週末。
東都レジャーパークは休日を満喫しようと訪れた家族連れや恋人たちの姿で賑わっていた。
園内には楽しげな音楽が流れ、至る所から子供たちの笑い声や来園者たちの話し声が聞こえてくる。
アトラクションに目を向ければ巨大な観覧車がゆっくりと空を回り、その隣ではジェットコースターが轟音を響かせながらレールの上を駆け抜けていく。
そんなパークの一角では今日の目玉となるイベントであるヒーローショーの準備も進められていた。
出演者であるスカイライトを一目見ようとステージの周囲には既に多くの観客が集まり、これから始まるショーを今か今かと待ちわびていた。
「ねぇねぇ、お父さん! まだ始まらないの?」
「もうすぐだから、もう少し待ってなさい」
そんな微笑ましい親子の会話が聞こえてくる。
誰もがこの日も何事もなく楽しい一日を過ごせると思っていた。
少なくとも、この時までは。
*****
「……人、多くないか?」
その喧騒から少し離れた閉鎖された区画に存在する施設の屋根の上からパーク内を見渡す善斗は、小さく呟いた。
てっきり閉園が決定しているくらいだからもっと人気が無いものだと思い込んでいたが、甘い見通しだったようだ。
「これ、本当に大丈夫なのか?」
善斗は思わずそう呟く。
事前の話では避難が完了した後なら派手に暴れていいことになっている。
とはいえ、パーク内にはまだ大勢の客が残っている。
会社のことを信用していないわけではない。それでも、優に三桁を超えるであろう人数を本当に安全に避難させられるのか。
「…………」
善斗は眼下に広がる園内を見渡しながら、わずかに眉を寄せた。
善斗はレネゲイドとして活動はしているが、それはあくまでも仕事の一環としてであり、積極的に誰かを害したいと思っているわけではない。
契約以前にもし一人でも避難が遅れて取り残された人間がいれば、自分はオフィクスとして戦うことなどできないだろう。
「……まぁ、俺が心配しても仕方ないか」
そう呟いた善斗は小さく息を吐く。
懸念はあれど、任務である以上はオフィクスとして働かなければならない。
その時だった。
『善斗さん、聞こえますか?』
耳元に装着したインカムからオペレーターの声が聞こえてきた。
「はい。こちらオフィクス。聞こえています」
『ただ今、スカイライトのヒーローショーが始まりました。任務開始は十分後になります』
「了解」
善斗は返事をしながら、歓声が溢れ出したパークの一角に視線を向ける。
「スカイライトも人気になったもんだな」
『オフィクスさんとの戦闘が良い宣伝になっていますからね。実際、ここ最近のヒーローランキングでは十九位まで上昇しています』
「……十九位?」
オペレーターの言葉に善斗は驚いた表情を浮かべる。
「あの子たち、そんなにランキング上げてたのか?」
ヒーローランキング。
ヒーロー協会が毎月発表している公式ランキングであり、事件の解決実績や救助活動、市民からの支持などを総合して順位が決められている。
『はい。特に先日の戦闘はかなり評判が良かったですよ。スカイレッドの必殺技でオフィクスさんを撃退した場面が、動画サイトでもかなり話題になっていました』
「……動画サイト?」
善斗はスマホを取り出すと、スカイライトとの戦いについて検索を行う。
するとスカイレッドの必殺技のシーンが切り取られた動画がアップされており、 再生数は既に百万回に届こうとしていた。
「…………」
善斗はそのまま何気なく動画を開くと、コメント欄の内容に視線を向ける。
『決まったぁあああッ! ブレイズ・スラッシュッ!!』
『可愛くて強いとか最強じゃん』
『もっとブルーも映せ』
『てかこの仮面のレネゲイド、見た目の割に弱いな』
『一応、A級だぞ』
『A級(笑)だぞ』
『昔は凄い暴れてたらしいけど、今じゃ完全にヒーローのかませだよな。コイツ出てきても全然被害無いし……』
「…………」
コメント欄での散々な言われように善斗は何とも言えない表情を浮かべながら、無言でスマホを懐にしまう。
『オフィクスさん?』
「……いや。まぁ、結果的に役に立ってるなら良かったよ」
ヒーロー協会が発表するランキングは、ヒーローたちにとって一つの指標だ。
順位が高ければそれだけ知名度や人気も高くなり、企業からの評価にも繋がる。
複雑なところはあるが、それでもあの子たちの人気に貢献できるのなら悪いことではないだろう。
『そう言ってもらえると助かります。ちなみに今回のショーもかなり期待されているようで予定より観客が多いみたいですよ』
「それは……ちょっと困るな」
『え?』
「いや、こっちの話だ」
善斗はそう答えながらパーク内でも一際賑わっているスカイライトのヒーローショーへと視線を向ける。
「良い子の皆さん、こんにちは! スカイレッドですッ!」
「こんにちは、スカイブルーです」
「ちょっとブルー! 暗いよ! もっと明るく話して!」
「これでも明るく話しているつもりなんですけど…………」
スカイライトの会話を聞き、観客たちが楽しげに笑う。
その中には今日のショーを心待ちにしていたであろう子供たちが、実際にスカイライトを目にしてはしゃいでいる姿も見える。
この状況で暴れ、ヒーローショーを台無しにしてしまうのは非常に心苦しい。
否、ヒーローショーに限った話ではない。
今日、東都レジャーパークを訪れた全員の休日を台無しにしてしまうことに善斗は罪悪感を覚えずにはいられなかった。
————ハッ、自分で決めといて何を今更……。
善斗は思わず自嘲する。
どれだけ罪悪感を抱こうが、結局のところこの役割を選んだのは自分自身だ。
一体、どの面下げて彼らに申し訳なく思うと言うのか。
『間もなく開始一分前です』
「ああ、分かった」
オペレーターの指示に善斗は頷きながらオフィクスの姿へと変身すると、その手に己の獲物である錫杖を握る。
躊躇いがないわけではない。
それでも、これが自分の仕事だ。
それならばしっかりと悪役らしく振舞おうじゃないか。
『時間です。任務を開始してください』
「了解」
善斗はオペレーターに返事をしながら、錫杖でコンと建物の屋根を叩く。
『シャァアアア!』
直後、善斗の異能によって生み出された巨大なオロチが周囲の建物を破壊しながら現れ、東都レジャーパーク全体に響き渡る戦いの狼煙を上げた。
*****
「み、皆さん、慌てないで! 落ち着いて避難してくださいッ!」
突然の轟音に驚いた観客たちが一斉に立ち上がり、会場が騒然となる。
「葵、こんな演出って予定にあったっけッ!?」
「いえ、こんな派手な演出は聞いてませんね」
「……だ、だよね!?」
スカイライトにとっても予想外の出来事に二人は何事かと顔を見合わせる。
轟音が鳴り響いた閉鎖区画から白い光が噴き上があると。それは空中でうねりながらまるで蛇のような形へと変化していく。
頭部が形作られ、長大な胴体が天へと向かって伸びていく。
やがてそこに現れたのは十メートルを超える巨大な白蛇だった。
『シャァァアアアッ!!』
白蛇は鳴き声を上げるとその赤い瞳をぎょろりと動かし、二人の姿を捉える。
「あの蛇はッ!」
「オフィクスッ!」
巨大な白蛇――オロチを視認した二人は瞬時にこの騒動の犯人が誰なのかを理解した。
スカイレッドが素早く炎の剣を構え、スカイブルーもまた三叉槍をその手に握り締める。
先ほどまでヒーローショーを楽しんでいた二人の表情から、笑顔が消えた。
「……ショーは中止だね」
「ええ」
レッドの言葉にブルーが頷く。
「行くよ! 本物の悪役退治だッ!」
「はいッ!」
二人がオロチに向かって駆け出していく。
その後ろ姿を見た避難中の観客たちの一部から、興奮した様子の声が上がった。
「スカイライトの生の戦いが見れるぞッ!」
「あの蛇ってオフィクスだよな? もしかしてリベンジマッチってやつか?」
「これぞ、ガチのヒーローショーってやつじゃねぇか!」
「お客様、危ないのでここに留まらず避難して下さいッ!」
熱烈なスカイライトのファンである観客たちは二人の戦いが間近で見られるこの状況に抑え切れない興奮を見せるが、スタッフは安全のためにも必死に避難誘導を行っていく。
「レッド、観客の避難にはまだ時間が掛かるはずです。それまで彼をあそこに縛り付けますよッ!」
「オッケーッ!」
ブルーはレッドに指示を出すとその場から跳躍する。
視界に入ったアトラクションの屋根を足場にして、さらに高く飛び上がると、オロチへ向けて三叉槍の穂先を突き出した。
『シャアアッ!』
オロチは向かってくるブルーに対して鋭い牙を見せつけながら、口腔を大きく広げる。
「飲み込みたいのなら、好きなだけ飲ませてあげますッ!」
そう呟いたブルーは槍に水を纏わせ、そのまま迫ってきたオロチの口腔へ向けて勢いよく突き出す。
「はぁあああッ!」
槍に纏っていた水が渦を巻きながら一気に放たれ、巨大な水流となってオロチの口内へと突き込まれる。
『グォッ!?』
勢いよく入り込んできた水流に押され、オロチの頭部が大きく仰け反った。
「今です!」
その巨体が大きく揺らぎ、体勢を崩すオロチの姿を見たブルーが叫ぶ。
「任せて!」
ブルーに返事をしながらレッドは大きく跳ぶと、その手の剣を握り締め、前回と同様にオロチを真っ二つにせんと剣を袈裟に振るおうとして――。
「そう何度もやらせんよ」
「ッ!?」
振り下ろされるはずだった剣が甲高い金属音を響かせながら止まった。
驚くレッドの視界に映ったのは手にした錫杖で自分の剣を受け止める蛇の面を被った男――オフィクスの姿だった。
「オフィクスッ!」
「よぉ、スカイレッド!」
オフィクスはそう言いながら口元を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべる。
「先日のリベンジに来たぞ!」
「この……ッ!」
レッドは錫杖を弾き飛ばさんと剣の柄を握る手に力を込めようとした。
だが、その瞬間————先んじてオフィクスに腕を掴まれてしまう。
「ふんッ!」
「ッ!?」
レッドが咄嗟に行動を起こす前にオフィクスは彼女の身体を大きく振り回し、閉鎖区域に向かって投げ飛ばす。
「うわぁあああッ!?」
悲鳴を上げながら勢いよく宙を舞ったレッドはそのまま稼働を停止したアトラクションへと激突する。
「レッドッ!」
けたたましい衝撃音が響き渡り、地面へと落下するレッドの姿にブルーの意識が思わず目の前のオロチから外れる。
「油断したな」
『シャァアッ!』
「くッ!?」
そんなブルーの隙を逃さんとオロチが大きく身体を捻り、その巨大な尾を横薙ぎに振るった。
迫ってくる尾に対してブルーは咄嗟に槍を盾にして受け止めようと試みる。
けれど尾の勢いはブルーの細身では受け止め切れるものではなく、そのまま彼女もレッドと同様に閉鎖区域へと吹っ飛ばされてしまう。
「くッ!」
「ブルー、大丈夫!?」
何とか空中で体勢を立て直して地面に着地したブルーに、レッドが慌てた様子で近付きながら声を掛ける。
「ええ、貴女こそ大丈夫ですか?」
「うん、私も平気…………けど」
ブルーに対して力強く頷いたレッドは、その視線を前へ向ける。
ゆっくりとこちらに近付いてくるオフィクスとその背後で赤い瞳をギラつかせるオロチ。
二人は敵対するレネゲイドの姿を見据える。
「悪いが、今回はかませ犬になる気はないぞ?」
『シャアアアアアッ!!』
しゃん、と錫杖を鳴らしながら呟くオフィクスに対してオロチが同意するように大音量の咆哮を上げる。
「朱音……」
「分かってるよ、葵ちゃん」
名前で呼んでくるブルーに同意を示しながらレッドは静かに剣に炎を灯して構え直す。
「雰囲気が明らかにいつもと違う。気張っていこう」
「ええ」
頷きながらブルーはレッドの隣で槍を構え、そんな二人の姿にオフィクスは口角を上げる。
そして――。
コン。
杖底で地面を叩き、同時にオロチが咆哮を上げながら二人に向かって襲い掛かった。