースです。先日、明京市で発生した爆破事件について、警察はB級レネゲイドのボマーによる犯行とみて、行方を追っています———』
画面に映し出されたニュースを、善斗は特に興味もなさそうにぼんやりと眺めていた。
「…………」
———どうすっかな。
せっかくの休日だが、ここ最近はハードな面談が続いていたせいか、どうにも動く気力が湧かなかった。
このまま家でダラダラと過ごすのも悪くはない。だが、それだけで一日を終えるのは、少しもったいない気もする。
「俺もメシでも食いに行くか……」
誰に言うでもなく、善斗はそう呟いた。
違法な仕事をこなしていることもあって、金銭的には余裕がある。
こういうときこそ、美味いものでも食べて気分を上げよう。
そう決めた善斗は椅子から立ち上がり、出かける準備を始めるのだった。
*****
「何食うかな……」
街に繰り出したはいいものの、何を食べるかもろくに決めずに出てきたせいで、善斗は飲食店が立ち並ぶ通りをあてもなく歩いていた。
「うーん……やっぱりラーメンか? いや、でもな……」
考えてみれば、ここ最近の外食はラーメンばかりだった気がする。
いや、別に好きだから何度食べても問題はない。ただ、今日は普段とは少し違うものを食べたい気分だった。
そんなことを考えながら歩いていると、通りの向こうに見覚えのある看板が目に入った。
「お、あそこにするか」
以前から気になっていた洋食屋を見つけ、善斗は笑みを浮かべながら呟いた。
少々値は張るものの、今の懐事情なら問題ない。
楓もスイパラに行っていることだし、たまにはこれくらい贅沢をしても罰は当たらないだろう。
善斗が店へ向かおうとした、そのときだった。
———ドォォンッ!!
「っ!?」
突然、轟音が街中に響き渡った。
腹の底に響くような衝撃。
直後、通りの向こうから黒煙が立ち上り、遅れてガラスの砕ける音が響いた。
「な、なんだ!?」
思わず足を止めた善斗が振り返る。
爆発が起きたのは、数十メートル先にある交差点だった。
停車していた車の一台が横転し、火花を散らしている。その周囲には破片が散乱し、近くの店舗からは煙が漏れ出していた。
逃げ惑う人々の悲鳴が、通りに響き渡る。
「爆発だ! 逃げろ!」
「レネゲイドだ! レネゲイドがいるぞ!」
誰かの叫びを皮切りに、周囲の人々が一斉に動き出した。
「……マジかよ」
善斗は数秒ほど、その凄惨な光景を呆然と眺めていたが、やがて絶望感のにじむ声で呟いた。
今日は会社に行く必要もなく、面倒な面談の予定もない。上司から無茶な仕事を押しつけられることもなかった。
そんな貴重な一日が、早くも終わりを迎えようとしていた。
「なんでこういう日に限っ———」
思わず文句を言いかけた善斗だったが、ふと考え直す。
よく考えれば、自分も人様の休日を台無しにしている極悪人だ。
そんな自分に文句を言う資格などない。
そう思い直し、善斗は口を閉ざした。
「はぁ、仕方ない。別の店に———」
「うわぁあああああッ! 助けてくれぇええええッ!!」
すぐそばを走り抜けていく人々の悲鳴に善斗は我に返った。
———そうか。俺も逃げなきゃだよな……。
普段は襲う側にいるせいか、すっかり感覚が麻痺していた。
今の自分は異能も持たない一般市民だ。
いつまでもここに留まっているわけにはいかない。
「えーっと、あとはヒーロー協会に通報もしなくちゃか。番号は…………」
———やべぇ、なんだっけ?
普段は通報される側で、自分から通報した経験などほとんどない。
そのせいか、いざというときに連絡先が思い浮かばず、善斗はスマホを片手に固まってしまった。
「……とりあえず、先に警察———」
———ドォォンッ!!
「ッ!」
110番にかけようとした善斗は、再び響き渡った爆音に顔を上げた。
見れば、近くの建物の屋根が吹き飛び、その上空に炎が立ち上っていた。
さらに、その周囲には負傷したと思われる人々が地面に倒れている。
状況は悪化の一途をたどっていた。
「ハハハハハッ! やはり、爆音は気分が上がるなッ!!」
そんな中、大破した車の上で街中に響き渡るほどの笑い声を上げるレネゲイドの姿が善斗の目に入った。
顔をガスマスクで覆い、全身を紺色のコートに包んだその男は手の中で髑髏の形をした球体を弄んでいる。
その姿には見覚えがあった。
「アイツは、ボマーかッ!?」
特徴的な姿と爆弾。
間違いなく、B級レネゲイドのボマーだった。
「お、なんだ? 俺を知っているとは、もしかしてファンか?」
自分の名を呼ぶ声に反応したボマーは嬉々とした声を上げながらガスマスク越しに善斗へと視線を向けた。
その表情こそ分からないが、嫌な予感を覚えた善斗が素早く身構えた、その瞬間。
「なら、仕方ねぇな。ファンサだ、受け取れッ!!」
そう叫びながら、ボマーは手に持っていた爆弾を勢いよく善斗へ投げ飛ばした。
「ッ!!」
カタカタと髑髏の歯を鳴らしながら迫る爆弾。
善斗は咄嗟に飛び退こうとした。
「とぉおおおッ!」
けれど、その瞬間、頭上から降ってきた影が二人の間に割って入った。
「はッ!」
着地と同時に影は手に握った剣を振るう。
迫り来る爆弾は刃によって真っ二つに斬り裂かれた。
二つに分かれた爆弾は善斗の左右へと転がり、直後、小さな爆発を起こす。
「うおっ!?」
爆風に思わず身をすくめる善斗。
しかし、爆発の規模は思いのほか小さく、幸いにも破片が飛んでくることはなかった。
「貴方は……」
「遅れたな」
そう呟きながら、全身をやたらと装飾の凝った赤い鎧で固めた男が善斗へと視線を向ける。
ヒーローらしい堂々とした立ち姿。男は自信に満ちた笑みを浮かべていた。
「このクリムゾン・ブレードが来たからには、もう大丈夫だ。安心していい」
「…………」
———誰だ?
おそらくヒーローなのだろう。
実際、あの登場の仕方や格好を見る限り、そう考えるのが妥当だ。
だが、知らない。
まったくもって記憶にない。
少なくとも、俺の知っているヒーローに、あんなやたらと装飾の凝った鎧を着た男はいなかった。
「クリムゾン・ブレードだ!」
「待ってたぞッ!」
けれど、周囲にいた人々はそうではなかったようで、現れたクリムゾン・ブレードの姿に喜びの声を上げる。
「えっ、誰?」
一方で、善斗と同じくクリムゾン・ブレードの存在を知らなかった者もいたようで、所々からそんな困惑の声が漏れる。
「なんだ、お前、彼を知らないのか? 最近、ライロード社と契約した期待のルーキーだぞッ!!」
「そ、そうなんですか?」
———そうなのか。
善斗は周囲の会話に聞き耳を立てながら、改めてクリムゾン・ブレードへと視線を向ける。
アーク・ライト社のライバル企業であるライロード社と契約したヒーローだと言うのなら、見ておいて損はない。
避難マニュアルには反するが、他の野次馬もいるし問題ないだろう。
そう考えた善斗は、クリムゾン・ブレードの戦闘を見ることに決めた。
「爆弾によって人々に恐怖を与える極悪レネゲイドめ、覚悟しろッ! このクリムゾン・ブレードの剣によって成敗してくれるッ!!」
そんな善斗の疑問などお構いなしに、クリムゾン・ブレードはそう宣言して剣を構えると、その場から跳躍し、ボマーへと斬り掛かった。
「へぇ?」
縦一閃に振り下ろされた剣を、ボマーは興味深げな声を漏らしながら余裕を持って回避する。
「見慣れないヒーローだが、面白れぇ! やられるもんならやってみろッ!」
距離を取ったボマーは両手に爆弾を生み出すと、勢いよくクリムゾン・ブレードへと放った。
「無駄だぁあああッ!!」
対するクリムゾン・ブレードは怯むことなく突撃し、その身を爆炎に包まれた。
「はぁぁああッ!」
しかし、次の瞬間。
炎の中から、ほとんど傷を負っていないクリムゾン・ブレードが飛び出した。
そのまま剣を振り下ろすものの、ボマーは紙一重でそれを回避する。
「異能か」
「その通りッ! 我が異能『剛殻』は、身体と鎧を強固にする力だ! お前の爆弾など効かんッ!!」
———なるほど、防御特化の異能か。
善斗は感心しながら呟く。
爆発をまともに受けておきながら、ほとんどダメージを負っていない。
あの防御力は本物らしい。
————とはいえ、少し異能を頼り過ぎだな。
どんなに強力な異能だろうとその力を過信すれば間違いなく、足元を掬われる。
———大丈夫か?
「……面白ぇ」
そんな不安を抱く善斗は他所にボマーは愉快そうに呟くと両手に再び爆弾を生み出した。
「なら、俺の爆弾にどれだけ耐えられるか見せてみろよッ!」
その手の中に現れたのは、今までのものより一回り大きな髑髏型の爆弾だった。
その眼窩には、不気味な赤い光が灯っている。
———アレはマズい。
善斗は直感的にそう感じた。
「ハッ! いくら爆弾を投げようと無駄だッ!」
しかし、クリムゾン・ブレードは怯むどころか、再び剣を構えて正面から突撃する。
「バカッ! 避けろッ!!」
善斗の叫びが響いた、次の瞬間。
「吹っ飛べ」
ボマーが指を鳴らした。
———ドォォォオオンッ!!
「———ッ!?」
今までとは比べ物にならない爆音が街中に響き渡った。
爆炎がクリムゾン・ブレードの姿を呑み込み、衝撃で周囲の建物の窓ガラスが次々と砕け散る。
そして炎が収まった時、そこには地面に倒れ伏したクリムゾン・ブレードの姿があった。
その手にしていた剣が滑り落ち、赤い鎧の一部も歪んでいる。
「……ッ……」
起き上がろうとしたのか、指先がわずかに動く。だが、それきりクリムゾン・ブレードは動かなくなった。
「…………」
あまりにもあっけない決着に観衆の歓声がぴたりと止まった。
「ハハハッ! 頑丈なのは認めてやるよ。だが、どんな爆弾でも同じだと思ったか?」
ボマーは愉快そうに笑いながら倒れたヒーローを見下ろした。
「それじゃ、トドメだ。せめて最後は派手に吹き飛ばしてやる」
そう言ってボマーは動かなくなったクリムゾン・ブレードへと手を翳す。
その手の中に再び髑髏型の爆弾が生み出される。
「クリムゾン・ブレード!」
「立って、お願い!」
周囲から悲痛な叫びが上がる。
しかし、クリムゾン・ブレードが起き上がる気配はない。
「ハハハッ! 無駄だ無駄だ! もうコイツは立ち上がらねぇよ!」
ボマーは笑いながら手の中の爆弾を倒れたヒーローへと向けた。
「じゃあな、新人ヒーロー。あの世で自分の未熟さを悔やみ———ッ!」
そう呟きながら爆弾を落とそうとした瞬間、ボマーの身体に衝撃が走った。
「……あ?」
一瞬の困惑。
先ほどまでクリムゾン・ブレードを捉えていたはずの視界が晴天の青空へと切り替わっていた。
何が起きた?
どうして自分は空を見上げている?
そもそも爆弾はどこへ消えた?
「———がッ!?」
疑問を口にする間もなく、ボマーの身体が地面へと叩きつけられた。
凄まじい衝撃に、全身が軋む。
「な、何が……起きやがった……?」
呻きながら顔を上げたボマーの目に映ったのは倒れたクリムゾン・ブレードを背に庇うように立つ一人の男だった。
男は片足を高く上げたまま、ゆっくりと下ろす。
どうやら、その蹴りが自分を吹き飛ばしたらしい。
「……やっちまった」
男——善斗は自分の衝動的な行動に思わずそう呟くのだった。