オフィクスとしての任務が決まろうと今日の業務が減ることはない。
自分のデスクに戻った善斗は暫く溜まっていた事務処理を行っていたが、面談の時間が近くなったため、予定していた面談室へと向かった。
「…………」
コンコンと面談室の扉をノックすると「どうぞ〜」という軽い返事が聞こえてきた為、善斗はドアノブを回して部屋へと入室する。
「失礼します」
「ヤッホー、善斗さん!」
「お疲れ様です、善斗さん」
善斗が中に入ると椅子に座っていた少女たちがそれぞれ対照的な挨拶を返してきた。
「こら、朱音。善斗さんは歳上なんだからもっと礼儀正しく———」
「えぇ? 別に良いじゃん。善斗さんは気にしないもんね〜?」
フランクな態度で接するスカイレッド、立花朱音《たちばなあかね》に対してスカイブルーこと二条葵《にじょうあおい》は苦言を漏らすが、善斗は特に気分を害することもなく笑みを浮かべる。
「ははは、好きに喋ってくれて大丈夫だよ」
「ほらほら、言ったでしょ〜」
「もう、あまり朱音を甘やかさないで下さい。善斗さん」
「葵こそ堅苦し過ぎるんだよ、もっと気楽に行こうよ」
善斗はそんな二人のやり取りを見ながら苦笑を漏らすと椅子に腰掛ける。
「さて、まずは昨日のレネゲイドとの戦闘お疲れ様。身体は大丈夫?」
「うん、大丈夫!」
「はい、問題ありません。お気遣いありがとうございます」
「それなら良かった」
————まぁ、昨日は基本的に俺が攻撃を受けてたしな。
二人と戦った張本人である善斗はそんなことを考えながら二人の様子を観察する。
昨日の戦いでそれなりに動き回っていた筈なのに、疲れている素振りを欠片も見せない二人に善斗は思わず感心してしまう。
流石はヒーローといったところだろうか。
「それなら良いけど、あまり無理はしないように。特に君たちはヒーローである前に学生だからね。学業を疎かにしちゃいけないよ」
「勿論、大丈夫だよ!」
「前の中間テストで赤点を取ってた癖に何が大丈夫なんですか?」
「あぁッ! それ善斗さんには言わないでって言ったじゃんッ!?」
「あらら。立花さん、赤点取っちゃったの?」
葵に中間テストで赤点を取ったことをバラされ顔を赤くする朱音に善斗は揶揄うような口調で尋ねる。
「たまたま、本当にたまたまだから! ちょっと山勘を外して数学がギリギリ2点足りなかっただけだから!」
「そもそも数学は計算なんですから勘も何も無いでしょう……」
あくまでも運が無かっただけだと主張する朱音に葵は呆れながらそう指摘する。
「それじゃ、次は試験期間の前後は二人の出動を減らせるように担当に伝えておこうか。勉学は大切だしね」
「問題なのは朱音だけなので、私の方は特に気にしなくても大丈夫です」
「わ、私だって大丈夫だよッ! それにテストのせいで私が出れずに他の誰かがレネゲイドの被害に遭うなんて絶対にダメだよッ!」
「そのヒーローとしての責任感は立派だよ。けど、君たちだけで全てを背負い込もうとする必要は無いんだよ」
若いながらもヒーローとしての強い意志を見せる少女たちに対して善斗は諭すように語り掛ける。
————まぁ、どの口が言うんだって話だけど。
レネゲイドを演じている善斗は思わず自分にツッコミを入れながらも話を続ける。
「ヒーローは君たちだけじゃないんだ。大変な時は周りの力を借りることも大切だよ」
「…………」
「けど……」
善斗の言葉に葵は静かに耳を傾け、朱音は少し躊躇うような素振りを見せた後に口を開く。
「ヒーローなのに、自分のやるべきことを他の人に任せていいのかなって……」
「勿論、任せていいとも。それに、君たちが学生としてやるべきことをきちんとやるのも立派な責任の一つだと俺は思うよ」
「…………」
「…………」
善斗の言葉に今度は二人とも暫く黙っていたが、やがて顔を見合わせ、どちらともなく小さく頷いた。
「分かりました」
「うん、分かったよ」
嬉しそうに頷く二人の姿に善斗も笑みを浮かべると「だからテスト前くらいはちゃんと勉強してね」と揶揄う。
「うっ……わ、分かってるよ」
「それじゃ、二条さん。しっかり立花さんを監視してね」
「はい、任せて下さい」
「葵ッ!?」
「アハハハッ!」
慌てる朱音の姿に思わず善斗が笑ってしまうと釣られた様子で朱音と葵も笑い出し、暫くの間、相談室に三人の笑い声が響き渡るのだった。
*****
「さて、そろそろ次の話に移ろうか」
「あ、善斗さん。その前に一ついい?」
「ん? 何かな?」
面談用のタブレットをタップして次の話題に移ろうとした善斗は朱音の質問に耳を傾ける。
「昨日のオフィクスについてなんだけど……」
————俺の話題かよ。
「あのレネゲイドがどうかした?」
思わず声に出したくなる気持ちを堪えながら善斗が尋ねると今度は葵が質問を口にする。
「どう思いますか?」
「どう思うっていうのは……」
葵らしからぬ漠然とした質問に善斗は頭を悩ませる。
果たしてなんと答えるのが正解なのか。とうか、そもそも自分についてどう思いますかと聞かれても困る。
「なんて言うかさ……オフィクスって変だよね?」
「へ、変?」
どう答えようかと頭を捻っていた善斗は朱音の言葉に困惑した声を漏らす。
「うん、善斗さんもそう思わない?」
「ど、どうかな? 俺は普通のレネゲイドと変わらないと思ったけど……」
善斗は誤魔化すようにそう呟くが、二人は納得していない表情を浮かべる。
「いえ、他のレネゲイドに比べるとやはり変だと思います」
「……ちなみにどういうところが変だと思う?」
確信を持った様子で話す葵に善斗はそれとなく違和感を抱いた理由を尋ねる。
「あのレネゲイドとは何度も戦っていますが、なんて言うか……目的が一向に見えないんです」
「目的が見えない?」
「はい。金品を奪うわけでもない、誰かを狙っている様子もない。施設を破壊することはありますが、必要以上に壊しているようにも見えません。本当に何がしたいのか分からないんです」
「そうそう! それッ! そういうところだよッ!」
抱いていた違和感を言語化する葵に朱音はその通りだと首を激しく縦に振りながら同意する。
「……分かったから、立花さんは落ち着いて。首を痛めるぞ」
「でも本当にその通りなんだよ! なんか派手に暴れてはいるけど、私たちが来るとすぐに切り替えてこっちに来るし」
「けどそれなら、ヒーローを倒すことを目的にしているレネゲイドって可能性もあるだろ?」
不審がる二人に対して善斗はもっともらしい意見を述べる。
実際、ヒーローを倒すことを目的として活動をしているレネゲイドは決して少なくはない。
「でも、それにしてはすぐ逃げるんだよね」
「…………」
朱音の言葉に善斗はその通りだなと黙り込む。
「ええ、朱音の言う通りです。昨日もそうでした。私たちが追い詰めたと思ったら、最後にはオロチを使って逃げてしまいました」
「そうなんだよ! それもいつも余裕がある感じで!」
ブルーの言葉に同意する朱音は頬を膨らませながら訴える。
「余裕か……」
「はい、あのレネゲイドはいつもどこか余裕を持って戦っています。恐らく本気を出していない可能性すらあると思います」
「それは流石に考え過ぎじゃ?」
「そんなことないよ! 昨日だって『今日のところは俺の負けだ(ドヤァ)』って感じで格好付けて逃げて行ったし!」
「ハハハ」
————俺ってそんな感じに思われてるの?
腕を組みながらドヤ顔を浮かべながら先日、自分が口にした捨て台詞を喋る朱音に善斗は何とも言えない気持ちになる。
「……まぁ、昨日は朱音ちゃんの必殺技が決まったしね」
「えへへ、どうでした? 格好良かったですか?」
————めっちゃ怖かった。
「ああ、とっても格好良かった。担当として俺も鼻が高いよ」
善斗は反射的に心の中で漏れた本音をおくびも出すことなく微笑みながらサポート担当者として朱音の活躍を褒め称える。
「えへへ~、照れますね」
「ぬぅ……」
褒められたことで嬉しげにはにかむ朱音の隣でどこか悔しげに唸る葵の姿に善斗は苦笑を浮かべながら彼女にも言葉を掛ける。
「二条さんも大蛇の攻撃から立花さんをしっかりと守っていて格好良かったよ」
「……ッ! 当然のことをしただけです」
葵は褒められたことに一瞬、喜びの表情を浮かべるもすぐに澄まし顔になりながらなんてことないように呟く。
「嬉しい癖に~」
「うるさいです」
肘で突っつきながら揶揄ってくる朱音に葵は恥ずかしさと煩わしさの入り混じった表情で言い返す。
そんな年相応のやり取りを繰り広げる二人を暫く微笑みながら眺めていた善斗はやがてオフィクスについて話題を終わらせようと口を開く。
「まぁ、オフィクスについてはこっちでも調べてみるから。二人はとりあえず、ヒーロー活動に注力してくれ」
「ですが……」
「不安を覚えるのは分かるけど、そのことに気を取られて君たちが危ない目にあっても困るからね。いいね?」
————変に探られても困るし。
もっともらしいことを言いながら善斗はこれ以上オフィクスについて詮索されないように話を切り上げる。
「はーい!」
「……分かりました」
まだ納得しきれていないと言わんばかりの表情を浮かべていた葵は隣で元気に返事をする朱音の姿を見ると息を吐きながら割り切るように頷いた。
「よし、それじゃあ————」
————危なかったぁ。
面談を続けながら善斗は内心でそう呟いて息を吐く。
改めてオフィクスとしての戦い方には注意しなければならないと思い知らされる。
もっとレネゲイドらしく、悪役らしく振る舞って戦わなければいけない。
———次は頑張らないとだなぁ。
幸いなことに次の任務ではある程度の破壊活動が許可されている。
ならば今度こそ派手に暴れてやろうじゃないか。
悪役らしく、誰が見ても疑いようのないレネゲイドとして、オフィクスの恐ろしさを世間に知らしめてやろう。
そう心に決めた善斗だった。