「おお、やっぱり生の戦いは迫力があるな」
「ああ、動画とは臨場感が違うな」
オフィクスの襲撃によって職員たちによる東都レジャーパーク内からの避難が進められる中、遠くで繰り広げられるレネゲイドとヒーローの戦いに、客の一部が熱の籠もった声を漏らす。
中にはスカイライトの勇姿が見たいと避難を拒否する者までおり、職員と一悶着を起こしている。
「お客様、危険ですので早く避難してください!」
「そんな心配しなくても大丈夫だって! スカイライトならオフィクスくらいすぐ倒せるって!」
「そうそう! むしろこんな機会、滅多にないだろ!」
「そういう問題ではありません!」
必死に避難を促す職員に対して、客たちはどこか楽しげに言葉を返している。
「にしてもオフィクスも懲りないよなぁ。どうせ負けるのに、いつもヒーローに挑んでさ」
「けど、今日のスカイライトはなんか苦戦してないか?」
客の一人が呆れたように呟くと、もう一人の客はそんな疑問を抱きながら遠くで繰り広げられている戦いへと視線を向ける。
「確かに……」
遠目からでも分かる。
いつもなら二人の息の合った連携によってオフィクスを追い詰めているはずだ。
しかし、今日の戦況は明らかに違っていた。
巨大な白蛇――オロチがスカイライトの二人へ襲い掛かり、その一撃によって生まれた隙を狙ってオフィクスが錫杖を振るっている。
二人は何とか攻撃を凌いでいるものの、未だに反撃へ転じることができずにいた。
「……オフィクスってこんなに強かったっけ?」
「いや、前はもっとあっさり倒されてなかったか?」
「だよ……な?」
今までとは違い、オフィクスに押されているスカイライトの姿に客たちの間で戸惑いの声が広がっていく。
「もしかして、スカイライトの調子が悪いんじゃないか?」
「けど、ヒーローショーをしていた時は元気そうに見えたぞ」
「なら、オフィクスの調子が良いってことか?」
「そういう話なのか?」
「だって、あんなに押されてるスカイライトなんて初めて見たぞ」
その言葉に周囲の客たちも改めて戦いへと目を向ける。
オフィクス。
オロチと呼ばれる異能で生み出した蛇を操り、これまで何度もヒーローたちの前に現れては、その度に派手な戦闘を繰り広げては敗れてきたレネゲイド。
だが、その実力については以前から疑問の声も多かった。
何故なら――。
「でも、オフィクスってA級レネゲイドなんだよな?」
「ああ、そうだ。元々はアーク・ライト社に所属していた、当時のランキング十位のヒーローを倒したことで、要警戒レネゲイドの一人としてA級に指定されたんだ」
今でこそオフィクスのあまりの負けっぷりのせいで話題に上がらなくなったが、当時のトップヒーローの一人が突如として現れたレネゲイドに敗れたというニュースは世間を大きく騒がせていた。
「……考えてみれば、寧ろ今までスカイライトがオフィクスに勝てていた方がおかしいんじゃないか?」
「けど、スカイライトだって強いじゃねえか!」
「ああ、けどそれでも――」
パーク内に響いた轟音によって喋っていた客の言葉が途切れる。
見れば遠くでオフィクスを頭部に乗せたオロチが周囲の設備を破壊しながら、スカイライトに向かって突進を仕掛けていた。
スカイライトは向かってくる白い巨体に対し、それぞれ紙一重で左右に跳ぶことで攻撃を回避する。
「ハハハッ!」
瞬間、高笑いを上げながら頭部から飛び降りたオフィクスは回避した直後のスカイレッドに向けて勢いよく錫杖を振り下ろした。
大気を轟かせる爆音が響き、衝撃によって土煙が舞い上がる。
「うわっ!」
「きゃッ……!」
そんな光景を目にした観客たちから、思わず悲鳴が漏れる。
その声音に込められた感情は、先程までの歓声とは明らかに違う。
ヒーローの戦いを間近で見られることへの喜びではなく、凶悪なレネゲイドが自分たちのすぐ近くで戦っている――その事実に対する恐怖だった。
「だ、大丈夫だよな?」
誰に尋ねるでもなく、一人の客が不安げに呟く。
しかし、その問いに答えられる者はその場に一人としていなかった。
*****
「……ふむ」
土煙の中、オフィクスは頭上から迫る気配を察知すると素早く錫杖を持ち上げる。
その直後、ブルーが振り下ろした槍が甲高い音を響かせながら錫杖に直撃し、衝撃によってオフィクスの身体が僅かに地面に沈む。
「くッ!」
「焦っているな」
オフィクスは攻撃を止められ、焦燥感が滲み出ているブルーにそう声を掛けながら錫杖を振るって槍を払う。
「ふんッ!」
「ッ!」
武器を弾かれたことで体勢を崩したブルーに対してオフィクスは手首を返して錫杖を振るう。
「ぐあッ!?」
足が宙に浮いていることもあり、回避行動を取ることができないブルーはそのまま横っ腹に一撃を受けて勢いよく地面に転がった。
そんなブルーを尻目にオフィクスは錫杖の先端で地面を叩く。
コン、と乾いた音が響いた。
「どうした? 今日はいつもより元気がないみたいだが?」
「くッ……!」
「うぅ……」
土煙が晴れた先ではスカイライトの二人が地面に膝を突いていた。
オフィクスはそんな二人を見下ろしながら挑発の言葉を口にするが、返ってくるのは苦悶の声ばかりだった。
「…………」
――胸が痛い。
二人の姿を眺めながらオフィクスは思わず内心で呟く。
市民を守ろうと頑張っているヒーローをわざわざここまで追い詰める必要があるのだろうか。
いや、仕事なのだから仕方がない。
仕方がないのだが……。
――いや、やっぱり、ちょっとやりすぎたかもしれない。
どれだけ悪役らしく振舞おうとしても罪悪感が湧き上がる。
オフィクスは今すぐ適当なことを言って、この場からトンズラしたい気持ちに駆られる。
『オフィクスさん』
「はい」
そんなことを考えているとインカムに通信が入り、オフィクスはオペレーターの声に耳を傾ける。
『客の避難誘導が完了しました。閉鎖区域を含め、周囲に一般人はいません。これからは、もっと派手に暴れていただいて構いません』
「り、了解」
淡々と告げられた報告にオフィクスは目の前のスカイライトの二人を見つめながら思う。
――ここからもっと派手に? マジで?
息を切らし、苦しそうにしている二人を見つめながらオフィクスは内心で頭を抱えた。
――いや、もう十分だろ。これ以上やったら流石に可哀想すぎる。
しかし、今回の任務には自身の凶悪さを世間にアピールすることも含まれている。
このまま撤退してしまえば悪役としての印象が足りない可能性がある。何より空には報道関係の撮影ドローンが何機も飛んでいる。
――—まぁ、適当に設備でも破壊して悪役らしさを演出するか。
「……どうやら限界みたいだな」
そう判断したオフィクスはスカイライトに背を向けると指定された区域にある設備を片っ端から破壊しようと歩き出す。
「ま、待ちなさい!」
「……ッ!」
しかし、そんなオフィクスの歩みは背後から聞こえてきたレッドの声によって遮られた。
「…………」
振り返ったオフィクスの視界にゆっくりと立ち上がるスカイライトの姿が映る。
「絶対に、行かせない!」
「…………無茶するな。限界だろう?」
「それが何ですか?」
気遣ってくるオフィクスに対して、ブルーは槍を杖代わりにしながら立ち上がると呟く。
「限界だろうとヒーローは負けられないんです」
「……ハッ」
――—なんて立派な子たちなんだッ!?
辛いはずなのに、ヒーローとしての責務を果たそうとする二人の姿にオフィクスは目頭が熱くなるのを感じながら笑い声を上げる。
「良いだろう。それなら先にお前たちを潰してやる」
二人の覚悟を受け止めたオフィクスは内心で惜しみない賞賛を漏らしながら跳躍。背後のオロチ
の頭の上に乗ると、しゃんと錫杖を振るう。
「行くぞ、スカイライトッ!!」
*****
「レッド! 来ますッ!!」
「うん!」
オフィクスの指示に応じてオロチの口腔が大きく膨らみ、次の瞬間には吐き出された大量の水が二人を目掛けて津波のごとく襲い掛かった。
視界一杯に広がる波を前にして回避は不可能と判断したレッドは異能を全開にする。
「はぁぁあああッ!!」
レッドは火柱を上げる剣を力強く薙ぎ、最大火力の炎を向かってくる波に放つ。
衝突した火と水が蒸発して大量の水蒸気を生み出し、辺り一帯が白く染め上げられる。
「おおッ! 凄いなッ!」
まさか完璧に防がれるとは思わなかったオフィクスは素直な賞賛の言葉を漏らしながら追撃を仕掛けるべくオロチの頭部から跳び立とうとし――。
「学ばないな」
「ッ!」
背後から迫る気配。
振り返るよりも早く、オフィクスは反射的に錫杖を振るった。
手応えはあった。
しかし――。
「そうでしょうか?」
「なッ!?」
錫杖を受けたブルーの身体が突如として大量の水となって弾け飛んだ。
「分身かッ!」
オフィクスが振り返った時には既に遅かった。
「スパイラル・ウェーブッ!!」
肉薄したブルーの槍から放たれた螺旋状の水流がオフィクスの目の前まで迫っていた。
「ぐぁぁああああッ!?」
防御が間に合わず、腹部にブルーの一撃を受けたオフィクスはそのまま水に押し出され、後方にあった解体中の施設に直撃する。
「ぐっ、なかなかや――うぉぉおおッ!?」
地面に転がったオフィクスはすぐさま立ち上がろうとした。
しかし、衝撃によって崩れ始めていた施設の残骸が容赦なくオフィクスへと降り注ぎ、あっという間に瓦礫に呑み込まれて見えなくなった。
「レッド!」
「うん、行くよッ!」
オフィクスが残骸の山に埋まる中、レッドは水蒸気の中から聞こえてくるブルーの声に応じながら再び剣に炎を灯す。
『シャァァアアアッ!!』
響き渡るオロチの咆哮。
同時に水蒸気を払いながら向かってくる尾に対してレッドは勢いよく剣を振り上げる。
「やぁぁああッ!!」
『ギィァァアアアッ!?』
巻き上がる炎と共に尻尾が宙を舞い上がり、オロチの悲鳴が響き渡った。
「静かにして下さいッ!」
あまりにも大きな悲鳴にブルーは思わず声を張り上げながら、逆手に持った槍を勢いよくオロチの頭部へと突き立てた。
『カッ!?』
脳天に突きの一撃を受けたオロチは短い悲鳴を上げた直後、その身体を白い光へと変えて消滅した。
「……ッ!」
足場を失ったブルーは、そのまま重力に従って落下すると地面へ着地する。
「フフフッ! どうよ!? ってあれ、オフィクスはどこ行ったの?」
オロチを倒してドヤ顔を浮かべるレッドは、そのまま剣をオフィクスに突き付けようとして、彼の姿がないことに気付く。
「あの瓦礫の山の中ですよ」
「えっ? あ、だ、大丈夫かな?」
まさか瓦礫の中に埋まっているとは思わず、心配そうな声を漏らすレッドにブルーは「大丈夫でしょう」と欠片も気遣いを感じさせない声で答える。
「どうせピンピンしてます。それより、私たちは自分の心配をするべきです」
「そっか、確かにそうかもね……」
ブルーの言葉にレッドは額から汗を流しながら頷く。
全力で異能を行使したことで既に疲労が限界に近く、これ以上の戦闘を続けるのは二人とも厳しい状態だった。
「まだ、戦えますか?」
「もちろんッ! まだまだいけるよッ!」
気丈な笑みを浮かべるレッドにブルーは苦笑を浮かべながら疲れ切った身体に鞭を打ち、槍を構える。
「とりあえず応援要請はしたので、それまで頑張りましょう」
「うん、任せて!」
ブルーの言葉に頷きながらレッドが剣を構えると、前方の瓦礫の山が吹き飛び、中からオフィクスが姿を現す。
「やってくれるな、スカイライト」
そう楽しげに呟くオフィクスの服はところどころが破れ、その身体から血が流れている。
「あまり無理をしない方がいいのでは?」
「それは俺じゃなくて君たちの台詞だろ?」
ブルーの言葉に対してオフィクスはそう言い返しながら錫杖を揺らす。
「さっきので随分と力を使っただろ。もう余力は残ってないんじゃないか?」
「そ、そんなことないしッ! まだまだ元気いっぱいだしッ!!」
「レッド……」
オフィクスの指摘に焦った様子で両腕を振りながら元気であることをアピールするレッドに、ブルーは思わずため息を漏らす。
「フッ、図星のようだが…………ん?」
「……? どうしたんだろ?」
「分かりませんが、警戒は――」
耳に手を当てるオフィクスの様子に二人が訝し
んでいると、空から勢いよく何かが落下してきた。
「うわッ!?」
「きゃッ!?」
突然の落下物にレッドとブルーは慌てて飛び退き、オフィクスもまた錫杖を構えたまま目の前に落ちてきたそれへと視線を向けた。
もうもうと立ち上る土煙。
やがて、その中から姿を現したのは一人の人間だった。
「……ひ、人!?」
「アレは……B級レネゲイド、ブルーノ」
驚愕するレッドの隣で、ブルーが呆気に取られた様子で呟く。
突然、空から降ってきたレネゲイドは地面に倒れ伏したまま動く気配がない。
見れば全身がボロボロであり、どうやら何者かとの戦闘で吹っ飛ばされてきたらしい。
「いったい、何が……」
ブルーが警戒を強めた、その時だった。
「まったく。手間を掛けさせてくれる」
頭上から冷ややかな声が響いた。
「「「ッ!?」」」
三人が一斉に空を見上げる。
すると停止したアトラクションの上にいつの間にか一人の女性ヒーローが立っていた。
腰まで伸びた銀髪に金の装飾が施された黒い軍服。背中には赤い裏地のマントをなびかせ、腰には一本の軍刀を携えている。
彼女は足元に倒れたブルーノを一瞥すると何事もなかったかのように視線を前へと戻した。
「あ、貴女はッ!」
「――アストレア」
レッドが驚きの声を上げ、隣でブルーがその名を呟いた。
ヒーローランキング第三位『アストレア』。
女性ヒーローの中では最強と謳われるトップクラスの実力者だった。
「丁度、応援要請があった現場が近かったので、その男を始末するついでに来たが……」
アストレアはそう呟きながらで軍刀の柄に手を添えるとゆっくりと視線をオフィクスへ向けた。
「お前がレネゲイドだな?」
「…………」
その言葉と共に鞘から刃が抜かれた。